連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第121回
今回ご紹介するNetflix映画『聖なる証』は、歴史研究家としての顔も持つ小説家エマ・ドナヒューの小説『The Wonder』が原作です。
チリ映画『ファンタスティック・ウーマン』(2017)でアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞した、セバスティアン・レリオ監督がメガホンをとりました。
1845年から1849年の4年間にわたって発生した大飢饉から、13年の時が経った1862年のアイルランド。
従軍看護師として生と死を見てきたリブ・ライトは、奇妙な任務を命ぜられアイルランドのミッドランズ地方へ派遣されます。その依頼とは、「敬虔なクリスチャンであるオドネル家の11歳の少女アナを15日間観察する」というものでした。
アナは4ヶ月間、食べ物を食べていないにもかかわらず、天の恵み“マナ”により生かされているといい、リブはその奇跡を“証明”するため派遣されたのです。
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映画『聖なる証』の作品情報
(C)2022 Netflix
【配信】
2022年(イギリス映画)
【原題】
The Wonder
【監督】
セバスティアン・レリオ
【原作】
エマ・ドナヒュー
【脚本】
エマ・ドナヒュー、セバスティアン・レリオ、アリス・バーチ
【キャスト】
フローレンス・ピュー、トム・バーク、キーラ・ロード・キャシディ、ニアフ・アルガー、キアラン・ハインズ、トビー・ジョーンズ、エレイン・キャシディ、ダーモット・クロウリー、ブライアン・F・オバーン、デビッド・ウィルモット、ルース・ブラッドリー、コーラン・バーン、ジョシー・ウォーカー
【作品概要】
英国人看護師エリザベス・ライト役は、『レディ・マクベス』(2020)と『ミッドサマー』(2020)で主演を務めたフローレンス・ピュー。
『深く青い海』(2017)のトム・バークがジャーナリストのウィル・バーン役を務め、その他に『ベルファスト』(2022)のキアラン・ハインズ、個性派バイブレイヤーのトビー・ジョーンズなどが共演しました。
映画『聖なる証』のあらすじとネタバレ
(C)2022 Netflix
看護師のエリザベス・ライトは、1862年にアイルランドのミッドランズ地方で暮らしている、アナ・オドネルという少女を観察する任務を命ぜられました。
マクブレアティ博士、教区司祭のサディアス神父、町の長老サー・オトウェイ、および地主のジョン・フリンで構成される評議会はアナ・オドネルについて説明します。
アナは11歳を迎えた後から、4ヶ月間も食事を摂らずに生きているという報告がされ、“奇跡の少女”と噂されているといいます。
評議会は事実かどうかを究明するため、14日間シスター・マイケルと交代制でアナを観察し、調査内容を報告するよう命じます。
ライトはジョン・フリンの家からアナのいる家まで通います。マクブレアティ博士に案内され、荒地の中のオドネル家を訪ねました。
2人を招き入れたのはアナの姉キティです。家には母親のロザリーン、父親のマラシーがいました。
ライトはアナに会えないか聞きますが、ロザリーンは“来客中”だと答えます。ライトは疑問に思いますが、しょっちゅうあちらこちらから訪問があると言います。
続いて、食べていないのに健康だというアナについて、既往歴を聞きます。ロザリーンは虚弱で昔から食は細いと答えます。
ライトは家族の多い家での観察には意味はないと感じ、マクブレアティ博士に病院で観察するべきだと言います。
しかし、ロザリーンの強い反発によってその案は却下されました。その時、屋根裏部屋から来客が降りてきて、「彼女は宝よ、奇跡ね」と献金を置いて行きました。
ライトは早速、屋根裏部屋へ上がります。アナはキリストに祈りを捧げていました。祈りが終わり、ライトの方を振り返った彼女の顔はバラ色の頬で、健康そうに見えます。
ライトは自己紹介をし身体検査を始めますが、アナには異常は見当たりませんでした。ライトはアナに会いに来た理由を“観察”のためだと言います。
