連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第61回
『ミレニアム ドラゴンタトゥーの女』(2009)への出演で、北欧ミステリー映画を代表する女優となったノオミ・ラパス。
そんな彼女が倦怠期…を通り越し、憎悪むき出だし険悪期に突入した夫婦を演じた映画が、Netflixのドタバタ騒動コメディ映画『ザ・トリップ』です。
ノオミ・ラパスといえばミステリー映画や、『プロメテウス』(2012)や『セブン・シスターズ』(2017)のようなSF映画のイメージが強い女優です。
その延長線上にあると思われた映画『ストックホルム・ケース』(2019)では、予想を裏切るコミカルな演技を見せ話題になりました。
今回彼女が演じるのは、憎しみの果てに互いに殺し合うことを決意した夫婦。今日こそ決着をつけるはずか、何だか妙な展開になってしまいます。
ドタバタ騒動の果てに、この夫婦はどうなる? ブラックかつ大人の笑いをお求めの方に、最適の映画を紹介します。
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映画『ザ・トリップ』の作品情報
【配信】
2021年配信(ノルウェー映画)
【原題】
I onde dager / The Trip
【監督・脚本】
トミー・ウィルコラ
【出演】
ノオミ・ラパス、アクセル・ヘニー、アトレ・アントンセン、クリスティアン・ルーベク、アンドレ・エリクセン、ニルス・オル・オフトブロ
【作品概要】
互いに殺す気満々で、今日こそは決着をつけようと人里離れた山小屋に現れた夫婦。そこに思わぬ乱入者が現れたからさあ大変、というバイオレンス&コメディ映画です。
妻を演じるノオミ・ラパスの夫役には、『ヘラクレス』(2014)や『オデッセイ』(2015)、北村龍平監督の『ドアマン』(2020)のアクセル・ヘニー。
監督は『処刑山 デッド卍スノウ』(2007)に『処刑山ナチゾンビVSソビエトゾンビ』(2014)、『ヘンゼル&グレーテル』(2013)と『セブン・シスターズ』のトミー・ウィルコラ。「処刑山」シリーズの悪ノリコメディぶりをご存じの方なら、本作に対する期待度は上がるでしょう。
映画『ザ・トリップ』のあらすじとネタバレ
夫婦の愛憎劇を描いたメロドラマを演出するディレクター、ラーシュ(アクセル・ヘニー)。出演女優は彼が妻リサ(ノオミ・ラパス)と上手くいっていない、と知っていました。何も問題無い、この週末に夫婦で旅行し山小屋へ行くと答えるラーシュ。
彼は妻が旅行先で1人で山に登りたいと望んでると告げ、危険だから止めろと言ってる…と妙に強調します。運転する車の中で、ラーシュは何者かと電話で話します。
老人ホームに父ミッケル(ニルス・オル・オフトブロ)を見舞うラーシュ。ここでも彼はリサと山小屋に行く、リサは1人で散策したがっていると話しました。
元軍人の父は息子の話をろくに聞かず、自分が立てた山小屋を懐かしがります。その部屋で3人の囚人の脱獄を告げているテレビのニュース。
ホームセンターを訪れたラーシュは、ノコギリにハンマー、粘着テープにロープなど何やら物騒な物を買い込みます。
その荷物を妻に見つからぬ様に車のトランクに隠すラース。リサが現れ車に乗り込みました。
女優業が思わしくない妻リサとラーシュの関係は良くありません。今回の旅行でそれを修復つもりですが、山小屋に向かう車内で口論が始まります。ようやく目的地に着く2人。
山小屋のセキュリティキーは正常に作動しませんが、2人は中に入ります。何やら妙なゴミがありますが、気にせず小屋に保管された猟銃を確認するラーシュ。リサのいるキッチンには包丁やナイフが並んでいました。
ラーシュは自分のセーターを知らないかと妻に訊ねますが、彼女も知りません。2人で協力して料理をしますが、些細な事で意見が衝突します。
それでも料理が完成すると、夫婦は湖の傍で食事をとります。リサにオーディションの準備や、彼女の仕事仲間ディエゴについて尋ねたラーシュ。
単語を並べるボードゲーム、”スクラブル”を楽しむ2人は、つまらぬ事で対立します。妻が先に休むと、ラーシュは1人物思いにふけります。
翌朝、大きな石を拾いカバンに詰めたラーシュはそれをボートに積み、車から例の工具を取り出して並べ、ハンマーを持って酒をあおると覚悟を決めます。その時リサが彼を呼びました。
ハンマーを隠し持って妻に近づくラーシュ。彼が殴ろうとした時、振り向きざまに夫にスタンガンを押しあてるリサ。
目覚めた時ラーシュは、椅子に縛り付けられテープで拘束されていました。リサは夫に、ハンマーで何をするつもりだったのかと冷たく尋ねました。
