連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第73回
今回ご紹介するNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、1967年に出版されたトマス・サヴェージの同名小説が原作の映画です。
本作は『ピアノ・レッスン』(1993)で女性監督として初のカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した、ジェーン・カンピオンによる脚本・監督作品です。
舞台は「男が男たる所以」という風潮が残る、1925年のモンタナ州でフィル・バーバンクとジョージ兄弟が、経営する広大な牧場です。
兄のフィルはカウボーイとしての風格を重んじる、優雅で華麗な男ですが、粗暴で残酷な一面がありました。一方、弟のジョージはある程度の教養があり、温和で堅実な性格です。
時代は急速な近代化の波が押し寄せていましたが、フィルは自分が最も尊敬している、伝説のカウボーイ、ブロンコ・ヘンリーを崇拝し、カウボーイの威厳を誇示していました。
農場経営から25年が経ち、男社会の農場にジョージが見初めた未亡人、ローズが嫁いで来たことで、フィルの周りの人間関係に亀裂が生じはじめます。
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CONTENTS
映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の作品情報
(C)2021 Netflix
【公開】
2021年(ニュージーランド映画・オーストラリア映画 他)
【原題】
The Power of the Dog
【監督・脚本】
ジェーン・カンピオン
【原作】
トーマス・サベージ
【キャスト】
ベネディクト・カンバーバッチ、キルスティン・ダンスト、ジェシー・プレモンス、コディ・スミット=マクフィー、トーマサイン・マッケンジー、ジェネヴィエーヴ・レモン、キース・キャラダイン、フランセス・コンロイ、ピーター・キャロル、アダム・ビーチ
【作品概要】
『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、ジェーン・カンピオン監督の12年振りとなる作品です。本作は2021年ヴェネツィア国際映画祭で、銀獅子賞(監督賞)を受賞しました。
フィル役には『イミテーション・ゲーム』(2015)、『ドクターストレンジ』(2017)のベネディクト・カンバーバッチが務めます。これまでインテリジェンスな役どころが強いカンバーバッチですが、粗暴で冷酷なカウボーイという役として、カンピオン監督に導かれた新境地となります。
ジョージの妻ローズ役には「スパイダーマン」シリーズのメリー・ジェーン役、ソフィア・コッポラ監督の『マリーアントワネット』(2006)で主演を務めた、キルステン・ダンスト、ローズの息子ピーターには、『モールス』(2010)で主人公を演じ、「X-MAN」シリーズのナイトクローラー役などのコディ・スミット=マクフィーが演じます。
映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』のあらすじとネタバレ
(C)2021 Netflix
1925年モンタナ州。フィル・バーバンクとジョージの兄弟は、牛を売却するため出荷駅まで、ロングドライブをします。
兄弟は1900年にバーバンク牛牧場を先代から受け継いで、25年の月日が流れていました。
10数人のカウボーイを雇い、牛を何百頭も扱うまでになったことに、フィルは感慨深くジョージにいいますが、ジョージは“大昔”のこととクールに返答します。
フィルは“ブロンコ・ヘンリー”の教えに沿い、アカジカを狩って焼いて食べようと提案しますが、ジョージは怪訝そうな表情を浮かべるだけです。
フィルは牧場経営のノウハウは全て、先代のブロンコ・ヘンリーに教わったと感謝し、牛を売却する時には彼に敬意を払う言葉で、乾杯することを習慣にしていました。
ところがジョージは古い習わしを簡素化したいと思っています。フィルは1900年ジョージが進級に失敗し、牧場に戻り世話になったことを思い出すよう憤ります。
貨物列車が到着する駅町では、食堂と宿を経営するローズ・ゴードンが、フィル一行を迎えるため、朝から慌ただしく働きます。
彼女には一人息子のピーターがいます。繊細で貧弱そうなピーターは、紙を使って器用に造花を作り、ローズを喜ばせます。彼女はそれをもてなし用にも作ってほしいと頼みました。
ローズには医師の夫がいましたが、1921年に亡くなっています。女手でピーターを育て宿屋を切り盛りしていました。
フィルたち一行が食事をしに来ます。ピーターはウェイターの手伝いをしますが、テーブルに飾られた造花を手にしたウィルは、彼が作ったと知り他のカウボーイたちと冷やかします。
更にフィルはタバコに火を点けるため、造花に火をつけ燃やし、それを水差しに突っ込み、ピーターを傷つけます。
食事が済み野蛮なカウボーイたちがいなくなると、ジョージは支払いをするため、ローズに声をかけますが、彼女はキッチンで泣いていて出てきません。
ジョージはそんなローズに惹かれています。心優しいジョージは彼女を慰め、請求書を送るよう伝えました。
その晩、ジョージはフィルにローズが泣いていたことを伝えると、盗み聞きしていたのかと、“男のくせに”女々しいから教えてやっただけと、悪びれることもありません。
牧場に戻ったフィルたちは思い思いの時間を過ごします。フィルは遥かに見える丘を指して、何に見えるかカウボーイたちに聞きますが、誰にも何か見えません。
しばらくするとジョージが屋敷から出てきますが、自動車でどこかへ出かけて行きます。ジョージはローズに会うため、宿を訪ねていました。
食堂には医師のハードンと葬儀屋のウェルツが、酒を飲んで馬鹿騒ぎをしていました。ピーターは引きこもっていて手伝いません。
ローズは客が酒を持ち込み騒ぎ、そのせいでピーターは手伝わないと、苛立ちを募らせアルコールは嫌いだと言います。
そんなローズを見たジョージはピーターの代わりに、ウェイターとして手伝います。ローズは彼の行為に好感を抱きました。
ジョージは帰宅しローズに会いにいったことを話すと、フィルはローズのことをピーターの学費目当てにすり寄っていると罵ります。
しかし、それからもジョージは度々、ローズのところへ出かけるようになり、フィルは故郷の“お袋様”に、ジョージが財産目当ての女に入れ込んでると手紙を書きます。
フィルは得意げにそのことを話しますが、ジョージはお袋はローズを“バーバンク夫人”として可愛がってくれると、結婚したことを告げました。
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映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の感想と評価
(C)2021 Netflix
映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』の原作者トーマス・サベージは、1920年に母親の再婚相手が暮す、モンタナ州のビーバーヘッド郡に引っ越したことで、カウボーイの経験をしてました。
牛牧場を経営していた継父は裕福でしたが、母はなかなか生活になじめず、アルコール依存症になり、サベージ自身は高校進学のため別の街で暮していたといいます。
つまり、この『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、トーマス・サベージの実体験も題材になっていました。
“剣と犬”の力からの解放とは?
