連載コラム「邦画特撮大全」第84章
幾度に亘る公開延期を経て2021年3月8日(月)より『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が公開され、これを以て映画「新劇場版」シリーズならびに「エヴァ」シリーズは完結となります。
オリジナルのTVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』(1995~1996)の放送から既に四半世紀が経ちました。謎が謎を呼ぶ構造は大きな反響を呼び、ファンをはじめ多くの人々が考察を続けています。
今回の邦画特撮大全では、そうした謎の解明や考察はさておき、本コラムのタイトルにもある「特撮」表現を手がかりに、「新劇場版」シリーズの映像面の楽しさを解説していきます。
なお扱う作品は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009)、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』(2012)の3作品に絞ります。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』自体のネタバレは含まれませんので、同作をまだ鑑賞していない方もご心配なく読めると思います。
CONTENTS
映画『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の作品情報
【日本公開】
2021年(日本映画)
【原作・企画・脚本・総監督】
庵野秀明
【監督】
鶴巻和哉、中山勝一、前田真宏
【音楽】
鷺巣詩郎
【主題歌】
宇多田ヒカル「One Last Kiss」
エヴァの基本コンセプトは『ウルトラマン』
TVシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』とその劇場版(通称:旧劇)と「新劇場版」シリーズは、数多くのアニメーション作品や特撮作品の要素を用いて製作されているのはもはや周知の事実です。中でも大きな最も大きな影響を与えているのがやはり『ウルトラマン』(1966~1967)でしょう。
エヴァンゲリオンという40メートルの巨人と正体不明の生物“使徒”が市街地の中で戦闘を繰り広げるという、本作の基本コンセプトは『ウルトラマン』そのままと言えます。さらに内蔵バッテリーを使用した際のエヴァンゲリオンの活動限界時間の描写もウルトラマンの「カラータイマー」を引用したものです。
そもそも庵野秀明総監督は特撮マニアで知られ、大阪芸術大学在籍時代に後のGAINAX創設メンバーとなる仲間たちと『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』(1983)という8ミリフィルムの自主映画を製作していました。「ウルトラ」シリーズで異彩を放った実相寺昭雄監督を思わせる意味深な構図の多用、シミュレーション映像などのモニターデザインなどは、その後「エヴァ」シリーズに繋がっていきます。
「処女作には作家の全てがある」というセオリーに則れば、庵野総監督の場合はこの自主映画『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』がそれにあたると言えるでしょう。
エヴァンゲリオンの着ぐるみ的構造
参考:映画『パシフィック・リム』(2013)予告編
またエヴァンゲリオンのデザインには「着ぐるみ」の意匠が取り入れられています。「エヴァ」シリーズ同様に日本のアニメや特撮へオマージュを捧げたギレルモ・デル・トロ監督のSF映画『パシフィック・リム』(2013)では、登場するCGモンスター“KAIJU”を「中に人が入って動けるような姿」、つまり「着ぐるみ」をコンセプトにデザインされていました。ただしエヴァンゲリオンの骨格自体は細く手足が長く、アニメーション的にデフォルメされたスタイルをしています。
ではどこが「着ぐるみ」的なのか。注目すべき点はエヴァンゲリオンの膝や腹の装甲と装甲の隙間に見える黒地の部分です。庵野総監督の言によれば、「スーパー戦隊」シリーズの巨大ロボなどをイメージベースにしているとのことです。
戦隊ロボの着ぐるみは中にスーツアクターが入って演じるため、関節部分は装甲に覆われていません。ウェットスーツの上にFRP製のマスクやパーツを着込んでいるのです。そのため戦隊ロボは膝や腕の関節部分など、ウェットスーツが露出している黒い部分があるのです。
エヴァンゲリオンはその戦隊ロボの構造をデザインに組み込んでいるため、装甲と装甲の間に黒地の箇所があり、中に人が入っているという発想から「ロボット」ではなく「人造人間」という名称を用いているのです。
3DCGによるミニチュア特撮表現
映像技術の進歩により、「新劇場版」シリーズでは3DCGを効果的に用いています。エヴァンゲリオンと使徒との戦闘シーンなど、第三新東京市のビル群はCGモデルで表現されました。庵野秀明総監督は「セルアニメの特撮」という位置づけで本シリーズにCG技術を導入しました。市街地のビル群の中で対峙し合うエヴァンゲリオンと使徒の構図は、まさしくミニチュア特撮そのものです。
