Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2019/05/26
Update

映画『僕はイエス様が嫌い』あらすじと感想。研ぎ澄まされた映像とセリフで見せる少年と神の関係

  • Writer :
  • 20231113

映画『僕はイエス様が嫌い』は2019年5月31日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国順次公開!

新人監督・奥山大史の幼き日の個人的体験に根差した意欲作『僕はイエス様が嫌い』

祖母と一緒に暮らすために、東京から雪深い地にある、ミッション系の小学校に転校する事になった少年ユラ。

そこで彼が経験する出来事は、奥山監督の実体験に基づいて描いた、誰もが共感を覚える普遍性のある物語です。

映画『僕はイエス様が嫌い』


(C)2019 閉会宣言

【公開】
2019年(日本映画)

【監督・撮影・脚本・編集】
奥山大史

【キャスト】
佐藤結良、大熊理樹、チャド・マレーン、木引優子、ただのあっ子、二瓶鮫一、秋山建一、大迫一平、北山雅康、佐伯日菜子

【作品概要】
LOFTのスペシャルムービーや、GUのTVCMなどで撮影の実績を重ねている奥山監督。『僕はイエス様が嫌い』は現在の日本映画には珍しい、スタンダードサイズの画面をあえて選び、シンプルかつ計算された構図で映像を作っています。

セリフも最小限に抑え、聞き取れないような呟き声、祈り声を挿入し、オーバーアクトやエモーショナルな演技を排して、少年時代の日常に潜む神秘的、劇的な体験を静かに描き出します。

サンセバスチャン国際映画祭で最優秀新人監督賞、ストックホルム国際映画祭とダブリン国際映画祭で最優秀撮影賞、マカオ国際映画祭でスペシャル・メンションを受賞した作品です。

映画『僕はイエス様が嫌い』のあらすじ


(C)2019 閉会宣言

綺麗に貼られた障子に、指で穴を開ける老人の姿が映し出されます。

小学生の少年星野由来・ユラ(佐藤結良)は両親と共に車で、雪深い地方にある祖母の住む家に向かっていました。

祖母は夫である、冒頭に映し出された老人を亡くし、1人で暮らしていました。ユラは両親と共に、祖母の家で暮らす事になります。

東京ではごく普通の小学校に通っていたユラに、新たに転校したミッション系の小学校での生活は、授業の前のお祈りや礼拝堂での集会など、戸惑いを覚えるものばかりでした。

家では祖母と同じ部屋に寝る事になったユラ。窓の障子は穴だらけで、何故か亡くなった祖父が開けてしまったと、ユラに語る祖母。祖父が穴を開けた理由は、祖母も知りませんでした。

教室に十字架がかけられ、聖書の言葉が記されている環境に、今だに馴染めないでいるユラ。ある日ユラは先生から、祖母の家で仏壇に祭られている亡くなった祖父は、学校で行われる日曜礼拝に、欠かさず参加していたと教えられます。

先生から十字架を担ぐイエス様の画と、その言葉が記されたカードを渡されたユラ。家で祖母に神様は本当にいると思う、と尋ねられたユラは、いないと思うと答えます。

まだ新しい学校で友達が出来ないユラは、休み時間に独り礼拝堂の説教台の前に立ち、神様にこの学校でも友達ができますように、と祈ってみます。


(C)2019 閉会宣言

すると目の前の聖書の上に、ちいさなイエス様(チャド・マレーン)が立っていました。ユラの祈りを聞くと宙に浮き、姿を消すイエス様。

礼拝堂を出たユラは、飼育小屋を逃げ出したニワトリを追う同級生、大隈和馬・カズマ(大熊理樹)と出会い、仲良くなります。彼の祈りは叶えられました。

こうして初めての友人、カズマを得たユラの学校生活は充実したものとなり、同時にユラの周辺には小さなイエス様が現れる様になります。その姿はユラにしか見えません。

現れたイエス様に、半信半疑でお金を下さいと祈ってみたユラ。すると祖母が亡き祖父が隠したヘソクリを見つけたと、1000円札を1枚ユラに渡します。

ある日、今夜、流星群が流れると聞いたユラは、カズマと共に流星群を見に行く事になりますが…。

映画『僕はイエス様が嫌い』の感想と評価


(C)2019 閉会宣言

神様を意識し始めた少年

タイトルや紹介したあらすじの中にも登場する“小さなイエス様”。まだ映画を見ていない方には、ファンタジー色の強い映画を想像するのではないでしょうか。

しかしこの映画は、実に日常感が満ちた世界になっています。繰り返し登場するユラと家族との食事シーンや、祖母との就寝シーンなど、生活感ある姿を意図して重ねているのです。

カメラも固定したアングルで、計算された構図をもつシンプルなショットが映画の大半を占めています。抑制され安定した画面が、落ち着いた雰囲気を全編に与えています

参考映像:LOFT「好き」スペシャルムービー第2弾(2017)

奥山監督が撮影した、LOFTの短いキャンペーンムービーの中にも、一見華やかで都会的な映像に見えながら、シンプルなショットで生活感を捕える姿勢は、『僕はイエス様が嫌い』の映像に通じるものがあります。

