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Entry 2022/10/12
Update

『僕が愛したすべての君へ』ネタバレ結末感想と評価解説。小説のアニメ映画化でパラレルワールドの可能性を探る‟僕と君の物語”

  • Writer :
  • さくらきょうこ

僕と君の長い物語「僕が愛したすべての君へ」

TikTokで話題となった小説「僕が愛したすべての君へ」と「君を愛したひとりの僕へ」。

2016年6月にハヤカワ文庫より刊行された乙野四方字のこれらの小説は、同じ名前の少年がそれぞれの物語で別のひとりの少女と恋に落ちるストーリーです。

ラブストーリーではありますが並行世界(パラレルワールド)タイムシフトなどSF色の強い展開。

1本でも完結しますが、2本観ることで複雑にからみ合い作用し合った物語を楽しむことができます。

ちなみにこちらの「僕が愛したすべての君へ」を先に観てから「君を愛したひとりの僕へ」を観ると切ない気持ちになり、逆に「君を愛したひとりの僕へ」を観てから「僕が愛したすべての君へ」を観ると幸せな気分になる、と言われています。

映画『僕が愛したすべての君へ』の作品情報

(C)2022 「僕愛」「君愛」製作委員会

【公開】
2022年(日本映画)

【原作】
乙野四方字

【企画・プロデュース】
石黒研三

【監督】
松本淳

【キャスト】
宮沢氷魚、橋本愛、蒔田彩珠、水野美紀、余貴美子、西岡徳馬、田村睦心、浜田賢二、園崎未恵、西村知道、平野文ほか

【作品概要】
主人公の高崎暦は7歳のときに両親が離婚し母親に引き取られました。母の生家で祖父母とともに暮らす彼は高校生のとき、クラスメイトとして瀧川和音と出会います。

急になれなれしく話しかけてきた彼女は、並行世界で自分たちは恋人同士なのだと言います。父親が並行世界に関する研究者である暦は彼女の話を理解し、なんとかもとの世界に戻してやれないかと思うのですが…。

こちらは共通の主人公「暦」が母親についていった世界の物語です。和音と過ごした暦の歴史を振り返り、最終的に幸福感に包まれるような仕掛けになっています。

監督は『劇場版Infini-T Force/ガッチャマン さらば友よ』の松本淳。制作は、タツノコプロのレーベルであるBAKKEN RECORDです。
主題歌は若者に人気の須田景凪が書き下ろした「雲を恋う」。未来のことはわからないけれど、思い合うあなたがいるという内容で、若いエネルギーを感じさせる楽曲です。

映画『僕が愛したすべての君へ』のあらすじとネタバレ

(C)2022 「僕愛」「君愛」製作委員会

もうすぐ人生の終わりを迎えようとしている73歳の高崎暦。左の手のひらに映し出されたIP端末上に、身に覚えのないスケジュールが表示されていることに気づきます。

8月17日 10:00 昭和通り交差点

パラレル・シフトがあたりまえに認知されているこの時代、どこかの並行世界から来た自分が入力したのかもしれない。悩む暦に妻の和音は「行ってきたら?」と言って送り出します。

車イスで交差点に着いた暦の目に、横断歩道上に立つ白いワンピース姿の少女が映ります。「迎えにきてくれたの?」「迎えにきたよ」そう適当にやりとりすると彼女は消え、暦はパラレル・シフトしたのか?とIP端末を確認しますがその表示はエラーになっていました。

パラレル・シフトでは、肉体はそのままに意識だけが入れ替わります。軽微なものは日常的に起きており、失くしたと思っていた物が探したはずの場所から見つかる、というようなことはパラレル・シフトが原因だと考えられています。さまざまな選択のちがいで分岐し、人生には無数のパラレルワールドが存在しているのです。

暦がその人生において初めて分岐の選択をしたのは7歳のときでした。両親が離婚し、彼は母親についていくことを選びました。母の生家は中庭に池のある古風な日本家屋で、厳格な祖父とやさしい祖母、そして犬のユノと暮らしていました。

ある日、父親から誕生日プレゼントにもらったエアガンを、まだ早いと祖父に取り上げられてしまった暦は「もうおじいちゃんとは一生口きかない」と腹を立てます。しかしそんな状態のまま祖父は他界してしまい暦は後悔します。通夜の前にユノの散歩にでかけた暦は、突然走り出したユノを追いかけながら転んでしまい、気がつくとカプセルの中に閉じ込められていました。

