連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第13回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、絶望的な未来を描いたSFなど、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」、今年も全27作品を見破して紹介、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第13回で紹介するのは、近未来の北米を支配する軍事政権に挑む人々を描いた『ディストピア2043 未知なる能力』。
悪夢のような未来世界を描いた映画は多数ありますが、本作では人々から子供を奪い、国家の所有物として教育・洗脳する世界が登場します。
悪夢のような社会に挑むのが先住民族の女性。彼女は仲間と共に我が子を取り戻し、世界を救う事が出来るのか。マーベル映画やアカデミー賞受賞作の監督・俳優として知られる、タイカ・ワイティティが製作総指揮を務めた作品です。
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CONTENTS
映画『ディストピア2043 未知なる能力』の作品情報
【日本公開】
2022年(カナダ・ニュージーランド合作映画)
【原題】
Night Raiders
【監督・脚本】
ダニス・グーレ
【キャスト】
エル=マイヤ・テイルフェザーズ、ブルックリン・レテクシエ・ハート、アマンダ・プラマー、ショーン・サイポス、アレックス・タラント
【作品概要】
動乱の果てに、軍事政権が支配する世界と化した北米大陸。それに抵抗し子供たちと未来を守ろうと戦う人々を描いたSFデストピア映画。
『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017)そして『ジョジョ・ラビット』(2019)の監督タイカ・ワイティティが製作を後押しした、ダニス・グーレ監督初の長編映画です。
主演はゾンビ化ウィルスが蔓延したデストピア映画、『ブラッド・ブレイド』(2019)のエル=マイヤ・テイルフェザーズ。そして北アメリカの先住民族、クリー族の方々が数多く出演しました。
クリストファー・プラマーの娘で『パルプ・フィクション』(1994)の演技が印象に残るアマンダ・プラマー、『リメイニング』(2014)やDCドラマ『KRYPTON クリプトン』(2018~)のショーン・サイポス、ドラマ『FILTHY RICH フィルシー・リッチ』(2016~)のアレックス・タラントが共演しています。
映画『ディストピア2043 未知なる能力』のあらすじとネタバレ
…あいつらが、我々の土地にやって来るのは判っていた。だからこの事実を、他の部族の人々にも伝えたものだ。
4年前、私は断食のために森の中に入り、その時に巨大な蚊の大群を見たんじゃ。それはいずれ我々のために現れるものだと悟ったんじゃ。
そして私たちを救う”守護者”が北から現れる。ビックストーンと呼ばれる約束の地に、我々を導くのはその人だ、と気付いたんじゃよ。
クリー族(北米先住民族の最大部族の1つ。カナダに多くの人々が居住している)の長老が語る言葉が響きます…。
2043年、北米。森の中にいる少女ワシース(ブルックリン・レテクシエ・ハート)は、木の枝にとまる小鳥にパチンコ(スリングショット)で狙いを定めました。
撃つことを止めた少女は、小鳥に”ワステモタ”と呼びかけます。ワシースは小鳥に手を差し伸べました。しかし反応を示さず飛び去る小鳥。
彼女の母ニスカ(エル=マイヤ・テイルフェザーズ)は、なぜ殺さなかったと尋ねます。鳥と話をしていた、と答えるワシース。
母娘は会話をしつつ歩きますが、ワシースがトラバサミ(狩猟用の罠)を踏み足を挟まれます。ニスカは罠を外し、娘を森の中の小屋に連れ帰りました。
その夜ニスカは娘の傷を手当し寝かせます。しかし彼女は外から機械音が聞こえると気付きます。
ライフルを持ち外に出たニスカは、上空にドローンが飛んでいると気付きます。地上にサーチライトを照射するドローンから身を隠すニスカ。