そして、“長期の断食は危険”と諭しますが、アナが言うには「天からマナを与えられている」というのが健康でいられる理由でした。
夕食時にライトは、若い男性と一緒に写っている家族写真に気づき、息子はどこかに行っているのか尋ねます。ロザリーンは「神のお導きで遠くに行った」と説明しました。
逆にライトはロザリーンから“子ども”はいないのか聞かれ、自身に子どもはおらず、夫も結婚して1年足らずで亡くなったと答えます。
シスターと交代の時間がきて、ライトが下宿に帰ると「専門家としての意見」として、看護師があの家にいる意味がないと訴えます。
ところが宿屋の主人は“食べているはずの少女”とオドネル家に不信を抱いており、家族の茶番を証明して帰るようライトを説得します。
就寝前、ライトは布の包みから小さな手編みの靴下と小瓶を出し、小瓶の中の液体を飲むと靴下を愛おし気に触り、布の止めピンで指先を刺し“自傷”行為をします。ライトは血のにじみ出た指先を舐めると、そのまま朦朧とし始め、ベッドに倒れ込みました。
翌朝、ライトがオドネル家に向かうと、墓地があることに気がつきます。墓標を見ていくうちに、オドネル家の新しい墓をみつけます。
家にあった家族写真を見ていると、ロザリーンが目を描き入れたと声をかけます。ライトは息子は移住したのだと思ったが、亡くなっていたのだと知りました。
ライトはアナと散歩に出たり、会話をしながらコミュニケーションを重ねつつ、部屋に食べ物が隠されていないか確認をしました。
アナは聖人になった女性のカードをライトに見せながら、彼女たちの特性を語り教えます。アナが好きな聖女は、幼いキリストから婚約指輪をもらったという“聖カタリナ”です。
そして、夫を亡くしたハンガリーの王女“聖エリザベト”のカードを差し出すと、ライトは「最も罪深い」とつぶやきます。
アナは「ライトと同じ名前の聖女」という意味で見せましたが、信仰に懐疑的なライトは自分を「罪深い」と言ったのです。
更にアナはライトに家族から何と呼ばれていたか聞きますが、ライトには家族はなく天涯孤独だと教えます。
その日は評議会の委員がアナを訪ね、写真を撮ります。カメラマンもアナが4ヶ月も食べていないことに驚き、生命力が燃えたぎっていると感嘆します。
ライトは下宿に戻る際にもう一度、マクブレアティに訪問者が多すぎて、観察には適さないと訴えますが、マクブレアティは無視しました。
夕食時、ライトの前にテレグラフ紙の記者ウィル・バーンが現れます。ウィルは“奇跡の少女”を取材したいと申し出ます。
ライトは部外者との接触は、医師から禁止されていると断ります。しかし、ウィルは記者を呼んだのは同じ医師だと答えます。
以下、『聖なる証』ネタバレ・結末の記載がございます。『聖なる証』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
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次の晩、ライトはアナの観察をより良くするため、燃料ランプを取り寄せました。アナは親しみを込めて、ライトをいろいろな名前で呼ぶようになります。交代の際、ライトはシスターにアナの様子を聞きますが「話すことはできない」と答え帰っていきます。
ライトはアナが眠ると宝物にしている聖母像を調べ始め、破損させてしまいますが、像の中から髪の毛の束を発見します。
翌朝もアナはライトをファーストネームで呼びたがり、いろいろな名前で呼びますが、それにあわせてライトもアナの呼び名を提案します。
いくつかあげた中の“ナン”という名前をアナは気に入りました。ライトは早速ナンと呼び、聖母像を壊してしまったことを謝ります。
そして、中に入っていた髪の毛を“兄”の物か尋ねると、アナは寂しそうに髪の毛を像の中にしまい、「悲しみは神の鋤(すき)、地を整える」と言いました。
ライトはアナの悲しそうな表情を見ながら、母親から“リブ”と呼ばれていたことを教え、アナはその日から“リブ”と呼ぶようになります。
翌朝の交代時、シスターに何か見つけたか聞くと、彼女は「見つけるものはない」と答えると、ライトも察したように諦めます。
