Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/07/12
Update

映画『親愛なる君へ』感想評価と解説考察。チェン・ヨウジエ監督が描く血の繋がりを超えた家族の絆|銀幕の月光遊戯 80

  • Writer :
  • 西川ちょり

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第80回

世界的評価を受けた『⼀年之初(⼀年の初め)』(2006)や『ヤンヤン』(2009)などで知られる台湾のチェン・ヨウジエ監督の5年ぶりの作品となる映画『親愛なる君へ』が、2021年7月23日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿他にて全国順次公開されます。

第57回台湾アカデミー賞(⾦⾺奨)では6部門にノミネートされ、最優秀主演男優賞、最優秀助演女優賞、最優秀オリジナル音楽賞の3部門で受賞するなど高い評価を受けている作品です。

故人である同性パートナーの家族を守るため罪を背負う青年を日本でも人気のあるモー・ズーイーが演じ、血のつながりを越えた家族の絆を描いた感動のヒューマンドラマです。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら

映画『親愛なる君へ』の作品情報


(C)2020 FiLMOSA Production All rights

【日本公開】
2021年公開(台湾映画)

【原題】
親愛的房客 (英題:Dear Tenant)

【監督・脚本】
チェン・ヨウジエ

【キャスト】
モー・ズーイー、ヤオ・チュエンヤオ、チェン・シューファン、バイ・ルンイン、ワン・カーユエン

【作品概要】
『一年之初(一年の初め)』でもチェン・ヨウジエ監督とタッグを組んだモー・ズーイーが主演を務め、第22回台北映画奨で最優秀主演男優賞を受賞。

第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)では6部門にノミネートされ、こちらでも見事最優秀主演男優賞に輝いたほか、最優秀助演女優賞、最優秀オリジナル音楽賞も同時受賞。

亡くなった同棲パートナーの家族とともに暮らす男性の試練と、残された一人息子との絆を描いたヒューマンドラマ。

映画『親愛なる君へ』のあらすじ


(C)2020 FiLMOSA Production All rights

老婦・シウユーの介護と、その孫のヨウユーの面倒をひとりで見る青年、リン・ジエンイー。

そこに血のつながりはなく、ジェンイーも自身を「ただの間借り人」と称していますが、彼がそこまでふたりに尽くすのは、彼らが今は亡き同性パートナーの家族だからです。

パートナーだったワン・リーウェイが暮らした家で生活し、リーウェイが愛した家族に尽くすことが、リーウェイを想い続けるジエンイーにとって、自分の人生の中で彼が生き続ける唯一の方法であり、彼への何よりの弔いになると感じていたからです。

しかしある日、シウユーが急死してしまいます。

ワン・リーウェイの弟であるワン・リーガンはたくさんの借金を作った挙げ句、中国に逃げ出していましたが、母親が亡くなったと知らせを聞き、台湾に戻ってきます。

彼はシウユーが元気だった頃から、家を売ろうと画策していましたが、金庫にしまわれていた書類を観ると、家の権利はヨウユーが相続することになっていました。

糖尿病を患い療養中だったとはいえ、あまりにも早い死だと感じたリーガンは、ジェンイーに疑いをかけます。死因を巡り、警察がジエンイーを取り調べることとなり、ジェンイーは周囲から不審の目で見られるようになりました。

シウユーが亡くなる前に、ジェンイーがヨウユーを養子にする手続きを済ませていたことも、警察が彼を疑う理由になっていました。

ついにジェンイーは逮捕され裁判にかけられてしまいます。

だが弁解は一切せずに、なすがままに罪を受け入れようとするジエンイー。それはすべて、愛する“家族”を守りたい一心で選択したことでした……。

映画『親愛なる君へ』の解説と感想


(C)2020 FiLMOSA Production All rights

生きることの厳しさと喜び

モー・ズーイー扮するリン・ジエンイーという男性が被告として法庭に立つところから物語は動き出します。

彼は薬物所持と殺人の疑いで起訴され、裁判にかけられているのですが、とてもそのような凶悪人には見えません。彼に一体何が起こったのでしょうか?

