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Entry 2021/09/02
Update

映画『TOVE/トーベ』感想と考察解説。ムーミン一家を原作者ヤンソンと“スナフキンの名言”から迫る

  • Writer :
  • 桂伸也

映画『TOVE/トーベ』は10月1日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー!

世界的にも有名な北欧のキャラクター、ムーミンの物語を描いた原作者の半生に迫る『TOVE/トーベ』。

フィンランドの芸術家でムーミンの原作者、トーベ・ヤンソンが第二次大戦下から戦後、そしてムーミンの物語で頭角を現した時期を経て彼女が抱えた葛藤と苦悩の時期を描きます。

フィンランドのザイダ・バリルート監督が作品を手掛け、スウェーデン、フィンランド両国の舞台で活躍するアルマ・ポウスティが主演を務めます。

映画『TOVE/トーベ』の作品情報

(C) 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

【日本公開】
2021年(フィンランド・スウェーデン合作映画)

【原題】
TOVE

【監督】
ザイダ・バリルート

【キャスト】
アルマ・ポウスティ、クリスタ・コソネン、シャンティ・ローニー、ヨアンナ・ハールッティ、ロベルト・エンケル

【作品概要】
世界中に知られる「ムーミン」シリーズの原作者トーベ・ヤンソンの半生を描いたドラマ。

第2次世界大戦下にはフィンランド・ヘルシンキのアトリエで暮らし始めたトーべが葛藤を胸に抱えながら、一方で運命の女性と惹かれ合い新たな思いを芽生えさせる中で、ムーミンのキャラクターたちを創作していく姿が映し出されます。

監督を務めたのは『マイアミ』(2017)『僕はラスト・カウボーイ』(2009)などのザイダ・バリルート。舞台で幅広く活躍するフィンランド人のアルマ・ポウスティがトーベ・ヤンソン役を担当、ヤンソンの運命の人・ヴィヴィカ・バンドレル役を、『ジェイド・ウォリアー』(2006)『ラストウォー1944 独ソ・フィンランド戦線』(2015)などのクリスタ・コソネンが演じます。

コソネンはバリルート監督作品『マイアミ』にも出演しています。

映画『TOVE/トーベ』のあらすじ

(C) 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

1944年、第2次世界大戦末期のフィンランド。防空壕で人々が空襲におびえる中、作家のトーベ・ヤンソンは子供たちにとある物語を語っていました。

やがてその物語から、彼女はムーミンの世界を創り出していきました。

一方でヘルシンキにあるアトリエで暮らし始めた彼女は、芸術界における父親の台頭を目の当たりにしながら、自身の芸術観と美術界の潮流にギャップを感じ、その苦悩をかき消すように恋に溺れ、あるときはパーティーを楽しんだりと自由な生活を謳歌していました。

そしてある日彼女はとあるきっかけで舞台監督のヴィヴィカ・バンドレルと対面します。

その出会いがヤンソンの人生に大きな影響を及ぼしていくことを、彼女自身は知る由もありませんでしたが…。

映画『TOVE/トーベ』の感想と評価

(C) 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

日本では1969年にアニメーション番組が放映され、世界的なキャラクターとして日本でも絶大な人気と知名度を誇るムーミン

原作のタイトルにある「トロール」とは、北欧の伝説に登場する妖精のことを示しますが、その多くはどちらかというとグロテスクな風貌をもつものとして描かれています。

ですが、トーベ・ヤンソンの描いた世界観では、主人公のムーミンをはじめとして愛らしくファンタジックな印象が表現されています。

一方で、その物語自体は決してファンタジーという温和なカラーだけで終わらない、意外にシリアスなテーマが取り上げられています。

例えば1964年に訳本が発表された日本最古の出版作品「ムーミン谷の冬」では、冬眠という習慣を持つ彼らの中で、主人公のムーミン一人だけが目覚めてしまい、全く知らない世界が広がる中で孤立してしまうという非常に困難な状況で物語が展開します。

こうした切り口は哲学的でもあり、見方を変えると人々の生き方にも大きなヒントを与えるような深い物語性を感じるものでもあります。

どちらかというと気弱な性格のムーミンがメインであることは、なおさらこのテーマを深く感じさせるポイントです。

本作は、第二次大戦後の新たな人生を築いていくヤンソンの姿から、ムーミンというビジュアルイメージよりむしろ物語自体がいかに描かれていったかを感じさせるストーリーを記しています

(C) 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

興味深いのは、ヤンソンの生きざまの中に見える彼女自身の性格にあります。

青年期の彼女の生き方は所説ありますが、本作の彼女は著名で厳格な彫刻家の父を持ち、激しい戦火の中抑圧されながらもムーミンを生み出し、戦後は保守的な美術界や父との軋轢に反抗するかのように、敢えて自由奔放な生き方を選んでいきます。

その生きざまはある面破滅的な人生を選択しているようでもあり、どちらかというと物語に描かれる優しい性格のムーミンとは、全くかけ離れた様子すら感じられます。

しかし物語が進むにつれ、苦悩のような心理を抱えた彼女の表情は、どこかムーミンのイメージと徐々に重なっていきます。

決して誰かに認めてもらえるような堅実な選択をするわけでもなく周囲とのさまざまな軋轢、そして自身のコンプレックスなどに悩んでいくヤンソンですが、運命の女性ともいえるバンドレルとの出会い、そしてムーミンの物語が大きな人気を博していく一方で、それぞれの思いに対して決着を見出していきます。

本作で描かれるヤンソンという人物の人間像はごく一部の側面でしかありませんが、その生きざまはまさしく彼女の人生からムーミンの物語をいかに引き出していったかを感じさせるものであり、かつムーミンの物語がいかに普遍的なテーマを取り上げているかを知らしめるものとなっています。

まとめ

(C) 2020 Helsinki-filmi, all rights reserved

本国フィンランドでは公開されるや大絶賛で迎えられ、スウェーデン語で描かれたフィンランド映画としては史上最高のオープニング成績を記録と、いかに本国ではムーミン、そしてヤンソンという人物への関心を長く持ち続けられているかがうかがえます。

自身は父の生き方に囚われない自由な生き方を志しながら、芸術という世界から無下にされ、心の中で苛立ちを募らせるヤンソン。彼女はやがてバンドレルとの対面で新たな自分を見出し期待に胸を躍らせつつ、逆に新たな悩みを抱えていきます。

本作のポスタービジュアルには、原作「ムーミン谷の雪まつり」で記されるムーミンの友人スナフキンの「大切なのは、自分のしたいことをわかってるってことだよ。」という言葉が表されています。

劇中のヤンソンがいつもどこか煮え切れない悶々とした日々を送りながらも、自身の根底にある思いから離れようとしない苦悩の表情を見せていることに対し、この言葉が大きな指針を与えているようでもあります。

ムーミンの物語はスナフキンをはじめそれぞれの登場人物がはなつ、このように人生に向けて大きなヒントを与えてくれるような言葉が多くちりばめられています。

それはある意味ヤンソンが心の中で欲していた言葉を物語に吹き込んだようにも見えるでしょう。

映画『TOVE/トーベ』は10月1日(金)より新宿武蔵野館、Bunkamuraル・シネマ、 ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

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