戦場のようなレストランの裏側を、ワンショットで撮影した人間ドラマ
1年で最も忙しい、クリスマスの夜を迎えたロンドンの高級レストランを舞台に、それぞれの限界点が爆発する人間ドラマを描いた、映画『ボイリング・ポイント 沸騰』。
戦場のようなレストランの舞台裏を、全編90分ワンショットで撮影し、世界中で高い評価を得た本作。
高級レストランの料理長、アンディが直面するさまざまなトラブルは、ワンショットで撮影したからこその臨場感と緊迫感があり、作品の世界にどんどん引き込まれていきます。
厨房を仕切るアンディに、ラストで降りかかる悲劇の解釈など、映画『ボイリング・ポイント 沸騰』について考察していきます。
映画『ボイリング・ポイント 沸騰』の作品情報
【公開】
2022年公開(イギリス映画)
【原題】
Boiling Point
【監督】
フィリップ・バランティーニ
【脚本】
ジェームズ・カミングス、フィリップ・バランティーニ
【キャスト】
スティーブン・グレアム、ジェイソン・フレミング、レイ・パンサキ、ハンナ・ウォルターズ、マラカイ・カービー、ビネット・ロビンソン、アリス・フィーザム、イーズカ・ホイル、タズ・スカイラー、ルルド・フェイバース、スティーブン・マクミラン、ダニエル・ラカイ、ガラ・ボテロ、ローリン・アジュフォ、エイン・ローズ・デイリー、ゲイリー・ラモント、ロビン・オニール、ローズ・エスコダ、トーマス・クームズ
【作品概要】
クリスマス前の金曜日という1年で最も忙しい時期に、ある高級レストランが迎えた、戦場のような一夜を描いた人間ドラマ。
主役である料理長のアンディを『ヴェノム レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021)や『アイリッシュマン』(2019)のスティーブン・グレアムが演じています。
監督は、自身もシェフとして12年間働いた経験を持つ、新鋭のフィリップ・バランティーニ。
映画『ボイリング・ポイント 沸騰』のあらすじとネタバレ
クリスマス前日の金曜日。
ロンドンの人気高級レストランで、料理長を務めるアンディは、家族に電話をしながらレストランに向かっています。
この2ヵ月、忙しさのあまり、まともな睡眠をとっていないアンディは、家族とも関係が上手くいっていません。
アンディがレストランに到着すると、待ち構えていたのは、保健所から来た衛生管理の監査員でした。
ただでさえ、オープンに向けた仕込みに時間がかかる時に、監査員の存在にいら立ちが隠せないアンディ。
さらに監査の結果、評価が前回の半分の数字に落ちたことで、アンディは不満を爆発させ、レストランスタッフに八つ当たりをします。
しかし、冷静さを取り戻したアンディは、厨房のスタッフに詫びを入れ、仕込みを開始します。
レストランの支配人であるエミリーが現れ、予約件数が100件を超えたことと、カリスマシェフである、アリステア・スカイが来店することを報告します。
かつて、アリステアと同じレストランで働いていたアンディは、アリステアの突然の来店に動揺します。
また、ただでさえレストランが忙しい時に、スタッフが何名か遅刻しており、エミリーの機嫌が悪くなっていきます。
アンディには、カーリーという相棒の料理人がいますが、カーリーは現在の給料に不満を抱き、他のレストランへ移ることを考えています。
スタッフが足りないうえに、仕込みも完璧に出来ていない、カーリーの給料交渉も考えないとならない中、アンディは料理長として厨房に入り、レストランをオープンさせます。
映画『ボイリング・ポイント 沸騰』感想と評価
クリスマス前の金曜日の夜という、最も忙しい時期の高級レストランで、限界を迎えたアンディの一夜を描いた映画『ボイリング・ポイント 沸騰』。
クリスマス前日の金曜日に、高級レストランで食事をするというのは、誰にとっても特別な夜になるでしょう。
レストラン側も、スタッフ全員が一致団結し、特別な夜を演出する為、全力を出すべき…なんですが、高級レストランのスタッフも1人の人間、当然いろいろ悩みや不安を抱えています。
本作のタイトルでもある「ボイリング・ポイント」は「沸騰点」「我慢の限界点」というような意味があります。
主人公であり、レストランの共同オーナーで料理長のアンディは、仕事が忙しすぎて家庭が上手くいっていません。
子供の電話に何度も出ようとしますが、その度にトラブルが起きて、満足に話せないことに不満が溜まります。
アンディの相棒である料理人、カーリーは、忙しい時に目の前のことに集中していないアンディに不満を抱え、支配人のエミリーは、父親から引き継いだレストランを回す為に、スタッフへ辛く当たり、ウェイトレスのアンドレアは、お客から人種差別を受けて傷つきます。
それでも、お客にとって「特別な夜」を提供しないとならない為、忙しく、スタッフ同士が話し合い、問題を共有することすら出来ません。
そして、それぞれの不満が「ボイリング・ポイント」を迎え、更なるトラブルが次々に起きるようになります。
全編90分ワンショットで撮影されていることで、90分間で次々に起きる問題、それぞれの限界点、そして修復不可能となった人間関係が、徐々に迫って来るという、非常にスリリングな効果を生んでいます。
そして、アンディも「ボイリング・ポイント」を迎えたラストでは、酒を断つことを誓い、厨房に戻ろうとしますが、意識を失い倒れてしまい、そのまま映画は終了します。
最初は「ここで終わり?」と思いましたが、自身も長年レストランで働いてたフィリップ・バランティーニは、酒に溺れ、精神的に病んでいた、自身の過去を反映させていることを、インタビューで語っています。
「高級レストランの料理長」の顔が前面に出ている時のアンディは、腕も確かで頼りがいのある「良きボス」です。
ですが、プライベートでは、問題を抱えており「良きボス」の顔を維持することが出来なくなっていました。
それでも、周囲はアンディを頼り、全ての決断を委ねます。
「もし、誰かがアンディの異変に気付いていれば」と思いますが、誰もが自分のことで精一杯で、自分のトラブルを解決させることしか頭にありません。
それは、一般社会において、似た状況はあるのではないでしょうか?
そう考えると、本作のラストは決して他人事ではなく非常に怖く、同時に「人を救えるのは人である」ということを、あらためて考えさせられる、奥の深さがあります。
まとめ
これまでも、ワンショットの映画はいくつかあり、古くはヒッチコックの『ロープ』(1948)近年では『バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)『1917 命をかけた伝令』(2019)があります。
ですが、これらの作品は、テクニックでワンショットのように見せている作品で、それはそれで凄いですが『ボイリング・ポイント 沸騰』のように、正真正銘ワンショットで撮影された作品は、なかなか珍しいのではないでしょうか?
ワンショットの撮影に、非常にこだわった本作は「どうすればワンショットで撮影できるか?」を話し合い、現場で何度も脚本を変えながら進められました。
ワンショットの撮影は、合計4回行われたそうです。
また、決して過剰ではなく、リアリティのあるトラブルの連続が、本作の臨場感を生んでいます。
レストランの外から始まり、レストラン内部での幾多のトラブル、そしてアンディが限界を迎えるまでを、90分間で違和感なく見せた構成は、単純に凄いので、可能であれば映画館で、尋常じゃない臨場感と緊迫感を、是非味わって下さい!