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Entry 2019/07/10
Update

新海誠映画『言の葉の庭』ネタバレ解説と感想評価。短歌と靴に込められた意味とは⁈

  • Writer :
  • さくらきょうこ

2016年の『君の名は。』で驚異的な大ヒットを記録した新海誠監督。

2019年7月19日公開の『天気の子』にも大きな期待が集まる新海監督の、ターニングポイントとも呼べる作品が本作『言の葉の庭』です。

雨の新宿御苑で偶然出会った少年と女性の、短くも濃密なひと時の交流。

少年は、謎めいた女性に徐々に惹かれていき、彼女のために自分のできることをしようと思い始めます。

2013年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品にも選ばれた繊細で美しい映像と、効果的に使われるやさしい音楽によって、二人の切ない心情が紡がれています。

映画『言の葉の庭』の作品情報

(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

【公開】
2013年(日本映画)

【原作】
新海誠

【監督】
新海誠

【キャスト】
入野自由、花澤香菜、平野文、前田剛、寺崎裕香、星野貴紀、井上優、藩めぐみ、小松未可子、早志勇紀、関根航、水野理紗、下崎紘史、石嶋久仁子、村田太志、田所あずさ

【作品概要】
『ほしのこえ』(2002)で鮮烈にデビューして以来、『雲のむこう、約束の場所』(2004)『秒速5センチメートル』(2007)と、美しい描写と繊細な感情表現で観客を魅了してきた新海誠監督。

2011年の『星を追う子ども』に続く2年ぶりの作品として世に送り出されたのがこの『言の葉の庭』です。

現代の東京を舞台に、靴職人を目指す男子高校生と、生き方を見失ってしまった女性との恋愛未満の心の交流を丁寧に描き出しています。

上映時間は46分と短い作品ですが、その分シンプルで濃密な二人の時間が際立っています。

映画『言の葉の庭』のあらすじとネタバレ


(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

高校生のタカオは靴職人を夢見ています。

満員電車に揺られ新宿に着くと、タカオは乗り換えずに改札を出て新宿御苑に向かいます。雨の日の午前中は学校をサボり、庭園内の東屋(あずまや)で靴のデザイン画を描くと決めているのです。

