連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第11回
変わった映画や掘り出し物の映画を見たいあなたに、独断と偏見で様々な映画を紹介する『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』。
第11回で紹介するのは、究極のカルト映画の1つと呼ばれる『リキッド・スカイ』 。
ストーリーはシンプルですが理解不能な映像の数々、しかし1度見たら何かが脳裏に焼き付けられます。製作当時の時代の空気を今に伝える、サイケな魅力にあふれた映画を紹介します。
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CONTENTS
映画『リキッド・スカイ』の作品情報
【製作】
1982年(アメリカ映画)
【監督・脚本・音楽・製作】
スラヴァー・ツッカーマン
【キャスト】
アン・カーライル、ポーラ・E・シェパード、ボブ・ブラディ
【作品概要】
小さなUFOがニューヨークに現れました。エイリアンの狙いは人間が麻薬による陶酔時や、性の快楽の絶頂時に分泌する脳内快楽物質を得ることでした。その欲望を満たそうと、エイリアンはバイセクシャルのファッションモデルに目を付けます…。
奇抜な設定に加え、ナイトクラブを舞台に当時のニューヨーク最先端のアート・シーン、パンク・カルチャーを描いた本作はカルト的な人気を獲得し、世界で最も成功したインディペンデント映画・アングラ映画と称される存在になります。
監督はソビエト連邦の出身のユダヤ系ロシア人スラヴァー・ツッカーマン。ドキュメンタリー映画を製作していた彼は、やがてイスラエルを経てニューヨークに移り住み、この地の若者文化に魅了されます。
そして、本作の主人公の女性モデル・マーガレットとそのライバルの男性モデル・ジミーを演じ、脚本にも参加しているアン・カーライルと出会います。他の出演者も彼らの友人や知人で当時のニューヨークアングラ文化の住人たちでした。
こうして80年代初頭の、「サイケでイカれた、そして今見てもファッショナブルな世界」を描いた、ブっ飛んだ映画が完成したのです。
映画『リキッド・スカイ』のあらすじとネタバレ
BGMにテクノサウンドを流し、ニューヨークにある奇抜なアイテムで飾られた部屋を見せて、この奇妙な映画は始まります。
その夜ナイトクラブで踊り狂う若者たちは、空に小型のUEOが現れた事に気付きもしません。ペントハウスの屋根に着陸したUFOの中から、周囲の様子を観察するエイリアンの視線が描かれます。
クラブにいたモデルのジミー(アン・カーライル)は、歌手でドラッグの売人でもある女・エイドリアン(ポーラ・E・シェパード)に薬を無心していました。
しかし金の無いジミーに、間もなく演奏が控えたエイドリアンの態度は素っ気ないものでした。そこに同じくモデルの女性・マーガレット(アン・カーライル、二役)が現れます。
バイセクシャルのマーガレットにとって、エイドリアンは同居人の恋人でもありました。マーガレットにエイドリアンはどこにドラックを隠しているのか尋ねるジミー。
彼は無関心な様子でベットに横たわるマーガレットの前で、ドラックを求め部屋を探して回ります。その姿をUFOのエイリアンは観察していました。
クラブに集った人々がエイドリアンのパフォーマンスに注目する中、部屋を荒らし回るジミーの態度にマーガレットは怒り、彼を追い出しました。それでも共に舞台に立つ、ファッションショーのステージへと向かう2人。
ショーの準備中の2人は、明日は撮影モデルにならないかと持ち掛けられ同意します。特にドラッグの入手に苦労しているジミーには願ってもない話でした。
「リキッド・スカイ(液体の空)」は彼ら若者たちを夢中にさせるドラッグがもたらす感覚であり、快感でした。マーガレットとジミーは他のモデルと共に、奇抜な姿でショーの舞台に立ちます。
その頃エイドリアンの客の1人である映像作家のポールは、ドラッグの使用を友人のキャサリンから注意されていました。
そして西ドイツの科学者ホフマン博士が乗る旅客機がニューヨークに到着します。そしてショーを終えたマーガレットにポールが近づいてきました。
彼は自分に従えば仕事を与えると告げ、彼女に無理やりドラッグを服用させ強引に関係を持とうとします。その光景をUFOの中から見つめるエイリアン。
ポールから逃れ切れずマーガレットは体を奪われてしまいます。翌朝、傷心の彼女がエイドリアンと共に住む家で過ごしていた時、ホフマン博士はエンパイアステートビルから、望遠鏡と観測装置を使って何かを探していました。
マーガレットの愛するエイドリアンは、ドラッグを買いに現れる男たちとも関係を結んでいる様子です。そんな男の1人に対して、自分はバイセクシャルで愛する相手の性別に関心は無い、と告げるマーガレット。
彼女がエイドリアンと、ジミーが母でテレビプロデューサーのシルビアと食事を共にしていた時、ホフマン博士は米国の知人オーウェン(ボブ・ブラディ)と会っていました。
西ベルリンでは薬物中毒の”パンク”や”モッズ”と言われる若者たちが、セックスの最中に殺される事件が起きていまいした。それがエイリアンの仕業と悟ったホフマン博士は独自に研究を続け、UFOの追ってニューヨークに現れたのです。
エンパイアステートビルからUFOを発見した、観測と調査を続けたいと語るホフマンはオーウェンに協力を求めます。しかし博士の理解者であっても、自分は大学で演技を教える講師に過ぎないと告げ戸惑うオーウェン。
オーウェンはモデルをしながら女優を目指すマーガレットの師であり、彼女が良くない仲間と付き合っていると心配していました。同時に彼は、この教え子に惹かれてもいるようです。
UFOが着陸した、マーガレットが住むペントハウスを訪れるオーウェン。彼女の才能を高く評価しているオーウェンは無軌道な生活を改めるよう忠告しますが、マーガレットは聞く耳を持ちません。
気ままなファッションとライフスタイルを貫き、自由に生きたいと語るマーガレットにオーウェンは、君は見世物小屋のような偽りの舞台に立っているのだと告げます。その彼女の姿をエイリアンはUFOから監視していました。
同じ頃ホフマン博士は、UFOの着陸したペントハウスに面したアパートを訪れていました。そこで住人のシルビアと会った博士が事情を説明すると、彼を気に入ったシルビアは協力を申し出ます。
オーウェンはマーガレットの肉体にも魅かれていました。指導者の立場を忘れた師に求められ、やんわりと断っていたマーガレットはやがて彼を受け入れました。
しかし2人の交わりこそ、エイリアンが求める人間の脳内に快楽物質を発生させるものです。絶頂に達したオーウェンの脳内に分泌された快楽物質を奪い盗るエイリアン。
マーガレットは自分の上で果てたオーウェンが死んでいると気付きます。その後頭部には、尖ったガラス状の物体が突き刺さっていました。彼女がその物体を抜き取るとそれは忽然と姿を消しました。
テレビプロデューサーのプロデューサーであるシルビアは、UFOに関心を持ちホフマン博士に様々な質問をします。博士は彼女に望遠鏡を覗くよう勧めます。
マーガレットの前に現れたエイドリアンは、オーウェンの死体を見て狂喜します。そんな彼女の態度に反発するマーガレットを、誰にでも体を許す女だと蔑むエイドリアン。
怒りを露わにしたマーガレットに、エイドリアンはナイフを突き付けました。2人の女はナイフを奪い合い激しく争います。
望遠鏡で2人の住むペントハウスを見たシルビアは、オーウェンの死体を見て驚きました。彼女が何を目撃したか理解せぬまま、ホフマン博士は彼女に屋上に着陸したUFOの姿を見せました。
UFOは小さく本物とは信じられないシルビア。それよりも彼女の関心は争っていた2人の女が、殺したと思われる男の死体を隠そうとする姿に移ります。
マーガレットにベルリンに逃げよう、私はベルリンのナイトクラブで歌えば成功すると提案するエイドリアン。落ち着きを取り戻した2人はオーウェンの死体の隠蔽を図りました。
