Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2019/05/16
Update

映画『ノーカントリー』ネタバレあらすじ感想とラスト結末の解説評価。コーエン兄弟のアカデミー賞4部門受賞作!

  • Writer :
  • 加賀谷健

第80回アカデミー賞にて作品、監督、脚色、助演男優の4部門で受賞した犯罪ドラマ

アメリカ映画の巨匠コーエン兄弟の最高傑作『ノーカントリー』。

兄弟監督としてすでに世界的名声を得ているジョエル&イーサン・コーエンのフィルモグラフィーをみると、どれも粒揃いの作品ばかりですが、中でも群を抜いた出来栄えで評価が高いのが『ノーカントリー』です。

演出だけでなく脚本も担当した作劇の巧さと、主演のハビエル・バルデムの怪演に目を見張る本作の“アメリカ映画らしさ”について解説していきます。

映画『ノーカントリー』の作品情報

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

【公開】
2008年(アメリカ映画)

【監督・脚本】
ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン

【キャスト】
トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、ウッディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド、ギャレット・ディラハント、テス・ハーパー、バリー・コービン、スティーブン・ルート、ロジャー・ボイス、ベス・グラント、アナ・リーダー

【作品概要】
1980年の米テキサスを舞台に、麻薬売買の大金の行方を巡って凄惨な殺戮が繰り広げられる犯罪ドラマ。

大金を盗んだベトナム帰還兵役のジョシュ・ブローリン、老保安官役のトミー・リー・ジョーンズの他、ハビエル・バルデム扮する殺し屋の怪演が大きな話題となりました。

監督は、「ファーゴ」(1996)、「ビッグ・リボウスキ」(1998)の巨匠ジョエル&イーサン・コーエンが担当。

2008年の第80回アカデミー賞では、作品、監督、脚色、助演男優の4部門で受賞しています。

映画『ノーカントリー』のあらすじとネタバレ

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

舞台は、1980年のアメリカ、テキサス。

殺し屋のアントン・シガー(ハビエル・バルデム)は、拘束を逃れるために保安官を無惨にも殺害。途中で車を強奪し、その場を去っていきます。

その頃、ベトナム帰還兵であるウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、狩りをしていました。すると偶然、殺人現場に遭遇してしまいます。

どうやら激しい銃撃戦の後のようで、そこらに死体が転がっています。そして残されていたトラックの中から大量のコカインを発見。少し離れた木陰では数百万ドルと思われる現金も見つけ、家へ持ち帰ります。

その夜、現場をもう一度確認しに来たモスは、ちょうどそこへ現れたギャングたちに出会し、追跡を受けます。

間一髪、逃げ切ったモスでしたが、現場に置き去りにした車から身元が割れ、今度は殺し屋のシガーに追われるはめになるのです。

危険を感じたモスは妻カーラ・ジーン(ケリー・マクドナルド)を一旦実家に帰し、自分はモーテルに潜伏します。

銃撃現場には、エド・トム・ベル保安官(トミー・リー・ジョーンズ)の調べも入り、危険が迫るモスの行方を追い始めます。

モスが強奪したブリーフケースには実は発信器が隠されており、シガーはそれを頼りにモスの滞在するモーテルを発見。

すぐに身の危険を察知したモスは、シガーが誤って別の滞在客に銃弾を浴びせている間にモーテルを脱出。何とか難を逃れます。

次に部屋を取ったホテルで、ブリーフケースに受信機が隠されていたことを発見するモスでしたが、すでにシガーの手は迫っており、モスは腹部に銃弾を受けます。しかしモスの撃った銃弾でシガーも負傷し、その隙をついて逃げ切ります。

シガーが傷の治療に時間を取られているうち、モスは国境を越えてメキシコに到達し、現地の病院に入院。

面会に来た賞金稼ぎのカーソン・ウェルズ(ウディ・ハレルソン)が、金と引き換えにモスの命を守るという交換条件を出しますが、モスはこれを拒絶。仕方なくカーソンはホテルの連絡先を伝えて帰っていきます。