オドネル家では朝と晩にアナとともに祈る時間があり、祈りの時間が終わるとロザリーンはアナの唇にキスをして、家族は階下に降りて行きます。
アナはリブにクリミア戦争に行った時の様子を聞きます。リブは兵士の治療を通じて彼らの“物語”を聞き、臨終に立ち会ったことも名誉なことだったと話します。
その話を聞いたアナは、人は臨終すると魂の浄化のため、煉獄で焼かれるが地獄の魂は永遠に焼かれ続けると、兄の運命に怯えていることを打ち明けます。
リブは兄は天国にいると慰めますが、アナは兄に何かの秘密があるように「それはわからない」と意味深なことをつぶやきます。
下宿へ戻る道中、ウィルが向かってきました。道すがらアナの記事を送るよう催促され困っていると言い、ゴシップではなく真実の記事を書きたいと話します。
家族ぐるみで金儲けか教会の献金のためか……?と訊ねるも、労力のわりに稼げないと言います。
医師はアナの生命力を称え、名声欲しさのためでもなく、信仰深い家主すらオドネル家には来ないと教えました。ウィルはアナの独断で騙している可能性を聞きますが、ライトはアナに不審な点はないと告げます。
夕方、ライトがオドネル家に到着すると、家族はアナの元に集まり、晩の祈りを捧げていました。その光景をみたライトは、アナの秘密には家族が関わっていると疑います。
そして「医師からの指示で、アナへの接触できるのは自分とシスターだけになった」と嘘をついて家族を引き離しますが、不安がる家族を見たアナは「少しの間だけよ」と言います。
翌朝、食堂に降りてきたライトはウィルから「アナに会わせてくれれば、トリックを見抜ける」と言われます。彼女は家族の接近を禁じたから、事実はすぐ明らかになると答えます。
家族が食事を与えていたとすれば、与えられなくなりアナの命は危険になり、食事を与えられていたと白状すれば、住む家を追われ、教会からも破門される……。
最悪、虚偽の陳述と隠ぺいで裁かれるだろうと、ウィルはライトに忠告します。
ライトはキティからウィルが幼なじみだと聞き、彼は進学させてもらえたと話します。そして、彼が学校へだした後に家族は家の中に籠り、内側から封鎖すると餓死したと教えます。
農作物が育たず食べるものもない大飢饉の中、ウィルを学校へ行かせるため、彼の家族は人間としての尊厳を守り、家の中で亡くなりました。
ライトはウィルの凄惨な過去にショックを受け、同情と共感から密接な関係になります。そして、彼女は生まれて間もない娘を失い、数日後には夫も蒸発したことを告白しました。
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次の日、ライトは散歩の際にウィルとアナを会わせます。彼はジャーナリストとして世界中を旅したことを話し、アナは目を輝かせながらその話を聞きます。
ウィルは鳥と籠の絵が描かれた丸い紙の両端に紐をつけ、人差し指と親指でねじりながら回すと、鳥が籠の内と外に見える仕掛けの“ソーマトロープ”をアナに渡します。
アナは鳥が籠の中と外に映るのをみつめ、ウィルは「鳥がどちらにいるのかを決めるのは、アナ次第だ」と諭します。
アナの衰弱は加速し、ベッドに横たわる時間が増えました。ライトがロザリーンに訴えても、彼女が引き離したからだと責めるだけです。
父親に回復してほしいのなら、食べるよう説得するよう言うライト。しかし、オドネルはアナの誕生日(初聖体)の日に「食べろ」と言わない約束をしたと告げます。
ライトはマクブレアティにアナの健康状態が悪いことを訴え診療を促しますが、彼はあくまで科学的な根拠を探ることに執着し、彼女の看護師としての知見を退けました。
その後まもなく、アンナの体調は悪化し始め、見かねたライトはアナが“食べたい”と言ったと家族に嘘をつき、チューブで胃に流動食を送ろうとします。しかし、体力が落ちて苦しむアナの姿を見たライトは、すぐにその行為を止めました。
アナはライトや家族を気遣い散歩に出ます。しばらく歩くとウィルと出会い、アナは彼に見せたいものがあると、先を歩いて行きました。
アナはウィルに“奇跡の泉”と呼ばれる場所へ連れていきます。彼もその場所のことは覚えていました。