ドローンは小屋を発見したようです。ニスカは銃で撃ちドローンを破壊しますが、すぐに小屋に油を撒き始めます。
自分たちが見つかった、と悟る彼女は、小屋に火を放ちワシースと共に出発します。足を負傷した娘には厳しい旅でした。
森を抜け川に出ると、2人はボートで川を下ります。目の前に高層ビルが立ち並ぶ風景が現れ、その光景に驚くワシース。
上陸すると娘の顔をスカーフで隠すニスカ。市街地は荒れ果て、廃墟と化した住宅に隠れるように人が住んでいます。
街には全ての個人情報は、最新のものに更新する必要がある。未成年者の私物化と隠蔽は重罪だ、と告げるメッセージが流れていました。
子供を国家に委ねる年齢は4歳になった、未成年者は最寄りのアカデミー受付局に報告せよ、と街に放送が響きます。
2人は住宅の1つに近づきます。誰が住んでいると聞く娘に、街は戦争後に人が消え、一部の者は”反対側”に行った、と答えるニスカ。
隣家の住人がワシースに気付きました。ニスカはナイフを抜き身構えると男は息子を見せ、自分も子供を隠していると示します。
話しかけた男に、互いに干渉無しだとニスカは告げました。その夜、母娘は荒れ果てた家で眠りました。
翌朝、母より早く起きたワシースは杖を突き外に出ました。そして隣家の少年と出会います。
近くには破壊されたドローンが落ちていました。緊張するワシースに、壊れているから大丈夫と告げる少年。
ドローンの残骸を見て何か聞こえる、息づいていると告げるワシース。少年には理解できませんが、いきなりドローンが動き出します。
ニスカが現れすぐにドローンを破壊し。娘と共に逃げて身を隠します。ドローンからの情報で出動したのか、治安部隊の車両が現れました。
治安部隊員は少年の年齢を確認し、15歳と知ると違法な子供の所持だ、未成年者は国家の共有財産と告げ連行します。その姿を見つめるしかない母娘。
ニスカは足の痛みが治らぬ娘を連れ、ビルが立ち並ぶ街の中心部に移動します。2人の前にスラム化した世界と繁栄した世界を分ける、高い壁が現れます。
人々に娘の存在を気付かれぬよう闇市を歩くニスカ。設置されたモニターから流れる放送は、アカデミーが子供たちを安全に保護し、世界は南北戦争後の再建を着実に果たしていると宣伝していました。
ニスカは保安要員の目から娘を隠します。街頭ビジョンには、アカデミーに通う青年ピエールがその素晴らしさを讃える、プロパガンダ放送が流れています。
突然ドローンの群れが飛来します。母娘は身を隠しますが、ドローンが何かを撒くと人々は先を争い拾います。それは塀の向こう側にある現政権が、スラムの住人に配布する食料でした。
人々が配布食料を拾うのに夢中になっている隙に、2人はとある小屋のドアをノックします。そこの住人・ロベルタ(アマンダ・プラマー)はニスカの友人でした。喜んで母娘を迎え入れるロベルタ。
森の中に何年いたと聞かれ、ニスカは6年と答えます。それは自然と共に暮らすクリー族の彼女にとっても困難な月日でした。
怪我をしたワシースに薬が必要です。街頭ビジョンに映るピエールはロベルタの息子で、彼女はアカデミー卒業後、息子はパイロットになった説明します。
エマーソン州の軍事政権は、壁の向こう側に選ばれた人々が豊かに暮らす社会を築いていました。政権を支持しない、あるいは新体制から選ばれなかった年長の人々はこちら側のスラムで暮らしていました。
軍事政権はドローンでスラムの住人に食料を配布しています。かつてニスカやロベルタの仲間を殺した政権ですが、アカデミーで学んだ子供には市民権が与えられる、あなたの娘も行かせるべきだと告げるロベルタ。
子供には未来の可能性を与えるべきだ、と主張しますがニスカはその気になれません。彼女は先に眠るワシースに寄り添いました。
翌朝ニスカが目覚めた時、外に治安部隊がいました。誰かが子供のワシースを見て密告したのかもしれません。
治安部隊は自由に家を捜索する権限を持っています。彼女は娘と逃げようとしますが、ワシースの容態は悪く2人での逃走は困難です。
連中は娘を保護し助けるか、とニスカに問われたロベルタは認めます。ワシースをベットに寝かせ、薬を取りに行くがすぐ戻ると言い、家を出たニスカ。
外に出た彼女は隊員に、あの家に病気の未成年者がいると告げました。そして足早に立ち去るニスカ。彼女は泣き崩れました…。
