連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第14回
世界各国の隠れた秀作映画を発掘する「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第14回で紹介するのは、近未来を舞台に描く社会派サスペンス『デンマークの息子』。
移民問題と、その反動として生じる排他主義。共に世界各国の社会で広まり、人々に大きな影響を与えています。
このテーマに挑む映画も各国で続々誕生。フィクションならではの視点で、様々な側面から問題を照らし出すのが劇映画の力、と呼んで良いでしょう。
本作は近未来を舞台に、潜入捜査官物の要素を加えた硬派なサスペンスとして、それらの問題を描いた作品です。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『デンマークの息子』の作品情報
【日本公開】
2021年(デンマーク映画)
【原題】
Danmarks sønner / Sons of Denmark
【監督・脚本】
ウラー・サリム
【キャスト】
ザキ・ユーセフ、モハメド・イスマイル・モハメド、ラスムス・ビョーグ、イマド・アブル=フール
【作品概要】
近未来のデンマークを舞台に、移民の過激派組織とヘイトクライムを行う極右団体の間で揺れ動く捜査官を描いた、ポリティカルサスペンス映画。
イラク移民2世のウラー・サリム監督の初長編映画で、デンマーク映画界で最も権威ある「ボディル賞」のタレント賞(Arbejdernes Landsbank Talent Award)を受賞した作品です。
中東系の俳優が主要な役を占め、極右政党の党首を演じたラスムス・ビョーグは、恋愛コメデイドラマ『Couple Trouble(Hånd i Hånd)』(2018~)とは異なる演技を見せました。
またトーキョーノーザンライツフェスティバル2020、SKIP国際Dシネマ映画祭2019でも『陰謀のデンマーク』のタイトルで上映されています。
映画『デンマークの息子』のあらすじとネタバレ
カフェで親密な言葉を交わし別れた若いカップル。女性は、突然起きた爆発に巻き込まれました……。
2024年、コペンハーゲンで23名が死亡する爆弾テロが起きます。その1周年となるこの日、事件の犠牲者を悼む記念碑をマーティン・ノーデル(ラスムス・ビョーグ)が訪れていました。
新興の民族主義的右派政党「国民運動党」の党首ノーデルは、TVのリポーターにテロからデンマーク国民を守りたい、それが私が政治の道に進んだ理由だと話します。
全ての問題に移民が関連している。誰もあえて言わないが我々は移民を追放すべきだ、私はその意見を支持すると断言するノーデル。
2025年。デンマークでは、移民排斥を訴える国民運動党が急激に支持を伸ばしていました。爆破テロ事件以降、中東系移民に対する排他的な空気が強まり、民族浄化を訴える極右団体「デンマークの息子」は、様々なヘイトクライムを行っていました。
中東からデンマークに逃れて来た難民の2世、ザカリア(モハメド・イスマイル・モハメド)の暮らす街にも、移民排斥を叫ぶ落書きがあちこちに描かれています。
あまりにも悪質な落書きの前に集まったザカリアら移民の若者たち。壁に「故郷に帰れ、死ね」と大きく描かれた下に、切断された豚の頭が落ちていました。
黙々とそれらを片付け、掃除するザカリアたち。
自分を取り巻く環境に憤りを覚えたザカリアは、地域の中東系移民のまとめ役で、指導者のハッサン(イマド・アブル=フール)の元を訪ねます。彼は困窮した多くの中東系難民を住まわせ世話する男でした。
落書きを見て不安を覚えたザカリアに、誰もが同じ恐れを抱くと語りかけるハッサン。しかし行動したいと訴える19歳のザカリアに、ここはお前の来る場所ではない、とハッサンは告げます。
去年愚か者が起こしたテロ事件以降、我々を取り巻く環境は厳しくなっている。しかし我々は互いにいがみ合い団結しない。
お前は幸せだ。戦火を逃れこの国にやって来た、家族を失い困窮した人々と同じように感じられた時、お前は行動できると語るハッサン。
現実に対し目を覚ませ、と彼は身を寄せ合うように暮らす難民たちの姿をザカリアに見せます。海を渡る際、また虐殺で家族を失った人々がいました。
ハッサンが難民を救おうと運営しているコミュニティは、人々に食事を提供しています。そこで働くアリ(ザキ・ユーセフ)をザカリアに紹介するハッサン。
アリがザカリアの指導役となりました。仲間にも紹介されたザカリアは、故国の惨状をネットの動画を見て学びます。
幼い弟を持つザカリアは、自宅では良き兄でした。兄弟は母と暮らし、母は夜遅くまで戻らぬザカリアを心配していました。
学校に行くのか、職に就くのか尋ねた母に、働くと告げるザカリア。しかし母は息子がもっと家にいることを望んでいます。彼女もアラブ系移民をとりまく環境に不安を感じていたのです。
夜になるとザカリアは、移民たちのたまり場に向かいます。そこではアリが仲間と現在の状況を議論していました。
その議論の中でハッサンは、傲慢な欧米諸国が行った介入が故国に惨状と憎しみをもたらした、と話します。