それを目撃したシルビアは殺人事件でないのなら、2人は警察に通報するはずだと指摘します。おそらく2人はヘロインのような薬物を所持しており、警察が来るのを望まないのだと説明するホフマン博士。
屋上に置いた死体を入れた箱の上に座り語り合うマーガレットとエイドリアン。意気投合したホフマン博士とシルビアも、彼女たちの今後の成り行きに興味を抱いていました…。
映画『リキッド・スカイ』の感想と評価
「カルト映画」と呼ばれる作品は無数に存在します。しかし歴史を重ねたカルト映画は、ある物は古典的名作の一つに、ある物は誰もが認める芸術作品に、そしてある物は皆が楽しみを共有するエンターテインメントに変貌しています。
しかし今回紹介した『リキッド・スカイ』は、今鑑賞しても新鮮な驚きと衝撃を感じさせる、多くの観客に「未知の体験」を提供する映画ではないでしょうか。
と言っても実はストーリーはシンプル。難解要素はありません。田舎から来たカントリーガールが都会の華やかな世界に染まり、堕落して転落していく。もっとも本作ではブっ飛んだ展開の結果「昇天」を遂げますが…。
このような物語を、同じようにネオンカラーや蛍光色にあふれた映像で描いた作品と言えば、『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021)を挙げることができるかもしれません。
ですが『ラストナイト・イン・ソーホー』の観客は、見たことが無くとも郷愁を感じる「1960年代のロンドン・ソーホー地区」の姿に酔いしれますが、『リキッド・スカイ』の観客の大多数は想像もつかない「1980年初期のニューヨークのパンクカルチャー」に遭遇し、唖然とするのです。
この「未知との遭遇」の衝撃は今も健在です。本作はこれからも衝撃に満ちた「カルト映画」として君臨し続けるでしょう。本作と『未知との遭遇』(1977)はUFOつながりですが、今も真の「未知との遭遇」を体験させてくれる映画は『リキッド・スカイ』の方でしょう。
80年代ニューヨークのアングラ文化を描いた作品
本作を監督し、全ての分野に関わりながら製作したスラヴァー・ツッカーマン。ユダヤ系ロシア人でソビエト連邦に生まれた人物です。彼はソ連時代に短編映画を製作し高く評価され、ドキュメンタリー映画の分野で活躍します。
1973年、彼は妻のニーナ・V・ケローバ(本作のプロデューサーを務めています)と共にイスラエルに移住、そこでもドキュメンタリー作品を手がけますが、ソ連時代より数多くのハリウッド映画に触れる機会を得ます。
それらに魅了された彼は、1976年ニューヨークに移住します。ベトナム戦争直後のまだ荒廃したニューヨークで、SF映画を作ろうとしていた彼が出会った人物の一人が、本作に出演している本職の演劇指導者ボブ・ブラディでした。
劇中で西ドイツのUFO研究家が、どうしてニューヨークで演劇指導者と会うの?それにはこんな理由がありました。このボブ・ブラディという人物は、あのアンディ・ウォーホルの仲間だったのです。
こうしてツッカーマンは彼らを通じアンダーグラウンド文化である「ニューウェーヴ」、パンク・ムーブメントやシンセサイザーなど電子音楽の影響を受けたロック音楽の新ジャンル…70年代半ばにロンドンで誕生し、当時ニューヨークのクラブで盛んに演奏されていました…の世界を知り衝撃を受けました。
そして彼はボブ・ブラディの教え子であり、本作に主演し脚本にも参加したアン・カーライルとも知り合います。こうしてメンバーはそろいました。ツッカーマンとボブ・ブラディ、そしてアン・カーライルの周囲の人々が『リキッド・スカイ』を誕生させたのです。
「当時の”神話”、セックス、ドラッグ、ロックンロール、宇宙人…これらを全て盛り込んだ寓話的プロットを作ろうと考えました」ツッカーマンはインタビューでこう語っていました。
映像へのこだわりが不朽のカルト映画を生んだ
「本作の登場人物は、社会のさまざまな部分を表現しているはずです」、とも語っているツッカーマン。