10ヶ月後。ニスカはスラムの荒れ果てたマンションの1室に住んでいました。窓の外には壁の向こうの大都市が見え、ドローンがスラムに食料を撒いています。
彼女は闇市で果実のベリーを売り暮らしていました。流れる放送は豊かなエマーソン州の首都で暮らせる市民権が当たる、宝くじ販売を宣伝していました。
彼女には言い寄る男ランディ(ショーン・サイポス)がいました。市場で商売を終えると、アカデミーの敷地に隣接する場所を訪れるニスカ。
フェンスには子供を軍事政権に奪われた人々が、我が子を想い様々な物を置いています。そこにワシースのぬいぐるみを置いて、ニスカは涙を流します。
彼女がマンションに戻ると騒ぎが起きています。近くのホームレスの女に聞くと、アカデミーを襲撃したテロリストが見つかったとの事でした。
一方アカデミーで学ぶワシースは軍事教練を受けていました。1週間後にエマーソン州のエリートアカデミーに送る生徒の選抜が行われる、と告げる教官。
教官は優等生のビクトリアに忠誠の言葉を宣誓させます。我らは栄光ある南部諸州からなる共和国を讃える。我らは1つの国、1つの言語、1つの旗の下に集う。
生徒たちはその言葉を唱和しますが、ワシースはそれを口にせずにいました。
盛り場でランディと会ったニスカは、彼から4日後に合法的にエマーソン州の市民になれる、市民権を金で入手したと告げられます。
エマーソン市民になれば、アカデミーを卒業した娘に会う事もできる、2人で越境しようと提案するランディ。
しかしニスカは迷っていました。同じ頃アカデミーのワシースは、脱走に備えて施設の地図を密かに書いていました。
今まで森の中に潜んで暮らし、指導に馴染まぬ彼女は、生徒たちから仲間外れにされているようです。
ランディと別れたニスカは、娘に近づこうとアカデミーに隣接する地で野宿します。物音に気付いて目覚めると、近くに馬がいました。
彼女は暗闇の中、子供を連れてやって来た一団に気付きます。子供の身を救おうと騒いだ彼女は、彼らに襲われ意識を失います。
意識を取り戻した彼女は、目の前の男女から名を聞かれ、ニスカと答えます。お前はクリー族か、クリー語を話すのかと尋ねる人々。
彼らは連行されアカデミーにいる子供を、取り返そうと活動するクリー族の人々でした。ニスカの身元を確認した彼らのリーダー・アイダは、彼女こそ”守護者”かもしれない、とつぶやきます。
ニスカはクリー族の人々が焚火を囲む場に案内されます。そこでは彼女を連行したグループの1人、チャーリーが出来事を面白おかしく語っていました。
一座の中心にいた老人がニスカにタイニーと名乗り、彼女にくつろぐように言いました。その姿を子供たちを救った男レオ(アレックス・タラント)が見守ります。
人々の輪に加わった彼女こそ”守護者”ではないかと、老女に伝えるアイダ。ニスカを呼び寄せクリー語で話しかける、古老らしい老女。
このチャチギー長老が、北から我々の元に現れたニスカこそ、予言された”守護者”だと語ります。太鼓が鳴らされ、タイニーが伝統的な歌を歌い始めました。
歌声と太鼓が響きます。しかしニスカは黙ったままでした。宴が終わると寝床を用意するレオに、私は帰りたいと告げるニスカ。
真夜中に起きた彼女は、森の中のクリー族のテントの間を歩きます。そしてテントの1つに多くの子供たちが眠っているとに気付きました。
我が娘を想い涙を流すニスカ。彼女に話しかけたアイダに、娘は去年の秋に連れて行かれ、アカデミーに入った。まだ11歳だと打ち明けます。
アイダはニスカを歓迎していると言いますが、彼女は思い悩んだままでした。翌朝明るくなり目覚めたニスカは、改めて周囲に数多くのテントと、クリー族の人々がいると気付きました。
彼女はアイダに会い街に戻りたいと告げます。ワシースは危険な場所にいる、アカデミーで洗脳され、支配者に都合のよい人形にされると告げるアイダ。
ワシースの救出を手伝う、その代わり我々を子供たちと共に北の安全地帯にある、ビックストーンの地に連れて行って欲しいとアイダは言いました。
その場所は噂に過ぎないとニスカは告げますが、必ず存在しそこに向かうには土地勘のある案内人が必要だと譲らぬアイダ。
そこはフスカノチェックから3週間程の距離だと説明されますが、集団で旅すれば子供たちがドローンに見つかるだけだ、とニスカは指摘します。
彼女が本当に”守護者”か確信の無いレオには、無謀な計画に思えました。それでもワシースの救出準備をする間に、街に戻ればよいと告げるレオ。
早く手を打たないと、子供たちは洗脳されるとアイダは告げます。その言葉を聞きニスカは苛立ったのか去ろうとします。
外ではクリー族の大人が子供たちに、木々や自然について教えていました。追いかけたレオに、娘はアカデミーにいれば食料も医療も教育も与えられる。みじめな暮らしをする必要はない、と告げるニスカ。
軍事政権の支配下で暮らすより、我々クリー族の生き方を取り戻すべきだと叫ぶレオですが、ニスカは1人で森から出て行きました。
彼女を見送るしかないレオに、クリー族の女ソモニは、やはりニスカは”守護者”では無いかも、と疑問を口にします。レオは現れたアイダに、ニスカに期待するのは時間の無駄かもしれないと告げます。
ならば彼女を説得すべきだ、と告げるアイダ。彼女は今も、ニスカこそがクリー族の運命を変える”守護者”と信じていました…。
映画『ディストピア2043 未知なる能力』の感想と評価
近未来のデストピアを支配する、軍事政権に挑む人々を描くアクション巨編…を期待した人には、驚きの内容だったでしょう。
崩壊した未来社会の、素朴さあふれるコミュニティの生き残りをかけた戦いを、生活感ある姿で描く作品で、ゾンビの群れや「ヒャッハー!」と叫ぶ人は登場しません。
70年代SF映画を知る人なら本作を、『燃えよドラゴン』(1973)をブルース・リーと共に監督した、ロバート・クローズの『SF最後の巨人』(1975)、あるいは『最後の猿の惑星』(1973)に似た雰囲気と感じたでしょう。
本作を見た方はこの映画はSF物語を通じ、北米の先住民の歴史を描いた寓話とお気づきでしょう。その背景について詳しく解説していきます。
本作が初の長編映画となるダニス・グーレ監督。政治的メッセージ性が強い本作を、SFというジャンル映画の中で描きました。
彼女が本作を構想し始めたのは、短編映画『Wakening』(2013)を製作した時期です。この作品には本作のクリー族のリーダー、アイダを演じたゲイル・モーリスも出演しています。
近未来の世界で、激しい弾圧を加える軍事政権に対抗するため、市街戦の続く都市で伝説の危険な精霊・ウェンディゴを探し求めるクリー族の女戦士…。
これが『Wakening』のあらすじです。クリー族など北米先住民族に伝わる怪物ウェンディゴ。気配を感じさせ人を苦しめる、あるいは人を喰うと伝承されています。
そして悪魔憑き、狐憑き、犬神憑きならぬ「ウェンディゴ憑き」と呼ばれる症例が、北米の先住民を中心に報告されています。単なる精霊やモンスター以上の存在として、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
ジャンル映画でこそ歴史が語れる
参考映像:短編映画『Wakening』(2013)
紹介した『Wakening』で初めてジャンル映画を手掛けた、と語るグーレ監督。それ以前はリアルな作品を作っていた彼女は、ジャンル映画であれば様々なストーリーを開放的に描けると気付きます。
それまで私が手掛けた作品は、入植者による先住民居留地の植民地化がテーマでした。それにジャンル映画的アプローチを試みようと、『ディストピア2043~』の脚本の執筆を始めた。
この作品はクリー族とメティス(北米先住民と白人入植者を祖先に持つ人々)の物語であり、私もその一員だと語るグーレ監督。
彼女は自分たちの先祖が置かれた環境に関心があり、また映画業界でキャスティングスタッフとして働く過程で、多くの先住民の人々と触れる機会を得ました。
こうして先住民の歴史を、デストピアSFの寓話として描く脚本が完成します。彼女は初期の段階でこの脚本をニュージーランドの先住民、マオリ族をルーツに持つ脚本家に見せます。
環境保護活動で北米先住民と連帯した、マオリ族の人々とも交流のあった彼女は、映画祭を通じニュージーランドの監督・俳優である、タイカ・ワイティティの知古も得ていました。
タイカ・ワイティティに、本作のエグゼクティブ・プロデューサー参加してくれないか、と持ち掛け承諾を得たグーレ監督。
カナダとニュージーランド先住民による、映画共同制作プロジェクトの試みは、実にエキサイティングだった、と振り返っています。
