ある少女の死を発端に、関わった人々の人生の歯車が狂い始める!
『BLUE ブルー』(2021)、『犬猿』(2018)などで知られる吉田恵輔監督が自身によるオリジナル脚本で挑んだ映画『空白』は、万引した女子中学生が交通事故にあって死亡したことをきっかけに起こる様々な人間模様を描いた衝撃のヒューマン・サスペンスです。
事故により複雑な状況に置かれた人々を、古田新太、松坂桃李をはじめとする俳優たちが熱演!
『新聞記者』(2019)、『MOTHER/マザー』(2020)などで知られる河村光庸が企画・製作・エグゼクティブプロデューサーを務めています。
映画『空白』の作品情報
【日本公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本】
吉田恵輔
【キャスト】
古田新太、松坂桃李、田畑智子、藤原季節、趣里、伊東蒼、片岡礼子、寺島しのぶ
【作品概要】
『新聞記者』(2019)、『MOTHER/マザー』(2020)などで知られる河村光庸が企画・製作・エグゼクティブプロデューサーを務め、吉田恵輔が脚本・監督を務めたヒューマンサスペンス。
娘の死によりモンスター化する父親・添田を古田新太、彼に追い詰められていくスーパーの店長・青柳を松坂桃李が演じ、田畑智子、藤原季節、伊東蒼、寺島しのぶ等が共演。
映画『空白』あらすじとネタバレ
港町で働く漁師の添田充は、誰にでもすぐ怒鳴りつける粗暴な男で、彼のもとで働く若い青年・野木は、いつも命令口調で威圧的な態度をとられることにうんざりしていました。
添田は離婚後、一人で中学生の娘・花音を育ててきましたが、ろくに娘の話も聞かず、娘は怖い父親に怯え、萎縮した日々を送っていました。
学校でも孤立しがちで、担任の教師からは、「仕事が遅すぎる、もっと計画性を持ちなさい」とたびたび注意を受けていました。
今は、別の男性と暮らしている母親から、携帯電話を買ってもらいましたが、父親に見つかり、「携帯はまだ早い」と家の窓から投げ捨てられてしまいます。
父に学校のことで話があると切り出しても、父は仕事の電話でイライラして取り合ってくれず、花音はついに父に相談することが出来ませんでした。
そんなある日、花音は町の小さなスーパーで万引きしたところを、スーパーの店長・青柳にみつかり別室に連れて行かれます。しかし一瞬のすきを観て逃げ出し、必死で道路をかけていく花音。青柳は彼女を全力で追いかけました。
青柳に追いつかれ、花音は思わず車道を横切ろうと飛び出しますが、ちょうどそこを通りかかった車は駐車していた車の影から突然でてきた少女に対応できず轢いてしまい、少女の体はさらにあとから来たトラックにも轢かれて、車輪に巻き込まれ何メートルも引きずられます。
知らせを聞いてかけつけた添田は、激しく損傷した娘の遺体を見てショックを受け、号泣。駆けつけた元妻には遺体を観るなと怒鳴りつけました。
マスコミはこの事件に飛びつき、スーパーの対応に問題はなかったかと、面白おかしく、連日のように報道していました。
葬式にやってきた青柳に噛み付く添田。青柳は道義的責任があると謝罪しますが、添田は青柳を許すことが出来ません。
添田は、娘が万引したはずはない、もししたとしても化粧などしない子だったから学校の誰かに強要されたのではないかといじめを疑い、学校に疑問をぶつけます。娘は学校のことで自分に相談したいと言っていたのだと。
学校は形ばかりの調査を行いますが、そこでわかったのは、生徒たちがまったくと言っていいほど花音に関心をもっていないことでした。もしいじめの対象だったら印象にのこっていたはずと一人の生徒は証言したそうです。
しかし納得できない添田は自分が直に生徒たちに質問すると言い出し、それを阻止するために校長は、スーパーの店長は以前、痴漢の疑いがかけられたことがあるという嘘の情報を伝えました。
あとになって元妻から「学校の事に関する相談」というのは、三者面談のことだと聞かされる添田。しかし、花音は父親よりも母親に来てほしいと言っていたという元妻の話にも納得することができません。
どうしても娘が万引をしたとは認められない添田は青柳にわいせつ目的だったのではないかと疑いをぶつけますが、青柳は否定。
連日、マスコミがスーパーの前でカメラを回し、訪れる客は半減。長く務めていたパート従業員も退職を申し出ます。
添田は店に入ってきて、わざと化粧品をかばんに入れたり、店の前で何時間も立っているなどの行為を繰り返し、それをまたマスコミが撮影し、嬉々として放映していました。
インタビューに応じた青柳の言葉は編集されて放映され、青柳はすっかり悪人に仕立て上げられました。ネットでもそんな青柳を中傷する言葉が溢れ青柳は次第に精神的に追い詰められていきます。
仕事が終わり、スーパーから自宅に変える際、添田にあとを付けられることもあり、青柳は土下座して謝りますが、「土下座なんてのはな、誰にでも出来ることなんだよ」と添田は同じように膝をつき、怒鳴るのでした。