この地に逃れ、20年も暮らした者もいるが、我々に与えられたのは人種差別だけだ。
連中は豚の頭を送りつけた。今は豚の血、それはいずれ我々の血になる。
連中は自分たちを「デンマークの息子」と呼ぶが、奴らはデンマークの汚物だと語るハッサン。
奴らに我々の力を思い知らせる必要がある。その言葉にザカリアたち移民の若者グループは、顔を隠し「デンマークの息子」の支部を襲いました。
暴力をふるい支部を荒し、車に火を付けたザカリアたち。TVのニュースは極右団体と移民の過激派の抗争が発生したと報じます。
ニュースは「デンマークの息子」との関係が疑われる、国民運動党の党首ノーデルが事件を非難したと伝えていました。
「デンマークの息子」との関係は否定しながらも、移民が福祉国家デンマークを喰い物にしていると主張するノーデル。
自分たちが権力を握れば、状況が変わるとノーデルは宣言します。それをザカリアはハッサンたちと見ていました。
かつて「デンマークの息子」もノーデルも小さな勢力だった、と語るハッサン。
ノーデルの国民運動党は、選挙で大きな力を獲得しようとしている。それを成し遂げる前に、世界に我々のメッセージを表明しよう。
ハッサンはザカリアとアリを連れ、ノーデルの自宅前を訪れます。警備は無く、彼は毎日ほぼ同じ時間に帰宅する、と告げるハッサン。
母には自分のところで働いていると説明し、アリと共に襲撃を準備をしろ、ハッサンはそう指示しました。
荷物をまとめ自宅を出るザカリアに、母は説明を求めます。息子の話に納得せず、自身と弟のために生きてくれと訴える母。それでもザカリアは、弟と母に別れを告げて家を出ます。
アリはザカリアをアジトに連れて行きます。アリから拳銃の扱いを学び、射撃訓練を受けるザカリア。アリは彼を親身に世話し、2人は兄弟同然の仲になります。
ある夜、アジトにハッサンが現れます。彼はノーデル宅の見取り図を持っていました。ザカリアにノーデルの寝室を示し、襲撃後の逃走手段も手配したと伝えるハッサン。
車を運転するアリに、襲撃後家族はどうなるかと聞くザカリア。アリは責任を持って面倒を見ると伝えます。2人はザカリア宅に到着しました。
家に招かれたアリは、ザカリアの職場の先輩を装い母親に挨拶します。自分に家族はいないと言うアリを、ザカリアの母は頼りになる人物と歓迎します。
母に別れを告げるザカリア。一方でアリはザカリアの父がイラクで亡くなったと知ります。襲撃の実行を止め、残る家族を大切にすべきでは、実行役の代わりはいると話すアリ。
アリを帰すとザカリアは、国境を越えようとする中東の難民が受けた仕打ちを映像で見ます。自分たちへの弾圧と、家族への想いの間で彼は悩んでいました。
ザカリアはハッサンの元を訪れ、ノーデル殺害をやめたいと打ち明けます。ハッサンはアリを呼び出し、何をザカリアに吹き込んだと迫ります。アリの喉にナイフを突き付け、お前は裏切者かと問い詰めるハッサン。
襲撃が成功するよう、ザカリアの決意が固いか確認しただけだ、と答えるアリ。そのやり取りをザカリアは見ていました。アリにお前を右腕として信頼している、とハッサンは告げ、改めて計画実行を指示します。
ザカリアはアリと共にノーデル宅に向かい、全てを3分で終わらせる。3分経っても戻らなければ、アリが応援に向かう。それが計画でした。
家に入れば全ては10秒で終わるはず。車にアリを残し、ノーデル宅に侵入するザカリア。
目的の寝室に入るザカリア。そこには誰もいません。家の外にパトカーのランプと特殊部隊の姿が見えます。
寝室の扉を叩き、ザカリアの名を呼び投降しろと叫ぶ警察部隊。彼は銃の引き金を引きますが、発砲されません。
ザカリアは手を上げます。アリは難民の過激派組織に潜入した捜査官だったのです。
アリは上司のヨンから、本名のマリクと呼ばれます。10ヶ月間潜入捜査を行った彼は、自分の集めた証拠が事実だと確認しました。
活躍を褒めたヨンは、マリクに家族の元に帰るよう話します。そして命を救われたノーデルが個人的に礼を言いたいらしいと告げます。
久しぶりに自宅に帰り、5歳になる息子と妻と抱き合い再会を喜ぶマリク。
夜遅くマリクの家をノーデルが訪れます。彼に礼を言ったノーデルは、自分にも10歳の息子と妻がいると話します。
これからは警備を付け選挙に専念し、国を救いたいと語るノーデル。私が国から去ることを求める連中と、君は違うと言葉を続けます。
何かあったら必ず君の力になる、と約束したノーデル。その言葉をマリクは複雑な表情で聞いていました。
映画『デンマークの息子』の感想と評価
参考映像:『特捜部Q カルテ番号64』(2018)
「未体験ゾーンの映画たち」で映画化シリーズが上映されている、デンマークが生んだ北欧ミステリーの傑作「特捜部Q」シリーズ。
「未体験ゾーンの映画たち2019」では『特捜部Q カルテ番号64』が上映され、最新作『Marco Effekten(特捜部Q 知りすぎたマルコ)』は2021年、本国での公開が予定されています。
「特捜部Q」には主人公の相棒としてシリア系移民の刑事が登場、大活躍を見せています。
