韓国芸能界を揺るがせた性加害事件をファンの目線で映し出したドキュメンタリー
ある日、推しが“犯罪者”になった——。あるK-POPスターの熱狂的なファンだったオ・セヨン監督は、「推し」に認知され、ファンとしてテレビ出演もした“成功したオタク”でした。
そんなオ・セヨン監督は、「推し」が逮捕され犯罪者となったことで混乱し、同じような経験をした人々にインタビューをすることに。好きだったから裏切られた気分だ、好きな気持ちが冷めた……様々な感情を通して“推し活”を見つめたドキュメンタリー。
“成功したオタク”とは、自分が好きな分野で成功している人物や、好きな歌手や俳優に会ったことのあるファンなどを意味します。
原題の“성덕(ソンドク)”は、“成功したオタク”の略語です。
映画『成功したオタク』の作品情報
【日本公開】
2024年公開(韓国)
【原題】
Fanatic
【監督】
オ・セヨン
【作品概要】
韓国芸能界を揺るがした性加害事件。その中で、ある日「推し」が犯罪者になってしまったファンの心境を実際にK-POPスターの熱狂的ファンだったオ・セヨン監督が、同じような経験をしたファンへのインタビューを映し出すドキュメンタリー。
ファンであること自体を恥じ、ファンで居続けることは性加害に加担することではないのか…様々な葛藤の中で、“推し活”を見つめ直していきます。
映画『成功したオタク』のあらすじとネタバレ
2018年に起きたバーニング・サン事件。
ソウルの江南区にあったクラブ「バーニング・サン」で、セクハラを受けた女性を助けようとした男性が暴行を受けたことを発端に、多数のスターが性的暴行や売春斡旋、違法薬物取引などに関与していた疑惑が浮かび上がった事件です。
オ・セヨン監督が熱狂的に推していたK-POPスターも、バーニング・サン事件に関与し、グループチャットに隠し撮りした性的な動画を流した罪で逮捕されました。
推しが突然犯罪者になってしまった……混乱し、その人のファンであったことを恥じるようなった監督。
監督は、中学生の頃から“推し活”をはじめ、推しに認知されたい、目立ちたい一心で韓服を着てサイン会に行き、推しに認知されるようになりました。
その上、ファンとしてテレビに出演するなど、“ソンドク=成功したオタク”でした。
監督は、推しの裁判の傍聴に参加し、自分が好きだった推しは、うなだれて質問に答えられない人間になっていたと語ります。
成功したオタクから“失敗した”オタクになった監督は、推しについてファンの動向を見ている中で、事件後もファンを続けている人がいることを知ります。
“なぜ続けるのか?”
そんな疑問からファンを続けている人や、ファンを辞めた人など、推しが犯罪者になったという経験を持つ人々にインタビューをし始めます。
映画『成功したオタク』の感想と評価
“推し活”は、ここ数年で日本でもよく聞かれる言葉になりました。また、KPOPも日本でも流通し話題となっています。
そんな中、このドキュメンタリーは2018年に起きた、韓国芸能界を揺るがしたバーニング・サン事件、そしてその事件により逮捕されたKPOPスターのファンたちを映し出しています。
ある日突然推しが犯罪者になった…その事実をすぐに受け入れるのは難しいことでしょう。
宇佐見りんの芥川賞受賞作である『推し、燃ゆ』は、“推し”がファンを殴って炎上したことから始まり、主人公のショックを肉薄した筆致で綴ります。
本作では、事件から少し時間が経過した状況でインタビューをしています。監督自身もファンであったことから、時間を経過したことで客観的に推しのことや、事件のことを見つめられるようになったのかもしれません。
しかし、何より忘れてはいけないのは、事件の被害者の存在です。ファンの中には、“同じ女性として”という発言をしている人や、“二度と出てきてほしくない”という強い言葉で許せない気持ちを露わにする人もいました。
監督が当事者でもある本作は、監督自身の怒りなどの感情を発端に、同じような境遇の人々の話を聞いていくことで、“推し活”について見つめ直すと同時に、ファン同士の連携、さらにはヒーリングの要素まで感じられます。
“推し活”の幸せも、“推しに裏切られた”という経験も共有しているからこその連帯は、一方で、盲目的な連携となりかねない危険性もあります。
監督の推しであるKPOPスターは、一度報道が出た際は不起訴となり、その後別の事件で逮捕されましたが、逮捕前の段階で性加害者のように報道した記者に対しファンからの誹謗中傷が集中してしまいました。
監督も、そのように中傷したファンの1人でした。そうなってしまう背景には、自分が信じていた“推し”がそのようなことをするわけがないという信じがたい気持ちがあるのでしょう。
それだけでなく、ファンである自分たちは、誰よりも“推し”のことを知っているという思い込みもあります。
信じてた存在に裏切られるのはショックも大きく、好きであった自分まで非難されているかのように思えてしまう、そのような心理からファンの攻撃の矛先がメディアなどに向かってしまうという構図があります。
本作では、事件後時間が経ち、もうファンを辞めた人を中心にインタビューをとっていますが、依然として推しているファンがいることも言及はしています。
今も推している人々にインタビューを行わなかったことで、客観的な姿勢で推しのことや、かつての推し活について語る姿を映し出すことができ、本作がヒーリングの要素を持つ要因にもなっていると言えます。
一方で、インタビューが多角的に行われたものではなく、どこまで客観性が担保できているかは疑問を感じる部分もあります。
個人の枠を出ず、ファンダムの構造にまでは切り込んでいないため、ファンダムについて詳しくない人からすると監督らの感情を理解しにくい構図になっている側面もあるでしょう。
日本でも様々な“推し活”についてメディアに取り上げられることが多くなりました。
“誰かを好きになることは本来幸せなこと”と監督も言っていますが、今一度様々な方面から“推し活”について見つめ直す必要があるのかもしれません。
健全な“推し活”のために。
まとめ
ある日、推しが犯罪者になった……そのような境遇のファンたちのインタビューを通して“推し活”を見つめたドキュメンタリー『成功したオタク』。
“成功したオタク”とは一体何なのか、そして成功したオタクから失敗したオタクとなった監督が自分自身を見つめ直していくという意味を込めて原題は“성덕(ソンドク)”、邦題はその日本語訳となっています。
英題は“Fanatic”となっており、“Fanatic”には“狂信者”という意味もあります。
直接的に言及はあまりされていませんが、“推し活”は幸せなことであると同時に危険であることも示唆しているのではないかと感じられます。
KPOPスターだけでなく、アイドルや芸能人にとってファンは大切な存在であり、ファンにとっても推しは大切な存在です。両者は切っても切り離せないものです。
だからこそ、距離感を保っていなければらない危険性もそこにはあるのではないでしょうか。
事務所をはじめとした運営側にとってアイドルはビジネスであり、どうしてもそこに利益感情が働きます。アイドルの身近な部分まで発信させたりすることでファンの心をつかみビジネスに利用してしまう側面はどうしてもあります。
ファンにとって推しを身近に感じられることは嬉しいことではありますが、狂信的になりかねない、境界線の曖昧さがファンにとっても推しにとっても危険な状態になることはあります。
日本においても芸能界における性加害の問題や、ファンが運営に不信感を抱くという現象は実際に起きています。メディアとの付き合い方も含め、様々な問題を内包した本作は自分自身について見つめ直す良いきっかけにもなるかもしれません。