真実の“愛”と“正義”は1億ボルト級のイナズマ!
今回ご紹介する映画『愛にイナズマ』は、第37回日本アカデミー賞で最優秀作品賞を受賞した『舟を編む』(2013)、『茜色に焼かれる』(2021)の石井裕也監督が書き下ろしたオリジナル脚本のコメディドラマです。
幼少時からの夢だった映画監督をめざしている折村花子は、悲願の監督デビューを目前に気力を集中させていました。そんな彼女は人間ウォッチングの最中、自転車で横切った舘正夫に運命的なものを感じ、数日後再会を果たします。
花子は10年近く音信不通である家族をモデルにした脚本を映画化しようと、孤軍奮闘していました。しかし、その企画は悪しき業界の慣わしによって奪われてしまいます。
花子は正夫とともに実家へと向かって再起に懸けますが、家族はそれぞれに“ある秘密”を抱えており、やがて秘密の真相が明らかになっていきます。
CONTENTS
映画『愛にイナズマ』の作品情報
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
【公開】
2023年(日本映画)
【原題】
Masked Hearts
【監督・脚本】
石井裕也
【主題歌】
エレファントカシマシ『ココロのままに』
【キャスト】
松岡茉優、窪田正孝、池松壮亮、若葉竜也、仲野太賀、趣里、高良健吾、MEGUMI、三浦貴大、芹澤興人、笠原秀幸、鶴見辰吾、北村有起哉、中野英雄、益岡徹、佐藤浩市
【作品概要】
主人公・花子役は『蜜蜂と遠雷』(2019)『騙し絵の牙』(2021)などで実力を発揮し大活躍中の松岡茉優。
正夫役はNHK連続ドラマ・大河ドラマの出演を経て『決戦は日曜日』(2022)『スイート・マイホーム』(2023)などで演技の幅を広げる窪田正孝が演じます。
共演には2023年『シン・仮面ライダー』『白鍵と黒鍵の間に』と主演が続く池松壮亮が長男・誠一役、多数の話題作に出演中の若葉達也が次男・雄二役、ベテラン・佐藤浩市が父・治役を演じ、コミカルな中にも“真実”という深みを与えます。
映画『愛にイナズマ』のあらすじとネタバレ
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
街を行き交う人々の日常にカメラを向け、撮影をする折村花子は「赤」という色にこだわりがあり、人々の日常の中に理想の「赤」を求めていました。
ある日花子はビルの屋上から、身を投げようとする男性と野次馬に遭遇します。野次馬はその様子をスマートフォンで撮影し、背後からは初老の男が「早くしろよ!」と煽ります。
花子は声の方にカメラを向けましたが、騒動は救助隊の説得によって大事には至らず、野次馬もその場を離れていきますが、中には心ない言葉を吐き捨てる人もいました。
複雑な心境になった花子ですが、撮影した記録を確認しようとすると、カメラの不調により記録できていませんでした。カメラを起動させようと試行錯誤をしていた時、花子の目の前を小さなガーゼマスクをつけ、赤い自転車に乗った男性が横切りました。
花子は「赤」に反応しカメラを向けるのですが、起動することなく自転車はどこかに消えていきました。自転車の男性は「食肉流通センター」で冷凍肉の解体作業の仕事をしていました。
その頃、花子は初監督作品となる映画『消えた女』の脚本の構成が佳境に入っていました。彼女はスマホに何度もくる入電を無視し、必死になっていました。
プロデューサー・原と助監督・荒川と打ち合わせの時、投身自殺未遂の現場に居合わせ「早くしろよ」と暴言を吐いた初老の男の話をしますが、荒川は「ありえない」と花子の話を作り話だと否定します。原も荒川の意見に同調したため、花子はモヤモヤを残しながら話を切り上げます。
映画の制作費は1500万円だと伝えられ、花子は身に余る予算に感激しながら、意欲を燃やし『消えた女』の概要を話します。女のモデルは失踪した母親・美樹であり、家族のことを描いた物語だと話します。
荒川は失踪した理由を聞きますが、花子の「理由はない」という答えに再び荒川は「ありえない」「どんなことにも理由がある」と自論を語り、脚本にも脈略のなさが際立つとダメ出しをします。
花子と荒川の話は平行線ですが、原は花子に各方面から期待されているからと、脚本の修正を促し、どこかで飲みながら話そうと提案します。ところが新型ウィルスによる飲食店の営業規制でどこにも行けず、結局花子の暮らすアパートで飲むことに。
酒が入るにつれ花子は会議での話を蒸し返し、自殺を煽った人物がいたことは事実で、原因不明のウィルスが蔓延したのも“ありえないこと”が起きた一つだと反論します。
それでも荒川は母親の失踪の理由がないのはおかしいと、花子の家族のことも変な家族だと侮辱します。怒り心頭になりそうなところで、原が仲裁に入りその晩はお開きとなりました。
ところが原をタクシーに乗せた後、荒川が一人戻ってきて原に合わせるための冗談だと言い、飲み直そうと部屋に入ろうとします。花子は無言で“ありえない”という顔をして拒否しました。
『愛にイナズマ』の感想と評価
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
本質の変わらない時代で、何度でも歩み出す
映画『愛にイナズマ』は主人公・花子が失意のどん底に突き落とされても、何度でも立ち上がり夢を取り戻そうとする物語です。
その戦いのために花子は10年以上音信不通だった“どうしようもない家族”父と2人の兄たちの力を借ります。そしてそこには花子の良き理解者となる、正夫との出会いもありました。
反面、夢に破れ自ら命を絶ってしまった俳優・落合の姿も映画では描かれます。ちなみに落合役を演じた仲野太賀の父であり、本作にも鬼頭三郎役として出演している仲野英雄は、かつて1990年代のテレビドラマで「理不尽な社会に夢破れ自死した男」を演じています。
時代や背景は違えど時代は繰り返し、社会の片隅で弱者が夢破れ命を絶つ現実があり、仲野親子がそんな悲痛な役柄を演じたところは見逃せません。
新型コロナは多くの人々の生活と心を不安にさせ、エンタメ界においても原因や理由は不明ながら、多くの才能ある俳優や芸能人を死に追い込みました。本作の物語は、そんなコロナ禍でエンタメが苦境に立たされていた時期と、「アフターコロナ」の時代が舞台となっています。
この映画のメッセージをより濃く訴えるように、エンドロールではエレファントカシマシによる主題歌『ココロのままに』が流れます。
石井裕也監督が若かりし頃何度も聴き込み、「本作の主題歌にする」と決めていたというこの曲にも、夢のために何度でもやり直し歩み出す“不屈の精神”が歌われています。
エンドロールで「はじまる、はじまる、今からはじまっている、戦おう戦おう、ココロのままに」と流れる歌詞には、負けそうになりながら生き抜いた人々を鼓舞する意図を感じました。
花子がこだわる「赤」の意味
花子が描いていた映画の絵コンテには、失踪した母・美樹と思しき絵が描かれています。その絵の女性は「赤」のカーディガンを着ていました。
幼かった花子の記憶には、母のイメージが「赤」という色で深く刻まれた。母の愛を記憶していない花子が、母をモデルにし家族を映画によって描こうとしたのも、街中での人間ウォッチングで「赤」を探し求めるのも、無意識に母の面影や消息を捜していたからなのでしょう。
正夫との出会いも「赤」の自転車がきっかけですが、バーで会った時の正夫は、血で真っ赤に染まったマスクをしていました。
正夫は名前の通り、正直で正義感のある男です。マスクに滲み出た血の赤は「正義」……それも「“生きている”正義」の色です。それゆえに“空気が読めない”人間と、疎まれのけ者にもされてきたのでしょう。
花子も正直でありたいと願い、“ありえない”を否定し“ありのまま”を信じる女性です。それでも自分の夢を叶えるためには、業界にはびこる悪しき慣習に従わざるを得ず、その悪しき人間に騙され夢を奪われます。
彼女は常に赤い服を着ています。それは、彼女がただ赤色が好きだからというだけではなく、「悪しき業界の中で自分を殺して心を削り、傷だらけになった心から滲み出た血」をイメージさせるものでもありました。
さて、正夫もまた両親がおらず家族の思い出もありません。そんな正夫の正義感は、友人・則夫の娘の人生を踏みにじった男をどうしても許せなかった治の正義感と似ています。様々な共通点やつながりを持つ花子との出会いそのものが、“ありえないこと”の一つともいえます。
イナズマは「カメラのフラッシュ」?
ある意味、世の中は“ありえない”ことばかりの連続です。それに対する原と荒川の「ありえないことは起きない」という言葉は、結局は現実に対する想像力の欠如……あるいは「逃避」を感じさせます。
ご都合主義で、人を陥れることを何とも思わない彼らこそが、現実の一側面ばかりに依存し、現実と真に向き合わずに生きてきた“ありえない”存在なのではないか。それゆえに彼らは、“ありのまま”という真の現実を訴える花子を否定し続けていたのでしょう。
題名にある「イナズマ」は、作中の要所要所で描かれています。
ありえないことで成り立つ世の中は、都合の悪いことは隠され、正直者がバカを見る社会です。しかし「イナズマ」はそんな中にあって、真実の愛を知らしめるように鳴り響きます。
“ありえない”と言える決定的瞬間を捉えたと思わせた場面で、カメラが不調を来し撮影に失敗してしまうのは、それは真の現実のおいて、本当は記録するに値しない日常的な出来事であり、花子にとって大事なことではないからです。
治が病気のことを知らせようとした晩、正夫の夢が花子を助けることだと思えた晩、家族の秘密が明かされて強い絆が生まれた晩に、イナズマは起きました。
真の愛はありえないほどの衝撃を起こし、伝える必要があります。それを、カメラのフラッシュのように光を発する「イナズマ」が示していると感じました。
まとめ
(C)2023「愛にイナズマ」製作委員会
映画『愛にイナズマ』は“ありえない”の連続の中、悪意に屈せず反撃に出た花子の精神力と、彼女が初めて家族の秘密を知り、親の真の正義と愛情が血の濃さだと身に沁みる作品です。
本作は真実を弄び、なかったことにする社会を風刺するような主旨も見て取れます。しかし、真実からしか生じない愛があり、その愛には衝撃的なパワーがあることを伝えていました。
ユーモアは沈んだ心から笑顔を引き出します。映画『愛にイナズマ』は笑ったり泣いたり怒ったり、人の感情を存分に引き出し、温かい気持ちで前向きにさせてくれる作品です。
そして、「“ありえないこと”は起きる」と改めて思うとともに、真実を見逃さない“ココロの正義”を持ちたいと思わせてくれました。