連載コラム『シニンは映画に生かされて』第22回
2020年12月11日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ他にて全国ロードショー公開の映画『NETFLIX/世界征服の野望』。
世界最大の映像配信サービスと化した巨大企業「Netflix」の創立秘話と、現在に至るまでに繰り広げられたライバル企業「Blockbuster」との骨肉の争いを描いたドキュメンタリーです。
1997年、当初は「オンラインDVD配送レンタルサービス」の先駆けとしてその歴史をスタートさせたNetflix。弱小企業がいかにして「世界」を相手取る程の大企業へと成長することができたのか、その真実を探ろうとした作品です。
CONTENTS
映画『NETFLIX/世界征服の野望』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
Netflix vs. the World
【原作】
ジーナ・キーティング『NETFLIX コンテンツ帝国の野望―GAFAを超える最強IT企業―』(牧野洋訳、新潮社)
【監督】
ショーン・コーセン
【製作】
マイケル・フラハーティ
【キャスト】
マーク・ランドルフ、ミッチ・ロウ、ジョン・アンティオコ、ニック・シェパード、シェーン・エヴァンジェリスト、ビル・メカニック、フランク・スミス3世
【作品概要】
映像配信サービスの最大手として成長を続け、ハリウッドならび世界の映画界にも多くの影響を与えるNetflixの創立から現在に至るまでの知られざる裏側を描いたドキュメンタリー映画。
Netflixの元関係者たちの証言による創業秘話や数多の戦いのみならず、かつて最大のライバルとしてしのぎを削り合ったBlockbusterの元VIPたちにも取材。二つの大企業の明暗を分けたものが何か、その真相を探っていく。
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映画『NETFLIX/世界征服の野望』のあらすじ
世界190カ国以上での事業展開、有料契約者数1億8300万人、コンテンツ投資額年間1兆5000億円を誇り、世界最大の映像配信サービスとして映像ビジネスに革命をもたらした「Netflix」。
アカデミー賞3部門での受賞を果たした映画『ROMA/ローマ』や製作費170億円の超大作『アイリッシュマン』、『ハウス・オブ・カード 野望の階段』『ストレンジャー・シングス 未知の世界』『全裸監督』『愛の不時着』『梨泰院クラス』など大人気ドラマをも数多く発信するなど、今や世界における映画・ドラマの話題の中心にNetflix作品があるといっても過言ではない。
その徹底した思想と戦略の原点は、同社の創業期にあった。
作中では、共同創業者で初代CEOのマーク・ランドルフら主要創業メンバーや、当時の競合相手たちが多数登場。創業秘話やライバルとの攻防、致命的な失敗、大量解雇、倒産危機から偵察活動に至るまで、知られざる事実を解き明かしていく……。
映画『NETFLIX/世界征服の野望』の感想と評価
Blockbusterの元会長兼CEOのジョン・アンティオコ
大企業Blockbusterの致命的な大敗北
世界最大の映像配信サービスへと成長を遂げた大企業「Netflix」の原点と現在の姿に至るまでの数多の戦いを描いたドキュメンタリー映画『NETFLIX/世界征服の野望』。
その作中では、共同創立者の一人であり元CEOのマーク・ランドルフをはじめとするNetflixの関係者だけでなく、NetflixがオンラインDVD配送レンタルサービスを開始し、その頭角を現し始めた頃からのライバルだった映像レンタルサービス企業「Blockbuster」の関係者へのインタビューも行っています。
かつては「レンタルビデオ店」隆盛の時代の担い手として映像レンタルサービス最大手の地位を確立していたBlockbuster。Netflixが1997年にオンラインDVD配送レンタルサービスを開始した際にも、Blockbusterの当時の関係者たちは「少数の顧客にしかアピールできない、ニッチなビジネスである」と問題視すらしていませんでした。
しかし、そのオンラインDVD配送レンタルサービスが大好評を博したことで、BlockbusterもNetflixの後を追う形で同様のサービスを開始。Netflix最大最強のライバルとして、「多数の実店舗を持つ」という強みを生かしながらもNetflixとの骨肉の争いを展開していきますが、結果はBlockbusterの敗北。2013年に同社は倒産し、自慢であった店舗ものちに一つ残らず閉店を迎えました。
「守株」は常に致命傷と化す
企業としての規模は当初Netflixを圧倒的に上回り、やはりNetflixの後を追う形ではあったものの映像配信サービス「Blockbuster Online」も展開しつつあったBlockbusterは、なぜここまで決定的・致命的な敗北を喫したのか。その原因は、同社の命運を定めた場面において常につきまとっていた「守株」に尽きるといっても過言ではないでしょう。
