サスペンスの神様の鼓動48
特殊なデバイスを使用し、殺人を請け負う企業の天才エージェント、タシャ。
完璧なはずの「遠隔殺人システム」に、狂いが生じたことから始まる、予測不能な物語を描いたSFサスペンスノワール『ポゼッサー』。
独自の道を進む鬼才、デビッド・クローネンバーグを父に持つ、ブランドン・クローネンバーグの長編2作目となる『ポゼッサー』は「遠隔殺人システム」という設定や、手加減無しの残酷描写から「R18+」に指定された作品です。
ブランドン・クローネンバーグは「刺殺シーンで、刺す回数を1回でも減らしたら、作品が台無しになっていたと思う」と語っており、無意味に残酷描写を入れた訳ではなく、CGを一切使用しないなど、強いこだわりを持ち制作し、独特の作品に仕上げています。
意識と記憶が錯綜する場面も多く、難解に感じる作品かもしれませんが、ラストは背筋が凍るような、恐ろしい解釈のできる作品なので、『ポゼッサー』という作品が持つ魅力を紹介すると共に内容を考察していきます。
CONTENTS
映画『ポゼッサー』のあらすじ
他人の意識を乗っ取って操り、ターゲットを殺害した後に、乗っ取った人間を絶命させることで「離脱」を行う「遠隔殺人システム」。
タシャは「遠隔殺人システム」を使用し、殺人を請け負う企業のエージェントとして働いていました。
タシャの上司であるガーダーは、タシャの殺しの腕を高く評価し、自分の後継者に考えていました。
ですが、ある時を境に、タシャが任務遂行後に、乗っ取った人間を絶命に追い込むことができなくなり「離脱」がスムーズに行えなくなります。
また、タシャは離婚した夫のマイケルと、息子のアイラの存在が気になっていました。タシャはマイケルと離婚した後も、定期的に会っており、家族の時間を過ごしています。
マイケルに、自分の仕事を打ち明けていないタシャは、罪悪感からマイケルと意識的に距離を置こうとしていました。ですが、タシャはマイケルから復縁を提案されます。
マイケルとアイラに「仕事で長い出張に出る」と伝え、再び家を出たタシャは「遠隔殺人システム」による、次の殺しの依頼を受けます。
ターゲットは、データを改修する事業で大成功したジョン・パース。ジョンには娘のエヴァがいますが、エヴァのフィアンセであるコリンを良く思っていません。
タシャはコリンの意識を乗っ取り、精神に異常をきたしたふりをして、ジョンとエヴァを殺害するミッションを与えられます。
そして迎えた作戦決行当日。
タシャはコリンの意識を乗っ取り、エヴァに近付きます。
サスペンスを構築する要素①「全てが謎だらけの主人公タシャ」
他人の意識を乗っ取り、殺しを行うエージェントのタシャと、タシャに抵抗するコリンの、精神的な戦いを描いた映画『ポゼッサー』。
『ポゼッサー』の主人公であるタシャは、他人の意識を乗っ取り、殺しを遂行する「遠隔殺人システム」を使用するエージェントです。
意識を乗っ取った他人を絶命させることで、タシャの意識は「離脱」し、元の体に戻るという設定なのですが、はっきり言ってしまえば、かなり悪趣味なシステムですね。
タシャは「遠隔殺人システム」を使用した、天才的なエージェントで、上司のガーダーも、その腕を高く評価し「自分の後継者に」と考えているようです。
ですが、タシャが所属している、この企業が一体何者なのか?そして、タシャが何故この仕事をしているのか?は全く説明されておらず不明なままです。
また、タシャは離婚した夫のマイケルを「危険な存在」と語っていますが、マイケルとは定期的に会っており、マイケルもタシャを必要している「良い夫」も見えます。
主人公であるはずのタシャについて、全く何の説明も無いまま、物語が進行していくことにより、観客は『ポゼッサー』の持つ「何か気持ち悪い謎」に引き込まれていきます。
サスペンスを構築する要素②「制御不能になる覚醒した意識」
観客に詳しい説明も無いまま物語が進む『ポゼッサー』。中盤からは、資産家のジョン・パースを殺害するミッションがメインとなっていきます。
ジョンは、他人を見下す嫌な性格ではありますが、決して犯罪者ではないようです。
タシャが所属するこの企業は、報酬を貰えば善悪の区別はなく、誰でも殺すようなので、決して正義の為の組織でもなさそうです。