ラーシュはごまかそうとしますが、妻はお見通しでした。ではなぜお前はスタンガンを用意した、と反論するとリサは猟銃を持って現れます。
夫がノコギリで自分の遺体を切断する気だったと聞くと、彼女は笑い出します。料理の際に生肉すら触れない夫に、そんな事が可能とは思えないからでした。
夫のずさんな計画を笑うリサ。しかし彼女にも殺害される動機が判りません。妻にウソつきの浮気女だから、と理由を告げるラーシュ。
ディエゴとの関係を指摘されたリサは、ならば夫婦の最後の営みはいつだった、私を満足させたことがあるかと言い放ちます。ともかく夫の計画は馬鹿げていて、私の方は完璧だと告げました。
リサの計画はこうでした。友人には旅行先で夫と狩りをすると告げる、そして森の中で銃を暴発させ、夫を撃ってしまったと周囲に説明するつもりです。
それを聞いてあざ笑うラーシュ。演技が下手な女優のお前に誤魔化し通せる訳がない、アレの際に満足したふりもできないじゃないか。夫婦は互いを罵り非難し始めました。
ともかく森に連れて行き射殺する、という妻に抵抗するラーシュ。リサは夫を銃の台尻で殴りますが、背後に現れた男にシャベルで殴られ意識を失います。
男の正体は、夫婦が家の雑用を任せていたビクトルでした。彼と妻の生命保険を山分けにする約束で、殺害計画に加担させていたラーシュ。
少々ヌケたところがあるビクトルを殺害計画に加担させるとは、と呆れるリサ。立場が逆転し縛られた妻に、ラーシュはどんな理由で自分を殺そうとしたか尋ねます。
ギャンブル中毒で借金だらけ、それでも浪費癖が治らないからだ。リサの狙いは夫の生命保険と聞き、自分たちも保険金目当てと答えるビクトル。
彼から取り分の額を聞き、自分にかけられた保険金はそれより多いと言い出すリサ。慌ててラーシュは口を塞ぎますが、ビクトルは騙されたと気付きます。
ラーシュに銃を向けるビクトル。夫婦は彼を味方にしようと競って報酬を値上げします。どちらに味方する迷うビクトルに飛び掛かり、猟銃を奪おうと彼と争うラーシュ。
倒されたリサはその隙に拘束を解きますが、銃が暴発しビクトルは指を吹き飛ばされました。思わぬ事態に夫婦は慌て、病院に向かおうとするビクトルを止めろと叫ぶリサ。
それを聞いたラーシュはビクトルを撃ちます。絶命したビクトルを前に君が止めろと言うから撃った、止めろとは出血のことだと言い争う夫婦。
こうなりゃ2人殺すも一緒と言った夫に、リサは銃は弾切れだと指摘します。ラーシュは彼女を銃の台尻で殴り、弾を装填する夫の足の甲をナイフで刺したリサ。
2人は銃を奪おうと争い、2階に上がってもみ合い銃を暴発させました。銃弾は天井を貫き悲鳴が聞こえます。何事かと思う間もなく天井が崩れ、3人の男が落ちてきました。
気絶した夫婦の前に立つロイ(アンドレ・エリクセン)、ペッター(アトレ・アントンセン)、デイブ(クリスティアン・ルーベク)。彼ら3人は3日前に逃亡した脱獄囚でした。
森の中を逃亡した彼らは夫婦の山小屋を見つけ、セキュリティキーを壊し中に入ると、食料と服を拝借します。数日ここで過ごすつもりでしたが、そこに夫婦の車がやって来ます。
とりあえず屋根裏に身を隠した3人。気付かれずに降りる術は無くしばらく様子を伺うことにしますが、逃走中野生のベリーを食べたロイが腹を壊し、なんとも汚い目にあう脱獄囚たち。
住人がいなくなるのを待っていた3人は、更にビクトルが現れたと気付き落胆します。息を潜めていると下から銃声が響き、続いて悲鳴が聞こえてきました。
何事かと様子を見ると、下で争う夫婦の姿が見えます。もみ合う内に猟銃が暴発、散弾がロイのお尻に命中します。大男のロイが跳ね回ったおかげで天井は崩れ、囚人たちは落下します。
そろって椅子に縛られた夫婦が目を覚ますと、2人の前には男たちがいました。彼女の出ていたCMを記憶しており、リサが女優だと気付いたデイブ。
何者かと聞かれたペッターは、夫婦はトラブルを抱えているだろうと指摘し、どちらが撃ったとビクトルの死体を指差し尋ねます。責任を押し付け合う2人に、お前らは人を殺して興奮しただろうと迫るペッター。
自分たちは脱獄囚だと正体を明かすと、彼はまず金を要求します。次に欲望を満たすためデイブに体を差し出せと言いますが、怯える妻の身を全く案じようとしないラーシュ。
ところがデイブが望むお相手はラーシュでした。必死に抵抗する彼をペッターは銃で脅し、散々屈辱を与えてその姿をリサに見せつけます。
その上でラーシュの体で欲望を満たそうとする脱獄囚たち。その姿を見かねたのか、今まで夫を殺したいと願っていたリサが口を開きました…。
映画『ザ・トリップ』の感想と評価
泥仕合夫婦バトルが思わぬ展開を見せる『ザ・トリップ』、いかがだったでしょうか。