最新のデジタル技術を利用した映像表現であるはずの3DCGを、ミニチュアを利用したアナログ特撮の再現を目的として利用するというのは非常に興味深いと言えるでしょう。「新劇場版」シリーズでは、実際に制作したミニチュアをモデリングしてCG素材を造っているといいます。
さらに面白いのが車や電車のCGモデルはリアルに作られていないという点です。ほんの一瞬しか映らないので解りにくいですが、『破』で第8の使徒へ向けてエヴァ初号機が走る部分でそれが確認できます。初号機が疾駆した衝撃で車が吹き飛ぶのですが、窓ガラスが割れたりボディがへこんだりする描写はあるものの、車体そのものが壊れることは決してないのです。
庵野秀明による怪獣“使徒”
参考:映画『シン・ウルトラマン』(2021)予告編
2021年初夏に公開が予定されている『シン・ウルトラマン』の予告公開時に、予告に映った怪獣たちを「使徒のようだ」と口にする人も多かったと思います。しかしこれはむしろ逆で、エヴァンゲリオンの敵・使徒の方が特撮の怪獣をベースにしているのです。
『序』に登場した使徒の怪獣的な要素をみていきましょう。最初に登場したのはTVシリーズに登場した第3使徒サキエルに相当する第4の使徒です。第4の使徒が山と市街地の間に立つ構図はまさに怪獣映画のそれと同じものです。この使徒は2足歩行で、「着ぐるみ」怪獣をアニメーションで表現したものと言えるでしょう。
一方、第5の使徒(TVシリーズの第4使徒シャムシエル)は宙に浮いて活動し、人が中には入れないデザインとなっています。この場合、着ぐるみではなく、モスラなどワイヤーワークによる「操演」怪獣をアニメーションに持ち込んだものと言えるでしょう。また第5の使徒には肋骨が動く描写がありますが、これは「機電」という特撮技術を基にしています。着ぐるみなどの造形物の中にギミックを仕込み、目を発光させたり体の一部を動かしたりさせる技術です。
そして第6の使徒(TVシリーズのラミエルに相当)ですが、こちらは宙に浮く正八面体という姿で、上記の2体と異なり生物的な要素が全くありません。女性のような叫び声をあげますが、この音声は『帰ってきたウルトラマン』第35話に登場したプリズ魔の流用です。第6の使徒のデザインモチーフ自体がこのプリズ魔なのです。そのためプリズ魔も第6の使徒同様に、抽象的な造形で生物的な要素は全くなく、人が中に入って演じる着ぐるみ怪獣ではありません。ウルトラシリーズにはこのような抽象的な造形の怪獣が、プリズ魔の他にもブルトン(ウルトラマン)、デシモニア(ウルトラマンティガ)など時折登場していました。
つまり『序』に登場した使徒たちは、「着ぐるみ」「操演」「抽象的な造形物」と、実写特撮作品における怪獣の表現方法を総ざらいしていたと言えるのです。
特撮とアニメーションを繋ぐ“中野フラッシュ”
参考:映画『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)予告編
「新劇場版」シリーズシリーズを初め、『トップをねらえ!』や『ふしぎの海のナディア』などの庵野総監督らが参加したGAINAX初期作品を特徴づける特殊効果に「中野フラッシュ」と呼ばれるものがあります。これは爆発などの破壊シーンに挿入されたストロボ発光を指すもので、『序』では序盤の国連軍による第4の使徒爆撃時、『破』では第8の使徒への攻撃時、『Q』では冒頭の戦闘シーン、クライマックスでのエヴァンゲリオン第13号機などで効果的に使用されていました。
「中野フラッシュ」という名称は、東宝特撮映画の三代目特技監督・中野昭慶監督に由来します。中野監督が手がけた特撮作品では、爆発描写や破壊描写の際に発光が頻繁に挿入されます。代表作『日本沈没』(1973)では、地震による首都圏崩壊の際に地面から閃光が発せられた他、日本列島の沈没時にも発光が挿入されていました。
「新劇場版」シリーズなどで見られた横に走るタイプの閃光は、『ゴジラ対メカゴジラ』(1974)において顕著に見られ、冒頭の爆発描写や終盤のブラックホール第三惑星人の基地破壊シーンなどがまさにそうです。この閃光の正体はアナモルフィックレンズの特性によって捉えられたレンズフレアです。
まとめ
こうして観てゆくと「新劇場版」シリーズは、実写特撮とアニメーションを横断した映像技術の温故知新を実践した作品と言えるでしょう。
こうした技術の実践や過去のイメージをさらに跳躍させた映像が、シリーズ最終作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』でどのような形で結実しているのか。それは本作を鑑賞することで判明します。
次回の邦画特撮大全は…
次回の邦画特撮大全は『仮面ライダーゼロワン』のスピンオフにあたる『ゼロワンOthers:仮面ライダー滅亡迅雷』(2021)を紹介します。お楽しみに。