ウィルはライトに「緩やかな殺人」というタイトルの記事を送ったと話し、彼は家族に止めさせないとアナは死ぬと訴えます。
アナは泉の側で力尽き倒れてしまいます。ベッドで横たわるアナにロザリーンは、何か欲しいものはないか聞きますが、「少し眠りたい。そして目覚める」と答えます。
ロザリーンはアナが食べ物を欲していないと知り、ライトを一瞥すると安堵するかのように、微笑みを浮かべました。
翌日、アナは車椅子に座り外にいます。キティがウィルの新聞記事を読み聞かせました。「湿地帯で慎ましく暮らす夫婦の一人娘、アナ・オドネルは空気以外の栄養源を必要としないようだ」
アナはウィルからもらったソーマトロープで遊びながら、「中、外……」と何かに迷いあぐねているようになり、やがて肺から異音が聞こえ、咳きこむようになりました。
翌朝ライトは朝食を食べていると、あることに気がつき早めに下宿を出発し、シスターと交代します。
ライトはアナに“天のマナ”で生きているというのは、“神聖な母のキス”のことではないかと聞きます。つまりロザリーンから噛み砕いた食べ物を口移しで、与えられていたのではと考えていました。
口移しで与えられていたものは“食べ物”だというライトに、アナは動揺しながらそれを否定し“マナ”であると主張します。
アナは“聖なる秘密”で神秘なのだと訴え続けますが、ライトは職務上このことを報告しなければならないと伝えます。アナは報告されることも食べることも拒みます。
ライトが断食をする理由を聞くと、アナは魂が“解放”されるよう、断食中に33回の祈りを捧げると、十字架に誓願を立てていました。
彼女が“解放”を望む魂とは、地獄にいるかもしれない兄の魂のことでした。ライトは断食は1回でいいはずと諭しますが、アナは兄を地獄の業火から救うには、1回では足りないと言いました。
アナの兄は、彼女を妹として・妻としての“二重の愛”という言葉のもと、9歳の頃から繰り返しレイプしていました。それからしばらくして、兄は奇病にかかり亡くなりました。
神聖な愛でなかったとアナは理解し、ロザリーンが「兄の死はアナのせいだ」と言ったことで、“聖なる秘密”の儀式を始めたと話します。
ライトはロザリーンの話は嘘だと諭しますが、アナの兄への愛も本当でした。彼女は自分の命をかけた断食が、兄を天罰から救えると信じていました。
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ライトは緊急で評議会の委員を招集し、ロザリーンの行為について調査結果を知らせ、アナを救うよう訴えました。しかし、委員らはその報告を“嘘”だと拒否します。
その理由は、“英国人の看護師”は信用できないという、理不尽な内容でした。また、シスター・マイケルは言及しないものの口ごもり、委員はシスターの姿勢を支持しました。
アナの証言が一番、信憑性があると評議会に呼び出されますが、彼女もまた“天のマナ”以外は与えられてないとしか証言しません。
結果は期日が来るまで観察を続けるということになり、ライトはこれまでも何度も看てきた、臨終まで看護すると告げます。
するとサデウス神父は瀕死のアナのために明晩、荘厳ミサを捧げ“力と希望、回復”を祈ると告げます。
ライトは無力さに打ちひしがれて下宿に戻りますが、アナを助けるため必死になっていきます。死が近いことをロザリーンに告げますが、彼女は”選ばれし者”だと返します。
ライトは娘が生まれた直後に亡くなったことを話し、我が子を失う喪失感に理解を示し、救える命を見放す行為は怖ろしいことだと訴えます。
しかしロザリーンは、アナのしていることは息子を救うためであり、アナの行為で彼女も天国に召されるだろうと主張します。
ライトはウィルと会い、アナを救出する計画を話します。しかし、ウィルはオドネルの人間は信仰と祈りで行動し、娘への愛は真実だといい反対します。
それでもライトは「親が子どもを見殺しにすることの方が異常だ」と訴えました。そして家族がミサに出かけている間に、アナを“奇跡の泉”に連れていくから、彼女をダブリンに運んでほしいと懇願します。
家族が出かけると、ライトは死の淵にいるアナを起こします。彼女は「神の御許に行くの?」と訊ねます。“アナ”は神の元に行きアナは死ぬと言います。