その辺りが、より一層不気味ですね。タシャは、ジョンに近付く為にコリンの意識を乗っ取ります。
途中まで、問題なくミッションは進んでいたように見えますが、突然コリンの意識が覚醒し、制御不能状態になります。
自分の体を取り戻そうとするコリンの意識と、タシャの意識との戦いが、中盤の見どころになる訳ですが、普通に考えたら、殺し屋に意識が乗っ取られることに抵抗する、コリンの方に正当性がありますよね。
タシャを物語の主軸に置くことで、制御不能になったコリンの意識を「厄介」と感じさせる、逆転の感覚を体感させるあたり、ブランドン・クローネンバーグ監督の手腕が光ります。
本作のタイトルになっている「ポゼッサー」とは「所有者」という意味です。
コリンの頭の中で対立する、タシャとコリンの意識。「どちらが所有者になるか?」が、後半の重要な展開となっていきます。
サスペンスを構築する要素③「マイケルを殺害した目的は?」
タシャとコリンの意識が共存するコリンの体は、本作の終盤で、マイケルの住居へと向かいます。
ここから「コリンの所有者がどちらになっているか?」が観客に分からなくなっており、普通に考えれば、タシャに恋人と人生を奪われたコリンが、タシャにとって大切な人間を、奪おうとしていると受け取れます。
ですが、途中からタシャの意識はコリンに「マイケルを殺せ」と命じるようになります。
これは一体どういうことなのでしょうか?
本作の序盤で、タシャは夫のマイケルを「危険な存在」と語っています。
これは、マイケルの人間性の話ではなく、殺しのエージェントとしての立場から、タシャは「危険」と語っているのです。
マイケルと息子のアイラの存在が、タシャに母親としての感情を芽生えさせ、その結果、意識を乗っ取った相手を絶命に追い込む「離脱」が出来なくなりました。
「離脱」するには、意識を乗っ取った相手を、自殺させることが必要なのですが、タシャの中に芽生えた「自殺の恐怖」つまり「離脱」が正確に行われず、タシャの意識そのものが、死んでしまうことを恐れるようになったのです。
タシャは、殺しのエージェントに徹する為に、マイケルやアイラと距離を取ったのでしょう。
ですが、マイケルから「復縁すること」を提案され、人間的な感情がより強くなってしまったタシャが、今後も殺しのエージェントとして活動する為には、マイケルとアイラは邪魔。
その考えから、タシャはコリンにマイケルとアイラを殺すように命じたのです。
では、タシャが思いとどまれば何事も起きなかったか?と言うと、そうとも言えません。
それは、ガーダーがアイラの意識を乗っ取り、コリンに殺されるように仕向けたことからも分かりますが、タシャを高く評価しているガーダーは、タシャの家族を奪い、タシャに殺しのエージェントの道しか、残らないようにしたと考えられます。
作品冒頭から、タシャは詳しい説明の無い謎の多いキャラクターでしたが、本作のエンディングでは、完全に人間の心を捨てた、誰も理解できない、冷徹な存在となってしまいました。
映画『ポゼッサー』まとめ
主人公のタシャが、完全に人間の心を失うまでを描いた『ポゼッサー』という作品は、かなり恐ろしい映画です。
映像的にも、影がかかったような暗いタッチになっており「遠隔殺人システム」という発想も合わさり、ディストピア的な世界観になっています。
ただ、CG技術に頼らず作り上げた数々の場面は、他の映画とは違う独特の魅力に繋がっており、特にタシャがコリンの意識を乗っ取る描写は、一度溶けた体が再構築されるような、かなり面白い表現になっています。
タシャとコリンの記憶が錯綜する場面では、こちらも頭の中が混乱してくる演出になっており、本作は「観賞」というより「体験」という言葉が当てはまる作品です。
ただ、開始数分で、タシャがターゲットの喉元を切り裂くなど、残酷描写は容赦ないので、その辺りの覚悟も必要となります。
けれども、『ポゼッサー』は間違いなく唯一無二の魅力を持つ作品なので、その魅力を是非「体験」してみて下さい。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに!