連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第83回
今回紹介するのは、2024年6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開される『プリンス ビューティフル・ストレンジ』。
2016年に57歳で急逝したミュージシャン、プリンスの実像に迫った、ファンはもちろん、彼の音楽に一度でも触れたことのある人も注目の作品です。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』の作品情報
【日本公開】
2024年(カナダ映画)
【原題】
Mr Nelson on the North Side
【監督】
ダニエル・ドール、エリック・ウィーガンド
【製作】
ダニエル・ドール
【製作総指揮】
マーク・ピッカリング、ジョン・ケリー
【撮影】
ニック・ラット
【ナレーション】
キース・デビッド
【キャスト】
プリンス(アーカイブ映像)、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズ、ランディ・クエイド、ランディ・バックマン、スパイク・モス
【作品概要】
2016年4月21日に57歳で急逝したミュージシャン、プリンスの真実に迫ったドキュメンタリー。
地元ミネアポリスでの音楽的な原体験や、恩師・家族が語る幼少期のエピソードに加え、彼を敬愛するミュージシャンのインタビューも交えながら、その実像を浮き彫りにしていきます。
ナレーションを『クラウド アトラス』(2012)『NOPE ノープ』(2022)などに出演した俳優キース・デビッドが担当。
カルトSF長編『レプリケーター』(1994)テレビドラマシリーズ「スターハンター」(2000)を手がけたダニエル・ドールと、あらゆる車のレストアに尽力する男たちにスポットを当てたリアリティ番組『Texas Metal(原題)』(2017~)のプロデューサーを務めたエリック・ウィーガンドが、共同で監督しました。
映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』のあらすじ
1980年代の自伝的映画『パープル・レイン』とそのサントラのメガヒットで世界的スターとなり、12枚のプラチナアルバムと30曲のトップ40シングルを生み出し、7度のグラミー賞を受賞、2004年にはロックの殿堂入りを果たすなど、その生涯にわたってロック・ポップス界の頂点に君臨し続けたプリンス。
地元の北ミネアポリスでの音楽的原体験や、恩師・家族が語る幼少期のエピソード、さらにチャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズら敬愛するミュージシャンのインタビューも交えながら、“孤高の天才”の実像を浮き彫りにしていきます。
“殿下”のルーツを辿る
ポール・マッカートニーが“クリエイティブの巨人”と称せば、エリック・クラプトンも“世界で最高のギタリストの一人”と賞賛。日本のファンからは親しみを込めて“殿下”と呼ばれるなど、さまざまな異名を持つプリンス。本作『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は、2016年4月21日に57歳で亡くなった彼に迫ったドキュメンタリーです。
ただ、冒頭で「プリンス・エステート(財団)は本作と無関係であり、本作関係者に知的財産をライセンス共有していません」と注意書きが出ることからも、プリンスの音楽やアーカイブ映像使用は、ごく少数に限られています。
本作が特に重きを置いているのは、彼のルーツ、つまりは生まれ育った地である北ミネアポリスといえます。
本名プリンス・ロジャーズ・ネルソンことプリンスが生まれたミネソタ州の北ミネアポリスは、住民の99パーセントが白人という環境下で、全米でも黒人差別が激しい地区とされていました。
公民権法が制定された2年後の1966年、同地に黒人の少年少女たちが音楽やスポーツを楽しめるコミュニティー・センターがオープン。「ザ・ウェイ」と名が付いたその施設に12歳から通い出したプリンス少年について、センター代表のハリー・スパイク・モスを筆頭とする関係者が語っていきます。
ザ・ウェイで27種類もの楽器を熟達すれば、友人たちとバンドを結成してさらに磨きがかかり、シンセサイザーを主体としたファンク、いわゆるミネアポリス・サウンドの中心人物と呼ばれるまでになったプリンス。やがて19歳でワーナー・ブラザースとメジャー契約を結びますが、その際に出した条件が、「黒人を強調しないでほしい。皆にアピールして成功する為には、皆の好みに合わせるべきだ」。
「僕に黒人音楽を作れと言わないでくれ」……基盤としてきたファンクなら、すぐさま同胞たちの支持を得られたはず。しかし殿下は、もっとその先を見据えていたのです。
プリンス『1999』PV
常に投じた音楽業界への一石
「肌の色でなく作品の質で判断してもらう」、本作で使われている数少ないアーカイブ映像でキッパリと断言していたとおり、ファンクのみならずロック、ポップスなど、あらゆるジャンルの垣根を飛び越えた曲を発表していったプリンス。
時としてはそれは過去にない実験的な要素を含んでいました。劇中では触れていませんが、代表曲ともいえる「パープル・レイン」は、元々11分という長さを想定していたとされますし、88年発表のアルバム『Lovesexy』では、CDのスキップ機能を良しとせず、全9曲を1トラック(1曲)として収録したケースなどは(後年には9トラック盤も発売)、彼のクリエイティブな一面が垣間見えます。
そしてまた時として、そうした活動は衝突・軋轢を生むことに。契約元のワーナーによるクリエイティブ・コントロールの介入への反発の意思表示として、“SLAVE(奴隷)”と頬に書いてステージに立てば、93年にはアーティスト名を発音不可能なシンボルマークにしてしまうなど、物議を醸しました。
そうした音楽業界の在り方に投じてきた一石が多すぎたがゆえに、孤高の天才と呼ばれる所以になったとも言えるプリンスですが、一方ではファン・ファーストのために陰ながら動いていた事実も、本作で明かされます。
生前の彼が音楽界、引いてはファンたちにどう貢献していたのかは、是非とも本編を観ていただきたいのですが、チャカ・カーン、チャックD、ビリー・ギボンズなど、親交があった証言者のエピソードもまた、実像を深堀りしていきます。
「ファンタジーの中にいるようなミュージシャン」、本作にも推薦コメントを寄せている漫画『ジョジョの奇妙な冒険』の作者・荒木飛呂彦は、敬愛するプリンスをこう評します(『ビルボードジャパン』インタビューより)。
それは前述してきたとおり、我々の想像の範疇を超えた活動をしてきたことからも伺えますし、さらには早世したことで、彼を包みこむファンタジーがより強まった感もあります。
もちろん、現世に遺した作品はファンタジーではなくリアル。プリンスについてよく知らない人でも、彼の曲はどこかで耳にしているはず。
奇しくも2024年は、彼の名を一層高めるきっかけとなった『パープル・レイン』発表から40年という節目にあたるため、メディアを通じて触れる機会は多くなることでしょう。
なぜ殿下は終生ミネアポリスを愛し続けたのか。ファンなら改めてその魅力を再確認できるでしょうし、本作で初めて殿下に触れた方は、気に入った曲を探す旅に出るのもいいかもしれません。
次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。主に『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューのほか、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)