連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第31回
日本公開を控える新作から、カルト的に評価された知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を時おり網羅してピックアップする連載コラム、『すべての映画はアクションから始まる』。
第31回は、2022年8月19日(金)より全国ロードショーの『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』。
1986年日本公開のシルヴェスター・スタローン監督・主演作『ロッキー4/炎の友情』を、スタローン自ら再編集。装いも新たに生まれ変わりました。
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CONTENTS
映画『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』の作品情報
【公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
ROCKY IV: ROCKY VS. DRAGO
【監督・脚本】
シルヴェスター・スタローン
【撮影】
ビル・バトラー
【編集】
ジョン・W・ウィーラー、ドン・ジマーマン
【音楽】
ヴィンス・ディコーラ
【キャスト】
シルヴェスター・スタローン、タリア・シャイア、バート・ヤング、カール・ウェザーズ、ドルフ・ラングレン、ブリジット・ニールセン、マイケル・パタキ、ジェームズ・ブラウン、トニー・バートン
【作品概要】
シルヴェスター・スタローンを一躍トップスターにした「ロッキー」シリーズの第4作目となる『ロッキー4/炎の友情』を、スタローンが自ら再構築した再編集特別版。
ロッキー、アポロ、ドラゴの戦いまでの道のりや、各人物の心に注目したドラマに重点を置き、オリジナル版の半分近くとなる42分の未公開シーンへの差し替え、4Kデジタルリマスター、5.1chサラウンド、ビスタからシネスコへのアスペクト比変更と、36年の時を経て新たに生まれ変わりました。
映画『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』のあらすじとネタバレ
クラバー・ラングを倒しチャンピオンに返り咲いたロッキー・バルボアに、ソ連のアマチュアボクシングヘビー級王者イワン・ドラゴとその妻ルドミラ、政府幹部のニコライが訪米し、ロッキーとの対戦希望を表明。
そのニュースを見た、ロッキーのかつての宿敵で今は親友のアポロ・クリードが、「ソ連側のやり口はプロパガンダだ」と、代わりに自分がドラゴと闘いたいと懇願します。
現役を退いて5年経つアポロのブランクを心配するロッキーと妻エイドリアンは制止しますが、「再びリングに上がって、男と男の勝負がしたい」という彼の強い意志を曲げることはできませんでした。
アポロvsドラゴ戦はラスベガスでエキシビジョン・マッチとして行われることとなり、セコンドに付いたロッキーは、アポロから「何があっても絶対にタオルを投げるな」と告げられます。
そして試合が始まるも、ソ連の最新鋭科学を駆使したトレーニングを積んだドラゴのパンチは、恐るべき破壊力を持っていました。1ラウンドの時点で容赦なく殴られるアポロ。
インターバル時に、あらためて試合を止めるよう説得したロッキーですが、アポロはそれを拒み2ラウンドへ。
成す術なく殴られるアポロを見かね、ロッキーが思わずタオルを投入しようとした直後、ドラゴのパンチでついにリングに沈んでしまいます。
親友の死を目の当たりにしたロッキーはドラゴとの対戦を決意しますが、ドラゴ陣営はアメリカ人から脅迫を受けたことや、アメリカの愛国心を高めるプロパガンダの材料にされるのを拒み、自国ソ連での対戦を要求。
さらに、ボクシングコミッションからアメリカでの興行が見込めないとしてファイトマネーは無い上に、協会未認可の非公式戦となるためにタイトル返上を余儀なくされるも、ロッキーはすべてを呑みます。
「今のあなたでは勝てない」と反対する妻エイドリアンを置いて、ロッキーは義兄ポーリー、そしてアポロのトレーナーだったデュークとシベリアに渡るのでした。
『ロッキー4』から『ロッキーVSドラゴ』へ
一般公開されていないものも含めれば、7つのバージョンがあるという『ブレードランナー』(1982)に代表されるように、予算的事情や製作会社側との契約問題などで自分が理想とする作品に出来なかったという理由で、後年に監督自ら再編集した“ディレクターズカット版”は、いまや当たり前となりました。
本作『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』も、1986年公開の『ロッキー4/炎の友情』を、監督・脚本・主演のシルヴェスター・スタローン自ら再編集したディレクターズカット版にあたります。
ディレクターズカット版の大きな特徴といえば、オリジナル版になかった未公開シーンの追加がありますが、本作は94分のランニングタイムにして、差し替えられた未公開シーンがなんと42分もあります。
『エクスペンダブルズ』(2010)のDVD化の際に、数分の未公開シーンを含めたディレクターズカット版を手がけたスタローンですが、本作でのこだわりぶりには驚かされます。
逆に言えば、「どんだけ未使用フッテージを貯めてたんだ」とツッコみたくもなりますが、ここは「『ロッキー4』を作った頃の俺は、今よりかなり薄っぺらだった」という、コロナ禍がもたらしたスタローンからのサプライズプレゼントと受け取りましょう。
未公開シーン差し替えと編集マジックの妙
