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Entry 2023/12/29
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『アンナプルナのキム・サー』あらすじ感想と評価解説。ポジティブな人間関係を鮮やかな色彩で魅せる|広島国際映画祭2023リポート7

  • Writer :
  • 桂伸也

広島国際映画祭2023・特別招待作品『アンナプルナのキム・サー』

2009年に開催された「ダマー映画祭inヒロシマ」を前身として誕生した「広島国際映画祭」は、世界的にも注目されている日本の都市・広島で「ポジティブな力を持つ作品を、世界から集めた映画祭。」というポリシーを掲げ毎年行われている映画祭。

「ダマー映画祭inヒロシマ」の開催より、2023年は15周年という節目を迎えました。

本コラムでは、映画祭に登壇した監督・俳優・作品関係者らのトークイベントの模様を、作品情報とともにリポートしていきます。

第6回はイ・ジョンウン監督作品の『アンナプルナのキム・サー』。イベントではイ監督が登壇しました。

【連載コラム】「広島国際映画祭2023リポート」記事一覧はこちら

映画『アンナプルナのキム・サー』の作品情報


(C)JLEEMEDIA

【日本公開】
2023年公開(韓国映画)

【監督・脚本】
イ・ジョンウン

【キャスト】
キム・ギュヒョン、サパナ・プン、スミタ・パリヤ

【作品概要】
ネパールのアンナプルナ(ヒマラヤの中央に連なる、ヒマラヤ山脈に属する山群の総称)にて、現地の子どもたちに絵画を教えるという一人の韓国人男性の姿を、彼を取り巻く現地人の生活とともに描きます。

イ・ジョンウン監督プロフィール

ドキュメンタリー制作、放送番組制作会社 JLEEMEDIA(ジェイリーメディア)代表。またKDNで共同代表を務める。

手がけてきた作品としては『詩人おばあちゃん(ザ・ポエム、マイ・オールド・マザー )』(2019)『サンチアゴの白杖』(2020年)など。

「広島国際映画祭2023」イ・ジョンウン監督トークショー

本作は「広島国際映画祭2023」の二日目である11月24日に広島・横川シネマ上映され、上映後には特別ゲストとしてイ・ジョンウン監督が登壇し、舞台挨拶とともに撮影当時を振り返るトークショーを行いました。

キム・サーことキム・ギョヒンさんとの出会いは5年前。イ監督が別のドキュメンタリー番組撮影のためにネパールに赴いた際に知り合った現地人とSNSでつながり、のちにそのSNS情報より「現地で画を教えているという韓国人がいる」ということを知ったのがきっかけだったといいます。

そしてキムさんに興味をもったイ監督はコンタクトを取ることに成功、彼より「(教えている姿を)美化しない」という条件のもと、ドキュメンタリー撮影を承諾してもらったと、当時の状況を明かします。

現地の印象を「大きな壁が山を隠しているみたいだった」と振り返るイ監督。当時村のある山を登っている際、夜になり上を見ると「星が輝いている」様子を見たつもりが、朝になって、それが村の明かりだったことがわかり大層驚いたとコメントします。

そんな村に住む人たちは「とても純粋で、怒っているのを見たことがない」と振り返り、温かく迎えてくれた村人の撮影に際して、撮影の時には一歩引いて何も話さずに彼らの様子をうかがいつつも、ご飯は一緒に食べたり、積極的に村人の中に溶け込もうとしていたと語ります。

またキムさんには完成後に映像を見せたところ、特に作品の出来などについてのコメントはなかったものの「子どもたちとともに見ることを楽しみにしている」と語ったといい、今回の広島における上映の反応の良さをもってネパールでの上映にも期待をしている旨を明かしました。

映画『アンナプルナのキム・サー』のあらすじ

74歳の韓国人男性、キム・ギュヒョン氏。若い頃は世の中をさすらい自分の満足のために生きてきた彼だったが、数年前に他界した妻の遺言に従い、余生を人のために生きることを決心。

5年前にヒマラヤの国、ネパールを訪れ現地の子どもたちに絵画を教授しており、近隣学校の名誉校長として活動している。

そんな彼を子どもたちと住民たちは、尊敬の意を込め「キム・サー(Sir:敬称)」と呼んでいる。

ネパールは正規教育課程に美術、音楽等の芸術教育が含まれておらず、子どもたちは夢を実現するのが困難な境遇にいる。

キム・サーはそんな彼らに、愛をもって芸術の素晴らしさを教え続けている。

まとめ

貧困という問題に苦しむネパールでは教育格差も大きな課題として取り挙げられているものであり、本作で映し出されるキムさんの愛ある教えはある意味その問題提起を起こすものでもあります。

一方本作では、なぜキムさんはネパールでこの行動を起こしているのか、子どもたちはこういった状況に対してどのように感じているのかを、言葉で表現する部分はほとんどありません。

本作の特徴は、なんといってもその映像の美しさ。色彩感あふれる広大な自然を描くドローンショットから始まる冒頭より、映像は暖色をメインとした鮮やかな光景が終始映し出されます。この映像の美しさには見るものの気持ちをグッと動かす要素がふんだんに含まれています。

貧困という言葉からはどこかすすけた、かすんだようなイメージが想像されますが、本作の鮮明な映像の中で、人々の表情は笑顔にあふれ、人同士の深い情愛を少ない言葉の中でしっかりと表現しています。

明るくのどかまでも覚える空気感からは、豊かさという意味が単に「金銭的に恵まれている」ということだけではない、という一つのメッセージを感じさせてくれます非常にポジティブな気持ちにさせてくれる映画といえるでしょう。

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