そこは父の働く「虚質科学研究所」内の一室でした。透明なカプセルの蓋は内側から開けることができず、暦はその部屋にいた白いワンピース姿の少女に開けてもらって脱出しますが、その子は走り去ってしまいました。

暦が電話を借りて母親を呼び出し帰宅すると、なんと死んだはずの祖父がにこやかに出迎えてくれました。そこは暦が父親に引き取られた並行世界のようです。

飼い犬のユノがすでに死んでいて、暦はその晩いっしょに寝ていい?と祖父の部屋をたずねます。

エアガンのことで暦を叱った記憶のない祖父は、もし叱ったとしてもそれは暦が間違った方向へいかないように考えてしたことで嫌いになったわけじゃないと話してくれます。

翌朝暦が目覚めるといっしょに寝ていたのは母親でした。もとの世界に戻ってきた暦は祖父の葬儀を終え、片付けをしている最中に隠されていたあのエアガンと自分へのメッセージを見つけます。

別人のように思えていた並行世界の祖父とこちらの祖父がつながったように暦は感じました。

成績優秀な暦は中学では友だちができず、高校では友だちをつくろうとわざわざ総代を辞退してまで目立たないようにしますが、県内有数の進学校ゆえか皆あまり他人にかまう雰囲気ではなく、暦はまた孤独に過ごしています。

そんなある日、同級生の瀧川和音から「暦、なんで無視するの?」と突然声を掛けられます。わけもわからずカラオケボックスに連れて行かれた暦は、そこで彼女が腕にIP端末をつけていることに気づきます。

それはまだ実用化されていませんが彼女の父親も虚質科学研究所に勤めているらしく、その盤面の数字を見せながら「85 離れた世界から来た」と言います。

彼女のいる並行世界でふたりはつき合っており、さっき声を掛けたあとに自分がパラレル・シフトしたことに気づいたと説明する和音。

自分の世界の暦はもっと頼りがいがあるといい、この世界の暦に不快感を顕にします。そしてしばらく様子を見たいという和音は、明日からも今までどおり自然に接してほしいと言って先に店を出ていきました。

翌日以降、特に会話をするでもなく過ごすふたり。暦は父親に電話し、行きたい並行世界に行ける可能性について質問しますが、まだ研究中で実現までにはあと10年かかると言われます。

そして何日か経ったある日、ついに靴箱に手紙を忍ばせあのカラオケボックスに和音を呼び出します。

やってきた和音は前回と異なり事情を知らないような様子だったので、暦は目の前にいる和音がもともとこの世界の和音で、あのときの和音は自分の世界に戻れたのだと安堵します。そして改めて「僕と友だちになってくれませんか?」と勇気を出して言いました。

すると突然和音は床に倒れ込み、やがて笑い出します。85離れた世界から来たという話は彼女の作り話で、これは暦に対する仕返しだったという和音。

入学式で総代の挨拶をした和音は暦が辞退したという事実を知り、さらにその後もテストで毎回暦がトップで和音が2位という状態が続きどうにもガマンできなかったのです。

しかも当の本人は全く和音のことを認識していない。それでこの芝居を思いついたというのです。これでスッキリした和音は暦と仲直りをし、改めて暦は彼女につき合ってほしいと言いますが「イヤ」と断られてしまいます。

今後話しかけないようにクギをさした和音ですが、彼女の方から暦に接近してきます。暦だけが正解した問題を教えるよう迫り、古文に手を抜いているといって休み時間に教えにくる。

学年トップと2位のふたりが休み時間や放課後に勉強を教えあっている姿はクラスに好影響を及ぼし、自然とふたりの周りには人が集まってくるようになります。暦にも友だちができ、彼らの協力で和音に何度も告白しますがそのたびに玉砕してしまいます。

高校卒業後、虚質科学を学ぶため同じ大学に進んだふたり。暦は突然和音から交際を申し込まれ、晴れてふたりは恋人同士となります。

ふたりはその後揃って虚質科学研究所に入所し、研究に没頭していきます。やがて彼らの研究成果によってIP端末が実用化され、一般に普及し始めます。そのタイミングで暦は和音を夜景のきれいな公園に誘い、そこでプロポーズします。