しかしカーソンはホテルでシガーに殺害され、ちょうど電話をよこしてきたモスにシガーが取引を持ちかけます。

モスが金を持ってくれば、カーラに手出しはしないと約束するシガーでしたが、モスはこれも拒否してしまうのでした。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『ノーカントリー』ネタバレ・結末の記載がございます。『ノーカントリー』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

  

病院を抜け出し、現金をもってアメリカに戻ったモスは、カーラに連絡を取り、エルパソで落ち合おうと伝えます。

カーラの連絡を受けたベルもエルパソへ直行しますが、一足遅く、モスはモーテルで殺害されていて、現金も消えていました。

引退を決意したベルは、元保安官だった叔父に会い、犯罪と暴力にまみれるアメリカの現状を嘆きます。

母親の葬儀を終えた家へ帰ってきたベルは、待ち伏せしていたシガーと初めて対面します。

シガーはモスとの約束に基づいて彼女を殺害しなければならないと説き、コイントスに命運を委ねることに。

しかし、カーラは表か裏を選ぶことを拒否。シガーは事を済ませ、静かに家を後にします。

直後、シガーは車での逃走中、交通事故に遭い、重傷を負います。

一部始終を目撃していた少年に服を売ってもらい、頭部から血を流しながらも、その場を去っていくのでした。

映画『ノーカントリー』の感想と評価

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

殺し屋“アントン・シガー”の人物像

うつろな表情と不気味なハニカミ。獲物と決めた相手の命は容赦なく必ず奪い取る殺し屋アントン・シガー。彼の後ろに築かれる死屍累々の山々。

まるで屠殺処理でもするように次々人間をしとめていきます。彼に出会ったが最後、死を覚悟する間もなくあの世へ直送。黒装束という出で立ちが死神をも思わせます。

たとえ相手が保安官であろうとも怯むことなく、両腕にはめられた手錠で首を一気に締め上げ、地団駄を踏む家畜の動きが止まると、悦に入ったような恍惚の表情を浮かべます。

彼にとって殺人は、殺し屋としての領分を超えた、性行為の一種でもあるようです。

その怪物的キャラクターの暴力性には公開当初から驚愕と震撼の感想が後をたちません。

なぜそこまでするのか。観客は畏怖する心にとらわれながらも、思わずそのキャラクターの特殊さに疑問を抱いてしまいます。

この役で第80回アカデミー賞助演男優賞を見事受賞したハビエル・バルデムですが、狙った獲物は逃さない執拗なキャラクター性に恵まれたことがいかにもアメリカ映画的と言えるでしょう。

アメリカ映画の脚本術

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

アメリカ映画は、その黄金期であった40年代ハリウッド映画にみられるように、説話としての無駄が一切削ぎ落とされた高度なストーリーテリングが特徴として挙げられますが、限られた時間の枠内で物語をうまく転ばせていくための作劇の基本となるのは、キャラクターの行動原理です。

ハリウッドの作劇上、キャラクター(登場人物)は、とにもかくにもキャラクター(性格付け)に忠実でなければなりません。

アントン・シガーというキャラクターは生まれついた殺人衝動に常に基づいた行動を取らなければならず、その一貫した行動原理が他のキャラクターと衝突することではじめてドラマが起きるのです。

ドラマをうまく生じさせるためには、主人公のライバルになるような存在をこしらえることも重要です。

本作の場合、シガーのライバルとなるのは、彼に傷を負わせた唯一の男であるウェリン・モスということになります。

モスはシガーとは違って、ライフルで狙った野生動物を撃ち損ねてしまう人間的なミスを犯す人物ですが、ここではキャラクター造形の違いがはっきりと提示されています。

しかしどんなキャラクターでも受け身のままでは作劇の役には立ちません。時には、果敢に攻撃していくポジティブな姿勢も設定としては必要で、それがキャラクターの内面に厚みをもたせるのです。

一瞬たりとも弛緩することなく追跡を逃れ続けていたモスが、負けじと攻撃に転じるとドラマは次の展開をみせ始めました。

シガーとモスという対照的な2人がいかに自分のキャラクターに忠実であるか。そして、それがどれだけアメリカ映画的であることか。

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

密売組織からシガー追跡を依頼されたカーソン・ウェルズという賞金稼ぎは、シガーには特別な“行動規範”があると語りますが、捕えられたカーソンとシガーとの会話も見事なものです。

“お前の従うルールのせいでこうなったのなら──、ルールは必要か?”

