連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第256回
京都が好きすぎる主人公が、“京都愛”が強すぎるために大騒動を引き起こしてしまう映画『ぶぶ漬けどうどす』。
『ぶぶ漬けどうどす』は、2025年6月6日(金)テアトル新宿ほか公開されます。
主人公の澁澤まどかを演じるのは、映画『嗤う蟲』(2025)などで活躍している、シリアスからコメディまで多彩に演じる俳優深川麻衣。まどかの義母である老舗扇子店の女将・澁澤環役を、大ベテランの室井滋が演じています。
京都人が発する“本音”と“建前”を、まどかは理解できるのでしょうか。そして、「なんでも言葉通りに受けとったらあかんで」のキャッチコピーが意味することとは?
京都を舞台に巻き起こる奇想天外なシニカルコメディ!『ぶぶ漬けどうどす』をご紹介します。
映画『ぶぶ漬けどうどす』の作品情報
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【監督】
冨永昌敬
【企画・脚本】
アサダアツシ
【音楽】
高良久美子、芳垣安洋
【出演】
深川麻衣、小野寺ずる、片岡礼子、大友律、 若葉竜也、山下知子、森レイ子、幸野紘子、守屋えみ、尾本貴史、遠藤隆太、松尾貴史、豊原功補、室井滋
【作品情報】
『ぶぶ漬けどうどす』は、京都を舞台に、京都愛の強すぎる女性が引き起こす大騒動を描いたシニカルコメディ。
『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018)などの冨永昌敬監督が、『his』(2020)『そばかす』(2022)の脚本家・アサダアツシが構想に7年をかけて完成させたオリジナル脚本を基にして作り上げた作品です。
主役のまどかには、『嗤う蟲』(2025)などの深川麻衣。義母役で室井滋、まどかの仕事仲間の漫画家役で小野寺ずる、老舗料亭の女将役で片岡礼子、まどかの夫役で大友律といった豪華な顔ぶれが揃いました。
映画『ぶぶ漬けどうどす』のあらすじ
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
京都の老舗扇子店の長男と結婚し、東京からやってきたフリーライターのまどか。
夫の実家に寝泊まりしながら、数百年の歴史を誇る老舗の暮らしぶりをコミックエッセイにしようと、義実家や街の女将さんたちの取材を始めます。
最初は京都の老舗の若女将たちは、親切に老舗としての心構えやいろいろなしきたりなどを教えてくれました。
ですが、ひとりの老舗若女将のピンチヒッターとして急遽テレビ出演することになったまどかが、番組で語ったことが街をあげての大騒動の引き金となりました。
まどかが京都の「本音と建前」の文化を甘く見ていたせいで、気づけば若女将さんたちの怒りを買ってしまっていたのです。
猛省したまどかは、京都の正しき伝道師になろうと努力するのですが、事態は街中を巻き込んで思わぬ方向に……。
映画『ぶぶ漬けどうどす』の感想と評価
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
京都人(姑)とヨソさん(嫁)の関係
物語は、主人公・まどかがJR京都駅に降り立ち、夫の実家・老舗の扇子店に行く所から始まります。
旅行客から人気の京都の老舗の取材目的でやってきた、老舗扇子店の跡取り息子の嫁・まどか。遣り甲斐のある仕事を持ち、まどかは毎日大張り切りで取材をしていました。
ですが、まどかがどんなに京都が好きでも、他の地域から来たヨソさんであることに変わりはありません。
ヨソさんには分かりづらい、京都人の「本音と建前」を使い分ける県民性に気が付いたとき、まどかは扇子店を巻き込む大騒動を引き起こしていました。
『嗤う蟲』(2025)で主演を務めた深川麻衣が、明るく素直な主人公・まどかを演じています。ヨソさんでありながら、京都の老舗を守ろうと奮い立つ雄々しき嫁の姿は、とても頼もしく見えます。
そんな嫁を迎え入れるのは、京都人として長年扇子店を切り盛りしてきた姑の環。40年以上のキャリアを持ち、今なお活躍の幅を広げる室井滋が、和服姿で環を演じています。笑顔で優しく嫁に接し、時には厳しい教訓を施す環役は、室井滋にあった役と言えます。
そんな環も老舗女将としての本音と建前を隠し持っていました。微笑ましい嫁姑の関係があることがきっかけで歪みだします。環の胸中も暴露され、驚愕のラストとなりました。
京都の魅力と注意点
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
本作では老舗の扇子店の周囲の街並みや日常生活が描かれています。
姑の環は、かっぽう着で台所に立ち、おくどさん(かまど)を使ってごはんを炊きます。コイモの煮物などのおばんざいもスクリーン一杯に映し出され、家庭的な京料理が頻繁に登場します。
また、劇中の老舗扇子店とその住居、まどかが取材する女将たちのお店も実際の京町家で撮影されたそうです。街の銭湯をリノベーションした人気の銭湯カフェも、ちゃんと作品の中で紹介されていました。
そして極めつけは、京言葉。語尾の柔らかい耳障りのよい話し言葉がセリフと共に使われていますが、注意しなければならないのは、「なんでも言葉通りに受けとったらあかんで」ということ。
タイトルにもなった「ぶぶ漬けどうどす」という言葉は、「お茶漬けでもいかがですか?」という意味で、一見優しいお誘いと思えますが、実は京都の人が早く帰って欲しいお客に対して本心を隠して遠回しにそれを伝える言葉なのです。
奥深い意味のあるこの言葉をそのまま受け取って、「ほな、ご馳走になろかいな」などと返事をしようものなら、「こんなヒト、見たことないわ」と、あとあとまで大笑いされることでしょう。
ですが、なかには本当に「ぶぶ漬け」を食べてほしいと思って言う場合もあるでしょうから、全部が全部この例に当てはまるとは言えません。
あくまでその場の空気を読んで、相手の気持ちを考えることが大切と思えます。そしてこれこそが、京都人が先人から受け継いできた‟気質”なのではないでしょうか。
まとめ
(C)2025「ぶぶ漬けどうどす」製作委員会
深川麻衣主演の奇想天外なシニカルコメディ『ぶぶ漬けどうどす』をご紹介しました。ヨソさんの嫁が京都人相手に京都の良さを代弁し、老舗を護ろうと一念発起。京都で大騒動が巻き起こる物語です。
映画『ぶぶ漬けどうどす』は、2025年6月6日(金)テアトル新宿ほか公開。
本作には、京都の観光名所をはじめ、京都が現在抱える老舗存続問題も色濃く反映。タイトルの「ぶぶ漬けどうどす」は、京都に対する深い愛着と注意勧告が込められていると言えます。
また、ラスト近くで、まどかが握っている道端から持ち帰った小鳥居の意味を知ってしまうと、笑わずにはいられないでしょう。
こんなユーモアもたっぷりと用意された『ぶぶ漬けどうどす』を、劇場で鑑賞して、京都についての認識を改めてみてください。京都人は「本音と建前」の文化を持っていると知っても、何度でも訪れたくなるに違いありません。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。