『処刑山ナチゾンビVSソビエトゾンビ』のトミー・ウィルコラ監督作品だけに、もっと悪趣味で笑えるコメディを期待した方もいるかもしれません。
前半の夫婦騙し合いはブラック要素がたっぷりですが、脱獄囚が乱入すると夫婦は共闘を開始、困難と遭遇する中で自らの行動を反省し、最後は愛を取り戻す…実にイイ話の映画ではありませんか。
ですが、とんだ巻き添えの犠牲者がいますし、さらに夫の父まで乱入。この悪ふざけ感がたまりませんが、想像を裏切る展開が登場するのが観客には驚きであり、これは実に悪趣味と感じる方もいるでしょう。
この展開を世界で幅広い観客が鑑賞するNetflix映画につき、ウィルコラ監督は悪ノリをセーブした結果と受け取るか、それとも隙あらばと悪趣味を詰め込んだと受け取るかは、人により意見が分かれるでしょう。
監督とノオミ・ラパスのコラボ再び
ブラックコメディ映画の印象が強いウィルコラ監督ですが、彼はノオミ・ラパス主演のSF映画『セブン・シスターズ』を監督しています。
1人しか子を持てない未来のデストピア社会に生まれた七つ子姉妹。7つの曜日の名を持つ姉妹たちは、1人の人格を演じることで当局の目を欺いていた…というお話。
異なる人格を演じ、かつ姉妹たちの協力関係が崩れたことから壮絶な展開を迎える『セブン・シスターズ』。この作品は風刺が込められたブラックな物語ですが、コメディではありません。
この役を演じたノオミ・ラパスは、映画のために7つの異なる人格を提供してくれた、と高く評価しているウィルコラ監督。スウェーデン出身の女優ノオミ・ラパスは、彼と仕事がしたいと望んでいました。
その監督から送られてきた脚本が『セブン・シスターズ』。監督からは「あなた以外の俳優が、この役を演じる姿を想像出来ない」と言われたと、彼女は当時を振り返っています。
彼女は脚本を読んで内容に驚き、その役柄を演じる不安を感じたと語っています。しかしクレイジーな企画に挑戦させてくれたと喜んで、複雑な役柄に挑み最後まで演じ切りました。
こうして信頼関係を築いた監督とノオミ・ラパス。本作で演じた女優リサ役も、計算高い冷笑家でありながら、同時に愛情深い人物でもあり、激しいアクションまで披露する複雑な役柄です。
一方『ヘラクレス』などマッチョなイメージの役柄が多い夫ラーシュ役のアクセル・ヘニーは、イメージとのギャップで笑わせ、観客に共感を与える演技を見せました。
やはり夫よりも奥さんの方が一枚も二枚も上手、という物語に納得させられます。多分世の多くの男性が、同じように考えていることでしょう。
突然の爺さん乱入こそ、本作のミソ!?
夫婦バトルの泥沼のドタバタ騒動を描いた本作。ところがいきなり夫ラーシュの父、ミッケルが姿を現し参戦します。
これが馬鹿馬鹿しくも楽しくあり、同時に悲惨な展開を迎え、やがて感傷的なシーンを与えます。この展開に違和感を覚え、そもそもこの爺さんの乱入が必要なのか?と疑問を覚える人もいるでしょう。
しかしこの展開こそ、ブラックな展開と笑いを好むウィルコラ監督のカラーです。元軍人の頑固爺さんの思わぬ大活躍(いったい何歳なんでしょうか?)、『処刑山ナチゾンビVSソビエトゾンビ』と同じノリを感じます。
このミッケル爺さんを演じたのはノルウェーのベテラン俳優、ニルス・オル・オフトブロ。国立劇場の舞台で活躍し、テレビの様々なドラマに出演してノルウェーでは国民的に知られた人物です。
ノルウェーの様々な方言や古い言葉を操り、近年は声優としても活躍しているニルス・オル・オフトブロ。この名優があんな形で登場し、奮闘の果てに退場する姿はそれだけで価値あるものと言えるでしょう。
まとめ
夫婦ドタバタ乱闘コメディのようで、実はイイ話。しかしイイ話と呼ぶには、間抜けだけど可哀想なビクトルや、ミッケル爺さんの運命が酷すぎる『ザ・トリップ』。
こんな内容ありえない!とお怒りの方の気持ちはごもっともですが、同時にこれがトミー・ウィルコラ監督の特徴ですから、勘弁してあげて下さい。
ところで主人公夫婦、ドラマを演出するノルウェー人監督と、スウェーデンから来た女優の組み合わせです。これ、ウィルコラ監督とノオミ・ラパスの経歴に見事重なります。
つまり本作で、自身とノオミ・ラパスの疑似恋愛関係を描いたウィルコラ監督。なんて奴だ!と思いませんか?
さすがに照れ臭いのか、夫である監督は劇中でノオミ・ラパスの前で、とんだ醜態をさらします。
こんな役を演じさせられたアクセル・ヘニーこそ、いい迷惑だったかもしれません。でも、彼もこんな役柄だからこそ、彼も楽しんで演じているのでしょう。
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