連載コラム『鬼滅の刃全集中の考察』第24回
大人気コミック『鬼滅の刃』の今後のアニメ化/映像化について様々な視点から考察・解説していく連載コラム「鬼滅の刃全集中の考察」。
今回も前回記事に引き続き、漫画『鬼滅の刃』の最終章「無限城決戦編」の名言・名シーンその4を紹介・解説していきます。
苛烈な戦いが続く無限城での決戦ですが、“霞柱”時透無一郎と不死川玄弥が力尽きてしまいます。しかし仲間たちの尊い想いを糧に、ついに炭治郎たちは無惨と対峙し、最終決戦の火蓋が切って落とされます。
その中でも無一郎・玄弥の最期の言葉、炭治郎と無惨の因縁の戦いを加熱させる名シーンと名言などをご紹介します。
CONTENTS
「僕は幸せになる為に生まれてきたんだ」
黒死牟との戦いで力尽きてしまった無一郎は、死後の世界で兄・有一郎と再会。有一郎は死んでしまった無一郎に「無駄死にだ」「何のために生まれてきたのかわからない」と評しますが、無一郎はこの言葉で有一郎に反論します。
無一郎は自身の生涯を振り返り、家族や兄と暮らした日々、記憶を失ってからも多くの人々に支えられ、信頼できる仲間を得ることができ「幸せ」であったと感じていました。そして「ほかの誰に何を言われてもいいから、兄さんだけには無駄死にと言ってほしくない」と涙ながらに続けます。
この言葉を受けとった有一郎は、つぶさに謝罪するとともに「分かってる」と無一郎に理解を示しながらも「それでも無一郎に死なないでほしかった」と答えます。
兄・有一郎にその想いを否定され、思わず涙を流しこのセリフを叫ぶ無一郎が印象的であり、一方で弟を想う有一郎の不器用な愛情も描かれる感動的な場面です。
また生前の有一郎は、無一郎への想いを素直に表現することができず、関係を悪化させてしまっていたのに対し、この場面では自身の想いを率直に口にしており、それは生前、自身が死に瀕するまで無一郎の苦しみに気が付けなかった有一郎の後悔からの行動とも感じられます。
「あり… が… とう… 兄… ちゃん…」
玄弥は黒死牟との戦いの中で鬼喰いの力による血鬼術を発動。体を両断される重傷を負いながもも極限まで術を用い、勝利に貢献します。しかし両断された体を再生することは叶わず、体が崩壊を始めます。
その事に気が付き動転、絶叫する実弥に玄弥は最後の力を振り絞ります。実弥が弟・玄弥に対し「守りたい」と思っていたように、玄弥もまた同様に兄・実弥を「守りたい」と感じていました。そして体が崩壊しきる直前、兄への想いを告げるべく玄弥はこのセリフを口にするのです。
このセリフの直前、玄弥が実弥に対し伝えた「幸せになって欲しい」「死なないで欲しい」という願いの言葉。それは実弥が人知れず玄弥に抱いていた想いそのものであり、紆余曲折あったものの、二人はお互いを思いやっていたことが分かると同時に、ようやく訪れた和解から間もなく別れが訪れるという悲壮な場面になっています。
普段は抜き身の刃のようにギラついた眼光の実弥が、玄弥の死を前にまるで子供のように泣きわめく様子が、より一層涙を誘います。
「行かねばならぬ 顔を上げろ 無惨を倒すまで終わりではない」
弟・玄弥の死に悲しみに暮れる“風柱”不死川実弥に、“岩柱”悲鳴嶼行冥は涙を流しながらもこのセリフを投げかけます。
このセリフの前半はやや、実弥に対し哀れみを感じさせる雰囲気で語り掛けますが、後半は有無を言わさない重い圧力を感じさせる静かな迫力を漂わせ語っています。
悲鳴嶼は悲しみに暮れる実弥に向けこのセリフを語っていますが、一方で無一郎と玄弥を失い、自身の傷ついた心を奮い立たせるため語っているように感じられ、特に、後半のセリフはその意味合いが強くなっているため、前述の迫力が漂っているのではないでしょうか。
「炭治郎 落ち着け 落ち着け」
ついに炭治郎たちは無惨に会敵。無意識に呼吸を荒げ、顔面に青筋を浮べ怒りを現わにする炭治郎に冨岡がこのセリフを語りかけ、冷静さを取り戻させようとします。常に冷静沈着な冨岡らしいセリフではありますが、この場面ではその冨岡でさえ、目を血走らせて感情を昂らせている様子が見られます。
鬼による様々な凶行の根源が無惨であり、鬼に姉・蔦子を殺された冨岡にとっても炭治郎同様に無惨は家族の仇。積み重ねた年月が長い分、冨岡の方が募った怒りは大きいのかもしれません。
「落ち着け」というフレーズを二回繰り返していますが、一回目は炭治郎に向けて、二回目は自分自身に向けて発しているようにも感じられ、富岡自身が何とか感情を抑え込もうとしたがゆえのセリフといえます。
