西部開拓時代の“アメリカン・ドリーム”を
夢見た2人の男の友情物語
今回ご紹介するケリー・ライカート監督の映画『ファースト・カウ』は、第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門にてノミネートされ、ニューヨーク批評家協会賞(NYFCC)では作品賞を受賞しました。
物語の舞台は1820年代のアメリカ西部開拓時代のオレゴン。料理人のクッキーと、中国人移民のキング・ルーは、共に成功を夢見てアメリカン・ドリームを求めて未開の地にやってきました。
偶然出会った2人は叶えたい夢を語り合い、この地に初めてきた“富の象徴”である、一頭の乳牛からミルクを盗み、作ったドーナツで夢への足がかりを狙う計画を思いつくのですが……。
映画『ファースト・カウ』の作品情報
【公開】
2021年(アメリカ映画)
【監督】
ケリー・ライカート
【脚本】
ジョナサン・レイモンド、ケリー・ライカート
【原題】
First Cow
【キャスト】
ジョン・マガロ、オリオン・リー、トビー・ジョーンズ、ユエン・ブレムナー、スコット・シェパード、ゲイリー・ファーマー、リリー・グラッドストーン
【作品概要】
現代アメリカ映画の最重要作家と評され、最も高い評価を受ける監督のひとり、ケリー・ライカート監督の長編7作目となる『ファースト・カウ』は、世界の映画祭で公開されると157部門にノミネートされ、27部門で受賞を果たします。
原作者のジョナサン・レイモンドはライカート作品の脚本を手掛け、本作でも小説『The Half-Life』から着想され、監督と共に脚本を手掛け制作されました。
クッキー役には『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(2016)のジョン・マガロが務め、原作にはいないルー役は選考基準が曖昧ないため、苦慮した末にオリオン・リーに決定します。
映画『ファースト・カウ』のあらすじとネタバレ
大きな運搬船がゆっくり通航する河川の近く、手つかずの自然が残る森の中で、一匹の犬が地面を嗅ぎながらさまよっています。
近くにはひとりの女性がいて、犬の名前を呼びながら戻るよう捜します。犬はある場所を執拗に嗅ぎ、土を掘り始めました。
そこに女性がやってきて犬が掘っていた地面を見ると、地面から少し出ていた丸みを帯びた乳白色の物をみつけます。それは一見して何かの骨の一部だとわかりました。
女性は慎重に手で土を掘り埋まっていた頭蓋骨を発見します。さらに掘り進めていくと、それほど深くない地中から、横たわるように並んだ2体の遺骨が出てきました。
1820年代のアメリカでは手つかずの未知の資源を求め、多くの入植者が海を渡って来ていました。
フィゴウィッツ(クッキー)もその1人です。彼は森の中で食用となる野草やキノコを採取していますが、藪から気配を感じ声をかけますが反応がなく、行動を共にしている一団に戻ります。
クッキーはビーバーの毛皮で一儲けを目論む一団から雇われた料理人兼案内人です。荒々しい男たちは空腹と疲労でイライラし、クッキーに食べる物を要求します。
そして、猟場となるビーバーの生息地まで案内できなければ、彼の持ち金を取り上げると脅します。雇われ金をもらっているクッキーは彼らに逆らえず従っていました。
その夜、クッキーは寝つけず森の中に入っていきます。すると藪の中に気配を感じて、凝視すると身に何もまとっていない男が、隠れるようにしていました。
クッキーは男をテントに連れて行き、毛布を渡すと空いてるところで寝るよう勧めました。男は中国からの移民で、行動を共にしていたロシア人とトラブルになり、身包みはがされ殺されかけて逃げたと話します。
早朝、食材を探すために外に出たクッキーは川で魚を見つけ、慌てて網を取りに戻り急いで捕まえます。魚を手に入れ喜ぶクッキーは、川に飛び込み泳いでいくルーの姿を見ます。
映画『ファースト・カウ』の感想と評価
夢の始まりがあった風景
映画『ファースト・カウ』はアメリカのルーツを探る物語です。しかし、“アメリカ開拓時代”や“アメリカン・ドリーム”という言葉から連想される、巨万の富を手に入れる冒険活劇というニュアンスはありません。
この映画は未開の地と呼ばれるオレゴンに、何があるのか知らないまま、大きな“可能性”が秘められている……そんな漠然とした希望を抱き入植してきた者の物語で、昼間でも日の光が届かない自然の中の暗さが、スクリーンに映し出されます。
その暗さは当時の様子がわかる色付きの資料もなく、製作チームですら想像力で描いている究極の撮影法であり、眼に見える世界が事実だとは限らない伏線とも捕らえられます。
また、ケリー・ライカート監督の狙いには、スクリーンサイズもありました。本作は4:3の四角いフレームで撮影することによって、森の中の閉塞感や2人の主人公の親密さなどを表すとともに、巨大化したアメリカの序章の姿を象徴するようにも見えます。
開拓者は粗暴であったり、知性に乏しく泥にまみれた姿をしています。知性が乏しい代わりに、修行で身に着けた技術や旅の経験で得た処世術など、生きていくための力が2人の主人公にはありました。
クッキーは石橋を叩いて渡るような慎重派で、ルーは様々な国を渡ってきた経験から、相当な野心家だったと見て取れ、コンビとしては相性がよかったと感じます。
しかし、アクセル全開のルーに従うだけのクッキーは、ルーの暴走を止められず非業の死をむかえます。
現代のシステムの中で暮らしていると元手ができた段階で、“仲買商”にドーナツ作りの話をし、ミルクを購入して製造販売する過程を踏んでいたら、彼らの計画(夢)は実現できたのではないかと単純に思います。
冒頭で発見された2体の白骨体はクッキーとルーだと思われますが、クッキーは頭部の強打によるものとわかりますが、ルーの死因は不明です。2人には追手が迫っていたので、寝込みを銃で打たれたのかもしれません。
いずれにせよクッキーとルーのような開拓者がいたからこそ、社会的なシステムの構築ができてきたと考えると、あの2体の白骨体がその“礎”のように感じます。
史実を知ると解釈が深まる映画
本作の舞台となった1820年頃のアメリカ・オレゴンは、まだ州にはなっておらず“オレゴン・カントリー”と呼ばれていた時代です。
オレゴン・カントリーは18世紀の後半に、アメリカ合衆国、イギリス、フランス、ロシア、スペインが、同じ地域の別の土地を発見したことから領有を主張していました。
19世紀に入り、アメリカとイギリスは多くの河川があることで、この地域を交易する場所として、領有権を確保するため境界紛争が起きていました。
1811年に測量探検家のデイビッド・トンプソンが、コロンビア川とスネーク川の合流地点を発見し、カナダの毛皮交易会社“ノースウェスト会社”が交易基地を建設します。
ところが1821年にはライバル会社である、イングランドの“ハドソン湾会社”と合併します。ハドソン湾会社はこの地域の先住民と公益免許を維持し、毛皮交易を専門に力を入れていたため力を持っていました。
オレゴン・カントリーは毛皮交易で成功した者と、その成功を知った新しい入植者でにぎわっていました。クッキーが料理人として雇われていた狩猟団も毛皮で一攫千金を追い求めに来たのです。
ところが現実はビーバーの乱獲によって、毛皮交易も下降の一途の時でした。“仲買商”が先住民と毛皮の交渉をしている時、先住民の長が「ビーバーはわんさといる」と表現したのに対し、稼げる時代が過ぎたことを知っているクッキーは苦笑します。
毛皮に変る産業を模索するクッキーは、甘いものを欲する入植者をターゲットに、料理人の知識を使って成功を果たしつつありました。
さて、この仲買商の立場に近い実在の人物がいます。“オレゴンの父”と呼ばれるジョン・マクローリンです。
ジョン・マクローリンはハドソン湾会社から派遣された、オレゴン・カントリー(コロンビア地区本部)の主任として配属されます。
マクローリンは先住民の言葉を知っており毛皮の交渉に携わります。そして、彼の妻は先住民とヨーロッパ人のハーフです。
作中の仲買商の妻も先住民でしたし、仲買人の家はオレゴンシティ市にある、マクローリンの元住居がモデルかもしれません。
ただし、人物像としてはかけ離れているように感じます。マクローリンは人種の壁を超え、オレゴン・カントリーに暮らす先住民やアメリカ人開拓民を、イギリスの暴挙から守りオレゴン準州への道筋を開きました。
まとめ
映画『ファースト・カウ』の冒頭には、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクの長編詩「地獄の格言」の一節として「鳥には巣、蜘蛛には網、人には友情」が出てきます。生きていくための拠り所を表しているのでしょうか?
しかし、「地獄の格言」の翻訳された全文を読むと詩の内容が、本作に描かれているということがわかります。
正直、本作はどう解釈したらよいのかという分かりにくさはあります。されど「どういうことなのか?」という探究心は、まるで未開の地に入る開拓者のような気持ちになり、この映画の核心に迫ることができます。
ライカート監督は友情についてフォーカスしていたようですが、どちらかと言うと富の象徴と言われる、雌牛の視界の範囲から始まった人間社会と、その上で成り立っていいる現代社会の構図を感じさせた作品でした。