シガーやモスとは違い、自らの行動規範が保身に支配されているウェルズは、厳格なルールをもっていませんでした。

その場の状況に応じてころころと態度を翻していくような一本筋の通っていないキャラクターは、アメリカ映画という戦場からは退場する他ないのです。

『タクシードライバー』(1976)のトラヴィスも『テルマ&ルイーズ』(1991)のテルマとルイーズも、アメリカ映画に登場する魅力的な主人公たちはみな、まるで生まれつきのように自分に課せられた行動規範に忠実なキャラクターたちばかりです。

たとえそのルールを厳守することで崩壊と破滅の道を自ら辿ることになっても、彼らが後悔することは決してありません。

監督だけでなく脚本も担当したコーエン兄弟は、本作でこうしたアメリカ映画的なビジョンを明確に打ち出しているのです。

まとめ

(C)2007 Paramount Vantage, A PARAMOUNT PICTURES company. All Rights Reserved.

これまでアメリカ映画に登場してきた悪役の中でも、最恐の印象を残しているアントン・シガー

この怪物的キャラクターを造形したコーエン兄弟の作劇術はさすがの実力です。

得意とするサスペンスフルな雰囲気はさることながら、観客が息つく暇もなく炸裂するバイオレンス描写など、演出家としての工夫も随所にみることが出来ます。

本作『ノーカントリー』が、『バートン・フィンク』(1991)や『ファーゴ』(1996)などの他の代表作にまして傑作とされるのは、アメリカ映画の伝統としての“キャラクター中心主義”に忠実であるという極めてアナログな発想による映画作り故の成果であったのです。




関連記事

ヒューマンドラマ映画

映画『のぼる小寺さん』ネタバレ感想と内容解説。工藤遥を主演に漫画を原作にした感動青春ストーリー!

なぜ、小寺さんはのぼるのか? そこに壁があるから!? 珈琲原作の人気青春漫画『のぼる小寺さん』の実写映画化。 自分は何がしたいのかわからない。何にも興味が湧かない。好きなことをしたいけど自信がない。進 …

ヒューマンドラマ映画

実話映画『SKIN/スキン』あらすじと感想レビュー。レイシストからの更正を誓い顔のタトゥーを剥いだ若者

ヘイトの“仮面”を剥いで更生の道を歩んだネオナチ青年を描く実話 レイシストとして生きてきた若者の贖罪と苦悩を描く映画『SKIN/スキン』が、2020年6月26日より新宿シネマカリテほかにて公開となりま …

ヒューマンドラマ映画

映画『若草の頃』あらすじネタバレ感想とラスト結末の評価解説。ミュージカル名作傑作でジュディー・ガーランドが踊る!

『若草の頃』は、『巴里のアメリカ人』『バンド・ワゴン』で知られるヴインセント・ミネリの出世作です。 今でも多くの人に愛される本作の魅力はどこにあるのでしょうか?  Cinemarche&nb …

ヒューマンドラマ映画

映画『おもかげ』ネタバレ感想と評価解説。女優マルタ・ニエトが息子を失った女性を熱演する

息子のおもかげを宿した少年と出会い 失意の底から立ち上がろうとする女性の希望と再生 アカデミー賞短編実写映画賞にノミネートされた短編『Madre』(原題)をオープニングで使用した映画『おもかげ』。 そ …

ヒューマンドラマ映画

グッドウィルハンティング|動画配信の無料視聴とネタバレあらすじ。結末感想の紹介も

『サバービコン』の主演マット・デイモンが自ら脚本を書き、天才でありながらも恵まれない過去を持つ繊細な青年ウィル役も演じています。 最愛の妻を亡くし、生きる希望を失ってしまった精神分析医ショーンを熱演す …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学