磯部鉄平監督作品が、アップリンク吉祥寺にてレイトショー公開!
「大阪アジアン映画祭」インディ・フォーラム部門「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」「Kisssh-Kissssssh映画祭」など、さまざまな映画祭で入選、受賞をしている、注目の若手監督磯部鉄平。
独特の優しい視点に定評のある、磯部鉄平監督作品『ミは未来のミ』併映作品(日替り)『真夜中モラトリアム』『そしてまた私たちはのぼってゆく』が、7月10日(金)〜16日(木)の間東京・UPLINK吉祥寺で公開され、順次全国で上映されます。
磯部鉄平監督は、30歳を前に映画の道へ進み、河瀬直美らを輩出した「ビジュアルアーツ専門学校大阪」で、映画製作を学んだという、独特の経歴の持ち主です。
その後、映像フリーランスとして活躍後、2016年から自主映画製作を開始しており、さまざまな映画祭で高い評価を得ています。
今回は、磯部鉄平監督作品の中から『真夜中モラトリアム』を、ご紹介します。
映画『真夜中モラトリアム』の作品情報
【公開】
2020年公開(日本映画)
【監督】
磯部鉄平
【脚本】
二朗松田
【キャスト】
南羽真里、GON、時光陸、西川莉子、永井和男、岩本守弘、松本真依
【作品概要】
映画『真夜中モラトリアム』は、友人の葬式後にバーでささやかな「お別れ会」を開催した5人の男女が、ある会話をキッカケに経験する、一晩の出来事を描いたヒューマンドラマ。本作は「Kisssh-Kissssssh映画祭2017 短編部門」などを受賞し、数多くの映画祭で上映されている短編作品です。
映画『真夜中モラトリアム』のあらすじ
高校時代は仲良しグループだった、南波、権田、時光、西河、丘田の5人。
5人は、高校時代の仲間でグループの中心的な存在だった、松元麻衣子の葬式で数年ぶりに再会し、バーで小さなお別れ会を開催します。
当初は、西河と丘田の恋愛話をいじるなどの、他愛のない話をしていましたが、話は次第に、亡くなった麻衣子の思い出話となります。
麻衣子は、ミュージシャンを目指してギターを演奏するなど、他とは違うミステリアスな魅力を持っていました。
お別れ会では、そんな麻衣子の思い出話で盛り上がりますが、南波だけが唯一、麻衣子に否定的な感情を抱いていました。
「ただの芸術家気取りのコミュ障」と、麻衣子への嫌悪すら感じる南波の言葉に、権田は「今日だけは、その言葉は良くない」と諭します。
6人は高校時代は仲良しグループでしたが、大人になると疎遠になっていました。
その為、グループの中で誰一人として大人になった麻衣子が、何をしていたか知りませんでしたが、丘田だけが大人になった麻衣子と会っていました。
丘田の話によると、麻衣子はミュージシャンになった様子はなく、近所で働いていたという事です。
また、麻衣子は、高校時代に皆で埋めた、タイムカプセルの存在を気にしていた事を、丘田は話します。
次第に遅い時間となり、南波がベロベロに酔っ払った所で、お別れ会は終了します。
皆が帰ろうとしたその時、南波が発したある言葉がキッカケとなり、仲良しグループは、夜の河川敷に向かう事となります。
映画『真夜中モラトリアム』感想と評価
仲間の死をキッカケに、数年ぶりに集まった大人たちの「真夜中の同窓会」を描いた映画『真夜中モラトリアム』。
夜中のバーと河川敷を舞台に、主に5人の会話で物語が進む構成となっています。
「乾杯」と「献杯」の使いどころの違いなどを、ボケとツッコミを思わせるような、軽快なテンポで会話が繰り広げられており、この会話を聞いているだけで、南波、権田、時光、西河、丘田、それぞれのキャラクターが、明確に分かるようになっています。
特に、物語を引っ張るのが、亡くなった麻衣子に、複雑な感情を抱いている南波です。