彼女の誕生石であるアクアマリンの指輪を見て和音は「暦にしては上出来」とほめますが、夜景の方は時間を間違えたのか目的の景色は見られませんでした。そして持参した缶ビールを飲みますが、グラスで飲みたかったと和音は残念そうに言います。

そして結婚式。IP端末をはずし式に臨む暦でしたが、ふと自分が選んだこの女性はだれなのだろう、パラレル・シフトしてきた何番目かの和音なのだろうか?と考えていました。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『僕が愛したすべての君へ』ネタバレ・結末の記載がございます。『僕が愛したすべての君へ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

(C)2022 「僕愛」「君愛」製作委員会

数年後。暦と和音は涼という5歳の息子を育てています。涼はクレヨンで、パパに連れて行ってもらったという場所の絵を描いていますがそれがどこなのか教えてくれません。

3人はその日、「幻想動物園」というアートイベンドに出かけました。暦が売店に並んでいる間、和音と涼はイベント会場にいましたが突然刃物を持った男が暴れ出し、暦が駆けつけたときには涼と和音は離れ離れになっていました。

暦は犯人に体当たりをし倒すことに成功しますが、立ち上がった犯人が逃げながら涼にその刃を向けたのです。倒れる涼、流れる血…。

暦の目の前には、自分の部屋でスヤスヤと眠る涼の姿がありました。

事件があってしばらく幼稚園を休んでいた涼ですが、そろそろ行きたいと言い出します。すると和音は「ダメよ」と言ってますます涼ベッタリの生活に。

そんな姿に違和感を覚えた暦は、研究所で父親に相談します。事件のせいでしばらくは仕方ないのでは?という話をしていたところ、急に父が所長に呼び出されます。

和音にオプショナル・シフト(任意で行われるパラレル・シフト)の形跡があるというのです。

急いで暦は自宅に戻りますが、和音と涼の姿がありません。防犯カメラの映像からふたりが車ででかけたことを知り、暦はふと涼が描いていた絵を思い出してその場所、大分川の堤防へ向かいます。

そこには思ったとおりふたりがいて、涼はクレヨンで絵を描いていました。観念した和音は自分が13番目の並行世界、涼が死んでしまった世界からやってきたと白状します。

涼には彼女が本当の母親ではないことがわかっていたようで、和音は自分の間違いを認めます。

研究所のIPカプセルから送還されることになった13番目の和音は「ずるい」とつぶやきますが、涼が完成させた絵を受け取り自分の世界へと戻っていきました。

おそらくあちらでは研究職を追われ、子どもも失った暦と和音がどうやって生きていくのか、暦はそんなことを考えていました。

時は経ち、涼は成長して絵理という女性と結婚しやがて愛という孫娘も生まれました。暦が73歳になったとき、ついに彼は余命宣告を受けます。

母の生家だった家をリフォームして暮らしていた暦は、愛する家族に囲まれながら在宅で最期のときを迎えるべく日々おだやかに暮らしていました。そんなとき、あのスケジュールが突然現れたのです。

庭仕事をしていた和音の帽子を借り電動車イスで交差点に向かった暦。横断歩道で見かけた白いワンピース姿の少女以外に特に変わったこともなく、暦は仕方なく近くの木かげで待ってみることにしました。

急に痛みに襲われいつも持ち歩いている薬入れを取り出しますが、手が震え地面に落としてしまいます。車イスでは手が届かず苦しんでいるとひとりの老婦人が声をかけてくれ、薬入れを拾って中から薬を取り出してくれました。

落ち着くまで寄り添ってくれていたその老婦人に礼を言い暦は彼女に名前をたずねます。すると「名乗るほどの者ではありません」と彼女は笑い、暦はなぜかあたたかな気持ちになります。

「どこかでお会いしたことがありませんか?」と暦は聞いてしまい、自分は高崎だと名乗りますが、彼女の記憶にはないようです。

もしかしたらどこかの並行世界で会ったことがあるのかも、とふたりは笑い、ふと暦は彼女に質問します。

「あなたはいま、幸せですか?」

幸せですと笑顔で答えた彼女の答えに暦もとても幸福な気持ちになり、そしてふたりは分かれます。

帰宅した暦は、彼の帰りを待っていた和音にこう報告します。約束にはだれもこなかった、でも代わりに素敵な出会いがあったと。

和音に心配かけない程度に老婦人とのやりとりを話した暦。彼は、「全然知らない人が幸せであることが、僕はこんなにもうれしいんだ」と言い、家族に、そして和音に感謝の気持ちを伝えます。