新約聖書詩編の詩篇22章20篇「私の魂を剣から、私の最愛の人を犬の力から救い出してください」は、イエス・キリストが磔にされ、処刑目前の様子を表しています。
剣を向ける者とキリストの死後、身ぐるみはがし略奪する輩や死肉を狙う野犬から、お救いくださいとを祈る詩です。
ピーターはフィルの死に際し、なぜこの詩を選んだのでしょうか?
フィルは18、9歳のころ、極寒の山で同性愛者のブロンコ・ヘンリーと、性的な関係になったと思われます。
それ以降、フィルはブロンコのカウボーイとしての雄々しい風格に憧れながら、自身の同性愛にも目覚めたのでしょう。
LGBTに不寛容な時代にそのことは、隠し通さなくてはなりません。フィルにとって“犬の力”とはブロンコの呪縛のことと言えます。
フィルが極端に女性蔑視で、中性的なピーターに酷いことをするのは、女性には興味がなく実はピーターには惹かれる部分があって、それをごまかすためにカウボーイとしての威厳を誇張したのだと思います。
ピーターが丘の形が犬に見えると言った時に、フィルは彼が同性愛者だと確信したのでしょう。しかし、そのピーターは剣となりフィルの命を狙っていました。
ピーターがフィルを同性愛者と見抜いたとき、彼に“剣と犬の力”が宿ったとみえました。
なぜなら母のローズにとってフィルの存在は、彼女をアルコール依存に追い込み、命を脅かす剣だったといえたからです。
そして、ピーターにとってフィルがいなくなれば、彼の遺産で外科医を目指せるからです。
本当の“強さと弱さ”について
「弱い犬ほどよく吠える」というのが、フィルの真の姿だったといえます。自分が同性愛者であることを認めたくない、知られたくないという脅迫概念に怯え、よりカウボーイの男らしさを強調しました。
フィルにとってジョージは大事な弟であり、心のバランスを保つ近しい存在だったはずです。その弟をローズに奪われたことで、嫉妬心と憎悪が湧き追い詰めていったと考えられます。
ピーターが良き理解者になりうると感じたのが、フィルの弱さであり脆さだったというのが、生皮の牛について追及しなかったところにあります。
逆に見た目がナヨナヨして、女々しそうなピーターには、芯の強さがありました。アルコール依存だった父親は、ローズやピーターに暴力を振るったかもしれません。
辛い状況から常に母を守ってきたと想像できます。そして、父の死も淡々と受け入れ、障害が1つ無くなったくらいに思ったことでしょう。
フィルはピーターにローズは“障害”になると言いましたが、フィル自身もローズにとって障害であり、ピーターの将来にとっても障害にあたります。
ピーターは小動物を愛でる一面と、必要とあらば殺生する冷酷さもあります。彼の父はそのことを「冷たく優しさが足りない」と心配したのです。
しかし、フィルのいう通り、ローズもまたピーターにとって“障害”でした。彼は彼女に強いストレスを感じていたはずです。彼には櫛をはじく癖があり、そのことを示していました。
ローズがピーターに依存してくることがストレスであれば、フィルがいなくなりローズとジョージが円満になってくれることが、ピーターにとって障害を排除することになるからです。
一見、母親思いの優しい息子のようではありますが、どちらかといえばサイコパスな一面が強く、彼の父親はそこを見抜いていたのでしょう。
まとめ
(C)2021 Netflix
Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は、近代化が進む1920年代のアメリカで、モンタナの大自然を舞台に、性的マイノリティーやサイコパス(ソシオパス)的な精神疾患を扱い、巧みにサスペンス要素を醸し出していました。
また、同性愛者のカウボーイが良き伝統を隠れ蓑に生き、その隠れ蓑も時流によって奪われそうになっています。その価値観の隔たりを兄弟を通して描いていました。
ピーターは見た目で判断される世の中で、環境に順応しながら、精神的にも鍛えられ強くなります。そして、見た目と違い、身体能力も高いことも証明しました。
見た目だけで判断する差別や、本質を隠さなければならない生き辛さを『パワー・オブ・ザ・ドック』では描いています。
そして、ピーターの策士的な殺人が、サスペンス要素も加えていました。母親を守る息子の愛?そんな表面的な美談では終わらせない、原作者の巧妙さをジェーン・カンピオンは見事に映像に落とし込み、銀熊賞に導いたといえます。
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