富岡の性格と鬼殺隊士として長年戦ってきた経験や“柱”としての品格から、あるいは後輩である炭治郎の前だからこそ寸前で感情を抑え込めていたことが感じられる名言です。
「お前何を言ってるんだ?」/「無惨 お前は 存在してはいけない生き物だ」
炭治郎・富岡と対峙する無惨は、炭治郎ら鬼殺隊を「しつこい」と評します。肉親や友人、親しい者たちの仇を討つことを糧に立ち向かってくる鬼殺隊士の感情が理解できないとする無惨は、自身や鬼達に殺されなかったことを幸運に思うべきだと語ります。
無惨の言葉に対し、炭治郎は思わず「お前何を言ってるんだ?」と口にします。
生き残ったことを幸運に思わず、立ち向かってくる鬼殺隊は異常者の集まりだと語り、その異常者の相手に疲れ果てたと言葉を続ける無惨。そして無惨の言い分を全て聞き終えた炭治郎は、「無惨 お前は 存在してはいけない生き物だ」と告げるのです。
このセリフを口にした炭治郎の瞳からは、一切の感情が感じられません。常に相手の心情に寄り添い情けをかける人情家であり、時に不条理な事柄に激しい怒りを燃やす激情家である炭治郎が一切の感情を見せない姿に、驚いた読者の方も多かったのではないでしょうか。
「無限城決戦編」では、無惨の鬼としての特異性や異常な戦闘力を目の当たりにしますが、この場面ではその精神性や物事の捉え方の歪さが明らかになり、それに対する炭治郎の反応を象徴するこのセリフは、読者の誰もが抱いた違和感を代弁した名言であり、鬼舞辻無惨という唯一無二のキャラクターを表現した名言といえます。
「鬼のいない平和な世界で もう一度人間に生まれ変われたら 今度は必ず君に好きだと伝える」
無惨を無限城から引きずり出すのに成功した鬼殺隊は夜明けまで時間を稼ぐべく、炭治郎や生き残った“柱”たち全員で総力戦を仕掛け、無惨の足止めを図ります。しかし、無惨の圧倒的な強さに負傷者が続出。ついには、“恋柱”甘露寺蜜璃が戦線離脱を余儀なくされます。
甘露寺を離脱させた“蛇柱”伊黒小芭内は甘露寺の「死なないで」という言葉を背に、甘露寺への秘めたる想いと自身の生い立ちについて回想します。
伊黒の血族は鬼に養われる代わりに、生まれる赤ん坊を差し出すことで長年生きながらえてきた一族であり、伊黒は数百年ぶりに生まれた男子として鬼の命令により、成長し食べられる量が増えるまで生かされていました。
その事を知った伊黒は屋敷から逃亡。鬼に追われますが、当時“炎柱”であった煉獄槇寿郎に助られます。しかし、伊黒が逃げた事により血族の多くはその鬼に殺され、その事実を知らせた従妹から責められます。
血族同様、自身もまた生き残るために誰かを犠牲にする選択をしてしまったことを嫌悪するようになった伊黒。そして回想の最後に、このセリフで甘露寺への想いを胸中でつぶやきます。
この場面では伊黒の甘露寺への想いと壮絶な過去が明かされ、過去の出来事から自身の想いに素直になれない、決してなってはいけないと思い続けている伊黒の心情が切なく描かれています。また伊黒がその「血」に刻まれた罪の深さに悩まされ生きてきたこと、それゆえに鬼への強い恨みも感じられる場面でもあります。
「終わりにしよう無惨」
炭治郎は無惨との戦いの中、強力な毒を受けてしまい生死の境を彷徨いますが、兪史郎の治療によって息を吹き返し戦線に復帰。再び無惨の前に立ちはだかった炭治郎は、このセリフを口にします。
このセリフを無惨に告げる際の炭治郎は驚くほど静かに語りかけており、その様子はどこか「始まりの呼吸」の剣士・継国縁壱を彷彿とさせています。なお直前の場面でも、炭治郎の姿を目にした無惨はその脳裏で縁壱の姿を思い浮かべており、それは炭治郎に起きた「ある変化」を感じ取ったゆえかもしれません。
このセリフをきっかけに無惨と炭治郎、そして鬼殺隊の宿命の対決は一気にクライマックスへ向かいます。決戦への火蓋が斬って落とされる象徴として、このセリフは決して忘れることのできない名言です。
「それでも俺は今自分にできることを精一杯やる 心を燃やせ 負けるな 折れるな」
戦線に復帰し改めて無惨に対峙した炭治郎は、彼を倒す「きっかけ」を掴んでいました。それは生死を彷徨った中で見た、祖先・炭吉の「細胞の記憶」……炭吉と縁壱の会話と「日の呼吸」の型です。その記憶によって、炭治郎は父・炭十郎から教わった十二の型を繰り返すことが「十三ノ型」へ繋がることに気が付きます。
ですが、それは縁壱ですら出来なかったことであり、果たして自身にできるのかと炭治郎は自問します。しかし彼はこのセリフを胸中で口にし、無惨に立ち向かっていきます。
