連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第31回
映画『朝が来る』は、2020年10月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショーされます。
世界で高い評価を受け、東京2020オリンピック競技大会の公式映画監督にも就任した河瀨直美監督が、直木賞・本屋大賞受賞のベストセラー作家・辻村深月のヒューマンミステリー『朝が来る』を映画化しました。
実の子を持てなかった夫婦と、実の子を育てることができなかった母を繋ぐ「特別養子縁組」という制度によって、新たに芽生えた家族の美しい絆と胸を揺さぶる葛藤を描いています。
永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子ら実力派俳優が、人間の真実に踏み込む演技を披露。家族とは何かに迫りながらも、最後に希望の光を届ける感動のヒューマンドラマ。
2020年第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」に選出されました。
CONTENTS
映画『朝が来る』のあらすじ
いつもと変わらない朝。主婦の栗原佐都子(永作博美)は夫清和(井浦新)と一緒に、息子の朝斗(佐藤令旺)を幼稚園に送り出していました。朝斗は幼稚園年長組。新年度になれば小学校にあがります。
幼稚園での朝斗の友人関係のトラブルの中で、佐都子はふとこれまでの6年間を思い出していました。
社内恋愛で結婚した栗原清和と佐都子。仲睦まじい2人でしたが、悩みの種は子どもが出来ないこと。病院で検査をしてもらったところ、夫の清和の方に問題があることが分かります。
それでも子どもを諦めきれない2人は、北海道の病院にまで通い、不妊治療にあたりますが上手くいきません。
子どもを持つことを諦めかけた時、テレビ番組で「特別養子縁組」を取り上げていました。そして、養子縁組の手助けをしている「ベビーバトン」という会社があることを知ります。
栗原夫妻は、さっそくその会社の説明会に行き、代表者の浅見(浅田美代子)から詳しい話を聞きます。
「ベビーバトン」は、子どもが欲しくてもできない夫婦と様々な理由から子どもを産んでも育てられない母親とを繋ぐ役割をしていたのです。
清和と佐都子は「特別養子縁組」をすることにしました。
やがて浅見から連絡があり、夫妻は産まれた男の子を迎えに行きました。男の子の母親は14歳の中学生でした。本当なら面会はできないのですが、佐都子はその少女に会います。
終始うつむいていたその少女片倉ひかり(蒔田彩珠)は、別れるときに佐都子に一通の手紙を渡しました。佐都子は少女の手を握り、子どもを大切に育てることを約束します。
それから6年、栗原夫妻は朝斗と名付けた息子の成長を見守る日々が続きます。毎朝のように幼稚園に朝斗を送り出し、当たり前のようにお迎えをして過ごす毎日は幸せそのものでした。
ある日、朝斗の産みの母親“片倉ひかり”を名乗る女性から、「子どもを返して欲しいんです。それが駄目ならお金をください」という電話がかかってきました。
「お金もだめなら、子どもが養子だということをばらしますよ」と脅迫まがいのことまで、電話の主は言います。
6年前に会ったひかりは見るからに純朴そうな中学生。このようなことを言うとは思えません。
電話をかけて来たのは一体誰? 何のために?
渦巻く疑問を抱えたまま栗原夫妻は、‟片倉ひかり”と名乗る女性と会うことにしました。
映画『朝が来る』の感想と評価
辻村深月の同名小説を映画化した『朝が来る』。前半で「特別養子縁組」制度で朝斗を迎えた栗原夫妻の話を描き、後半は朝斗を産んだ少女・ひかりの出産後の話が盛り込まれています。
不妊治療で悩んだ末に朝斗を迎え入れた育ての母・佐都子と、初恋で出産し朝斗を手離さなければならなかった産みの母・ひかり。子どもを挟んでのそれぞれの立場が痛いほど伝わってきます。
幼稚園での子ども同士のトラブルがあって、朝斗の親としての立場を自覚し、彼を信じることのできた佐都子。血は繋がらなくても朝斗を信じることができた立派な母親です。
一方のひかりは若くして出産し、我が子を手放したことで、人生の歯車が狂ってしまいました。彼氏とも自然に別れ、自分の家族にも心を開くことができず、殻に閉じこもります。
不妊治療をしても子どもに恵まれず、やっと特別養子縁組で得た子どもを慈しんで幸せな毎日を送る佐都子と、子どもを出産し手放したことで社会のレールから落ちていくひかり。
朝斗という子どもを間において、あまりにも違いすぎる2人の母の人生は驚くべきものです。
妊娠・出産という女性ならではの問題は、もしかすると自分の近辺にも起こるかも知れない出来事と言えます。自分ならどうするかと考えざるを得ません。
ですが、親目線で見るストーリーの一方、一番に考えるべきことは“子どもの幸せ”ではないかと思えます。
朝斗は育ての親である佐都子から実母の存在を聞かされていました。彼にとって、育ててくれた人も産んでくれた人も、両方が”母”なのです。
河瀬直美監督自身、出産前に離婚した産みの母によって、生まれてすぐ子どもがいない大伯母に預けられたという過去を持っているそうです。
養母によって裕福ではないにしろ愛情を注がれて育った河瀬直美監督だから、この作品の養子の子どもの気持ちを伝えたかったのでしょう。
それは、河瀬直美監督が映画製作で特にこだわった“朝斗のまなざし”によく表れています。
監督が思い描く“朝斗のまなざし”を取り入れることで、養子の境遇にある子供の気持ちに寄り添った作品になり、美しい親子の絆がひしひしと伝わってきました。
まとめ
映画『朝が来る』の監督は、河瀬直美。劇映画デビュー作となる『萌の朱雀』(1997)でカンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)を受賞しました。
以降、『殯(もがり)の森』(2007)がグランプリに輝くなどし、最近では『光』(2017)や『あん』(2015)も出品。カンヌ国際映画祭とは縁が深い監督です。
そんな監督が、辻村深月の同名小説を読んで感銘を受けて手掛けたのが『朝が来る』です。
自身の体験も踏まえ、養子である小さな子どもが何を見て、何を感じているのかに重点をおいてこの映画を作ったそうです。
作中では、朝斗と育ての親との平和で幸せな6年間と産みの親の壮絶な人生ドラマが展開。社会的問題も多く含む本作において、監督の描きたかったことは的を得ています。
育ての母と産みの母。2人で子どもの親権を取り合うのではなく、あくまで子どもの幸せを考えて慎重な行動をとれば、母たちと子どものその後の人生も変わることでしょう。
生まれてくる全ての生命を大切にしたいという監督の優しい思いが込められた映画『朝が来る』。
映画のタイトルからは、困難の先には明るい希望が待っているということがさりげなく伝わり、温かな気持ちにさせてくれます。
映画『朝が来る』は、2020年10月23日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー。