連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第56回は、『オーシャンズ11』(2011)『恋するリベラーチェ』(2013)で知られるスティーブン・ソダーバーグ監督のサイコスリラー『アンセイン 狂気の真実』です。
ストーカー男に追い詰められた女性が強制入院させられた先で体験する恐怖を描いたサスペンス映画。
ストーカー被害に悩まされていたソーヤーは、カウンセリングに助けを求めるも、精神病院へ監禁されてしまいます。
警察に助けを求めたものの取り合ってもらえず、他の患者とトラブルを起こし入院期間は延長。そんな彼女の前に、ストーカーのデビッドが施設の職員として現われ、やがて現実と幻との境目が曖昧になっていきます。
【連載コラム】「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」記事一覧はこちら
映画『アンセイン 狂気の真実』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【原題】
unsane
【監督】
スティーブン・ソダーバーグ
【キャスト】
クレア・フォイ、ジョシュア・レナード、ジェイ・ファロー、ジュノー・テンプル、エイミー・アービング、マット・デイモン
【作品概要】
2018年に公開されたスティーブン・ソダーバーグ監督のサイコスリラー映画。
『蜘蛛の巣を払う女』(2018)『ファースト・マン』(2019)のクレア・フォイが主人公のソーヤーを、『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』(1999)のジョシュア・レナードがソーヤーをストーキングするデビッドを演じています。
その他、『キラー・スナイパー』(2011)『マレフィセント』(2014)のジュノー・テンプルやソダーバーグ監督と「オーシャンズ」シリーズで組んだマット・デイモンが特別出演しています。
本作は全編通してiPhone7 plusで撮影され、わずか2、3週間で撮影が終了したことが話題になりました。
映画『アンセイン 狂気の真実』のあらすじ
仕事に熱心なソーヤーは、関係を持ちかけてくる上司にも臆することなく、アナリストとしての仕事に没頭していました。
母親アンジェラから独り立ちし、遠い地で転職をしたソーヤーは心機一転、順風満帆な生活を送っていたわけでもなく、何かに焦るような毎日を過ごしていたのです。
マッチングサイトで出会った男性と一夜限りの割り切った関係を持とうとするも、急に我に返り部屋から追い出してしまうなど、支離滅裂な行動に出てしまうことも。
実はソーヤーは2年間に渡りストーカーの被害に悩まされていました。ネットで調べた近所の病院に拠点を持つ支援団体に助けを求めたソーヤーは、カウンセリングを受けることにしました。
ストーカーから逃れるためにこれまで何度も住所や電話番号を変えてきたこと、行く先々でストーカーの姿を幻覚で見てしまうこと、もはや正気ではないことを打ち明けた彼女に対し、カウンセラーは自殺を考えたことはあるかと尋ねます。
あると正直に答えたソーヤーに、カウンセラーは治療を勧めました。そして治療法を考えるために形式的な契約書へのサインをせまります。
彼女を気に入ったソーヤーは契約書の内容を詳しく確認せずにサインしてしまいました。
別の者から話があるとだけ言われ、精神科へ通されるソーヤー。バッグの中身を確認された上に、所持品を没収されてしまいます。
「病院の規則で決まっているから」と看護師から執拗な身体検査をされたソーヤーが「何かの間違いである」と訴えると、「あなた自身が任意入院の同意書にサインしたのよ」と返されてしまいます。
警察に通報するものの、患者による病院からの通報は日常茶飯事で、警察はよくある精神病患者の奇行としてまともに取り合いませんでした。
その夜、ソーヤーは他の入院患者と喧嘩し、見回りに来た看護師の顔面を殴ったことで鎮静剤を打たれ、入院期間も1日から1週間へ延長されてしまいます。
自身への不当な扱いに対し、病院の職員や他の患者へ怒りを抱いていたソーヤーでしたが、薬物中毒から立ち直ろうとしているネイトだけは話が通じ、中を深めていきました。
ネイトは「病院と運営法人は保険会社からの金を目当てに患者を搾取しており、健常であっても保険金の支給が尽きるまで退院することができない」ということをソーヤーに打ち明けます。
そして最後にソーヤーに対して、刑務所のような環境の施設で目立たず敵を作らずに入院期間を全うするよう忠告しました。
入院患者のルーティンとして毎日与えられる精神安定剤。列に並び、飲んだ様子を職員に見せる順番を待っている間、職員の顔を見て驚愕するソーヤー。接近禁止命令を出したはずのストーカー、デヴィッドが職員として施設に勤務していたのです。
「この男は私のストーカーよ」と必死に訴えるものの、ソーヤーの様子は他の患者からしても異常に見え、精神錯乱を理由に鎮静剤を投与されてしまいました。自分は正常であると証明したいソーヤーの意思とは反する形で、入院期間が延びていきます。
ある夜、向かいのベッドで眠っているはずのネイトが誰かと電話している光景を目にします。彼は携帯を隠し持っていました。
鎮静剤を投与されればされるほど、ソーヤーは現実との区別が付かなくなり、次第に暴力性も増し、ヴァイオレットとの喧嘩が絶えないようになります。
ネイトから携帯を借りたソーヤーは、母親アンジェラに電話し、保険金詐欺で施設に監禁されていること、入院している場所に以前からストーキングしていた男が職員として忍び込んでいることを伝え、助けを求めました。
すぐに警察と弁護士へ相談したアンジェラでしたが証拠不十分として直接の介入を躊躇されます。その頃、ソーヤーは通常よりも多く鎮静剤を投与され異常行動が目立つようになりました。