これまで幾度となく、前向きな言葉で自身を鼓舞してきた炭治郎ですが、このセリフはその総決算とでもいうように感じられます。「自分にできることを精一杯」「負けるな 折れるな」というお馴染みのフレーズ、そして亡き煉獄から受け取った「心を燃やせ」というフレーズが合わさり、これまでにない覚悟が感じられる名言となっています。
しかし、これまでの自身を鼓舞する場面と、この場面での炭治郎の表情は大きく異なります。これまでは脂汗を浮かべながら、歯を喰いしばりながらも強気な表情であったのに対し、この場面では血走った目が見開かれ、口は真一文字に結ばれており、鬼気迫る表情はどこか恐怖すらも覚えます。それだけに炭治郎が放つ気配は、「最終決戦」の雰囲気が強く感じられます。
「炭治郎を守ってください 何とか守ってやってください お願いします」
炭治郎が無惨と死闘を繰り広げる最中、兪史郎は傷ついた“柱”たちの手当てに追われます。しかし“柱”たちそれぞれの傷は深く、即座に戦線に復帰することが難しい状態でした。
悲鳴嶼の手当てをしながらもそのことを痛感する兪史郎は、無惨に毒を打ち込み力尽きた珠世の姿を思い浮かべ、珠世に願うようにこのセリフを口にします。
炭治郎に出会うまでは、珠世中心の人間関係であった兪史郎が、自然と炭治郎の無事を祈る様子から、兪史郎もまた炭治郎との「絆」を紡いでいたことが感じられます。
また、最愛の珠世の死を感知した時でさえ涙を流さなかった兪史郎が、このセリフを口にした際には目に涙を浮かべており、直前までの場面の流れからも、この涙は兪史郎にとって思わず流れたものではないかと感じられます。
それだけ兪史郎の中で炭治郎との絆は深いものであるとともに、表面上は気丈に振る舞っているものの、最愛の珠世を失った悲しみで心が弱っていることも伝わってきます。何れにせよ、様々な人物と「想い」を紡いできた炭治郎の「人の環」が感じられる名言になっています。
「さぁ お前の大嫌いな死がすぐ其処まで来たぞ」
無惨は戦いの最中、自身の反応速度や傷の再生速度が遅くなっていることに気が付きます。かつて縁壱に負わされた古傷までもが浮かび上がり、明らかに自身の体に起きた異変を感知します。
その原因は珠世によって体内へ注入された「人間返り」と「老化」の薬の作用であると気付き、状況の悪化を感じた無惨は、かつて縁壱から逃れた時のように体を分裂させて逃亡を図ります。しかし分裂が出来ないどころか、さらに突如吐血。無惨は驚きを隠せません。
その瞬間、彼の脳裏に珠世の幻影が現れ、上記の二つの薬に合わせ、「分裂阻害」の薬と「細胞破壊」の薬をも同時に注入していたことを告白。そしてこのセリフを、無惨の耳元で囁くように発します。
目を見開き驚愕する無惨に対して、このセリフを発する珠世の憎しみと喜びに満ちた微笑はセリフの内容と相まって恐ろしさを感じさせ、二人のこれまで見たことのない表情が共に描かれる場面です。続く場面では無惨の頭を抱き、「お前を殺すために手段を選ばない」と続ける珠世ですが、その表情は打って変わって愛おしい人物を抱くようにも見え、そこでも珠世の狂気と執念が垣間見えます。
珠世は炭治郎が見た細胞の記憶の中でも登場しており、『鬼滅の刃』の登場人物の中で最も長く積み重なってきた無惨との因縁と恨みは、まさに「怨念」というべき代物だったといえます。
まとめ/次回の『鬼滅の刃全集中の考察』は……
「無限城決戦編」名言/名シーン集その4、いかがだったでしょうか。
苛烈な戦いの中、まだまだ熱く、時に切なく、そして哀しい名言が登場する「無限城決戦編」。
戦いの最中で力尽きた無一郎と玄弥の最期の言葉、とりわけ玄弥と実弥との別れの場面は、ようやく和解できた兄弟が死別する展開に涙した読者も多かったのではないでしょうか。この時の実弥の心情は察するに余りありますが、それでも剣を手に再び立ち上がるその姿に痛ましさを感じると共に哀しみを乗り越え、今一度戦おうとする不屈の精神を感じ、勇気を与えられます。
次回記事では「無限城決戦編」名言/名シーン紹介・解説その5の前に、2021年9月25日(土):夜9時の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』のテレビ初放送に向けてのテレビアニメ1期「炭治郎立志編」特別編集編の一つであり、9月18日(土):夜7時に放映される「鼓屋敷編」を改めてピックアップ。
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