『かば』は2021年7月24日(土)新宿 K’s cinemaにて全国順次ロードショー。
かつて大阪に差別と偏見、貧困などの様々な問題を抱えた生徒たちに、正面から向き合った1人の中学生教師がいました。
その教師の名は蒲益男(かばますお)。彼が2010年、58歳で惜しまれつつ亡くなった時、その葬儀には教え子のみならず、300人を超える様々な人々が参列しました。
多くの支援者の声に支えられ、この男の物語は映画化されました。完成した熱い教師と生徒たちが織り成す物語を紹介いたします。
映画『かば』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【制作総指揮・原作・脚本・監督】
川本貴弘
【出演】
山中アラタ、折目真穂、木村知貴、さくら若菜、近藤里奈、高見こころ、石川雄也、牛丸亮、安永稔、八尾満、松山歩夢、冨士田伸明、大橋逸生、島津健太郎、中山千夏、四方堂亘
【作品概要】
バブル景気を迎えようとしている、阪神タイガースが優勝に向けて躍進していた1985年の大阪。
そこには日本社会の矛盾が集まったような場所があり、その地の中学校には様々な問題を抱えた生徒たちが通っていました。彼らに向き合い、正面からぶつかった教師の姿を描き話題となった映画です。
『傘の下』(2012)の監督・川本貴弘がこの実在の教師、蒲益男を知ると取材を敢行。その結果強く映画化を熱望して2017年、パイロット版を製作します。その後2万人を超える人々の、本作の完成を待ち望む声に後押しされ映画はついに誕生しました。
主演は『幸福な囚人』(2019)や『拝啓、永田町』(2021)の山中アラタ。『燃えよ剣』(2021)にも出演の折目真穂がヒロインを務め、『恋するけだもの』(2020)の木村知貴、 AmazonPrimeドラマ『がっこう××× 〜もうひとつのがっこうぐらし!〜』(2019)のさくら若菜、元NMB48の近藤里奈らが共演した作品です。
映画『かば』のあらすじ
大阪、西成区のとある中学校。周囲から差別と偏見の目で見られ、貧困など家庭にも問題を抱えた生徒たちは、荒んだ学校生活を送っていました。彼らに真剣に向き合う蒲=かば先生(山中アラタ)ら教師たちも、問題児には手を焼いていました。
その中学校に臨時教員として新人教師の加藤(折目真穂)が赴任します。ベテランの岡本先生(木村知貴)に学校を案内されますが、荒れた様子の校内を見せられた上に、生徒からは受け入れてもらえず自信を喪失します。
そんな彼女に対し、得意の野球で生徒たちに向き合うように勧める蒲先生。優等生の裕子(さくら若菜)に慕われ、喧嘩っ早い番長で野球部員の繁(松山歩夢)から実力を認められた加藤先生は、徐々に学校に馴染んでいきました。
転校初日に繁と喧嘩騒ぎを起こし、不登校になった良太を気にかけ、彼の自宅を訪ねた蒲先生。生徒たちに将来を語るよりも、今日一日を精一杯生きて欲しいと願い、トラブルの渦中に飛び込む彼の姿勢は誰からも一目置かれる存在です。
常に問題児たちを気にかける蒲先生は、街中で手のかからない優等生だった卒業生、由貴(近藤里奈)を見かけました。とっさに彼女の名前が想い浮かんで来ないものの、彼女の幸せそうな姿に満足する蒲先生。
様々な事情を抱え、荒れていた生徒たちの心を開いた蒲先生と加藤先生ですが、問題と無縁に見えた生徒たちも、大きな悩みを抱えていました。体当たりで生徒に接する熱血教師は、知らなかった様々な事実に気付かされます。
蒲先生と生徒たちの熱い夏は、どのように過ぎていくのでしょうか。
映画『かば』の感想と評価
実在の熱血教師の原点を描いた作品
多くの人々にその死を惜しまれた教師、蒲益男。その人物像に興味を持った監督・川本貴弘は、彼の教師としての原点である大阪、西成区の中学校を訪れて取材を行いました。
1980年代を蒲先生と共に、この地で過ごした同僚教師・卒業生から当時の話を聞いた監督は、彼らの間に存在する”他者との密接な距離感”に驚き、同時にそれに対して羨ましさに近い感情を覚えた、と告白しています。
30年以前の出来事を、昨日起きたかのように語る教師と生徒の間には、”教育者と学習者”や”大人と子ども”の間柄を越えた、対等な人間関係が築かれていると理解した、と言葉を続ける川本監督。
監督は取材に2年半の歳月をかけ、当時中学校での学校生活を把握し、衝突を繰り返しながら理解を深めた彼らの実像を掴みます。そして蒲先生と周囲の人々の姿を描くことは、現代人への道しるべとして働く映画となると確信しました。
自分は映画人だ、映画人の発信力を生かすことができる。どんな困難があろうとも、この題材を映画化しなければいけないと決心した川本監督は、2017年にまずパイロット版を製作し、製作資金を確保するクラウドファンディングを立ち上げます。
さらにより多くの方々の賛同を獲得し、それと同時に蒲先生ら西成に生きた教師たちの姿を世に広めるべく、様々な場所で講演会を実施する川本監督。こうした活動が実を結び、映画『かば』の支持者は増えていきました。
そういった過程の一部は、「ドキュメンタリー オブ かば」によって確認することが可能です。
映画完成に至る道筋も熱血です
参考映像:「ドキュメンタリー オブ かば」
本作のパイロット版が完成した段階で既に、NHKのTV番組「ウィークエンド関西」など様々な媒体に紹介され、この映画化への動きは多くの方々の注目を集めました。
しかし製作費を集めるのはこれからです。監督はクラウドファンディングだけではなく、パイロット版上映付き講演会を各地で実施します。また企業や団体の協賛を求めるべく、企業向けメイキング映像を作成。
また第2弾クラウドファンディングでは、体験型リターン(撮影現場見学やエキストラ、セリフ有りの出演権など)と、応援型リターン(グッズ・DVD・招待券プレゼント)を用意するなど、様々な工夫を凝らしました。
本作が完成に至る過程は、これからのインディーズ映画製作のあり方の一つの形を見せてくれました。映画製作に興味のある方は、そんな視点でもご注目下さい。
パイロット版に主演した山中アラタら、作品に賛同した俳優たちは引き続き参加。舞台が大阪・西成区だけに、高畑勲監督作の劇場アニメ映画、後にTVシリーズ化された『じゃりン子チエ』(1981)のチエ役の声優、元参議院議員の中山千夏の出演は、ファンには嬉しい出来事です。
一方で長編劇映画化にあたり、資金集めと並行して中学校生徒たちを演じる俳優など、オーディションによる新たな出演者が選抜されていきます。ベテラン俳優だけでなくさくら若菜や近藤里奈ら、若手俳優陣も重要な役で選ばれていきます。
こうして結集した俳優陣によって、にぎやかにに再現された「大阪感」は見ものです。当時この界隈を、映画館を中心に徘徊していた私が保証するので、間違いありません。
熱血教師ドラマの枠を打ち破った作品
『かば』のあらすじを聞き、どんな映画か想像した方もいるでしょう。熱血教師に喧嘩っ早い生徒たち。熱い学園ドラマが展開され、製作者や脚本家のメッセージを出演者が代弁する、ドラマ『3年B組金八先生』(1979~)のような展開を予想したはず。
しかしこの想像は見事に裏切られます。本作には”金八先生”のような、パーフェクトな先生は登場しません。
ただ必死に生徒に寄り添おうとする、その結果生徒の家庭にも踏み込んでゆく先生たち。人とつながることを恐れない勇気を持つ熱血漢だが、同時に何か大切な物を見落としてしまう、弱さを持った教師の姿が描かれています。
教師たちの前にいるのは、様々な背景を持つ生徒たち。被差別部落に在日朝鮮・韓国人、そして貧困と家庭崩壊。TVドラマでは描けない、描いても踏み込めないテーマに本作が切り込みます。この製作者の姿勢に対して多くの支援者たち、2万人を超える人々が強く賛同しました。
大阪環状線の大正駅の先には木津川があります。大正区から木津川を渡った先に、西成区があります。川で分断されたのは土地でしょうか、そこに住む人々の心でしょうか。同様の地域と人との関係性は、日本各地に見られます。
この様に紹介すると、固い内容の映画をイメージされたかもしれません。ご安心下さい、本作は大阪の下町を舞台にした作品です。関西弁が飛び交い、本音をさらけ出し合い、腹を割れば分かり合える人々の愉快なお話でもあります。
深刻な話題を取り上げながらも、常に笑いが共存する物語です。人々が実に熱かった、あの時代を追体験して下さい。
まとめ
実在の教師が若き日に、西成の中学校で過ごした日々を、濃密な人間関係を通して描いてみせた映画『かば』。
西成区に限らず、特定の場所をさも危険な場所のように決めつけ、無責任に噂だけを流布する人間はSNSが普及した今、確実に増えてきています。
実体を知らぬ者の偏見は無責任な噂を生み、その噂が更に偏見を拡大します。そんな時代に生きる我々は、生徒やその家族といった様々な人々に分け隔て無く接し、人間同士の生身の交流を深めて判り合った蒲先生の姿勢から、多くを学ぶことでしょう。
この映画、従来の熱血教師映画の枠に収まらない作品です。心してご覧下さい。
なお阪神タイガース優勝の年、1985年を舞台の本作には、様々な形で野球が登場します。青春映画で野球、大阪で野球と言えばどんな展開になるか、誰でも想像できるはずです。
しかしご紹介した映画『かば』は、学園モノの野球に関する描写も色々な面で予想を裏切ります。これは本作の楽しい要素になっていますから、これ以上は紹介しません。
根深い社会問題に向き合った本作は、同時に笑って泣ける映画でもあります。最後にこれを強調しておきましょう。
『かば』は2021年7月24日(土)新宿 K’s cinemaにて全国順次ロードショー。