今日、そこにはひとりの若い女性が座っていました。仕事に行くような服装の彼女は、朝だというのに缶ビールを飲み、ベンチには板チョコが置いてあります。

タカオは、その顔に見覚えがあるような気がして「どこかでお会いしましたっけ」と話しかけますが、返事は「いいえ」。

タカオを見た女性は、その制服にはっとした様子で「あってるかも」と言い、万葉集の一首を詠んで立ち去りました。

「雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」

自分と兄のためにタカオは夕食を作っています。母には一回り年下の恋人がおり、家をあけることもしばしば。

タカオは家事をこなし、靴職人になるための勉強をし、専門学校の学費のためにバイトをしているしっかり者です。

そんなタカオに兄は、来週家を出るから引っ越し手伝え、と言うのでした。

次の雨の朝、また彼女はそこにいました。

「こんにちは」と声をかけてきた彼女は、大量のチョコを持っていて、タカオは「ヤバイ女だ」と感じつつも、彼女のスラリとした足をスケッチしていました。

関東が梅雨入りした日、二人は待ち合わせたかのように東屋で会い、タカオは靴職人になるのが夢だという話をします。誰かにそのことを言うのは初めてでした。

タカオが作ってきたサンドイッチを二人で食べたあと、彼は自分が彼女に惹かれ始めていることを自覚するのでした。

次の雨の日、彼女は電車に乗ることができず、また東屋にやってきました。先に来ていたタカオは、彼女にスケッチブックをのぞかれ恥ずかしそうです。

弁当を持ってきた彼女と、半ば強引におかずを交換して食べたタカオは、そのまずさに驚きつつも彼女をフォローするのでした。

その日の夜、彼女はかつての交際相手、“伊藤先生”と電話で話しています。

味覚障害が治ってきたこと、休み明けに退職の手続きをすることなどを話すと、その彼は「お弁当を作ってきてくれるおばあちゃんに会えてよかったな」と言います。

彼はタカオのことを、おばあちゃんだと勘違いしているのです。

電話を切ったあと、彼女はポツリとつぶやきます。

「あれ以来、あたし、嘘ばっかりだ」

目覚めたとき、雨が降っていると少しうれしくなる彼女。

7月のある日、いつもお弁当をもらっているお礼に、と高そうな靴関連の洋書をタカオにプレゼントしました。

タカオは意を決して、靴をつくるためのモデルになってほしいと彼女に頼んでみました。

雨のそぼ降る東屋で、ハイヒールを脱いだ彼女の足におずおずと触れるタカオ。

採寸しながら彼女は、「わたしね、うまく歩けなくなっちゃったんだ」と言います。

タカオは彼女の仕事も歳も、抱えた悩みも、名前さえも知らないのに、どうしようもなく惹かれていくのでした。

梅雨が明け、会えない日々が続きます。

夏休みに入ったタカオは、会いたい気持ちを抑え、バイトにいそしむ毎日です。

そして、彼女のために、「あのひとがたくさん歩きたくなる靴をつくろう」と新しい靴を作り始めるのでした。

以下、『言の葉の庭』ネタバレ・結末の記載がございます。『言の葉の庭』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

9月。夏休み明けの学校で、タカオは突然彼女を見かけます。

「ユキノちゃん!」同級生の女子がそう呼ぶ彼女は、タカオが通う高校の古典の教師だったのです。

3年生の女子ともめ、あることないこと吹聴され追い詰められた彼女は学校に来られなくなり、ついに退職することになったということをタカオは初めて知りました。

ユキノを追い詰めた3年生の名前を聞き、去っていく彼女の姿を見たあとでタカオは張本人に会いにいき、そこで3年生の男子と殴り合いになってしまいました。

翌朝は晴れていましたが、タカオは新宿御苑へと向かいます。東屋にユキノの姿はなかったけれど、池のほとりに彼女は立っていました

「雷神(なるかみ)の 少し響(とよ)みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」

タカオが詠んだその歌は、初めてあったときにユキノが詠んだ歌の返歌でした。

「そう、それが正解」ユキノは言います。

自分が古典の教師だと気づかせるために詠んだと言いますが、学校に興味のないタカオには、彼女が自分の学校の教師だということは伝わりませんでした。

すると、突然の雷。急に降り出した大雨に、二人はあわてて東屋に逃げ込みます。

その後二人はユキノの部屋で服を乾かし、タカオが作ったオムライスを二人で食べました。

ユキノが淹れたコーヒーを飲みながら、二人は同時に同じことを考えていました。

今がいちばん、しあわせかもしれないと。

タカオは「ユキノさんが好きなんだと思う」と告白します。

ユキノは「先生は来週四国の実家に帰るの」「今までありがとう、秋月くん」と距離を置きました。

タカオは礼をして部屋を出ていきます。

ひとりになり、タカオとの思い出の数々がよみがえってきたユキノは、裸足で部屋を飛び出し非常階段をかけ下ります。

途中の階の踊り場で、タカオは外を見ていました。

そこでタカオは今までの思いのたけをユキノにぶつけます。「そうやって、あんたは、ずっとひとりで生きていくんだ!」

ユキノは号泣しながらタカオに抱きついていきます。それは、初めてユキノがタカオに本心をぶつけた瞬間でした。

小雨になった空には、美しい夕陽が顔をのぞかせていました。

季節はめぐり、雪の降る2月。

あの東屋で、ユキノからの手紙を読むタカオ。出来上がった女性物の靴を、彼女が座っていた場所にそっと置くのでした。

「いつかもっと、遠くまで歩けるようになったら会いにいこう」

映画『言の葉の庭』の感想と評価

情景が心情を映す


(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

新海監督はデビュー以来、同世代の男女の淡い恋心、そして届かない思いのもどかしさを描いてきました。

そしてその思いの多くは行き場を失い、主人公たちは自身の孤独と向き合わざるを得ない状況になるのです。

『言の葉の庭』では、メインの二人は高校生と教師であり、一回りの年齢差があります。

しかし奔放な母親と暮らすタカオは、自分の将来の夢に向かって努力する人物で、15歳にしては大人びています。

一方のユキノは、生徒に好かれるやさしい教師でありながら、おそらくはその優柔不断さゆえに勘違いされ、逆恨みされ、仕事も恋人も失い、それゆえに自分は少しも成長していないと感じています。