一方で、私は「境界線を超えてみたかった」のだ、とアン・カーライルは別のインタビューで話しています。
「当時のニューヨークは、生きるのにさほど金がかかりません。私たちは皆、行動やスタイルの限界に挑戦していたんです。しばらくそうしていると、やがて周囲で人が死に始めました」
「私達の周囲はコカインだらけでした。それは全く無害なものという考え方もありましたが、大きな間違いでした。私はお金が全く無かったのに、よく誰かからドラックを差し出される多くの人物の1人でした」
「夜はクラブを回るのが常で、一晩で5軒くらい回ったでしょうか…。でも、ドラッグは目的ではなかったんです。創作意欲を表現するためのもので、ドラッグはその一環に過ぎなかったのです」。彼女は当時の生活をこう語っていました。
低予算映画ゆえに、映画の舞台になるアパート=ペントハウスは許可を取らずに撮影が進められます。「手伝ってくれた学生スタッフの仕事の1つは、階段に立ち何者かが撮影現場を確認に現れれば、直ちに報告することでした」と監督は振り返っています。
様々な困難…映画の出資者とも軋轢があったようです…が製作現場にはありました。そして誰もがツっこむ「蛍光灯照明器具にしか見えないUFO」…にも関わらず、映画監督として実績を持つツッカーマンは完成度の高い作品を完成させました。
「マジックアワー (日没後と日の出前の薄明の時間帯を指す撮影用語)を利用するのを、私は当初からから計画していましたがニューヨークにその時間は3分間しか無く苦労させられました」
「アン・カーライルが一人二役を演じるシーンは、本物のフィルムカメラで撮影しました。左側を撮影した後、3時間かけてメイクアップを変え全てのテイクを撮影しました。1日に何度も分割して撮影することはできません」と監督は舞台裏を語っています。
男性と女性を1人で演じて話題となり、今も本作に魅力を与えるカーライル。「当初はジミーを演じる俳優がいましたが、”あまりにも本物になった”結果、起用することが出来なくなりました」
「そこで私が1人2役で演じることになりました。監督か私のアイデアか覚えていませんが、男装してクラブに行き女の子をナンパできるか。それが私のオーディションであり、私はそれをやり遂げました」
必然と偶然の才能と努力が結集して、伝説にして今も刺激的な魅力を持つカルト映画『リキッド・スカイ』が誕生した背景をご理解いただけたでしょうか?
まとめ
その衝撃は今も変わらない、80年代初頭のパンクカルチャーが堪能できる『リキッド・スカイ』。カルト映画として世界中で鑑賞され、様々なクリエイターに大きな影響を与えました。
本作は1990年代後半~2000年代前半に起きた音楽のムーブメント、「エレクトロクラッシュ」に大きな影響を与えたと言われています。この時期、この分野で活躍した日本のアーティストの代表と言えば”電気グルーヴ”でしょうか。
“奇想天外映画祭2022″で4Kリマスター版が上映された本作には、ゲームクリエイターの小島秀夫など魅了された多くの著名人が、賞賛のコメントを贈っています。
音楽・ゲーム・コミック・アートシーンと、後のポップカルチャーに多大なる影響を与えた本作、その衝撃は観なければ体感できません。ぜひ最後まで鑑賞して、口をあんぐりと開けて下さい。
最後に紹介したいのはポーラ・E・シェパード。彼女の出演映画は本作と、これまたカルト的人気を持つ伝説のスラッシャー映画『アリス・スウィート・アリス』(1976)しかありません。
しかしこの2本で、彼女は全世界のカルト映画ファンから不朽の女優として記憶されました。彼女にも注目して本作をご鑑賞下さい。
何と言っても『リキッド・スカイ』冒頭に登場する、ポーラ・E・シェパードの謎のパフォーマンス…その意味不明なインパクトに立ちくらみすら覚えるでしょう。恐るべしは、1980年ニューヨークのパンクカルチャーです。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)