映画は、回想シーンを織り込みながら、現在と過去を交錯させ、複雑な人間関係と、事の顛末を巧みに語ってみせます。

家の「間借り人」と称しながら、糖尿病を患う老婦と彼女の孫の世話を一身に担っているジェンイー。老婦が亡くなり、殺人の疑いをかけられた彼は、刑事から老婦の息子であり亡くなったワン・リーウェイの関係を聞かれ、「パートナーでした」と応えますが、刑事はあからさまに驚いた表情をします。

2019年、台湾ではアジアで初めて同性婚が認められるように成りました。しかしアジアで最も進歩的で理解が深いとされている台湾においても、同性同士の愛を受け入れられない人は少なくありません。

なぜ、リーウェイが亡くなった後も家に残っているのかと尋ねられ、ジェンイーは「もし僕が女性で、夫が亡くなってからも家族の世話を続けていたとして、そのような質問をされるでしょうか」と逆に聞き返します。

ジェンイーは自分が愛した人にとって最も大切な人であった母親と息子の幸せを願い、側にいて世話をしているのですが、世間はそのように見てくれません。

たくさんの借金を作り兄に迷惑をかけながら中国に逃げていた弟・リーガン(ジェイ・シー)の存在など、観ていてもやもやとした気持ちにさせられることも多いのですが、モー・ズーイーの抑えた演技が、苦しみを抱えたジェンイーの心の機微や静かな決意を浮かび上がらせ、観るものの心を掴みます。

第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)と、第22回台北映画奨で最優秀主演男優賞を受賞したのも納得の演技です。

様々な偏見や理不尽な出来事にぶつかる中、唯一の救いと言ってよいのは、ジェンイーと故リーウェイの愛息子ヨウユーとの間に生まれた深い信頼関係です。

血の繋がりがなくても本当の親子と違わぬ愛情で結ばれているのがひしひしと画面の中から伝わってきます。

家族とは何か、人と人の心を結びつける絆はどのように生まれるのか、という問題を映画は真っ直ぐに問いかけながら、既存の価値観と社会の偏見の中で生きることの厳しさと、同時に、人を愛することのかけがえのない喜びを映し出しています。

映画に込められた多くのモチーフ


(C)2020 FiLMOSA Production All rights

ジェンイーが「間借り人」として暮らす家からはクレーンが立ち並ぶ港湾の壮麗な光景が見渡せます。その光景に、台湾社会を俯瞰で見渡すような映画の深い眼差しが感じられます。

窓越しにカメラが、ジェンイーたちの暮らしをみつめるショットも大変美しく、この住居に流れる暖かな雰囲気が伺えます。

この家を売りたいと考えているリーガンというキャラクターはそれだけで不愉快な対象と映ります。しかし、このようなことはどこにでも起こっているありふれた出来事に過ぎません。

一方で、映画のファーストシーンが台湾の冬山の景色を俯瞰で捉えたものであったように、「登山」という行為と山々の自然のありさまも本作の大きなモチーフになっています。ジェンイーたちが見下ろす壮大な眺めには、思わずため息が出るほどです。

さらに、この作品にとって重要なモチーフになっているのが、音楽です。第57回台湾アカデミー賞(金馬奨)で最優秀オリジナル音楽賞を受賞しているだけあって、音楽自体も素晴らしいのですが、ジェンイーの職業がピアノの教師であるという点において、「ピアノ」が大きな役割を果たしています。

ジェンイーに教わったり、教室の生徒の様子を見様見真似で覚え、まだたどたどしいながら、鍵盤をたたくあどけないヨウユーの姿には問答無用に心打たれるでしょう。

このように多くの見どころがある中で、映画は「尊厳死」という難しい問題にも触れています。問題自体に深く踏み込んではいるわけではありませんが、ときに映画やドラマは、死をあまりにも簡単に描きすぎているように感じるときがあります。

