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『あんのこと』あらすじ感想と評価解説。実話の事件をキャスト河合優実と監督 入江悠で描く‟壮絶な貧困の現実”|映画という星空を知るひとよ206

  • Writer :
  • 星野しげみ

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第206回

1人の少女の衝撃的な生き方を映画化した『あんのこと』。現代社会の問題にスポットライトを当ててきた入江悠が、実際の事件から着想を得て、監督・脚本を務めた衝撃作です。

映画『あんのこと』は、2024年6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開

主役の杏を演じる河合優実は、母子家庭で育ち虐待の末にドラッグに溺れる少女という難しい役どころに挑戦し、杏に救いの手を伸ばす刑事は佐藤二朗、ジャーナリストに稲垣吾郎と、個性が光るメンバーが脇を固めます。

入江監督は、本作で非情な現実から目を背けず、‟ありのままの真実”を正面から映し出しました

一人の少女から人の生き方を鋭く問いかける映画『あんのこと』をご紹介します。

【連載コラム】『映画という星空を知るひとよ』一覧はこちら

映画『あんのこと』の作品情報


(C)2023『あんのこと』製作委員会

【日本公開】
2024年(日本映画)

【監督・脚本】
入江悠

【製作総指揮】
木下直哉

【プロデューサー】
谷川由希子 関友彦 座喜味香苗

【音楽】
安川午朗

【キャスト】
河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり

【作品概要】
本作『あんのこと』は、実話を基に『AI崩壊』(2020)や『シュシュシュの娘』(2021)の入江悠監督が手がけました。

売春やドラッグに溺れ、荒んだ生活を送っている少女・杏に『女子高生に殺されたい』(2022)『少女は卒業しない』(2023)などの河合優実、人情味あふれる型破りな刑事・多々羅は『さがす』(2022)の佐藤二朗、多々羅の友人のジャーナリスト・桐野を『半世界』(2019)や『窓辺にて』(2022)、『正欲』(2023)などに出演した稲垣吾郎と、個性派実力派の俳優たちが‟社会が見落とした少女の物語”を演じます。

映画『あんのこと』のあらすじ


(C)2023『あんのこと』製作委員会

20歳の香川杏(河合優実)は、シャブ中でウリの常習犯。ある日、客の男が覚せい剤を使用して昏倒。慌てた杏は逃げようとしますが、従業員に顔を見られて逃げられず、警察に捕まりました。

連行された杏は、刑事・多々羅(佐藤二朗)と出会います。ダルそうに黙秘を続ける杏に、多々羅は話します。

「警察でも力になれることはある。シャブやめたい気持があるのなら、ここで話した方が楽になる。」。ぶっきらぼうな刑事ですが、杏は妙な人懐っこさを感じます。

ホステスの母親と足の悪い祖母と、3人で暮らしている杏は子どもの頃から、酔った母親に殴られて育ちました。

小学校4年生から不登校となり、初めて身体を売ったのは12歳。相手は母親が紹介した客でした。

そこからは、自分のことをお金を稼ぐ道具としか見ない母親の言いなりになって、杏は希望はおろか絶望すら知らず、ただ生きているだけの毎日をやり過ごしています。

多々羅刑事はそんな杏を更生させようと行動を起こします。

そこに、多々羅の友人でジャーナリストの桐野(稲垣吾郎)も加わり、杏は彼らの助けも借りながら、少しずつ変わり始めるのですが……。

映画『あんのこと』の感想と評価


(C)2023『あんのこと』製作委員会

『あんのこと』の主人公・杏は、20歳ですが、シャブ中でウリの常習犯です。

母子家庭に育ち、実母からのDVを受けながら育った杏。杏を自分の所有物と思いこんでいる身勝手な母親は、自分の好きなように杏に暴力を振るい、売春をさせます。

杏の不幸の連鎖の第一歩は、まずこの母親の存在が挙げられるでしょう。行政が家庭内暴力の犠牲となる子供を救おうとしても、実の親である以上、親子の間に踏み込めないところがありますから……。

このような子供に対する愛情はないのかと憤りを感じる家庭環境が、杏の人生を狂わせたと言えるでしょう。

そんな杏に更生の道を切り開くのは、佐藤二朗が演じる刑事・多々羅。佐藤二朗が自身の持ち味の温かさがにじみ出る演技で、人情味あふれる型破りな個性派刑事を演じています。

杏と多々羅をクールに見つめるジャーナリストの桐野。キャストの稲垣吾郎が、まっすぐな表現力で桐野の胸中を見せます。

後半では、杏の不幸ばかりか多々羅や桐野にまで及ぶ社会の歪が発覚し、3人それぞれが救いようのない孤独と不安に直面します。

誰が悪いとは言えないまでも、なぜそうなったのかと考えると、見えてくるのは‟社会の落とし穴”

落とし穴から這い上がろうともがいている杏の苦しみや悲しみが伝わって、胸が痛みます

また、杏は這い上がろうとしている最中に自分が変わることの喜びを知りますが、その反面、築き上げた喜びが一瞬にして奪われる絶望も味わいます。

2020年前後のコロナ禍が招いた孤独と絶望が作中の杏の人生とリンクしていると言える作品です。

まとめ


(C)2023『あんのこと』製作委員会

河合優実主演映画『あんのこと』をご紹介しました。本作は、実際に起った事件をモチーフに入江監督が映像化した作品です。

本作では、明るいキャラクターのイメージが強い河合優実が、シャブ中毒で売春をしている少女・杏を好演しています。

体当たりで演じるその姿から、社会の歪に落ち込み、自分だけの力ではどうすることもできない非力な少女の叫びが聞こえてくるようです

奇跡のような運命的な出会いから更生を目指す杏。前向きに進みだした杏ですが、その前に少女を救う手立てはなかったのかと、考えさせられることでしょう。

実際にあった‟杏のこと”は、今現在も自分たちの周りで起こっていることなのかも知れません

杏に起った出来事は誰にでも起こり得ることであり、決して忘れてはならないのです。

映画『あんのこと』は、2024年6月7日(金)新宿武蔵野館、丸の内TOEI、池袋シネマ・ロサほか全国公開

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星野しげみプロフィール

滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。

時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。




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