孤独を抱えながら生きる男女のラブストーリー
突然の引退宣言を撤回し、『希望のかなた』(2017)から6年ぶりにアキ・カウリスマキ監督が取りまとめました。
労働三部作『パラダイスの夕暮れ』(2002)、『真夜中の虹』(1990)、『マッチ工場の少女』(1991)に続く4作目として、厳しい現実を描きながらもささやかな幸せを信じ生きる人々を優しく描きます。
理不尽な理由で解雇されたアンサと、工事現場で働く酒浸りのホラッパはカラオケバーで出会い、互いに惹かれるもお互いの名前も知りません。
偶然の再会が2人に幸せをもたらすも、ふとしたすれ違いで引き離されてしまいます。不器用だけれどまっすぐな2人の純愛を、アキ・カウリスマキ監督らしいとぼけたユーモアで包み込みます。
しかし、ロシアのウクライナ侵攻を知らせるラジオなど、どこかゆったりした2人の日常は、過酷な現実とともにあることを忘れさせない監督のメッセージもこもった映画になっています。
映画『枯れ葉』の作品情報
【公開】
2023年(フィンランド・ドイツ合作映画)
【監督・脚本】
アキ・カウリスマキ
【キャスト】
アルマ・ポウスティ、ユッシ・バタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイブ、MAUSTETYTÖT(アンナ・カルヤライネン、カイサ・カルヤライネン)
【作品概要】
アンサ役を務めたのは、舞台などで活躍し、『TOVE トーベ』(2021)で主人公を務めたことで注目を集めたアルマ・ポウスティ。ホラッパ役には、『アンノウン・ソルジャー 英雄なき戦場』(2019)のユッシ・バタネンが務めました。
そのほかのキャストにはアキ・カウリスマキ監督の『街のあかり』(2007)のヤンネ・フーティアイネン、『希望のかなた』(2017)のヌップ・コイブ。
さらに、ヘルシンキ在住のアンナ・カルヤライネン、カイサ・カルヤライネン姉妹によるバンドMAUSTETYTÖTも出演し、劇中歌として『SYNTYNYT SURUUN, PUETTU PETTYMYKSIN』が使われています。
映画『枯れ葉』のあらすじとネタバレ
フィンランドの首都ヘルシンキ。スーパーマーケットで働くアンサ(アルマ・ポウスティ、)は、友人とともにカラオケバーに飲みに行きます。
そこに、工場で働くホラッパ(ユッシ・バタネン)と同僚のフオタリ(ヤンネ・フーティアイネン)とともにやってきます。2人は一目見て惹かれ合いますが、視線を交わすだけで言葉を交わすことはありません。
その横でフオタリは必死にアンサの友人のリーサ(ヌップ・コイブ)を口説こうとしています。
その後アンサは、廃棄食品の持ち帰りをしたとして事前通告もなしにクビにされてしまいます。上司の理不尽な通告に怒り、リーサもともに辞めますが、仕事をしないわけにはいきません。
アンサはパブの皿洗いの仕事に就きますが、給料日にオーナーが麻薬の密売で警察に捕まってしまいます。そしてそこにやってきたのが、ホラッパでした。
ホラッパとアンサはカフェでコーヒーを飲みます。そしてその後2人は映画館に行くことに。
映画館で『デッド・ドント・ダイ』を鑑賞し、帰り際ホラッパは「また会いたい」と言います。名前は今度教えるといいアンサは電話番号をメモした紙をホラッパに渡し、頬にキスをします。
嬉しさで呆然とするホラッパは、タバコを取り出しその隙にメモが落ちてしまったことに気づきません。
映画『枯れ葉』の感想と評価
『希望のかなた』(2017)以来6年ぶりの新作となったアキ・カウリスマキ監督。
前作では、移民を題材に監督らしいユーモアを交えて描いていましたが、本作でもホラッパが最初務めていた工場などに移民が登場していました。
それだけでなく、アンサがよく聞いているラジオには、ロシアのウクライナ侵攻のニュースが流れており、アンサとホラッパの何気ない日常においても現実社会と地続きであることを観客に思い起こさせます。
現代社会と地続きであることを感じさせる一方で、アンサとホラッパの不器用な交流はどこかユートピアのようなファンタジックさがあります。
現代社会を象徴するようなSNSなどもなく、2人はメモで住所を教えたり、電話をしたりとどこかアナログで、そのもどかしさがかえって愛おしいような心持ちにさせます。
それは情報が溢れかえる現代社会に私たちが疲弊し、忘れさせていた大切な何かを教えてくれるような気がするからではないでしょうか。
アキ・カウリスマキ監督は、労働者三部作や、敗者三部作など題しているように、完璧ではない等身大の人物たちを描き出します。
ホラッパは「酒を飲まなきゃやっていられないし、酒を飲むからまた気分も落ち込む」と言い、ただ飲んで仕事をするだけの日々を送っていました。
同様にアンサも日々をただ過ごしていました。そんな2人は一目見て互いに惹かれあい、ともに過ごすことに“幸せ”を感じるようになるのです。
食事だけでも1人で食べるのと誰かと食べるのでは大きく違います。連絡がこないもどかしさも、相手がいるからこその感情なのです。
誰かを思うこと、誰かと会う楽しさ、それはただ日々を過ごすだけであった2人とって愛おしいものであり、ささやかな幸せがどれほど愛おしいか、を改めて教えてくれるような映画なのです。
映画の中だけでも、現実の色んなことを忘れて真っ直ぐに愛に向き合い、ささやかな幸せを噛み締めようというアキ・カウリスマキ監督の優しさが感じられます。
まとめ
孤独を抱えながら生きる人々を描いた映画『枯れ葉』は、アキ・カウリスマキ監督らしいユーモアに溢れています。
アンサとホラッパが一緒に観にいく映画は、ジム・ジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』(2020)でしたが、映画館にはブリジット・バルドーのポスターがあったりと映画好きにはたまらない仕掛けもあります。
アンサと友人のリーサの会話はユーモアに溢れているだけでなく、自立した女性であることもうかがえます。アンサの家で食事をしたホラッパは食事に慣れていない様子であった上に隠れてお酒を飲んだりもっとお酒はないのかと粗野な言動をしてしまいます。
そのことをアンサはリーサに「人の家をパブだと思っている」と愚痴を言います。
アンサは自分の意見をきちんと言う自立した女性で、たくましく生きる力を持っています。同時に愛を信じているからこそホラッパの言動に対しても自分の思うことを伝えるのです。
ホラッパは不器用で自分の思いをうまく相手に伝えられないところがあったり、酒浸りの自分について情けないと感じていたりする部分もあるでしょう。
そんな情けなさも包み込んでくれるのがアキ・カウリスマキ監督の優しさなのです。希望の持てない日々に幸せを見出し、やるせない世界をユーモアで笑い飛ばしてしまいます。
しかし、現実への視点を忘れていないからこそ、もの悲しさが宿るのです。
それでも歩き出すアンサとホラッパ、そして犬のチャップリンの後ろ姿は希望が感じられ、映画館を後にする私たちの足取りも軽くなります。