デンマーク社会の一部を占めるようになった、中東系の移民たち。今や人口比の10%以上を移民が占めるようになりました。
一方で民族主義的な右派政党が一定の力を持つデンマークは、EU諸国一厳しいと言われる移民・難民政策で知られています。
築き上げた福祉国家を維持するために、移民・難民に嫌がらせのような政策をとる姿勢は、国連から非難された過去を持っています。
イラク移民2世のウラー・サリム監督が本作を撮った背景に、この事実が存在しています。
一つの視点で描く事で、社会を分断する者の正体を暴く
『デンマークの息子』は1987年生まれのサリム監督の体験と、対テロ戦争後以降の20年間、中東・欧州を揺り動かした戦争と難民問題を背景に描かれました。
本作の”悪役”は無論、極右民族主義者のノーデルです。映画が両極の立場にある登場人物を、”平等”には描いていないと監督自身も認めています。
しかし敵であるノーデルの正体も、移民たちの過激派組織のリーダー・ハッサンと、若い移民のザカリアの関係を見れば理解できると説明しています。
ノーデルとハッサンを右翼・左翼と区別するのは、憎しみや敵を作り出す行為であり、人々を分断させるものに過ぎない。
ノーデルもハッサンも、共に自分の所属するコミュニティに忠実なナショナリストで、同じタイプのリーダーだと監督は解説しています。
現在社会に起きている出来事を、保存するのが映画の役割だ。10年後本作を見てもらえれば、我々の時代を支配した恐怖と憎しみのDNAを感じてもらえるだろう、と話す監督。
それはベトナム戦争の時代を捉え解釈を加え映画化し、今も当時の雰囲気を教えてくれるマーティン・スコセッシ監督の『タクシードライバー』(1976)のようなもの、と説明しています。
監督は子供の頃、VHSビデオでスコセッシやコッポラが監督した映画、ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノが出演した映画を繰り返し見た、と語っています。
本作に漂う映像や物語の雰囲気に、『タクシードライバー』などサリム監督が好んで見た映画のDNAが、確かに感じ取れるでしょう。
なお、Cinemarcheでは、SKIP国際Dシネマ映画祭2019の際、来日したサリム監督のQ&Aを記事にて紹介しています。
映画は様々な視点で世界を映し出す
参考映像:『フォートレス・ダウン 要塞都市攻防戦』(2019)
映画は様々な視点で人間を、社会を、事件や歴史を描き続けてきました。それらを観ることは、新たな発見につながります。
「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】」で上映された『デスマッチ 檻の中の拳闘』(2018)は、現代のアメリカの貧困白人層の絶望を寓話的に描いた作品です。
この作品の監督は、反トランプ主義的な立場の人物からでしょうか、公の場でこのような題材を映画にすること自体が右翼的、と批判された経験を持っています。
同じ「~2020【延長戦】」で上映された『フォートレス・ダウン 要塞都市攻防戦』(2019)は、クルド人の闘いを描いた作品です。
客観的にはクルド人寄りと判断すべき物語ですが、シリア領内の解放地域で内戦の当事者たちと共に、様々な制約と困難の中完成した、プロパガンダと呼ぶには実に抑制的なタッチの映画。
現在はネットを通じ、様々な国の映画が広く鑑賞できる時代です。しかしこの作品はクルド人問題、また民族紛争を抱えた多くの国で配信すらされず、見る事が難しい状態が続いています。
こういった作品や『デンマークの息子』は、描き方が公平性に欠く作品との理由で、見る価値のない作品でしょうか。
そうではありません。例えば実際の殺人事件を犯人の側から描く、想像とフィクションを交えて描く、そんな新たな視点で捉えることで、浮かび上がるテーマも存在します。
そんな作品に出会った時は、映画の生まれた背景や環境に注目すると、時には知らなかった世界の一面を実感することが出来るでしょう。
まとめ
現代社会の問題を突き付けた重厚な作品『デンマークの息子』。本作はデンマークの人々だけでなく、我々にも問いを突き付ける作品です。
こう紹介すると堅苦しく感じるかもしれません。同時に潜入捜査物の面白さ、ポリティカルサスペンスの駆け引き・緊張感も楽しめる映画です。
「未体験ゾーンの映画たち」のモットーは、”様々な理由から日本公開が見送られてしまう映画を、スクリーンで体験して頂く”。
この”様々な理由”の中に、デリケートな問題を扱った作品なので、宣伝や公開が難しいというものも含まれています。
そんな作品に出会った時には、どうか立ち止まって映画に向き合って下さい。作り手たちが映画に込めた、様々な思いが感じられるでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…
次回第15回は、見た目が全てのTV業界で、成功を目指す女性が植毛したのは呪われた髪だった!異色のホラー映画『バッド・ヘアー』を紹介します。お楽しみに。
【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら