映画『朝が来る』が2020年10月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。
世界で高い評価を受け、カンヌ国際映画祭では欠かせない存在となった河瀨直美監督が、直木賞・本屋大賞受賞のベストセラー作家・辻村深月の『朝が来る』を映画化しました。
実の子を持てなかった夫婦と、実の子を育てることができなかった14歳の少女を繋ぐ「特別養子縁組」によって、新たに芽生える家族の美しい絆と胸を揺さぶる葛藤を描きます。
永作博美と井浦新が不妊治療を経験し特別養子縁組を決断する夫婦に、蒔田彩珠が14歳で母親となる少女を、浅田美代子が夫婦と少女をつなぐ架け橋となる役を務めています。
CONTENTS
映画『朝が来る』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
辻村深月 『朝が来る』
【脚本・監督・撮影】
河瀨直美
【共同脚本】
髙橋泉
【キャスト】
永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、佐藤令旺、田中偉登、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、山下リオ、森田想、堀内正美、山本浩司、三浦誠己、池津祥子、若葉竜也、青木崇高、利重剛
【作品概要】
河瀨直美監督の最新作は、直木賞・本屋大賞受賞のベストセラー作家・辻村深月によるヒューマンミステリーの映画化。実の子を持てなかった夫婦と、実の子を育てることができなかった14歳の少女を繋ぐ「特別養子縁組」によって、新たに芽生える家族の美しい絆と胸を揺さぶる葛藤を描いていきます。血の繋がりか、魂の繋がりか──現代の日本社会が抱える問題を深く掘り下げ、家族とは何かに迫り、それでも最後に希望の光を届ける感動のヒューマンドラマが誕生しました。
映画『朝が来る』のあらすじ
不妊治療の末、子どもを持つことを諦めた栗原清和と佐都子夫婦は「特別養子縁組」という制度を知り、男の子を迎え入れます。
それから6年、夫婦は朝斗と名付けた息子の成長を見守る幸せな日々を送っていました。ところが突然、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返してほしいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってきます。
朝斗を迎え入れる際に、当時14歳だったひかりと一度だけ会った2人ですが、生まれた子どもへの手紙を佐都子に託す心優しい少女でした。
しかし訪ねて来た若い女性には、あの日のひかりの面影は微塵もありません。いったい、彼女は何者なのか、何が目的なのか、佐都子とひかり、2人の女性の想いや葛藤を描いていきます。
映画『朝が来る』の感想と評価
特別養子縁組を決意した夫婦が直面した出来事をリアルに表現
栗原清和と佐都子夫婦は社内恋愛で結婚し、結婚後も同じ会社に勤務しながら仲良く暮らしていました。2人だけの暮らしは楽しく充実したものでしたが、そろそろ子どもを持ちたいと考えるようになります。
しかし授かる気配のない2人は、病院へ行くことを決意。検査の結果、清和側に問題があることが分かります。可能性を信じて不妊治療を始めるのですが、子どもを授かることはなく治療を止めることにしました。
ある日温泉旅行先で、2人は偶然、特別養子縁組制度を特集したテレビを見ることになります。子どもを育てることが困難な人たちから子どもを託され、養親として子どもを育てていく制度に興味を持った2人は、あっせんしている団体「ベビーバトン」の説明会へ赴きます。
養親と養子の関係を重視し、産みの親との親子関係がなくなる特別養子縁組は、養親になるためのハードルが高いのですが、晴れて2人に男の子の赤ちゃんが託されることになりました。
赤ちゃんを産んだのは片倉ひかりという14歳の少女。「しっかり育てます」とひかりに約束した夫婦は、男の子を朝斗と名付け、大切に育てます。
それから6年後、夫婦の前に突然片倉ひかりを名乗る女性が「子どもを返してほしい」と現れます。目の前にいる女性に、かつて目にした少女の面影はありません。
戸惑う夫婦が放った言葉に、片倉ひかりを名乗る女性は何を思ったのか…?