少ないセリフで、長い時間カメラを向けられて絵になる主人公の少年。奥山監督は主人公のユラ役に、脚本にセリフの無い長いシーンがあっても、カメラを向けられて耐えられる少年を選んだと語っています。

この条件でオーディションを行い、ユラ役に選ばれたのが佐藤結良君です。彼の自然な演技と独特の存在感は、監督の期待に充分応えるものでした。

こうして築かれた抑制された日常感も、ファンタジー的で時にコミカルでもある“小さなイエス様”の描き方一つで、全て壊してしまう事にもなりかねません。

その為に奥村監督は“小さなイエス様”の合成が自然に見えるよう、徹底して拘っています。こういった理由から、撮影後のポスプロ作業に、撮影費と同じ位の金額を費やしたと語っています。

サン・セバスチャン国際映画祭から認められる


(C)2019 閉会宣言

映画の中に時にコミカルな“小さなイエス様”が登場する映画。また辛い試練に遭遇したユラは、大きな悲劇の前にした時の神の無力に、絶望を覚えます。

この様な宗教的なテーマを持つ映画を作って、日本はともかくキリスト教圏の人々に受け入れられるのか、正直不安を覚えました。しかしそれは杞憂に過ぎませんでした。

カトリック教圏であるスペイン・バスク地方で開かれるサン・セバスチャン国際映画祭。『僕はイエス様が嫌い』はここで、最優秀新人監督賞を受賞しました

現地の映画祭での上映では、観客から熱烈な喝采を浴びたそうです。奥山監督は現地の方から、どうしてあなたは日本人なのに、私たちカトリック教徒の気持ちがわかるの、との質問を受けたと語っています。

熱心なキリスト教徒ほど、悲劇に遭遇した時の神の無力に絶望を感じ、それに折り合いを付けて、新たな人生を神と共に歩んでいます。

映画はそんな悲劇を幼くして経験した少年の姿を、見事に描いているとサン・セバスチャンの人々に認められました。

まとめ


(C)2019 閉会宣言

『僕はイエス様が嫌い』で見せた、卓越した撮影技術と表現力は、各映画祭で高く評価されています。

そして宗教的なテーマも普遍的な物として、海外からも受け入れられています。

映画の主題は、奥山大史監督が幼い頃に経験した、個人的体験に基づいています。しかし奥山監督はあえて自分の実体験の映画化に拘らず、画になる作品になるように脚本を書き上げました。

その結果が海外の人々にも受け入れられる、見事な人間ドラマとして結実しました。

多くの映画監督が、自分の作品を様々な人に捧げています。

しかし奥山監督ほど、この映画を捧げた相手に対し、真摯な作品を作った映画監督も珍しいのではないでしょうか。

奥山監督が誰に対して、その為に誠実な映画を作った事実を、是非この映画をご覧になって確認して下さい。




関連記事

ヒューマンドラマ映画

【ネタバレ】デッドマン・ウォーキング|あらすじ結末感想と評価解説。死刑囚と修道女が問う”人間として死んでいくために必要なこと”

死刑制度の是非を問う衝撃作 『デッドマン・ウォーキング』は、死刑囚とカトリックのシスターの魂の交流を正面から描くヒューマンドラマ。 死刑廃止論者で、何人もの死刑囚に精神アドバイザーとして付き添った経験 …

ヒューマンドラマ映画

【ネタバレ】『湯道』あらすじ感想と結末の評価考察。生田斗真が裸体で魅せたお風呂を通じて交差する人間模様

い~い湯だな。 湯気が天井からポタリと背中に。 『おくりびと』などの脚本家で「クマもん」の生みの親・小山薫堂が、以前から提唱していた日本の入浴文化“湯道”を題材に、このたび完全オリジナル脚本を製作、映 …

ヒューマンドラマ映画

映画『新宿スワン』あらすじネタバレと感想!ラスト結末も【綾野剛×沢尻エリカ共演】

演技派で知られる綾野剛。いよいよ、2017年1月21日から『新宿スワンⅡ』の公開されます。 今回は前作『新宿スワン』をご紹介。監督は園子温。 ベルリン国際映画祭での受賞経験を持つ園子温監督の新たなチャ …

ヒューマンドラマ映画

映画『女は二度決断する』あらすじネタバレ感想とラスト結末考察解説。ダイアン・クルーガー演じる母の絶望の決断を“水”と“血”から読み解く

絶望の中、彼女がくだす決断とは──。 世界三大映画祭で映画賞を受賞したファティ・アキン監督と、『イングロリアス・バスターズ』や『戦場のアリア』に出演した女優ダイアン・クルーガーがタッグを組んだ映画『女 …

ヒューマンドラマ映画

映画『タミー・フェイの瞳』ネタバレあらすじ感想と結末の評価解説。ジェシカ・チャステインがテレビ伝道師の波乱万丈な人生を魅せる

映画『タミー・フェイの瞳』はディズニー+で2022年2月2日(水)から配信開始。 1970年代から80年代にかけてテレビ伝道師として一躍有名になった夫婦タミー・フェイとジム・ベイカーの波乱万丈な人生を …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学