本作では、人間は苦しんで死んでいくという現実を、そして、病を抱える家族を世話する人々の苦しみにもしっかりと焦点をあてて描き出しています。

ミステリ仕立てのメロドラマ以上の多くのものが作品内に散りばめられ、掘り下げられているのです。

まとめ


(C)2020 FiLMOSA Production All rights

ジェンイーを演じたモー・ズーイーは、『台北に舞う雪』(2010)や『台北セブンラブ』 (2014)などで日本でもおなじみの人気俳優です。

早くから“演技派”として高く評価され、⾦鐘奨に5度ノミネートされています。本作で見事、金馬奨・最優秀主演男優賞を受賞しました。

老婦シウユーを演じたチェン・シューファンは“国民のおばあちゃん”の異名を持つ台湾の国民的俳優です。

第57回金馬奨では本作で最優秀助演女優賞を、『弱くて強い⼥たち(原題:孤味)』では主演⼥優賞と、ダブル受賞の快挙を果たしました。

またヨウユーを演じたバイ・ルンインは、子役として多くのドラマや短編映画、CMなどに出演。本作では物静かで繊細な役柄を演じていますが、素顔はテコンドーや中国武術などをたしなむ一面もあるそうです。

ジェンイーの今は亡きパートナー、リーウェイ役にはジャック・ヤオが扮し、爽やかな印象を残します。リーウェイの弟リーガン役のジェイ・シーは逆に観る者に苛立ちを誘う巧みな演技を見せています。

また、ジェンイーのセフレ役のワン・カーユエンも貴重な役どころを繊細に演じています。

【連載コラム】『銀幕の月光遊戯』一覧はこちら


関連記事

連載コラム

映画『キング・ジャック』あらすじと感想。チャーリープラマーがいじめられっ子を演じた青春ドラマ|ルーキー映画祭2019@京都みなみ会館3

背伸びする10代少年の成長を追った、みずみずしいジュブナイルストーリー。 2019年8月23日(金)に、装いも新たに復活した映画館、京都みなみ会館。 そのリニューアルを記念して、9月6日(金)からは『 …

連載コラム

『658km、陽子の旅』あらすじ感想と評価解説。キャストの菊地凛子がヒッチハイクで自分の殻を破るヒロインを演じる|映画という星空を知るひとよ157

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第157回 映画『658km、陽子の旅』は、父の訃報を受け、東京から青森県弘前市の実家までヒッチハイクをすることになった陽子(菊地凛子)の物語です。 人付き合い …

連載コラム

映画『エイリアン4』ネタバレあらすじ感想とラスト評価考察。ニューボーンとクローンで新たに描く“母”の強さ|SFホラーの伝説エイリアン・シリーズを探る 第4回

連載コラム「SFホラーの伝説『エイリアン』を探る」第4回 謎の宇宙生命体とリプリーの、最後の戦いを描いた映画『エイリアン4』。 『エイリアン4』は前作『エイリアン3』でゼノモーフ(宇宙生命体)とともに …

連載コラム

ゴジラ映画の感想と考察。シリーズ初代の由来と1984年版とシンゴジの共通点を徹底解説|邦画特撮大全21

連載コラム「邦画特撮大全」第21章 昨年2017年東宝は11月3日を“ゴジラの日”に制定し、日本記念日協会から認定を受けました。 これは東宝が製作した特撮映画『ゴジラ』(1954)の公開日、昭和29年 …

連載コラム

映画『ザ・スパイ ゴーストエージェント』ネタバレ感想と考察評価。潜入スパイを巡るアクション巨編|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録3

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第3回 ポスト・コロナの時代に、世界の埋もれた佳作から迷作、珍作映画を紹介する、「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。第3回で …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学