脳内で妄想し、一喜一憂する男を安田顕が演じるヒューマンドラマ
つぶやきシローの原作を『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018)の李闘士男監督、坪田文脚本、安田顕主演で映画化。
地域密着型のスーパー勤続25年にして万年主任の伊澤春男45歳。
一見、平凡で典型的なマイホームパパに見える春男ですが、その脳内では気を遣って、良かれと思ってやった挙句空回りし、いいところを見せようと格好つけては失敗ばかり。
中年男性の哀愁漂う妄想と日々の健闘っぷりをシュールかつハートウォーミングに描き上げています。
春男役には、「TEAM NACS」のメンバーで、映画やドラマで大活躍の安田顕。
映画『私はいったい、何と闘っているのか』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督】
李闘士男
【脚本】
坪田文
【原作】
つぶやきシロー
【キャスト】
安田顕、小池栄子、岡田結実、ファーストサマーウイカ、SWAY、金子大地、菊池日菜子、小山春朋、田村健太郎、佐藤真弓、鯉沼トキ、竹井亮介、久ヶ沢徹、伊藤ふみお、伊集院光、白川和子
【作品概要】
監督を務めるのは『神様はバリにいる』(2014)、『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018)の李闘士男。
脚本は前作『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018)でも脚本を務めた坪田文。『ずっと独身でいるつもり?』(2021)、『ねことじいちゃん』(2019)の脚本も手がけています。
主演は演劇ユニット「TEAM NACS」のメンバーとして舞台を始め、映画、ドラマで大活躍の安田顕。『家に帰ると妻が必ず死んだふりをしています。』(2018)に引き続き主演を務めました。
共演者には『地獄の花園』(2021)の小池栄子、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(2021)の岡田結実、『猿楽町で会いましょう』(2021)、『サマーフィルムにのって』(2021)の金子大地など。
更にはタレント、女優として引っ張りだこのファーストサマーウイカも出演。普段とは違った役柄を見事に演じています。
映画『私はいったい、何と闘っているのか』のあらすじとネタバレ
地元に愛されるスーパー「ウメヤ」の万年主任の井澤春男(安田顕)、45歳。妻の律子(小池栄子)、長女の小梅(岡田結実)、次女の香菜子(菊池日菜子)、亮太(小山春朋)の5人家族の父親で、典型的なマイホームパパです。
しかし、息子の野球の試合ではレギュラーの座を得るため「差し入れ作戦」を画策。朝早くから大掛かりな流しそうめんの装置を準備し、皆から賞賛されることを妄想してきた春男。
春男の元に息子とチームメンバーが走り寄ってきますが、それは流しそうめんを食べたいのではなく、そこにボールが飛んでしまったのでした。無惨にも壊されてしまう流しそうめん。
良かれと思ってしたことが上手くいかず落ち込む春男の元に、スーパーから連絡が来ます、そうめんの発注を間違え大量の余剰が出てしまったというのです。
休みの日だというのに春男はスーパーに向かい、SNSであえて発注を間違えてしまったことを自虐的に投稿し、安く売り在庫を抱えなくて済むように機転を効かせます。
店長の上田(伊集院光)には「春男はこの店の司令塔」の言われ気分を良くするも、次第にただのいい人ではないかと落胆します。
「自分はいったい何と闘っているのか」
そう思いながら春男は行きつけの食堂で、カレーライスを頼みます。思い悩む春男に衝動の女将は「それだけ食べられれば十分だ」と言います。
ある日、店長の上田が脳卒中で亡くなってしまいます。次の店長は伊澤さんだとパートなど他の職員らにもてはやされ、一人で浮かれ妄想が止まらない春男は、すっかりその気になってしまい散髪に行きます。
しかし、本部から新しい店長がやってきて、春男は主任から副店長になります。見るからに春男より年下でやる気のない店長・西口(田村健太郎)は、他の職員からあまりよく思われていません。
浮いている店長を何とかしようと春男は、クールで常に理性的な高井さん(ファーストサマーウイカ)と店長でカラオケに行きますが、店長は空気を読まず無限に赤いスイートピーを歌い続け話し合う機会は、得られませんでした。
付き合わせてすまなかったと高井さんに春男が謝ると、高井さんは「空気を読まない店長が浮いているのは、伊澤さんのせいじゃない、頑張っているのはわかりますが、それって格好良いんですか」と言われます。
春男は答えず「そうだよ、格好つけたい、そんな男だよ」と心の中で呟きます。
そんな中、新たな事件がスーパーで起きます。店長が帳簿が合わないと言うのです。監視カメラに不審な人物は映っておらず、内引きの可能性が出てきます。
真面目でアツい部下・金子(金子大地)が、パートの清水さんがレジを通さず商品を入れていることに気づきます。
同じく春男もそのことに気づきますが、本部に言おうとする金子を引き留め、そっと清水さんに見ていることが分かるような行動をして穏便に済ませようとします。
そんな春男の気遣いも虚しく、金子が本部に伝え、春男はしばらく休むことになってしまいます。しかも清水さんは春男にレジに入るたびに付き纏われて、ノイローゼになり仕事を辞めたというのです。
映画『私はいったい、何と闘っているのか』の感想と評価
良かれと思ってやったことがうまくいかず、空回り。自分だけが損しているような、いったい何と闘っているのだろう…と感じている人は少なくないのではないでしょうか。
そのような休まるヒマがなく頭の中で妄想しては現実に落胆し落ち込む中年男性の日常をコミカルかつ、ハートウォーミングに描き上げます。
終始賑やかな春男の頭の中のつぶやきをアフレコで安田顕さんの声で表現する何ともシュールな演出に、思わずクスッとしてしまったり、分かるなあと共感したり……。
前半は一喜一憂する春男の脳内をコミカルに描き上げていますが、後半になるとガラリと印象が変わり、春男と律子の出会いから家族の関係性にスポットが当てられます。
いつもこうだ俺の人生は。何をやってもうまくいかず、良かれと思って誰かのために気を遣っては裏目に出てしまう、頑張りを認めてもらいたいのに気づいてもらえない…そんな思いを抱えている春男ですが、春男のことをきちんと見てくれる人はいるのです。
「パパっていっつもそうだよね」という言葉には春男への愛情があり、春男の愛情もしっかりとわかっているのです。
「空気を読まない店長が浮いているのは伊澤さんのせいじゃない、頑張っているのはわかりますが、それって格好良いんですか」と春男に言った高井さんも、春男の頑張りを分かった上で、そこまでしなくてもいいと伝えようとしているかのようです。
高井さんは春男が主任になることを勧めますが、はっきりと主任になりたくないと言います。普通に働いて普通に休みたい、と。
一人で妄想し、空回りする春男ですが、家族にとっては父親で夫で、家にも職場にもしっかりと居場所があるのです。
春男の日常を通してがむしゃらに頑張ってもうまくいかず、何のために闘っているのだろうか……と落ち込んでいる人に、笑って泣ける映画になっています。
まとめ
妄想と現実の狭間で一喜一憂を繰り返し、24時間脳内で闘い続ける中年男性春男の日常を描いた映画『私はいったい、何と闘っているのか』。
安田顕演じる春男のシュールな妄想とぼやきにクスッと笑え、思わず春男を応援したくなってしまうような不思議な魅力があります。
シュールな春男の店長昇格への闘いの末に待ち受ける家族の物語に、思わず胸が熱くなるような笑って泣けるヒューマンドラマ。