『マイスモールランド』は、在留資格を失ったクルド人少女サーリャの成長と葛藤を描き出す。
映画『マイスモールランド』は、是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」に在籍する川和田恵真が商業映画としての初監督を務めた作品です。
川和田恵真監督自身もイギリス人の父親と日本人の母親を持ち自身のアイデンティティーに悩んだという経験や、多くのクルド人への取材をもとに、クルド人少女サーリャの視点で今日本で起きていることを描き出します。
5カ国のマルチルーツを持ち、ViVi専属モデルとして活躍する嵐莉菜が初主演、初演技に挑みました。
サーリャが心を開く少年・聡太役は、『MOTHER マザー』(2020)で長澤まさみ演じるシングルマザーの息子役を演じ、多くの新人賞を受賞した奥平大鎌が務めました。
映画『マイスモールランド』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本・フランス合作映画)
【監督・脚本】
川和田恵真
【キャスト】
嵐莉菜、奥平大兼、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデー、藤井隆、池脇千鶴、韓英恵、板橋駿谷、新谷ゆづみ、さくら、平泉成、サヘル・ローズ
【作品概要】
2014年に映像制作者集団「分福」に在籍し、是枝裕和監督の作品等で監督助手を務め、『マイスモールランド』(2022)で商業映画デビューしました。
本作は第23回釜山国際映画祭(2018)「ASIAN PROJECT MARKET (APM)」で、アルテ国際賞(ARTE International Prize)を受賞したほか、第72回ベルリン国際映画祭/アムネスティ国際映画賞スペシャル・メンションに輝きました。
5カ国のマルチルーツを持ち、ViVi専属モデルとして活躍する嵐莉菜が初主演・初演技に挑戦し、聡太役には『MOTHER マザー』(2020)の奥平大兼。
サーシャの家族には嵐莉菜の実家族である、アラシ・カーフィザデー、リリ・カーフィザデー、リオン・カーフィザデーが務めました。
映画『マイスモールランド』のあらすじとネタバレ
17歳のサーリャ(嵐莉菜)は、父マズルムが故郷にいられなくなり、家族とともに日本にやってきました。
幼い頃から日本で育ったサーリャですが、毎日、クルド料理を食べ、食事前には必ずクルド語の祈りを捧げ、“クルド人であること”を父は大事にしています。
しかし、妹のアーリン、弟のロビンは日本語しか話せず、クルド語と日本語を話せるサーリャは日本語を話せないクルドのコミュニティの人々のため通訳をしたり、頼まれごとをしています。
学校では同じように“日本人らしく”育ったサーリャは埼玉の高校に通い、教師になる夢のため大学の進学を考えています。
そのためにサーリャは父親に内緒で東京のコンビニでバイトを始めました。父親には部活の練習と告げていますが、バイトで夕食時に遅れると夕食はみんなでするものだと強く言われます。
弟のロビンが通う小学校の教員に呼ばれサーリャと父親は面談をします。学校ではあまり話そうとしないという教員の話を聞いたサーリャは「私の時のようないじめですか?」と聞きます。
「ちょっと違うと思う。自分のことを宇宙人だと言ったの、それでみんなから嘘つきだと言われて自分から遠ざけている」と教員は言います。
学校の帰り、父はロビンに「なんで宇宙人って言ったの?」と聞くと、ロビンは「何人って聞かれるから」と答えます。
「胸を張ってクルド人と答えればいい。俺たちの国はここにあるんだ、いつでもどこにでもあるんだ」と胸をたたきロビンに指し示します。
ある日、サーリャたち家族は難民申請が不認定になったと説明されます。受け入れられない父は「私は難民です、何度でも説明します。何が足りないのですか」と聞きますが、職員は私には分かりかねるの一点張りで聞き入れません。
「デモに参加したら牢屋に入れられました。これは拷問の時の傷です。見て、ちゃんと。見ろ!これでも難民ではないのですか」と父は声を荒げますが、「ここで決定は覆りません」と聞き入れる姿勢は全くありません。
在留カードは無効だと目の前で切られ、淡々と今後の仮放免の内容を説明されます。仮放免中は働くことは禁止、住んでいる都道府県から出るには許可を取らないといいます。
しかし、サーリャは内緒で東京のバイト先に通います。バイト先にきた年配の女性にお人形さんみたいだね、何人?と聞かれ「ドイツ人です」と言います。
バイト終わり、同じバイト先で働く聡太(奥平大兼)と話していたサーリャは本当は私ドイツ人じゃないのと話します。