この作品は脚本執筆時の30年先の、架空の北米大陸を描いたものです。極右の過激派と中道右派がアメリカを支配しカナダを乗っ取り、そして北米には内戦が起きる世界だ、と説明する監督。
脚本を執筆中にアメリカでトランプ政権が誕生し、右派の過激主義の勢いがかくも早く高まるとは思わなかった、と振り返っています。
北米先住民の苦難の歴史を描いた作品
さて、この映画には軍事政権が登場しますが、抵抗するクリー族の人々は彼らとその支持者を”jingoes”と呼んでいます。
この言葉は19世紀後半に帝国主義的に振る舞うイギリス政府の態度を批判し、自民族の優越を主張して他国・他民族に好戦的に振る舞う、愛国主義者を指す言葉として誕生しました。
この思想”jingoism”は19世紀末に北米に広まり、対外政策・先住民政策に大きな影響を与えたと言われています。
それ以前にも民族浄化を目的とした虐殺行為がありますが、19世紀後半以降の先住民政策も過酷でした。
アカデミーに入った子供たち、主人公の娘ワシースが”エリザベス”の名で呼ばれるのも、文化破壊行為の歴史の1つ。同様の政策を行った日本人にも厳しい描写です。
劇中のアカデミーは、カナダで1894年から1947年まで行われていた「先住民寄宿学校制度」をモデルに描かれました。
先住民の子供を家族から奪い、同化政策に基づいた教育を施すこの政策は文化的虐殺だった、と現在では評価されています。
この制度が確立するまでの時代を含め、100年以上の歴史を持つ「先住民寄宿学校」。合計15万人が通ったとみなされました。
家庭からもコミュニティからも引き離された子供は、心的外傷後ストレス障害を発症する者が多数発生、依存症になる者や自殺など、関連死を疑われる者は3200名~3万人以上になるとも言われています。
これは子供たちだけでなく、子供たちを守れなかったと自分自身を責める多数の親たちを生んだ、とその歴史を説明する監督。本作のメッセージは、単なる寓話で収まるものではありません。
また映画の中に死に至る感染症が描かれ、それは軍事政権が流行させた?という描写が登場します。これはコロナ感染症の、流行の原因を求める陰謀論が元ネタ?と感じた方もいるでしょう。
実はこの描写も18世紀のインディアン戦争で、イギリス軍が天然痘の付着した毛布を先住民に与えた、というエピソードに由来するものと指摘しておきます。
ジャンル映画の世界、SFで描く架空の世界であれば、様々な歴史的な問題を描くことが可能である。グーレ監督はこのような姿勢で本作を完成させました。
まとめ
メッセージ性が強いデストピア映画『ディストピア2043 未知なる能力』。北米先住民の歴史を知ると、さらに興味深く鑑賞できる作品です。
近未来の世界で先住民が軍事政権相手に、馬に乗り旧式のライフルを武器に戦う…なんとも古風な構造も、全ては政治的・歴史的寓話を描く手段でした。
しかし主人公の娘が「未知なる能力」を使い、アレを操るのは…『風の谷のナウシカ』(1984)のナウシカは”王蟲”と心を通わせましたが、それ以上に凄い描写です。
このシーンをダニス・グーレ監督は、クリー族の言葉で物は生物と無生物に分けるが、岩は生命力を持つものとして表現されている、と説明してくれました。
鉱物から加工した集積回路から誕生したAI、人工知能も意識を持つ存在と考えることも出来る。AIは尊敬に値する、配慮するにも値する存在かもしれない、これも本作の1つのテーマだと語っています。
北米先住民の言葉や文化、コミュニティにおける物事の決断方法など、様々な見知らぬ世界を描いてくれた『ディストピア2043』。
同時に動物や植物のみならず、時に無生物にも人格を与え信仰・交流の対象と考える、日本人にも存在する感性との共通点を教えてくれました。どうかこの映画は、様々な視点から観賞して楽しんで下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回の第14回は、世界を救おうと友人の残した謎に挑む女性の姿を、斬新な映像表現で描いたSFファンタジー映画『スターフィッシュ』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)