第15回大阪アジアン映画祭上映作品『マルモイ ことばあつめ』
2020年3月15日(日)、第15回大阪アジアン映画祭が10日間の会期を終え、閉幕しました。グランプリに輝いたタイの『ハッピー・オールド・イヤー』をはじめ、2020年もアジア各国の素晴らしい作品の数々に出逢うことができました。
映画祭は終わりましたが、本コラムはまだまだ続きます。しばらくの間、お付き合いください。
今回ご紹介するのは、特集企画《祝・韓国映画101周年:社会史の光と陰を記憶する》で上映された『マルモイ ことばあつめ』(2019/オム・ユナ)です。
『マルモイ ことばあつめ』はシネマート新宿、シネマート心斎橋他にて2020年7月10日(金)より公開が予定されています。
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CONTENTS
映画『マルモイ ことばあつめ』の作品情報
【日本公開】
2020年(韓国映画)
【原題】
말모이 (英語タイトル: The Secret Mission)
【監督・脚本】
オム・ユナ
【キャスト】
ユン・ゲサン、ユ・ヘジン、キム・ホンパ、ウ・ヒョン、キム・テフン、キム・ソニョン、ミン・ジヌン、ソン・ヨンチャン、ホ・ソンテ、チョ・ヒョンド、パク・イェナ
【作品概要】
母国語の使用を禁じられた日本統治下の朝鮮半島・京城(現在のソウル)を舞台に、厳しい規制の中で、全国の言葉や方言を集め、朝鮮語の辞書を編纂しようと奮闘する人々の姿を描きます。
終戦直前の1944年に起こった「朝鮮語学会事件」という事実をベースに、フィクションも交えて制作されました。
オム・ユナ監督のプロフィール
1979年生まれ。東国大学校映画科に進学し、映画と演劇を学びました。『約束』(2006)、『チェイサー』(2008)で映画の現場を経験したのち、韓国芸術総合学院で脚本の修士号を取得。
短編映画「Waltzing on Thunder」(2013)で初めて脚本を担当し、2018年には『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本を担当。一躍その名を知られるようになります。
本作『マルモイ ことばあつめ』が監督デビュー作となります。
映画『マルモイ ことばあつめ』のあらすじ
1940年代、日本統治下の朝鮮半島・京城。映画館での呼び込みの仕事をしていたパンスは、スリの手引をしていたことがばれて解雇されてしまいます。
失業した彼は息子の授業料を支払うために置き引きを企みますが、鞄を奪った男は必死になって追いかけてきます。
男は朝鮮語学会の理事であるジョンファン(ユン・ケサン)でした。朝鮮語学会は失われゆく民族の言語を守るため、辞書を作ろうと長年奮闘してきました。鞄の中には命がけで守られてきた大切な資料が入っていたのです。
日本統治下の朝鮮半島では日本語を話すことを強制され、名前すら日本式となっていく時代でした。
憲兵警察に呼び止められた2人は、同時に逃げ出しました。それが2人の出会いでした。
新しく朝鮮語学会の下働きとしてやってきた人物を見て、ジョンファンは驚きます。パンスだったからです。前科者で今もスリをはたらく男になんてとても任せられないと彼は大反対します。その上に学校を出ていないパンスは母国語の読み書きもできないのです。
しかし、チームの残りのメンバーはパンスを歓迎します。一ヶ月で朝鮮語の読み書きをマスターするという条件をつけて、ジョンファンもしぶしぶパンスの参加を許可するのでした。
2人はその後も何かと衝突しあいますが、パンスは読み書きを覚えるうちに、母国語の大切さに気づいていきます。
朝鮮語学会のメンバーが方言を早急に集めるのに何か良い方法はないかと悩む中、朝鮮語の雑誌の発禁が命じられ、朝鮮語の本を扱う書店は閉店となり、日増しに締め付けが強くなってきました。
学会のメンバーたちは雑誌の最終号に方言募集の広告を出すことにしますが・・・。
映画『マルモイ ことばあつめ』の感想と評価
日本統治下時代の名もなき人々を描く
1940年代、日本統治下の朝鮮半島では、韓国のアイデンティティーを潰そうとする民族精神消滅政策が行われ、各学校で朝鮮語の教育、使用が禁止されていました。
そんな中、消えゆく母国語を守るため、朝鮮語学会は秘密裏に朝鮮語の辞典を作ろうと10年以上の時間をかけ、全国のことばを集め続けていました。“マルモイ”は、“辞典”という意味で、朝鮮語を集める秘密作戦の名称でもあります。
日本統治下時代の朝鮮半島の実態と、圧政に声をあげる人々を描いた作品は、これまでも『暗殺』(2015/チェ・ドンフン)、『密偵』(2016/キム・ジウン)など多数の作品が作られてきましたが、本作には特別な英雄はひとりもおらず、朝鮮語を守ろうとした市井の人々の姿が描かれています。