しかし、目が覚めると9歳の罪のない少女に生まれ変わると、付け加え続けました。少女の名前は何か聞くと、アナは“ナン”と答えます。
2人はアナは死ぬがナンは生きると確認し合い、ライトはアナを聖なる泉に連れて行きます。
ライトはアナに神の元に召される時間だと、目を閉じるよう促します。彼女が目を閉じると時間を空けずに「ナン」と呼びかけますが、死んだようなアナの瞼は閉じたままです。
しかし、アナは瞼を閉じたり開いたりする体力すらわずかで、ゆっくりその目をあけました。安堵したライトは、アナにミルクで浸したパンを与え家に戻ります。
ライトは部屋に油を撒き、薬の入った瓶を踏みつけて割ると、編んだ小さな靴下にキスをして、チェストに置くと火を放ちました。
ライトは両手を火傷し、家は焼失しました。評議会の聴取でライトは、アナが亡くなったことに動揺し、誤ってランプを倒してしまったと話します。
火災の後、アナの遺体は発見されず、大雨で捜索が難航したせいと判断されました。
ライアンは「遺体がなければ、子供を餓死させたことはバレずに済む」と皮肉を言う一方で、地主のフリンは焼け跡を“聖地”にするといいます。
オトウェイ卿はアナを“暗黒時代”以来の聖人だったと訴え、サデウス神父はその証拠は残されていないと告げます。
委員らは好き勝手に自論を言い放ちますが、評議会の指示でアナを観察し、死を看取った彼女が法的に裁かれるのか否か、捜査報告を待つよう命じます。
ライトの手当てにシスター・マイケルが来た際、ライトに質問をします。そして、胸騒ぎがしてミサを早めに退席し帰路についた時、馬に乗った天使が、アナを連れて去るのを見たと話すシスター。
シスターはライトの表情を見て全てを悟り、アナが“新しい世界”に行けることを約束するよう言うと、ライトは何度もうなずきながら「約束する」と答えます。
テレグラフ紙はアナのことを“遺体なき死”と報じました。そして、その死に関する責任は誰にもなく、両親はただ衰弱させたとし、評議会委員達は不作為の罪を悔いるのみでした。
ライトはダブリンに向かい、メモに書かれた住所を頼りに歩いていると、窓ガラスを叩き「リブさん」と呼ぶアナと再会します。
「リブ」と「ナン」、そしてウィルの3人は家族写真を撮ります。そして“チェシャー”という名を名乗り、家族を装うことにします。
シドニー行きの船着き場に来た3人は、名簿チェックでエリザベス・チェシャー、ウィルキー・チェシャー、そして“ナン・チェシャー”と名乗り、新しい世界に出航します。
映画『聖なる証』の感想と評価
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映画『聖なる証』は、看護師がただの召使いだと見られていた時代から、1853年のクリミア戦争でのフローレンス・ナイチンゲールと彼女の率いたシスターと職業看護師たちの戦地での活躍によって、専門知識のある看護師の重要性がようやく認めはじめた時代です。
対してアイルランドの因習深い田舎では、まだ先進的な医療体制や看護師への理解が浅く、エリザベス・ライトの知見も理解されず、救えるはずのアナの命が脅かされました。田舎の権力者たちは各々の目論みのために、アナを利用しようとしていたのです。
クリミア戦争での経験を作中語っていたライトは、ナイチンゲールの率いた職業看護師の一人だったのかもしれません。彼女は戦地で負傷した兵士を看護する中で、命の尊厳を垣間見ます。しかし一方では「看護師でありながら、我が子の命を救えなかった」という、自責の念にも囚われ続けていました。
彼女には複数のトラウマがあり、それらが原因と思われる不眠症などの症状がありました。小瓶に入った液体を飲まなければ、眠ることもできなかったのだとわかります。指先を針で刺す行為も、苦しさから逃れるためにあえて与え続ける痛みなのだと推察できました。
聖エリザベトとナイチンゲール、そして“リズ”
ハンガリー王女として生まれるものの、多くの苦難を味わいながら死去したのちに聖人へと認定されたという経緯を持つ聖エリザベトには、パンを薔薇に変えた奇跡の物語があります。
アナは聖エリザベトと同じ名のライトにも、奇跡を起こせると思ったのでしょうか?
彼女の生涯は愛と慈悲に溢れ、貧しく病んだ人々とともにありました。そうした聖エリザベトの姿も重ねていたアナに対して、ライトは自分を「最も罪深い」と言いました。
ナイチンゲールが看護医療の改革をするまで、ケガ人や病人の看護は教会のシスターが担っていました。
富裕層の家に生まれたナイチンゲールは、ボランティアに参加する中で、人々に奉仕する仕事に就くことを希望。周囲の反対を押し切り看護師となり、戦地にまで行くほど志を高くもちます。その姿は私財を投げ打ち、貧しい人々に奉仕した聖エリザベトと似ています。
決定的な違いは、ナイチンゲールは“奇跡”を起こしたり、寄り添うだけでなく、根拠ある知識で苦しむ人々を救っていたことでした。
ライトも意識の高い先進的な女性であったことが作中からは窺え、それはナイチンゲールの教えがあったからこそと想像できます。しかし、病んでしまった自分の心は癒せません。
過去の悲しみから立ち直るためにも、アナを是が非でも助ける必要があったのです。
家族を失った者の“再生”
ウィルも家族を失い天涯孤独な身でした。大飢饉がなければ失うことのなかった命です。
オドネル家は大飢饉を乗り越え生き抜いた家族でした。しかし、息子は妹を辱め、そして奇病で亡くなります。母はなぜ、性の搾取をされた娘を責めなければならなかったのでしょう?
信仰心の深い家族とはいえ、実の娘を生贄のように扱う、母ロザリーンの行動には理解しがたいものがあります。
純粋な信仰心で聖人の話を心から信じるアナにとって、ロザリーンから言われた言葉が、腑に落ちないわけがありません。兄でありながら夫として愛してしまったことも事実だったからです。
宗教の名のもとに近親相姦を都合よく解釈し、息子の死の責任を娘に負わせようとした家族は、大飢饉後も貧しさから抜け出せない、家族の荘厳で、同時に独善の満ちた“死”の選択だったと感じます。
身内の恥を公に晒さず、“神の御心”として緩やかな殺人を犯したのではないでしょうか?
ウィルも最終的にはアナを救い、家族として生きることを決めます。それは家族を失った者にしかわからない、悲しみと後悔があったからです。
喪失した2人は生まれ変わらせた“ナン”によって、再生する未来の希望を得ました。
ロザリーンは娘を失い、神に選ばれし者だったと誇りに思って生きるのでしょうか?リズを疑い悔やみながら生きるのでしょうか……。
まとめ
(C)2022 Netflix
映画『聖なる証』は近代化の進むヴィクトリア朝時代に、根強く残る因習深い価値観や、宗教観によって、若い人の生命や人生の希望を奪う、地方で起きたサスペンス的な物語でした。
ひとつ疑問に残ったことがありました。作中に登場した“キティ”とは、アナの姉だったのでしょうか?
部屋に飾られた家族写真にはキティはおらず、ウィルが書いた新聞記事もアナがオドネル家の“一人娘”と紹介されていました。
もし、キティはロザリーンの妹で、アナの本当の母がキティだとしたら、世間体からそのことを隠すため、ロザリーンとマラキーの子としていたと考えることもできます。そうすれば息子とアナの関係も許容でき、息子の死をアナのせいにして、彼女が死ぬことも天罰として捉えられたのかもしれません。
この映画は歴史的事実と宗教観、男尊女卑などが混同しています。そして真実の愛を試されるがゆえに、逆に愛を見失ってしまう物語でした。
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