女子高生のゆるやかな成長を描く「メタモルフォーゼの縁側」
「このマンガがすごい!2019オンナ編」第1位のマンガ「メタモルフォーゼの縁側」。
ほかにも数々の賞を受賞したこの作品は、好きなものを通して17歳のうららと75歳の雪が友情を育み、それぞれが変化していく姿を丁寧に描いた作品です。
CONTENTS
映画『メタモルフォーゼの縁側』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【原作】
鶴谷香央理
【監督】
狩山俊介
【脚本】
岡田惠和
【キャスト】
芦田愛菜、宮本信子、高橋恭平(なにわ男子)、古川琴音、汐谷友希、伊東妙子<T字路s>、生田智子、光石研、菊池和澄、大岡周太朗ほか
【作品概要】
鶴谷香央理原作のマンガ「メタモルフォーゼの縁側」にプロデューサー・河野英裕が魅せられ映画化の企画がスタート。
監督には『青くて痛くて脆い』(2020)『映画 妖怪人間ベム』(2011)でタッグを組んだ狩山俊輔を起用し、脚本には『余命10年』(2022)などで知られる人気脚本家・岡田惠和が名乗りを上げました。
3人は第71回文化庁芸術祭賞テレビ・ドラマ部門大賞や第33回ATP賞テレビグランプリ最優秀賞を受賞した2016年NHK BSプレミアムのドラマ「奇跡の人」でそれぞれプロデューサー・監督・脚本を担当しており、このドラマには宮本信子も出演しています。
主演の宮本信子と芦田愛菜は2011年の岡田惠和脚本作品『阪急電車 片道15分の奇跡』(2011)で祖母と孫を演じており、11年振りの共演となります。当時は宮本に手を引かれていた芦田が、今度は手を引く方になったと宮本は感慨深げにインタビューで語っています。
映画『メタモルフォーゼの縁側』のあらすじとネタバレ
夫の三回忌を終えて帰宅途中の老婦人・市野井雪は、暑さをしのぐため本屋に逃げ込みます。
そこで「きれいな絵…」と気になったマンガを手に取りレジに向かうと、アルバイトの高校生・佐山うららはちょっとビックリした顔をします。それもそのはず、その本は男性同士の恋愛を扱ったBL(ボーイズラブ)だったのです。
うららがバイトから帰宅するといつものように母は仕事でいません。作り置きの料理を食べ、さっき老婦人が買ったマンガが気になったうららは段ボール箱に隠しておいた自分の本を取り出して読み返し始めます。
一方雪は、寝る前のルーティンを終えマンガを取り出して読み始めます。主人公の咲良が親友の佑真のことを秘かに思っているという内容で、咲良が佑真にキスをする場面で1巻が終わります。キスシーンに驚き、そして続きが気になって仕方がありません。
翌日、2巻を買った雪はカフェでそれを読み、さらに続きを買いに戻ってきました。しかし店には在庫がなく、あやうく出そうになった「貸しましょうか?」と言う言葉を飲み込みうららは注文を受けるのでした。
3巻を受け取りに来た雪は、うららがBLを読んでいると知ると仕事終わりにお話したいと誘います。近くのカフェにやってきた2人ですが、うれしそうにBLの話をする雪のテンションにうららは恥ずかしくてついていけません。
あまり話せないまま店を出ますが、誘われたことはうれしかったと話し2人は連絡先を交換します。手を振って別れると、幼馴染の紡とその彼女・英莉に会ってしまい、キラキラのリア充が苦手なうららは会話もそこそこにその場から脱兎のごとく走り去るのでした。
母子家庭であるうららの家。母親との仲はいい方ですが、BL好きであることは隠しています。
そろそろ受験なので母親は気にかけていますが、うららはまだ目標を見つけられずにいます。そんなとき雪からメッセージが。
お気に入りのマンガ「君のことだけ見ていたい」(以下「君のこと~」)の続きがしばらく読めないことに気づきしょんぼりしている雪。
うららに他のおすすめを教えてほしい、とありました。箱の中からたくさんの本を取り出して、うららはあーでもないこーでもないと悩むのでした。
うららが初めて雪の家を訪れる日。雪はウキウキしながらカレーを作っています。
うららは庭の広い日本家屋である雪の家に圧倒されつつも縁側から中へとあがりました。「君のこと~」の作者・コメダ優の過去の作品や似たような学園もの、日常系やファンタジー色の強い作品など、うららは恐る恐る取り出して紹介します。
そして「君のこと~」が連載されている月刊誌を渡すと、雪は「これなら毎月読めるのね」と喜び、そのキャラクター・佑真と咲良を見ていると応援したくなるのだと熱く語ります。
うららも同調し2人は大盛り上がり!そしておなかがすいたふたりは縁側で並んでカレーを食べるのでした。
急速に仲良くなった2人はカフェでおしゃべりしたり、書道教室を営む雪からうららが書道を習ったりするようになっていきます。雪の家の壁には2人の書いた「佑真(市野井雪)」「咲良(佐山うらら)」という推しの名を書いた作品が貼られています。
ある日、うららの家に紡がおすそ分けを持ってやってきます。幼いころから同じ団地で暮らしている2人。
紡はマンガ読ませて~とズカズカうららの部屋に入っていきます。うららが飲み物とお菓子を準備している間、紡は無造作に置かれた段ボール箱から「君のこと~」を取り出して中を見ます。
(慎重な割に脇が甘いんだよ)と彼はそっとそれをしまうと何食わぬ顔でほかのマンガを読み始めます。うららは紡に気づかれないように段ボール箱を机の下へと押し込み適当に話を合わせます。
翌日、紡は英莉と本屋にやってくると昨日うららの部屋で見た「君のこと~」を手に取ります。英莉にこういうの読む?と聞くと、読んだことないけど流行ってるから興味はあるとの返事。
そして実際に英莉はその後BLを読み始め、学校でもそのことを話題にします。その様子をうららは恨めしそうに眺め、「ずるい」とつぶやきます。
うららがバイトでレジにいるとき、英莉が会計にやってきました。BLマンガと留学の本を持っており、留学についてはまだ紡に話してないので内緒にしてほしいと英莉。うららは「ずるいよ。留学とかBLとかいろいろ…」と思わず口にしてしまいます。
雪の家にはひとり娘の花江がノルウェーからやってきていました。彼女は雪の今後を心配し、いっしょに暮らそうといっています。
そこにうららがやってきて、BLマンガ友だちたということに花江は気づきますが特に気にするわけでもなく酔っ払って寝てしまいます。
うららは心の中で、英莉に感じた苛立ちを反省し悩んでいましたが、それに応えるかのように雪が「私がうららちゃんだったら描いちゃうかもしれない」と言い出します。
そんな才能ないとうららが反論すると、「人って思ってもみないことになるものよ」と雪。雨が降っていたので雪に傘を借りて開くと、そこには一面薔薇の花が描かれており、うららはパァっと世界が開けたような気がしたのでした。
映画『メタモルフォーゼの縁側』の感想と評価
主人公うららはいわゆる陰キャな女の子。キラキラしたリア充な同級生になじめず、好きなものといったらBL。
秘かに買い集めたたくさんのマンガは段ボール箱に閉まって机の下に隠しています。母ひとり子ひとりで親子の仲は悪くないけれど、悩みを打ち明けるのはちょっと違うしそもそも何に悩んでいるのかよくわからない…。
一方の雪は夫に先立たれ、ひとりで暮らすのは今の家は広すぎるけれど、書道教室に通ってくる生徒さんたちもいるしここを離れたくはない。でもだんだん老いていることは感じるし、ひとり娘はノルウェーに住んでいて中々会えないし何となく不安…。
それぞれ悩みを抱えるふたりが出会ったことで、ぱっと新たな世界が広がるところにこの作品の醍醐味があります。
突然未来が開けたり、若返ったりするわけではないけれど、一歩進む元気をくれるのがこの『メタモルフォーゼの縁側』なのです。
心優しき人々の世界
この映画にはイヤな人はひとりも出てきません。どこまでも優しい物語です。