まず、開始冒頭の前作『ロッキー3』(1982)のダイジェスト(回想)から、オリジナル版と異なります。
オリジナル版はクライマックスのクラバーとのリベンジマッチが中心だったのが、本作ではそれよりさかのぼって、最初のクラバー戦で負けたロッキーをアポロが訪ねてトレーナーを買って出るシーンや、二人三脚でトレーニングに励むシーンを追加。
この点からも、本作ではロッキーとアポロの友情描写に重きを置いています。
前半部で追加されたシーンで印象的なのは、アポロがドラゴとの対戦を希望する件です。
アポロは「アメリカ代表としてソ連と闘う」というのを理由にしますが、ロッキーの妻エイドリアンは、それはあくまでも表向きで、本心はボクサーとして再びリングに立ちたいというファイターの性(さが)からと指摘。
このシーンを追加したことで、同じファイターとしてロッキーもアポロの思いを汲むという関係性を、オリジナル版より高めています。
一方で、オリジナル版より出番がカットされたのが、ロッキーの義兄ポーリーとロッキーの息子ジュニア。特にロッキーがポーリーにプレゼントしたお手伝いロボットのシーンが丸ごと削られています。
このシーンはオリジナル版公開時も不評だったので、止む無しといったところでしょうか。
カットされたと言えば、イワン・ドラゴの妻ルドミラも、オリジナル版では帯同した政府幹部のニコライと一緒にアメリカ側を挑発して存在感をアピールしていましたが、本作ではその役割をニコライ1人に背負わせています。
つまり、ルドミラの出番を減らしたことで、ドラゴが1人のボクサーとして認められたいと自己主張するも、妻や同志を帯同しているにもかかわらず、現実は蚊帳の外に置かれた操り人形という立場を明確にしているのです。
自身が演じたドラゴについて、「ソ連の政治家や軍事日和見主義者の思い通りに操られていることを、誰よりも自覚している人物」と評したドルフ・ラングレンの言葉は、本作を観ると実に的を得ています。
シーンの入れ替えや編集によって観る者の印象を変えられるというのは、映画制作における基本セオリーといえますが、本作はまさにそのお手本のような作品。それがよく分かるのが、アポロvsドラゴ戦のシーンでしょう。
オリジナル版では、2ラウンド目で劣勢となったアポロを見かねたトレーナーのデュークに「タオルを投げろ!」と言われたロッキーがタオルを手にすると、それを見たアポロが「やめろ!」と制止。
その後もロッキーがタオル投入を躊躇したことでアポロは命を落としてしまい、「ロッキーがタオルを投げていればアポロは死なずにすんだ」という印象を残しました。
しかし本作では、デュークの「タオルを!」という声を受け、タオルを初めて掴んで投げようとした直後にアポロが倒されるという流れに変わっています。
要するに、タオル投入をためらうロッキーのシーンをカットすることで、「ロッキーのタオル投入が間に合わなかった」となるのです。
まさに編集マジックともいえるテクニックですが、それでいて、アポロの葬儀で「死んだのは俺のせいだ」とロッキーが涙ながらに弔辞を述べるシーンは感動的。
ロッキーとアポロの友情、ドラゴの人間性を強めたあたり、スタローンが「クリード」シリーズ(2015~19)を意識したのは、ほぼ間違いないでしょう。
このほかにも、『バーニング・ハート』、『アイ・オブ・ザ・タイガー』といった大ヒットナンバーの使用箇所の変更や、クライマックスのロッキーVSドラゴ戦での別ショットの大量使用(ドラゴがロッキーを挑発するシーンが軒並みカットされている)、そして試合終了後のロッキーのスピーチを受けてのソ連書記長のリアクションなど、細かく上げればキリがないほどオリジナル版とは異なる展開となっています。
ロッキーの勝利者スピーチ「今日2人の男がここで殺し合いをした。でも2千万人が殺し合うよりはマシだ」は本作でも使われていますが、図らずも、2022年のロシアをめぐる世界情勢を重ねずにはいられません。
オリジナル版は「米ソ冷戦構造があからさますぎる」と酷評されましたが、本作ではラストで、ロッキーとドラゴが闘いの労をねぎらい合います。
両者のように争う国同士が分かり合える日は来るのか。「ロッキー」シリーズは壮大なヒューマンドラマなのです。
『ロッキー4』が生んだもの
「85年当時は観客を飽きさせることが怖くて、どんどん編集でテンポをあげてしまった」
「アポロを死なせてしまったのは最大の後悔だった。今なら車椅子生活を余儀なくされたとしても、ロッキーのメンターとして活躍し続けてもらえたはずなのに…」
『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』の公開に併せて、スタローンのインタビューがYouTubeにアップされていますが、その多くはオリジナル版『ロッキー4/炎の友情』に向けた後悔が含まれています。
でも、『ロッキー4』が作られなければ『ロッキー・ザ・ファイナル』(2007)もなかったでしょうし、ライアン・クーグラーが『クリード チャンプを継ぐ男』(2015)の脚本を書くこともなかったでしょう。『ロッキー4』が生んだものは酷評だけではない、その最もたるのが本作です。
『ロッキーVSドラゴ:ROCKY Ⅳ』は、ディレクターズカット版の概念を大きく変えるエポックメーキングな作品と言っても過言ではない気がします。
次回の『すべての映画はアクションから始まる』もお楽しみに。
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松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
2010年代からは映画ライターとしても活動。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)