映画『アンセイン 狂気の真実』の感想と評価
良い短編を観たという満足感
本作が撮影された2017年はiPhoneで撮影された映画が広く知れ渡った年でもあります。『フロリダ・プロジェクト』(2018)で知られるシェーン・ベイカー監督作品『タンジェリン』(2017)がその代表ではないでしょうか。
最近でも小林勇貴監督作品『奈落の翅』(2021)がiPhoneで撮影されるなど、70mmのカメラが捉える壮大な映像とは対照的に縦横無尽な撮影、独特な画角など、映画に対する原始的かつ新たな試みとして、iPhoneによる撮影はこの3,4年で機材やアプリの性能の向上とともに一般化してきました。
新発売のiPhone13のCMでも、「手軽にハリウッド映画が撮れる」を売りにしており、その場でカメラを起動させ撮影出来る手軽さからゲリラ撮影などにおいて今後も重宝されそうです。
映画が始まり、オフィスのシーンあたりから本作独特のカメラワークが目につきます。
人物を斜めに捉えるショットなど、どことなく実相寺昭雄のような画作りが特徴的で、全編に渡り新しい技術を使いこなそうとする創意工夫の跡が見て取れます。
比較的小ぶりな作品でありながら、ソダーバーグ監督の情熱はラストに至るまで惜しみなく、ソーヤーの顔に寄った止め画のアップにクレジットが入るラストショットが特に秀逸で、『午後ロードショー』が終わり『よじごじDays』に繋がるかのような切れ味の鋭さを感じさせました。
(もう少し上の世代の方には『二光お茶の間ショッピング』に続くと喩えた方が想像しやすいかも知れません)
正気と狂気を分ける曖昧な現実
ストーカー被害に遭い幻覚を見るまで精神的に追いつめられたソーヤーの視点から語られる本作は、現実と非現実とが曖昧になるような描写が何度か挿入されます。
ソーヤーの目に映る世界が本当に現実なのか、幻覚シーンが観客を惑わすものの、劇中の早い段階でソーヤーの異常行動は描かれており(一夜限りの関係をソーヤーから持ちかけたにも関わらず途端に拒絶するなど)精神的に疲弊した結果、本来理性的な彼女の内面が既に崩壊していることが分かります。
少し話題が逸れますが本作には日常生活でイラッとする一幕を上手く切り取った描写もあり、非常に気が利いていました。強制入院させられた初日、今すぐにでも帰りたいソーヤーが看護師を説得しようとするシーンです。
「規則で決まっているから」「これをやらないと不利益を被る」など、看護師から慇懃無礼な対応をされる様は、何を言っても融通が効かない機械的な事務仕事へのイラつきを上手く表現した場面であると同時に、普段の仕事で自分が客に対し機械的に行っていたことへのしっぺ返しでもあります。
しかし、これが良くある因果応報で済まされないのが、身柄を拘束し監禁できる権力を機械的に行使されることが、ただのしっぺ返しの域を超えどれだけ恐ろしいことかということ。
自分自身では正常であることを証明出来ず、当然の権利を主張しようにも法の下に与えられた権力(暴力)によって自由と安全を阻害されてしまう。身に覚えのない病気や法的な理由により拘束されたら最後、なす術は無いという恐怖を描いていました。
恐怖に拍車をかけるのが、本作で起こっていることは決してフィクションではないということ。精神病院による健常者の拘束は実在します。
ソダーバーグ監督は陰謀論的ではあるものの、限りなく現実味のあるテーマだと語っていましたが、本作で語られる精神病院の裏側は図らずも現実にリーチしており、経営のために精神疾患を誤診された長期入院者は、日本の精神病院にも存在するという実態を暴いた潜入ルポ『精神医療に葬られた人々』(光文社新書)を読むと本作で描かれていることがより鮮明な恐怖となります。
また、精神病院を舞台にした映画は数多く、それが社会の縮図であったり、信用できない語り手によるスリルを生み出す装置としても機能する上に、精神病院は現代的な寓話を語る上での象徴として強い役割を果たしています。
『カッコーの巣の上で』(1975)や『シャッターアイランド』(2010)などが代表的ですが、特に本作との関連が多く見受けられるのがサミュエル・フラー監督作品『ショック集団』(1963)です。
ピューリツァー賞を狙うジャーナリストが精神病院へ潜入する物語の同作は、潜入調査のために入院しその後命を落とす本作のネイトの背景と似通っており、ソーヤーの精神異常はストーカー被害によるものなのか、精神医療のシステムが起こした悲劇なのかが曖昧な結末にも通底する空恐ろしさを感じさせます。
まとめ
比較的小規模な作品である『アンセイン 狂気の真実』はエッジの効いた演出が冴え渡っており、大作を数多く手がけたソダーバーグ監督のクリエイティビティをダイレクトに感じることが出来る一作です。
精神的に追いつめられ、助けを求めた精神病院でドツボにはまっていく恐怖をソーヤーの視点に立って味わう本作ですが、ストーカー男デヴィッドの行動心理を追う視点も見失っていないので、何故ストーキングという常軌を逸した行動に出てしまうのかという根源にも触れています。
一言で言えば、心理社会的に未発達な10代のまま歳を取り、恋に恋している独りよがりに縛り付けられているからでしょう。詳しくは本編を観て確認してみて下さい、切れ味の鋭いエンディングシーンを味わった後には観て良かったと思える作品です。
規模が小さいということを意図した作品なので、昼下がりの午後にあえて小さい画面で観るのがオススメ。返って大きなスクリーンで観ると、クローズアップされたカメラショットに画面酔いしてしまうかもしれません。
【連載コラム】「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」記事一覧はこちら