物語では、栗原清和と佐都子夫婦がなぜ特別養子縁組を選択したのか、その経緯を丁寧に描いています。とりわけこの制度を利用する夫婦の多くが経験するであろう不妊治療に関しての描写がリアルです。
不妊といえば女性側に問題があると思われがちですが、実は男性側に問題があることも少なくありません。
そうした事実を組んでいるのか、今回は夫である清和が無精子症という設定になっています。
無精子症と診断され、ショックを受けた清和は、佐都子のことを思って離婚を考えますが、佐都子は不妊治療を頑張ろうと清和を励まし、札幌の病院へ通う日々が始まります。
不妊治療は先が見えずとてもつらいものですが、本作品では佐都子が弱音を吐く場面は出てきません。
一方で清和は、2人の子どもを持つ同僚と酒を飲んでいる時に「2人も子どもに恵まれるなんて、奇跡だよ」とつぶやきます。
清和の言葉はとても重いもので、結婚して子どもに恵まれることが当たり前という世界観をひっくり返された夫婦の率直な想いをダイレクトに表現しているシーンといえます。
治療がなかなか実を結ばない中、病院へ行く日に乗るはずだった飛行機が欠航になったことをきっかけに、佐都子は「もうやめよう」と清和に切り出します。
一般的に不妊治療は止めるタイミングも難しいといわれています。天候という、人間の力ではどうにもならない事情で病院へ行く手段を阻まれたことで治療をやめる決断ができた佐都子の言葉は、不妊治療を経験したことがある女性の多くが共感するところではないでしょうか。
そして2人だけで一生仲良くやっていこうと決断し、かつての生活に戻ったわけですが、特別養子縁組の制度で、男の子を迎え入れることになりました。愛情をたっぷり注ぎ、朝斗と名付けた息子はすくすくと育ちます。
ある日朝斗が幼稚園の友達にけがをさせたと聞き、佐都子は戸惑います。「僕はやっていない」と訴える朝斗の言葉を信じる佐都子ですが、「朝斗が嘘をついているのではないか」と考えてしまう自分がいることに苦悩します。
清和と佐都子夫婦は、一時的な感情に突き動かされて朝斗を迎えたわけでは決してありません。
しかしそのような思慮深い夫婦であっても、子どもを疑ってしまう瞬間があること、そしてそういうことも含めて、血のつながらない子どもを一生愛していけるのかどうか、特別養子縁組を考える夫婦に問いかけている重要なシーンだといえます。
本作品では、子どもに恵まれなかった夫婦がどんな想いで特別養子縁組という制度に向き合うのか、直面するさまざまな問題を真正面から伝えているところに大きな意味があるのです。
子どもを手放すしか選択肢がなかった少女の悲しみを表現
本作品のもう一つの特徴は、子どもを育てることができず、特別養子縁組の制度を使って手放すしかなかった女性にもスポットを当てていることです。
朝斗の産みの親である片倉ひかりは、14歳で出産を経験しました。それは決してネガティブな妊娠ではなく、14歳なりに同級生と愛し合った結果の出来事でした。
ただ、どんなに真剣でも、14歳の幼い男女に子どもを育てることはできません。ひかりの両親は実に素早く、生まれてくる赤ちゃんを特別養子縁組に出すことを決めました。もちろんそこにひかりの意志はありません。
ひかりは「勝手に決めないで!」と怒りをあらわにしますが、両親がとった行動は賢明です。「子どもが子どもを産んでどうするんですか!」と叫ぶひかりの母親の気持ちに対して、もっともだと思う人がほとんどでしょう。しかしこれをきっかけにひかりは心を閉ざすようになります。
そんなひかりにとって唯一の救いは、ベビーバトンの代表・浅見静恵の存在でした。出産するまで一緒に過ごした浅見は、ひかりにとって心のよりどころとなるのです。
世間体を気にしてか、ひかりが出産したことをなかったことにしようとして、必死にもとのレールに戻そうとする母親の行動を見ていると、仕方がないと思いつつも少し切ない気持ちになり、家族とは何だろう、血のつながりとは何だろうと改めて考えさせられました。
まとめ
栗原佐都子を演じる永作博美は、息子・朝斗はもちろんのこと、夫・清和に対しても愛情を注ぐ女性を好演しています。
感情のコントロールができる冷静沈着な女性ですが、不妊治療や特別養子縁組を決断する時に見せる表情の中に、実は心に熱いものを持った女性なのでは…と感じました。
栗原清和を演じる井浦新は、不妊の原因が自分にあることが分かり苦悩する姿と特別養子縁組という制度に出会い、家族を作る道が開けたあとの姿を、陰と陽で見事に演じ分けています。
妻である佐都子と息子・朝斗を心から愛していることがにじみ出る優しい表情が印象的です。
二人の愛情を一心にうけて育った朝斗を演じる佐藤令旺は、目力の強さが印象的。「朝斗のまなざしが必要不可欠」と語る河瀨直美監督の期待に応える演技を見せました。
片倉ひかりを演じる蒔田彩珠は、はつらつとして人を疑うことを知らない純真な中学生から、自分のまわりにいる大人たちに対して心を閉ざしてしまう女性を表情豊かに演じています。
ベビーバトンの代表を務める浅見静恵を演じる浅田美代子は、産んだ子どもを手放さなければならない女性と、子どもに恵まれなかった夫婦との間の架け橋にふさわしい慈愛に満ちあふれた女性を表現しています。
この作品は、栗原佐都子と片倉ひかりという二人の母親を描いていますが、ひかりの母・片倉貴子を演じる中島ひろ子の存在も忘れてはいけません。
ひかりに対しては厳しさが目立ちますが、多くの母親は貴子がとった行動に共感をするのかもしれません。
日本映画界を牽引する河瀨直美監督が、日本でなかなか認知されない特別養子縁組という制度を通して「家族とはどういうものか」を考えることに挑んだ本作。
不妊治療を経験した人や特別養子縁組を考えている人、そして望まない出産をしたことが心の傷になっている女性が、それぞれの答えを見つけるきっかけになる作品になればと心から願います。
映画『朝が来る』は2020年10月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開。