ある時は、娘はどういうふうに死んだのか教えてくれよと言われ、現場に添田と共にいき、事故の状況を説明させられる青柳。その時、彼は通りかかった車の前にふらふらっと出ていきましたが、添田が彼の体を咄嗟に引き寄せ衝突を阻止しました。「自殺するなら人に迷惑かけないようにしろ!」と添田は怒鳴ります。
長年スーパーでパートとして務めているひとりの中年の女性だけが、青柳は悪くないと励ましてくれましたが、「スーパーこそ被害者だ」とビラを作って店の前で配り始めるような彼女の正義感は青柳にとっては返って苦痛でしかありません。
スーパーの売上げは落ち込み続け、ついに廃業が決まりました。片付けに追われる中、青柳は発作的に自殺未遂を起こしてしまいます。
映画『空白』の感想と評価
吉田恵輔監督は、人間の「負」の部分に焦点をあて、それを人間の持つ可笑しみとして描くことに長けた作家です。
本作も、ある事故によって尊い命が失われたことをきっかけに、様々な立場に陥る人間の姿が描かれていますが、一筋縄では行かない複雑な状況の中で、むき出しになる人間性が鋭く描かれています。
吉田監督作品の根底に流れているユーモラスな部分はここでは影をひそめ、シリアスで重苦しく、息苦しくなるような緊張感が全編に渡って貫かれており、見ごたえがあります。
映画を観る前には、娘の死によりモンスター化した父親の途方もない行為による激しい展開を想像していたのですが、むしろ、物語は淡々とした雰囲気で進行し、途方も無い怒りと哀しみが渦巻いているのに、静謐な印象すら感じさせます。
添田は、亡くなった娘が事故に遭う前に万引をしたということをどうしても認められず、学校でいじめがあったのではないか、店長が見間違えたか、あるいは別の目的があったのではないかといぶかり、追求の手をとめません。
それは一見、娘想いの行動で、娘の不名誉を覆したいという親心の現れにも見えますが、一方で、自身に降り掛かってくる恥を取り去りたいだけのようにも見えます。そもそもこの父親は娘を萎縮させてばかりで、まったく関心を持っていなかったように描写されていました。
他者の言葉に耳をかさず憤怒にかられる添田という男を古田新太が演じ、圧倒的な存在感を示しています。添田に恐怖心を頂き、関係者が皆、精神的に追い込まれていくのが納得の、強い威圧感を全身から漂わせています。
一方、万引して逃げた女子中学生を結果的に追い詰めた形となったスーパーの店長・青柳は、この事件以前から、自己評価が低くて覇気がなく、ナーバスな精神状態にあったことが伺われ、添田に非難されることにより、さらに深い闇の中へと陥っていくかに見えます。
そんな複雑な人物の有りさまを松坂桃李が迫真の演技で表現し、圧巻と評さずにはいられません。
また、寺島しのぶ扮するパート店員は、青柳に落ち度はないと善意で彼を励まし続けますが、正義を唱える彼女の主張は、青柳をさらに追い詰めてしまいます。この女性の行動は、「正義とは何か」ということを考えさせます。
良いことをしているはずの人間が、他人の時間を自分の都合の良いように搾取したり、怒鳴るようなハラスメント行為やセクハラともとれる行為を行っていることが描写され、今、現在、世の中に溢れている様々な問題を連想させます。
一人の女子中学生の事故死をきっかけに関わった人々の人生が狂ってしまうこの物語は、人生が、善か悪か、白か黒か、加害者か被害者か、正義か不義か、といった具合に単純に区分できないことを示し、人間心理の複雑さ、人間の存在の脆さを鮮やかに描き出しています。
まとめ
親から受け継いたスーパーを手放し、違う職業に身を追いても、青柳は「スーパーあおやぎの店長」として発見されてしまいます。
しかし、この時、声をかけてきた男性は、暖かい言葉だけをかけて去ります。また、冒頭、添田の行動に辟易した姿を見せながら、中盤には添田に寄り添うようになる藤原季節扮する野木の優しさも人間がたしかに持っている善意の姿です。
不穏で重苦しい物語の中にそれぞれの救いとして、彼らの言葉や行動が立ち上がってきます。
添田は、娘を轢き、それを苦にして自殺した女性の母親から、真摯な謝罪を受けたことにより、憤怒のまま突っ走ってきた自身の行動を振り返ることになります。
娘は生前、何を考え、どう生きていたのか。初めて知りたいという気持ちに駆られた彼は、遺品を整理し、美術部員だった娘が残した油絵を自身も描きはじめます。
これまで娘と何かを分かち合うことがおそらくなかったであろう添田が、娘が残した一枚の絵を観た時に心の底からこみ上げてくる感情を覚えるところで映画は終わります。
もしかしたら、そこから彼の本当の苦しみが始まるのかもしれません。娘の不在が実感され、自身への憤りと後悔の念がやっとここで生まれてくるのではないか。余韻を残すラストシーンはこのように、観るものに様々な事柄を想像させます。