高校時代の麻衣子は、ミステリアスな雰囲気を持ち、ギターを演奏している、グループの中では、大人びた魅力を持つ女性だった事が会話の中で分かります。
しかし、南波だけは「根暗なコミュ障」と、¥麻衣子に嫌悪感を抱いていた様子を見せます。ですが、麻衣子と埋めたタイムカプセルの話が出て以降、一番最初に行動を移し、グループを引っ張るのが南波です。
ここからラストにかけて、南波の言動で、麻衣子に対する想いを察する事が出来るのですが、グループの中で、南波が麻衣子の事を一番に考えていたとも見えますし、嫌悪感を抱いていたとも見えます。
南波が、ある行動に出るラストシーンは、南波が麻衣子へ抱いていた感情が表に出ているのですが、その感情の捉え方は、鑑賞した人によって違うでしょう。
また、南波以外の登場人物も個性的で、優しいけど、少し頼りない権田、お調子者の時光、グループの中で、最後に生前の麻衣子に会っている丘田、親しみやすい性格で、グループの中では巻き込まれ役の西河。
それぞれのキャラクターと、麻衣子との思い出が、会話劇を通して浮き彫りになり、本作は亡くなった麻衣子を巡る、群像劇であるといえ、それぞれのキャラクターがストーリーを進める、何かしらの役割を持っています。
亡くなった友人との思い出が詰まったタイムカプセルが物語の中心になる、独創的な作品の本作。原案は、磯部鉄平監督の、過去の実体験がもとになっています。
過去に一緒にタイムカプセルを埋めた友人が亡くなってしまい、仲間内で集まった際に、タイムカプセルの話が出た経験から、本作のストーリーを考えた事を語っています。
亡くなった仲間との思い出が、主人公たちを動かすという点で、磯部鉄平監督の初長編作品『ミは未来のミ』と共通する部分を感じます。
両作品に共通するのは、仲間を失った悲しみと、その後のユーモラスなエピソードが交差し、独特の空気が映像に詰め込まれている事です。
喜怒哀楽の入り混じった、何ともいえない人間の感情を表現する、磯部鉄平監督の世界が、印象的な作品となっています。
まとめ
本作のタイトルである『真夜中モラトリアム』は、作中のセリフでも触れられていますが、椎名林檎の曲名から取った事を、磯部鉄平監督は語っています。
最初は仮題でしたが、磯部鉄平監督は「いろいろ悩んだ挙句、これが一番内容とあってる」と、『真夜中モラトリアム』というタイトルに決めました。
「モラトリアム」という言葉は、広くいえば「しばらくの間やめること」というような、一時停止の意味があります。
麻衣子の葬式をキッカケに集まった5人による大人の同窓会は、高校時代の同級生という事もあり、一晩だけ大人である事を停止させたような、特別な時間のように感じます。
また、後半に登場する、麻衣子の「ある物」の存在が、夢を追いかけながらも、ある程度の現実を見なければならない、高校生の苦しい心情を表現しています。
「モラトリアム」には、「社会人となるべき自信がなく、大学の卒業などを延ばしている」という、比喩的な表現もあり、まさに当時の麻衣子の苦しい心情を表現した、ピッタリな言葉ではないでしょうか?
タイムカプセルの存在を気にしていた、大人になった麻衣子の気持ちも、何となく理解できます。
そして、クライマックスで朝を迎えた時の、5人それぞれの表情が、高校時代を振り返り、当時に戻ったような、特別な時間の終わりを感じさせる、印象的な場面となっています。
大人になり社会に出れば、走り続ける事を強要されますが、たまには一時停止させて、過去と向き合う休憩の時間も必要ではないかと、本作を鑑賞して感じました。
また、亡くなった麻衣子に複雑な感情を見せる南波が、一言では言い表せない、人間の奥深さを表現している作品でもあります。
『ミは未来のミ』併映作品(日替り)『真夜中モラトリアム』『そしてまた私たちはのぼってゆく』が、7月10日(金)〜16日(木)の間東京・UPLINK吉祥寺で公開、ほか順次全国で順次上映