家族とは何かを問う物語
2017年開催の日本アカデミー賞を初めとし、さまざまな映画祭で数多くの賞を授かった、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』。
難病を扱った本作ですが、それだけでは終わらない、深い感動と、温かな思いのこもった作品です。
本作が商業映画デビューだった中野量太監督のもとに、宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李といった実力も人気も兼ね備えた俳優陣が集結し、一風変わった家族を描き出します。
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の作品情報
【日本公開】
2016年(日本映画)
【監督・脚本】
中野量太
【主題歌】
きのこ帝国『愛のゆくえ』
【キャスト】
宮沢りえ、杉咲花、オダギリジョー、松坂桃李、伊東蒼、篠原ゆき子、駿河太郎
【作品概要】
宮沢りえの『紙の月』(2014)以来となる映画主演作で、自主映画『チチを撮りに』(2013)で注目された中野量太監督の商業映画デビュー作。
会う人すべてを包みこむ優しさと強さを持つ双葉役を宮沢が、娘の安澄役を杉咲花が演じます。
失踪した夫役のオダギリジョーのほか、松坂桃李、篠原ゆき子、駿河太郎らが脇を固めました。
第40回日本アカデミー賞(2017年)にて、宮沢りえが優秀主演女優賞、杉咲花が優秀助演女優賞を受賞。
また、優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞、新人俳優賞など多くの賞にノミネートされました。
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』のあらすじとネタバレ
銭湯「幸の湯」を営んでいる幸野家。
しかし、1年前に父・一浩(オダギリジョー)が蒸発してしまい、銭湯は休業。
残された母・双葉(宮沢りえ)はパン屋でパートをしながら、高校生の娘・安澄(杉咲花)を育てています。
安澄は学校でいじめを受けていますが、気が弱く言い返すことが出来ません。
学校に行きたくないと打ち明ける安澄を双葉は励まし、逃げてはいけないと諭しました。
しかし双葉はパート先で倒れてしまい、運ばれた病院で、余命間もない末期のガンだと告知を受けます。
自分が遺して行くものたちのことを考えた双葉は、自分がしなくてはならないことを決め、実行に移して行きます。
まずは探偵の滝本(駿河太郎)の力を借りて、蒸発した一浩の居場所を突き止めました。
一浩は、以前浮気した女性のもとに転がり込んで、彼女との間にもうけた鮎子(伊東蒼)と生活を送っていたよう。
しかし女性は出て行ったきり戻らず、双葉は鮎子ごと一浩を連れ帰ります。
安澄は反発しますが、追い返すわけにもいきません。
翌日から銭湯は再開。双葉は、鮎子を含めた家の人間が全員で働くことを約束させました。
双葉の様子がおかしいことに気付いた一浩は、彼女を病院へ連れて行き、そこでガンであることを知らされます。
延命治療を提案する一浩でしたが、双葉は拒否。彼女にはまだやらなければならないことがあったんです。
双葉は安澄が気がかりでした。ひとりで立ち向かえる強さを手に入れて欲しいと願うも、安澄はいじめられる一方。
ついに制服を隠されてしまった安澄は、勇気を振り絞り、制服の代わりに着ていた体操服を脱ぎ捨て、下着姿になって抵抗を試みます。
緊張のあまり嘔吐し、保健室に寝かされた安澄。保健室の前には彼女の制服が置かれていました。
帰宅後、「お母ちゃんの強い遺伝子がちょっとだけあった」と報告する安澄のことを、双葉は抱きしめます。
しかし今度は鮎子が家からいなくなってしまいました。
その日は彼女の誕生日。鮎子は、誕生日になったら帰ってくると言った母の言葉を信じ、以前住んでいたアパートに向かっていたんです。
誰もいないアパートのドアの前でうずくまる鮎子。双葉と安澄は彼女を連れ帰り、鮎子は幸野家の一員になりました。
映画『湯を沸かすほどの熱い愛』の感想と評価
自らの体が朽ちようとも、誰かのために何かをしないでいられない双葉の姿は、まるでオスカー・ワイルドの『幸福な王子』のようです。
彼女と出会ったものたちも、彼女に突き動かされ、燕のように飛び回り、彼女に尽くします。
哀しい結末は避けられないとわかっていても、それでも止まるわけにはいかないんです。愛してしまったから。
興味深いのは、幸野家の中心が、血がつながっているであろう一浩ではないところ。
それどころか一浩はほとんど蚊帳の外で話は進み、他人である双葉によって、“家族”になるんです。
物語冒頭は、娘の安澄のいじめを知りながらも叱咤し、嫌でも登校させる双葉の姿は奇妙に映ります。
しかし双葉自身の孤独だった過去、安澄が本当に乗り越えなければならない出自の秘密を知ると、彼女がひとりで生きていける強さを求めた理由に納得が行きました。
そして最後は、命の炎が消えゆく母の手を取り、自身の強さを分け与えられるほどに成長した安澄。
血は繋がっていなくとも、たしかに受け継がれていくものがありました。
本作は、なによりキャストの演技による説得力が大きく、中でも杉咲花の演技はきらめいています。
言いたいことを我慢して口を膨らませるしぐさはいじらしくて、思春期ならではの悩みや、父への屈折した思い、母への言葉にならない愛情を体現。
本作で日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞したのも当然の演技力です。
もちろん主演の宮沢りえも、彼女じゃ無ければ双葉役は成立しなかったでしょう。
神々しい美しさ、強さ、儚さを持って、観客をも彼女の虜にしてしまいました。
中野量太監督はいいます、「俳優の宮沢りえ存在感は100人の俳優が集まるほどの魅力がある」と。
本作の完成の経験を得た中野監督は、俳優の力を思い知ってから、俳優ワークショップでの映画制作を止めることにしました。
それほど、宮沢りえという俳優の力は本作で発揮されているのです。
まとめ
高崎映画祭にて、伊東蒼ちゃんが新人女優賞、杉咲花
さんが新進女優賞、宮沢りえさんが主演女優賞、中野監督が監督賞を受賞しました!おめでとうございます!名物のだるまもいただきました! pic.twitter.com/7j9tXgxWM0— 映画『湯を沸かすほどの熱い愛』 (@atsui_ai) March 26, 2017
中野量太監督は、本作が商業映画デビュー作で、宮沢りえへの出演オファーはダメ元だったそう。
ですが脚本を読んだ宮沢りえはその熱量に動かされ、出演を快諾。
熱い思いは、確かに誰かに届き、動かすことが出来る。そう信じさせてくれるエピソードです。
中野監督の商業長編映画2作目『長いお別れ』も2019年5月31日(金)に全国ロードショーとなり、楽しみが募ります。
家族とは何かを追い続ける中野監督の『湯を沸かすほどの熱い愛』。ぜひこの機会にご覧ください。