「僕が愛したすべての君へ、この喜びを伝えたいんだ。君がいてくれたから、僕はいま、こんなに幸せですって」そして愛のいる家の中へふたりは入っていきます。

暦は自分以外の遠くの並行世界に存在するすべての自分へ、そしてその自分を愛してくれた和音ではないだれかへ、こう思いをはせるのでした。

「どうか君と、君の愛する人が、世界のどこかで幸せでありますように」

映画『僕が愛したすべての君へ』の感想と評価

(C)2022 「僕愛」「君愛」製作委員会

この映画は、高校時代から始まるひと組の男女の恋愛(未満)の状態がメインになっています。

宣伝のビジュアルも、「君を愛したひとりの僕へ」と対になっているのでそうならざるを得ないのかもしれませんが、制服姿の高校生の彼らを配したものになっています。

でもそれだけではなく、家族の愛情や他者を思いやる心、そして並行世界をモチーフにしてこうだったかもしれない自分や世界について考えさせられる、そんな作品です。

原作とのちがい

細かいちがいは多々ありますが、特に大きくちがうのは大人になってからの事件の部分です。

原作では、暴漢に襲われ涼が死んでしまった13番目の並行世界から和音がシフトしてきたあと、さらに事件が起きています。

それによって暦と和音はシフトを制限されてしまい、事件の成り行き次第ではそのまま固定されるかもしれない事態に陥ります。

そこで暦は犯人探しを始め、ここはミステリー小説のような様相になるのですが、映画ではそのくだりがありません。

ここはストーリー的に盛り上がり、さらに暦が別の並行世界の自分や和音について深く考えをめぐらせ、ラストの言葉につながる部分なので残してほしかったところですが、インパクトが強すぎるかもしれません。(もちろん時間的にもかなり尺を取ってしまうのでむずかしかったのかもしれません)

映画をみてから小説を読むとその部分が補完され、暦が和音やその他すべての並行世界の彼らを大切に思っているという理解が深まります

「君を愛したひとりの僕へ」とのつながり

別作品である「君を愛したひとりの僕へ」のネタバレはここではしませんが、この2作品は別の制作会社でありながら同じシーンを多く使っています。

異なる並行世界の話なので、メインで作られた方のシーンをもう一方の作品にも入れる必要がありこのような画期的な方法が取られたのだと思います。

それぞれあとからみた作品で、「ああ、これはこういうことだったのか」という答え合わせができるのが面白いです。

また同じシーンではありませんが、黒ビールアクアマリンの指輪は「君を愛したひとりの僕へ」で重要な役割を果たすので、これからご覧になる方は覚えておいてください。

キャストについて

主人公の暦を演じたのは声優初挑戦の宮沢氷魚。高校生から40代まで、しかももとは同じだが途中で分岐して背景や性格の異なるふたりの暦を2本で演じ分けました。

和音役の橋本愛も高校生から40代、しかも子どもを殺されたパラレルワールドの和音としてちがいを表現するむずかしい役でしたが、強気な和音の雰囲気と声質がぴったり合っていました。

おだやかで幸せな人生の終わりを迎える老年期の暦は西岡徳馬が演じ、あたたかみのある素晴らしいラストシーンになりました。

まとめ

(C)2022 「僕愛」「君愛」製作委員会

若いふたりのラブストーリーと思いきや、50年以上をともに過ごすことになる相手との関係を描き、相手を思うことの尊さを考えさせられる作品でした。

人生には無数の可能性があり、選択しなかった方に分岐した別の世界がある。そちらの世界の自分は果たして自分なのか?自分の横にいるパートナーは本当に自分の愛した人なのか?

そこに主人公は悩みますが、結局そのすべてひっくるめて自分、そしてパートナーなのだという考えにたどり着きます。

すべてを受け入れそのすべての幸せを願う……あたたかな多幸感のあるラストシーンに、なかなかむずかしいテーマを宿題に出されてしまったと考えさせられる作品でした。

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