映画は、1942年に朝鮮語学会員、ハングル学者33人が逮捕され、2人が拷問のため死亡した「朝鮮語学会事件」に基づいていますが、オム・ユナ監督は想像力を駆使し、魅力的なキャラクターを生み出すことで、歴史上の名もなき人々に敬意を示しています。
ユ・ヘジンとユン・ゲサンの共演
本作はユ・ヘジンとユン・ゲサンという二大スターのW主演作です。マ・ドンソク主演の『犯罪都市』(2017/カン・ユンソン)で非常に凶暴な犯罪者を演じていたユン・ゲサンが、ここでは朝鮮語学会を代表するジョンファンという学者を演じています。みかけはやわですが、親日派に転向してしまった父親と対立し、信念を曲げない人物を好演しています。
一方、ユ・ヘジン扮するパンスという男は、映画館で働きながら中学生の息子と幼い娘を育てている男やもめで、スリなどの犯罪行為で前科もあります。息子からもう刑務所には入ってくれるなと言われ、朝鮮語学会の雑用係として働くことになります。ユ・ヘジンは、この多面的で人間味のあるキャラクターをユーモラスに、且つ、ねちっこく演じてみせます。
ジョンファンは大事な鞄をひったくった男であるパンスを信用できず、2人は何かとぶつかり合いますが、その2人の関係がどのように変わっていくのかが、この作品のみどころの一つとなっています。終盤のとある場面に出てくる「信用」という言葉の重みは目頭を熱くさせます。
序盤に2人が全速力で走って横移動していく場面があるのですが、互いに必死のダッシュであるのにも関わらず、画面からはどこか楽しげな感覚が伝わってきます。
しかし、終盤、ユ・ヘジンが意を決して走り出すシーンは、同じ走るシーンでもまったく異なるものになっています。
同じ言葉、同じ行動が序盤と終盤でまったく違った意味合いのものになっていることが見る者の心を激しく揺さぶるのです。
言葉で広がる世界
本作は「ことば」を主題にしているだけに印象的な台詞が多く登場します。「言葉は民族の精神であり、文字は民族の命です」、「人のいるところに言葉があり、言葉があるところには意味があり、意味があるところには自立がある」といった台詞群です。
そうした台詞がただの台詞ではなく、リアルに伝わってくるのは、ユ・ヘジン扮するパンスが、文字を覚えていく過程で、これまで読めなかったものが読めるようになり、そのことによって世界が広がっていく姿が生き生きと描かれているからです。彼は短編小説を読んで涙をながしさえします。そこには文字を読み、「ことば」を知ることの喜びが溢れているのです。
ジョンファンとパンス以外の学会のメンバーやハングル研究者、郵便配達人や名もなき地方の人々の、朝鮮語に対するそれぞれの想いがひとつになっていく過程には胸が熱くなります。「一人の十歩より、十人の一歩」という言葉が映画の中では何回か登場しますが、「マルモイ」の背景には、こうした歴史には名を残すことはなかった大勢の人々の力がありました。オム・ユナ監督はそれを余すことなく表現しています。
まとめ
朝鮮語学会のメンバーは実力派の俳優が顔を揃えています。人情味のある役柄も悪役も自在にこなす名優キム・ホンパ、『1987、ある闘いの真実』(2017/チャン・ジュナン)で民主化運動を阻止しようとする治安本部長を演じ強烈な印象を残したウ・ヒョン、『アジョシ』(2010/イ・ジョンボム)などで知られるキム・テフン、『金子文子と朴烈』(2017/イ・ジュンイク)のミン・ジヌン、唯一の女性メンバーを演じたキム・ソニョンらが生き生きと、時にユーモラス、時に力強い演技を見せています。
パンスの2人の子どもを演じた子役たちの演技も素晴らしく、常に緊張感の中にいる兄の境遇を思い、愛らしい妹の笑顔に思わず頬が緩んでしまいます。
オム・ユナ監督は、大ヒット作『タクシー運転手 約束は海を越えて』の脚本で一躍注目を集めた新鋭で、本作で監督デビューを果たしました。第15回大阪アジアン映画祭で上映された韓国作品の多くが女性監督でしたが、オム・ユナ監督もそのひとりです。
これまで男性中心主義だった韓国映画界にじわりと女性たちが台頭してきている様を、第15回大阪アジアン映画祭の特集上映で感じることが出来たのはとても貴重な機会でした。
脚本、監督として関わった作品が続けて大ヒットとなり、ヒットメーカーとしても期待される中、オム・ユナ監督が、今後、どのような活躍をみせてくれるのか、楽しみでなりません。
『マルモイ ことばあつめ』はシネマート新宿、シネマート心斎橋他にて2020年7月10日(金)より公開。
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