連載コラム「銀幕の月光遊戯」第59回
映画『異端の鳥』はTOHOシネマズシャンテ他にて2020年10月9日(金)ロードショー!
自身もホロコーストの生き残りであるポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書をチェコ出身のバーツラフ・マルホウルが映画化。
第32回東京国際映画祭では『ペインテッド・バード』のタイトルで上映され、賛否両論を呼んだ作品です。
少年を襲う数々の暴力的な出来事に、第76回 ベネチア国際映画祭では席を立つ人が続出した問題作がいよいよロードショー公開されます!
CONTENTS
映画『異端の鳥』の作品情報
【公開】
2020年公開(チェコ、スロバキア、ウクライナ合作映画 2019年制作作品)
【原題】
The Painted Bird
【監督・脚本】
バーツラフ・マルホウル
【キャスト】
ペトル・コラール、ステラン・スカルスガルド、ハーベイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キア、イトゥカ・ツバンツァロバー、アレクセイ・クラフチェンコ
【作品概要】
ポーランド出身のイェジー・コシンスキの著書をバーツラフ・マルホウルが脚色、監督を務め映画化。
ユダヤ人迫害の戦時下、頼るべき大人を持たず、一人で生きる主人公が理不尽な差別や迫害に次々と出会う。少年に抜擢されたのは新人のペトル・コラール。「ニンフォマニアック」シリーズなどのステラン・スカルスガルドやハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズらが共演。
第76回 ベネチア国際映画祭(2019年)コンペティション部門・出品作品。第32回東京国際映画祭では『ペインテッド・バード』というタイトルで「ワールド・フォーカス部門で上映。第92回アカデミー賞チェコ代表。
映画『異端の鳥』のあらすじ
ユダヤ人迫害の戦時下、ホロコーストを逃れて疎開した少年は、近隣の子どもたちから暴力を受け阻害されていました。
早く家に帰りたいという思いをつのらせる中、預かり先である一人暮らしの叔母が急死してしまいます。その姿を見てあわてて落としたランタンの火がまわりに燃え移り、建物は全焼してしまいました。
家に帰ろうと、少年は一人でさまよい歩きますが、集落に着くたびに、人々は彼を異物とみなし迫害します。、
ある村では、魔術師で医師の女に買われ、医療の手伝いをしますが、患者の病気がうつり病に倒れます。女は彼を土に埋め、回復させますが、彼の頭部はカラスに襲われ血だらけになっていました。
川で魚を釣っている時、厳しい顔をして近づいてきた男は少年に向かって大声を出し、驚いた拍子に少年は川に落ち、そのまま流されていきました。
行く先々で酷い仕打ちに遭いながらも、彼はなんとか生き延びようと必死でもがき続けます。そんな彼の周囲に、ロシア兵とドイツ兵の両者が交互に姿を見せ始めます。
映画『異端の鳥』の感想と評価
途中退出か、スタンディングオベーションか!?