「守株」とは「昔から続く慣習に縛られ、時代に即した対応・判断ができない様」を表した故事成語。切り株につまづき死んだウサギを偶然手に入れることができた農民が、またウサギが切り株でつまづくのを待ち続けた結果、自身の畑を荒廃させてしまったという『韓非子』の一話から由来しています。
一時期Blockbusterの取締役を務めるも、当時のCEOジョン・アンティオコなどBlockbusterの現状、同社を取り巻く映像レンタル業界の現状をよく知る者たちの意見を軽視し、自身の知る「商売」の既存のノウハウにこだわり続けた大資産家カール・アイカーン。
その「デジタル音痴」ゆえに映像配信サービス「Blockbuster Online」を敵視すらしていたともいわれ、「素晴らしい実店舗」の復活を目指したことでBlockbusterを死に至らしめたCEOジム・キーズ。「時代の変化への無反応」を通り越して「時代の変化への逆行」までしでかした「守株」ぶりは、最早恐怖やおぞましさを感じる程です。
Netflixが大企業へと成長していくまでの姿を描く一方で、一時は「天下」へも到達したはずの大企業Blockbusterが翼を失い地面へと墜落していくまでの姿も映し出す映画『NETFLIX/世界征服の野望』。そして、「守株」によって企業と創造性が死んでいくその様は、現在の社会においては決して「他人事」ではないということも同様に伝わってくるはずです。
「現在」から「未来」を見つめる創造性
Netflixの共同創立者にして元CEOのマーク・ランドルフ
ライバル企業との対立のみならず、守株によって内側からその身を滅ぼしていったことにも敗北の原因があったBlockbuster。「過去」に固執した結果、ついには「レンタルビデオ屋」隆盛の時代の象徴として自らも「過去」の存在と化してしまった同社に対し、Netflixは常に「現在」とともにありました。
そして何よりも重要なのは、Netflixは「現在」を把握し続けることに努めながらも、その眼は常に「未来」を見据えていたという点です。
1997年、オンラインDVD配送レンタルサービスからその歴史をスタートさせたNetflix。しかし、その「オンライン」という新たなプラットフォームを利用したサービスも、インターネットが一般にも普及されつつあったという当時の状況があったからこそ生まれたアイデアでした。
「現在」の状況を把握した上で、その「現在」を生きている人々は何を求めつつあるのかを考察する。そして「人々の欲望や願いに応えた世界」という「未来」に先駆ける形でビジネスを始動させる。それは、何の情報も材料もない「0」から「1」を生み出すのではなく、周囲を取り巻く様々な「1」を収集し組み合わせることで「10」「100」「1000」とあらゆる形を編み出していくという創造の一つの在り方そのものといえます。
その創造の在り方はビジネスという分野のみならず、「生産性」ではなく「創造性」を必要とする生き方を求める人々にとっての重要なヒントとなるはずです。
まとめ
「過去」の固執する在り方=「守株」によって自らを死に至らしめたBlockbusterと、「現在」を把握し「未来」を見据えるという創造的な在り方によって成長を成し遂げたNetflix。二つの企業の命運を分けた二つの在り方は、流れゆく時間が加速の一途を辿り、絶え間なく変化し続ける時代を生きる誰もが知っておくべきものだといえます。
また作中、かつてのNetflixが自社のDVD配送システムを敢えてマスコミに公開したように、映画『NETFLIX/世界征服の野望』はNetflixが今後もまた迎えるであろう戦いへの「意志表明」と「戦略」が込められたドキュメンタリーという側面も持ち合わせています。
これまでも死闘を続けてきたHulu、Amazon Primeだけでなく、Disney+、Apple TV+、HBO Max、Peacockといった新たな競合サービスに対し、Blockbusterに勝利したNetflixはどのような戦略で挑むのか。その一部が垣間見えてくるはずです。
しかしながら、Netflixが「挑戦状」を叩きつけた相手はライバル企業・サービスだけではありません。「映画鑑賞」の選択肢が変化し多岐に渡っていく中で、「観る人間」としての想像力=創造力を求められつつある無数の人々に対しても、Netflixは「真実とフィクションが織り交ぜられている」という前提のもと作られている「ドキュメンタリー」で挑発したのです。
現在を把握し、「未来」を見据え、世界の創造を続ける大企業Netflixの「観客/視聴者」に対する挑戦状。その挑戦状の全容は、そのジャンルの性質そのものが「挑発」であるドキュメンタリー映画『NETFLIX/世界征服の野望』を観ることで明らかになるのです。
次回の『シニンは映画に生かされて』は……
次回の『シニンは映画に生かされて』は、2020年12月25日(金)より公開の映画『AWAKE』をご紹介させていただきます。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。