山田洋次、吉永小百合、大泉洋が贈る
「母と息子」の新たな出発の物語
今回ご紹介する映画『こんにちは、母さん』は、2020年に100周年を迎えた松竹映画の作品となります。
松竹映画は「男はつらいよ」シリーズをはじめ、その長い歴史の中で人の温かさを描いた人情物語や家族の物語を多く送り出しました。
映画『こんにちは、母さん』は、2023年変わりゆくこの令和の時代に、いつまでも変わらない普遍的な親子を描いた映画です。
監督を務めたのは昭和、平成と時代とともに移り変わる家族の姿を描き続け、91歳にして本作が90作品目となる山田洋次監督です。本作ではいよいよ、令和を生きる親子の等身大の姿を心情豊かに描いています。
CONTENTS
映画『こんにちは、母さん』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【監督】
山田洋次
【原作】
永井愛
【脚本】
山田洋次、朝原雄三
【キャスト】
吉永小百合、大泉洋、永野芽郁、YOU、枝元萌、加藤ローサ、田口浩正、北山雅康、松野太紀、広岡由里子、シルクロード、明生、名塚佳織、神戸浩、宮藤官九郎、田中泯、寺尾聰
【作品概要】
主演を務めるのは、「男はつらいよ」シリーズの 1972年に公開された『柴又慕情』編をはじめ、『母べえ』(2008)、『おとうと』(2010)、『母と暮せば』(2015)など多くの山田洋次監督作品に出演し、吉永小百合にとって123本目の映画出演となる本作では、下町に暮らす母・福江を演じます。
福江の息子・昭夫を演じるのは、映画やドラマでの好演で大活躍中の大泉洋が務めます。山田洋次監督映画への出演、吉永小百合との共演はともに初めてとなります。
映画『こんにちは、母さん』のあらすじとネタバレ
神崎昭夫は有名企業の人事部長として、会社幹部と社員達の間で日々神経をすり減らしながら業務に勤しんでいます。
ある日、離席中の昭夫を待つ同僚であり、大学時代の友人・木部富幸が、同窓会の幹事をするが、趣向を凝らして屋形船を使いたいと相談を持ちかけます。
昭夫の実家が東京下町の向島であることから、彼の母に伝手がないかと言うのです。昭夫はその相談を受け、数年ぶりに足袋店を営む実家を訪れました。
「こんにちは、母さん」と昭夫が声をかけると、母の福江が奥から出てきますが、見慣れた割烹着姿ではなく、今時のエプロン姿で髪も染め若々しい様子を見せます。
髪を触りながら「おかしいかい?」と昭夫に聞く福江に「いやいや、とてもいいよ」と、照れながら昭夫は答えます。
昭夫は夕飯にうなぎでも食べに行こうと誘いますが、福江は今からホームレス支援のボランティア団体「ひなげしの会」の会議と、夜には配給支援に行くのだと断ります。
そんなことを話していると、ひなげしの会のメンバー、アデンション・琴子と番場百惠が訪ねてきました。
百惠はお煎餅屋の娘で昭夫とは幼なじみでした。百惠は昭夫との久しぶりの対面に喜びます。遅れて教会の牧師の荻生直文も合流し2人は挨拶を交わします。
ご無沙汰してる間に、ボランティアのリーダーとして活動をする母を見た昭夫は、驚くとともに久しぶりに息子が帰ってもお構いなしの雰囲気に居づらくなり、外に出かけそのまま帰宅します。
福江たちは夜にホームレスを訪ね、弁当や飲み物を差し入れをして回ります。福江と萩生の2人には気がかりなホームレスがいます。
イノさんと呼ばれる老人は他のホームレスと違い、ブルーシートで囲いもせず高架下で寝泊りしていました。イノさんは萩生の問いかけには、心を開きませんが福江が差し出す弁当は受け取ります。
福江は生活保護を受けて、屋根のある部屋を借りようと説得しますが、行政嫌いのイノさんは断固拒否をします。
その頃、帰宅した昭夫は、デリバリーの酸辣湯麺を食べはじめます。そこに別居中の妻・知美から電話があり、大学生の娘・舞が外出したまま、3日も帰ってこないと言います。
知美は思い当たる友人宅に電話したがおらず、最後は向島のおばあちゃんの家ではないかと言います。再び昭夫が実家を訪ねると案の定、舞は居候していました。
舞が家出した理由は、母に大学の授業がつまらないと相談すると、父のように大企業に入れないなら、大企業の人間と結婚するしかないと、過小評価され傷ついたと話します。
舞は昭夫も同じように思っているのだろうと大泣きします。昭夫はそんなことはないと慌てますが、結局舞はしばらくおばあちゃんの家に居候することになります。
実は昭夫の会社では、早期退職者を募る動きがありました。人事部長の昭夫は、早期退職を促された社員の離職手続きをしていました。
ある日、出勤する木部が待ち構え、早期退職者のリストに自分が入っていたと問い詰め、どうして話してくれなかったのかと非難し、絶対辞めないと宣言します。
休日、木部は昭夫の実家にまで押しかけます。舞やひなげしの会のメンバーもいる中、口論になりますが、2階に行った2人は取っ組み合いの喧嘩になってしまいます。
昭夫は木部の早期退職候補のことを知り、好条件で退職させ次の勤務先も調整していましたが、木部は断固として会社に居座り、やがて仕事は与えられなくなりました。
『こんにちは、母さん』の感想と評価
舞台となった“向島”とはどんな街?
向島には“花街”と呼ばれる、料亭が軒を連ねる一角があります。はじめ吉永小百合が下町の母さん役と知り、あんな奇麗なおばちゃんはいないだろうと思いました。
しかし、花街生まれの娘ならば考えがつきます。奇麗どころの芸者がいる街ですから、美しい娘がいることも想像できるからです。
また、今時“足袋屋”?と思った方も多いかもしれませんが、花街の芸者、置屋や料亭の女将が履く足袋の他に、作中に関取が出てくるシーンの通り、向島やこの界隈には相撲部屋も多く点在します。
着物を着る職種が残る向島には、足袋屋があることも不思議ではないのです。今では既製品もありますが、自分の足に合わせオーダーメイドすることも多いのです。
福江の店で昭夫の実家、“足袋神崎”にはモデルとなった老舗があります。慶応3年(1867)創業の“向島めうがや”です。
昭夫は父親とそりが合わず、大学の進学を機に家を出てしまい、“足袋神崎”は受け継ぎませんが、“めうがや”はその伝統を6代目に受け継がれようとしています。
大企業を辞め自宅に戻った昭夫は、神崎を受け継ぐのでしょうか?母・福江と共にほそぼそと営み、ボランティアに参加してホームレスが増えないよう、尽力をするのではないかと想像させました。
もし、会社が出した決断で木部を懲戒解雇にしていたら、彼やその家族は路頭に迷ったでしょう。それは将来的に木部をホームレスにすると予感させます。
昭夫の友情はボランティアをする母やイノさんの姿を通し、木部を救おうと行動させたのだと思わせました。
困っている人を放っては置けない・・・そんな人情がDNAの中に刻まれているのか、昭夫の生き様にはそういう面が垣間見えました。
“隅田川花火大会”が伝える伝承
作中、街のそこかしこに“隅田川花火大会”開催のポスターが貼られている場面が出てきます。
この“隅田川花火大会”は江戸時代の花火師、鍵屋と玉屋が、各々の技を競い宣伝するため、隅田川での船遊びが許され、川開きの納涼花火が解禁された日に行ったことが始まりです。
そして、起源として様々な仮説が造られ、時代とともにその意味が付け加えられ、変化しながら伝承されてきました。
起源については文献として残っていなかったものの、天保18年に花火師の鍵屋が花火を打ち上げた同年に、“天保の大飢饉”とコレラの流行し江戸で多くの死者が出たことで、8代将軍・徳川吉宗が“死者の霊を弔う法会”を催しました。
この史実を引用し昭和初期に、あやふやだった花火大会の起源を「川開きと花火の沿革」として、“慰霊と疫病退散”の意味を含み制定されました。
花火大会は明治維新や第二次世界大戦時、高度経済成長期の河川汚染などで、花火大会は中断されましたが、1978年に“隅田川花火大会”と名称を変え復活します。
作中でイノさんが焼夷弾によって焼かれる、向島の炎から逃れようと、言問橋から川へ飛び込んだとありますが、飛び込んだのはイノさんだけではありません。
本当は溺れて亡くなった人の数が大多数で、イノさんは遺体の浮かぶ中で奇跡的に命拾いし、その経験が長年にわたり罪悪感をもたせ、飛び込もうとしたのではと推測します。
東京の下町は他にも関東大震災など、多くの犠牲者を出した暗い歴史があり、慰霊の心が深く刻まれ隅田川花火大会の長い歴史の中に、慰霊の想いが伝承されています。
近年、新型コロナウイルスの影響で花火大会は中止され、2023年に4年ぶりに開催されました。下町の誰しもが心の中で“悪霊退散”の願いを込め、新たな出発を決意したことでしょう。
まとめ
『こんにちは、母さん』の原作では、福江の夫は第二次世界大戦で出兵し帰還した夫という設定で、映画とは時代背景が異なっています。
昭夫と父との関係があまりよくないのは同じですが、戦争で子供を含む多くの人を殺めた、罪の意識から子供への愛情を自ら制したからだとなっています。
本作では戦争孤児という設定で、親がなく苦労して足袋職人になった父は、昭夫には同じ苦労はさせたくないと思います。
このことから伝承には、受け継ぐものと受け継がせたくないものがあると感じました。
戦争が生む数々の不幸は“受け継ぐべきではない”、そんなメッセージがあり、時代は変わっても親子の絆は受け継いでいきたい・・・そんな願いが込められていると伝わります。
また、「男はつらいよ」ほど下町の人情劇がないのは、令和という時代に寄せたからです。個人主義になりつつある中、ホームレスを見てみぬふりができない、そんな現代の人情がありました。
『こんにちは、母さん』は下町情緒の残る東京の下町向島を舞台に、老舗の足袋屋を中心に変化しゆく家族の形、受け継がれる親子の絆を息子の離婚、母親の失恋によって再び結ばれ、新しいスタートをする物語でした。