原作は、ユダヤ系ポーランド人のイェジー・コシンスキが1965年に発表した『ペインテッド・バード』という作品です。あまりにも衝撃的な内容に当時ポーランドでは発禁扱いとなりました。チェコ出身のバーツラフ・マルホウル監督は本作を映画化するために、シナリオ作成から完成まで11年の歳月をかけたそうです。
鳥飼いが鳥に色を塗って群れに返すと、群れはその鳥を異端者として迫害し、色を塗られた鳥は墜落して死亡します。タイトルはその挿話から来ており、異質なものを排斥する動物的本能を表しています。
黒色の髪、黒い瞳を持つ少年は、彼がさまよう世界ではまさに異質の象徴です。両親と引き裂かれ、田舎の叔母のもとにひとり身をよせた少年は、異端者とみなされ周囲から迫害を受け、叔母が急死したあとは “地獄めぐり”としかいえないありとあらゆる苦難を受けます。
上映時間の169分は観客にとっても地獄の169分といえます。第76回 ベネチア国際映画祭(2019年)コンペティション部門で上映された際には、途中で席をたつ人々が続出する一方、上映後はスタンディングオベーションが起こったそうです。
退出派となるかスタンディングオベーション派となるか、観るものがためされる作品です。
戦争の恐怖で歪んだ東ヨーロッパの世界
白樺の森、牧歌的な集落、ゆるやかに流れる川など、35mmレンズで撮られた東ローロッパの澄み渡るようなモノクロの風景は静謐で神秘的です。
しかし、そこで展開する少年の受難は目をそむけたくなることばかりです。それは大戦の恐怖によって、荒廃した東ヨーロッパの非人道化を意味しています。
平時では善良であったかもしれない人々が、考えられないような残虐行為をしたり、道徳性を失くしている姿が執拗に描かれています。まれに善人もでてきますが、そうした人々はしばしば暴力を受ける対象となり、決してその善人さにより報われることはありません。
コサック兵が村の住民をおもちゃのように殺害していたと思ったら、直後に現れたドイツ兵がコサック兵をおもちゃのように殺害していきます。
本作はこのように、少年の受難を通して戦争をスクリーンの中に再現し、観る者にも戦争を体験させるのです。
しかし、その一方で、バーツラフ・マルホウル監督は、そもそも人間の持つ原罪を見つめているようにも見えます。
少年を救おうとした牧師が少年を少年性愛の男に(そうとは知らずに)委ねてしまうという皮肉な悲劇などは、まさに人間の救いのない愚かさの現れとして描かれています。
子供は何を学び取るか?
少年を演じたペトル・コラールは、本作がデビュー作です。本作は数年に渡って撮影され、物語の進行に従って少年も年をとり、顔つきも変わっていきます。
最初は無垢な少年を通して、残虐な大人の世界を描いていく作品かと観ていましたが、このような環境で育った子供自身も、当然大人社会の影響を受けていくことになります。
映画『異端の鳥』は「教育」の物語ともいえるのではないでしょうか。子どもたちは周りの大人の生き様を見て育ち、そこから様々な事柄を学んでいくからです。
彼にもっとも親切にしてくれた人は誰でしょうか? 唯一彼を一人前に扱ってくれた人は? その人物の行動や言葉は果たして正しいものなのでしょうか? 仮に間違っていたとしても、唯一自分に優しく接してくれた人の言葉なら少年は信じてしまうことでしょう。
そうした意味からも、映画は“人間の責任”、“大人の子どもに対する責任”に鋭い視線を向け、一種の絶望感と共に子どもたちの声にならない声を響かせているのです(実際、少年は途中から言葉を話せなくなります)。
まとめ
ヤン・ブラサークによるプロダクション・デザインは、茅葺きの小屋や、いくつかの集落、教会などをシンプルにかつ精巧に作り上げていて見事です。
シネスコ、モノクロの映像の中で、水や炎や雪が鮮やかに輝き、リアルというよりはあまりに美しく現実離れした雰囲気を醸し出しています。その地で繰り広げられる人間の残酷な営みとのコントラストが鮮やかです。
使用される言語は、特定の国のイメージがつかないように、人工言語「スラヴィック・エスペラント」語が使われています。
幼い少年にとってあまりにも過酷に思える役柄を見事に演じきったペトル・コラール。彼を取り巻く大人には、ステラン・スカルスガルド、ハーヴェイ・カイテル、ジュリアン・サンズ、バリー・ペッパー、ウド・キアーなど、名優たちが顔をそろえています。ハーヴェイ・カイテルが牧師を演じるなど、意外な配役が楽しめます。
衝撃の話題作、映画『異端の鳥』はTOHOシネマズシャンテ他にて2020年10月9日(金)ロードショーされます!
次回の「銀幕の月光遊戯」は…
2020年夏にTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開予定の映画『MOTHER マザー』』(大森立嗣)を取り上げる予定です。
お楽しみに。