うららが最初苦手だと思っていたクラスのイケてる女子・英莉。彼女には留学したいという夢がありそれに向かって努力しているし、BLを許容する度量もある。それを羨んだりもしたけれど、そう思うのは自分に自信がないから。そう気づいたとき、うららは英莉にエールを送ることができました。
つかず離れずな距離感の幼なじみ・紡もちょっと頼りないですが優しい男子です。BLを馬鹿にするでもなく理解しようとし、結果的にうららの成長に一役買ってくれます。
ほかにも印刷屋の沼田さんやその孫まさきくんなど、人と人とのあたたかいつながりを感じさせる登場人物たちに癒やされます。
演技を感じさせない自然体のふたり
この一見地味とも思えるストーリーを生々しくなく、ほっこりと具現化できたのはまさに主役のふたりの演技力の高さゆえのものです。
いまや国民的女優となった芦田愛菜は読書家で才女としても知られていますが、この映画の中では先の見えない冴えないオタクにしか見えません。
他人と視線を合わせない挙動や母や紡以外とはうまく話を始められないところ、そして逃げるときの走り方など、うららをよく表現しています。芦田自身もインタビューで、さまざまな走り方を披露したというとおり、シーンによって走るフォームも変えているそうです。
かたや大女優・宮本信子も、BLに心ときめかす可愛いおばあちゃんそのものでした。
実はもう少しきれいめな衣装も用意されていたそうですが、雪さんはこうじゃないか、と宮本の意見でいまの服装になったそうです。舞台となった家の調度品にも実際に宮本が持ち込んだものもあるそうで、よりリアルな雪さんが誕生しました。
以前、祖母と孫という役を演じて以来の共演ということで、宮本は成長した芦田の姿に目を細め、芦田は子役時代とは違った意識で宮本と接し、そのふたりの適度な距離感がこの作品中の関係性に反映されているようです。
大画面で映えるじゃのめ先生の「君のこと~」
原作マンガ「メタモルフォーゼの縁側」の中では「君のこと~」ももちろん原作者である鶴谷香央理が描いていますが、映画化にあたりこのマンガがドラマの重要なファクターになることから新たに別の作家に描いてもらうことになりました。
そこで白羽の矢が立ったのが人気マンガ家のじゃのめです。「黄昏アウトフォーカス」などで知られ、BL界で超人気の作家なのでオファーを受けてもらえるか危ぶまれましたが、ちょうど連載が終わった時期だったことと本人が「メタモルフォーゼの縁側」のファンだったことから実現に至りました。
75歳の老婦人を一瞬でトリコにする画力はさすがの一言ですが、この作品で初めてBLに接する人も多いと考え、なるべく王道でロマンティックに仕上げることを心がけたそうです。
そしてカッコいい黒髪の佑真と、美しい咲良というわかりやすい対比で観る側が混乱しないよう配慮されています。
この絵があったからこその説得力をぜひ感じてください。
まとめ
誰かと出会うことで、自分ひとりの頭では想像もできないことが起こるというのが「メタモルフォーゼの縁側」で描きたかったことだと原作者・鶴谷香央理は語っています。
映画の中でうららは雪と出会い変化しました。それは将来マンガ家になるとか、紡とつき合うとか、そういったわかりやすいことではありません。
でも、背中を押されてマンガを描いたことは確実にうららの宝物になったはずです。そして雪は遠くへ行ってしまいましたが、それでも2人の間に起きた化学反応は確かにあったし、お互いに変化したのです。
年齢も立場も関係なく、好きなものを好きと言い合える幸せがここにはあります。
そして今まで触れていませんでしたが、この映画の一番の推しポイントはうららの描いたマンガ「遠くから来た人」です。
絵のうまくないうららがどんなマンガを描くのだろう?と思わせながら映画は進むのですが、その内容が素晴らしいのです。
素敵な映画なのはもちろんですが、芦田愛菜のナレーションで表現されるうららのマンガが一番の収穫です。ぜひ注目して観てください。