第35回東京国際映画祭『ケイコ 目を澄ませて』
2022年にて35回目を迎える東京国際映画祭。コロナ感染症の影響も落ち着き、本格再始動を遂げた映画祭は2022年10月24日(月)に開会され、11月2日(水)まで開催されました。
今回は三宅唱監督のNippon Cinema Now部門参加作品『ケイコ 目を澄ませて』をご紹介します。
この作品のモデルは、聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子。
彼女の生き方に着想を得て、『きみの鳥はうたえる』(2018)の三宅唱が新たに生み出した物語です。
主人公の聴覚障害を持つプロボクサーのケイコは、『愛がなんだ』(2019)『神は見返りを求める』(2022)『犬も食わねどチャーリーは笑う』(2022)など、今ノリにのっている岸井ゆきのが演じています。
ゴングの音もセコンドの指示もレフリー声すら聞こえない中、じっと<目を澄ませて>闘うケイコの姿から、日々戸惑い迷いながらも実直に生きようとする女性の生き様が見えてきます。
『ケイコ 目を澄ませて』は、2022年12月16日(金)テアトル新宿ほか全国ロードショー。
【連載コラム】『TIFF東京国際映画祭2022』記事一覧はこちら
映画『ケイコ 目を澄ませて』の作品情報
【日本公開】
2022年(日本作映画)
【原案】
小笠原恵子『負けないで!』(創出版)
【監督】
三宅唱
【脚本】
三宅唱、酒井雅秋
【キャスト】
岸井ゆきの、三浦誠己、松浦慎一郎、佐藤緋美、中原ナナ、足立智充、清水優、丈太郎、安光隆太郎、渡辺真起子、中村優子、中島ひろ子、仙道敦子、三浦友和
【概要】
『ケイコ 目を澄ませて』は、聴覚障害と向き合いながら実際にプロボクサーとしてリングに立った小笠原恵子をモデルに、彼女の生き方に着想を得て『きみの鳥はうたえる』(2018)の三宅唱監督が新たに生み出した物語。
ケイコは、秀でた才能を持つ主人公ではなく、不安や迷い、喜びや情熱など、さまざまな感情の間で揺れ動きながらも、一歩ずつ確実に歩みを進める等身大の女性として描きだしています。
ケイコを演じるのは、岸井ゆきのです。ボクシングジムの会長に日本映画界牽引す三浦友和。松浦慎一郎、佐藤緋美、中島ひろ子、仙道敦など、実力派 実力派 キャストが脇を固めています。
映画『ケイコ 目を澄ませて』のあらすじ
嘘がつけず愛想笑い苦手なケイコは、 生まれつきの聴覚障害で、両耳とも聞こえません。
再開発が進む下町の一角にある小さなボクシングジムで日々鍛錬を重ねる彼女は、プロボクサーとしてリングに立ち続けています 。
母からは「いつまで続けるつもりなの?」と心配され、言葉にできない想いが心の中に溜まっていきます。
「一度、お休みしたいです」と書きとめた会長宛ての手紙を出せずにいたある日、ジムが閉鎖されることを知り、ケイコの心が動き出します ――――。
映画『ケイコ 目を澄ませて』の感想と評価
『ケイコ 目を澄ませて』の主人公ケイコは、聴覚障害を持っています。
そのせいもあって、ほとんど言葉を話しません。その代わりに、大きな眼で心情を語り掛けてきます。
このあたりもタイトルの語源となっているのでしょうけれども、音のない世界で生きているケイコにとっては、眼で見えるものから情報を得るのが全てだったと言えます。
ボクシングジムで練習をする時、自宅で家族と団らんする時、どんな時でも音はしませんが、眼に見える光景でケイコは満ち足りた毎日を送っています。
ボクシングもケイコにとっては日常生活を送るのと同じなのですが、サンドバッグを打つ音もパンチを繰り出す音もない映像は静かすぎるぐらいに静かです。
それが、‟音のない見えるものだけの世界”であり、そこでボクシングをするケイコに驚きます。
そんなケイコを演じるのは、『愛がなんだ』(2019)『神は見返りを求める』(2022)『犬も食わねどチャーリーは笑う』(2022)など、大活躍をしている岸井ゆきのです。
プロボクサーの役も耳の不自由な人の役も初めてという彼女は、厳しいトレーニングや手話の練習など、ケイコになり切る入念な準備を行って撮影に臨み、新境地を切り開きました。
本作は、秀でた才能でチャンピオンを目指すスポ根ものではありません。勝利のために練習を重ねながらも、家族やジムの人々など、周囲の人たちの温かい励ましと交わりがあって成長するケイコの物語です。
そこには、ハンデを背負いながらも、自分らしく精一杯に生きていこうとするひとりの女性の姿が見えてくるはずです。
また、ケイコを見守り続けるジムの会長の存在も忘れてはならないでしょう。
言葉を交わせなくても、心で通じ合える信頼感。じっと見守ってくれるだけでもケイコにとってはありがたい会長です。
会長役はベテランの三浦友和が務めました。黙ってそこにいるだけでも安心を与えてくれる存在感は流石です。
まとめ
聴覚障害を持ちながらもボクシングを続ける女性の物語『ケイコ 目を澄ませて』をご紹介しました。
第35回東京国際映画祭Nippon Cinema Now部門参加作品の本作は、第72回ベルリン国際映画祭をはじめ世界各国の映画祭でも上映され、「すべての瞬間が心に響く」「間違いなく一見の価値あり」と熱い賛辞が贈られました。
ケイコを演じた岸井ゆきのは、この作品について、「今この時代で生きること、人と共存すること、生まれ持った体で、性別で、境遇で生きること、そしてボクシングを通して、体を研ぎ澄ませて生きている人間の話です。ぜひスクリーンで16mmフィルムの景色を堪能していただきたいです」と語っています。
華奢なケイコが目を見開いてリングに立つ姿に、誰もが勇気をもらうことは間違いありません。
静かな映像が続く本作で、ケイコの心の叫びを感じ取ってください。
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星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。