小学生の頃、ワールドカップでどこを応援しているのかと聞かれた際、ドイツと答え、それからドイツ人だと勘違いされそれが丁度いいからドイツ人だということにしていると言います。
聡太が「本当の国はどこ?」と聞くと、「クルド」と答えます。しかし聡太はクルドのことを全く知りませんでした、誰も知らないからいいんだとサーリャは言います。
それからサーリャと聡太は仲良くなり、バイト終わりに話したり、休みの日に遊んだりするようになりました。
映画『マイスモールランド』感想と評価
アイデンティティの揺らぎと孤立
幼い頃に故郷を逃れ日本にやってきたサーシャとその家族。父は、“クルド人であること”を大事にしていますが、サーシャ自身はクルドの記憶は殆どありません。
妹、弟もクルドの記憶はなく、日本語しか話せません。ラーメンの食べ方ひとつをとっても妹、弟が日本で生まれ育ったことが顕れています。
ラーメンを音を立てて食べる妹と弟に父は音を食べるのはやめなさいと注意します。音を立てて食べたことがないのにどうしてと反抗する妹に、サーシャは父に気を使って音を立てて食べない方が美味しいと実践してみせます。
長女のサーシャに対して父はクルド人であることを大切にすること、そしてクルド人のコミュニティと助け合うように強く言います。親戚の結婚式に参加したサーシャは次はサーシャの番ねと言われて複雑な表情をします。
小学生の頃、ワールドカップでどこの国を応援しているかと聞かれドイツと答えたことからドイツ人だと勘違いされ、丁度いいからドイツ人だと自分から言うようになったとサーシャは聡太に話します。
また、日本語を話し、日本で暮らしていても自分が日本を応援していると言ってはいけない気がしたとも言います。通っている高校の友人らにはドイツ人として認識され、バイト先でも「何人?」と聞かれた際はドイツ人だと答えています。
日本語を話し、日本で暮らしていても“自分は日本人である”と胸を張って言うことが出来ず、クルド人であると言ってもクルドの記憶はなくクルドのことを知っている日本人は殆どいません。
サーシャがこれまで「しょうがない」と自分に言い聞かせてきたことが随所に現れています。弟ロビンの面談に行った際も「私のようにいじめですか?」とサーシャが言っていることからサーシャがいじめを受けていたことが推測できます。
かつてサーシャの担任であった小学校教諭とサーシャの会話で、日本語が小学校の頃最初サーシャは日本語がうまく話せなかったと話しています。そんななか一生懸命勉強したというのです。
そして自分の体験から小学校の教員になりたいと思うようになり、小学校の教員免許が取れる大学への進学を志しています。しかし、在留資格を失うと推薦は取り消しになり高校も何とか方法はないか考えるというばかりでサーシャを助けてはくれません。
父も難民申請が何故通らないのか、出ていかせているのは日本だと強く訴えますが、その願いはどこにも届きません。
聡太は、何とかサーリャの助けになろうとしますが、高校生の彼にできることは多くありません。聡太の母はサーリャの現状を知り、「突然のことで理解が追いつかない」と言います。
その後サーシャのことを心配していると言いながら、聡太の叔父が店長であるサーシャのバイト先に言い、サーシャは働けなくなってしまいます。そして聡太にも会うなと言うのです。
サーシャの現実を知りながら関わらないようにする残酷さ、誰にも頼れないサーシャと家族は孤立し、なす術もなく見放されていきます。
サーシャを取り巻く現実の過酷さを描き、彼らをそのような状況に追いやったのは紛れもなく日本の社会であることを容赦なく突きつけます。
知らないふりをしないでほしい、今日本で起きていることだという真摯なメッセージが突き刺さります。
まとめ
映画『マイスモールランド』(2022)は在留クルド人である少女サーシャが在留資格を失ったことで、今までの生活ができなくなってしまう、彼女たちを取り巻く現実の過酷さを描き出します。
同時に描かれているのは17歳の少女サーシャの父に対する葛藤、クルドのコミュニティに対する重荷や、恋など思春期ならではの葛藤も描きます。
少女の視点で描くことで難民を取り巻く日本の現状をわかりやすく観客に伝えています。
入国管理センターに収容された人々の証言を通し、日本の入管収容所の実態を捉えたドキュメンタリー映画『牛久』(2022)や、日本で生きる2人のクルド人青年を追ったドキュメンタリー映画『東京クルド』(2021)など日本の難民問題を取り扱うドキュメンタリーも増えてきました。
世界が抱える難民の問題は日本でも無関係ではないのです。