本来は恋愛に発展しない関係性の二人が、“雨の日の公園”という共通の秘密をもつことで距離を縮めていきます。

ふつうは鬱陶しい梅雨時の雨も、二人にとってはうれしい密会のサインなのです。

雨の日の東屋は、他に訪れるひともなく、まるで見えないカーテンのように二人を現実の世界からかくまってくれます。

その雨はしっとりとやさしく、そしてその雨に濡れた木々の緑は、みずみずしいタカオの感情を表しているかのようです。

万葉集と天候が彩る想い


(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

この映画の美しいところは、映像だけではありません。

万葉集の和歌を取り入れているところも、物語を神秘的に盛り上げる重要な要素になっています。

恋心を詠んだ和歌は情感にあふれ、その光景が浮かんでくるような力があります。

ユキノは古典の教師であり、それを知らせるために歌を詠みますが、その歌は「雨が降ってくれたらあなたを私の側に留めておくことができるのに…」という意味です。

もちろんこれは、この映画的には、雨の日の午前中にだけタカオとユキノは会うことができる、ということを表しているのですが、これは最初に二人が会ったときの出来事なので、そのときのユキノの気持ちはこうだったのではないかと推測できます。

後に出てくる元交際相手の“伊藤先生”は同僚(先輩)の教師で妻帯者。ユキノは生徒とのトラブルのほかに、不倫の恋にも悩んでおり、その相手にも信じてもらえなかったことが彼女を追い詰めたのだと。

不倫関係ゆえに、思うように相手と会えない辛さは身に沁みているはずなので、職業柄よく知る万葉集から、教科書にも載っているこの歌を選んで詠んだのでしょう。

タカオがこの返歌を詠む後半には、ユキノが誰なのかも明かされ、二人がお互いに好意を持っているので、この歌がぴったりとハマります。

学校をやめ、正体がバレた雪野先生はもう来ないかもしれない。晴れているから居ないかもしれない。

そんな不安を抱えながらやってきたタカオが、ユキノへの思いをこの歌に込めて詠んだシーンは本当にロマンチックで美しい名シーンです。

そしてその歌さながらに鳴り響く雷鳴。

二人の関係性に変化を生じさせるシーンには、雷、大雨、そして射し込む陽の光、と天候が効果的に使われています。

新海監督の作品の中では、天気は重要な意味を持っており、最新作が『天気の子』というのも納得です。

靴は幸せの象徴


(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

もう一点、この映画の外せない重要な要素は“靴”です。

タカオが靴職人に憧れるきっかけになったのは、幼い頃、父から母に贈った紫色のハイヒールに魅せられたからです。

その父は離婚してしまってもういませんが、タカオにとってそれは幸せの象徴なのかもしれません。

大切な人に美しい靴を贈る、それはタカオにとって、人生で避けて通れないテーマになっているように感じられます。

愛情に飢えているとまではいかないものの、いつかめぐりあう大切な人のために靴を作らなければならない、そんな気持ちになっているのでしょう。

結果的にそれは、ユキノが人生を前向きに歩いていくためのステップとなり、そしてタカオ自身が成長するためのツールになりました。

また、靴をつくる過程で、あの公園の東屋でユキノの足を採寸するシーン。ここも本当に美しくエロティックなシーンです。

女性にとって、足先に触れられるということがどれほどのことか、このシーンを見るたびにドキドキしてしまいます。

そしてこのシーンがあることで、本作は非常に大人っぽい艶やかさを手に入れました。

ユキノがいつも素敵な靴を履いているのも見逃せないポイントです。

彼女がいい加減な靴を履いている女性だったら、タカオは惹かれなかったかもしれません。

料理は下手、朝からビールを飲みチョコしか食べない変わった女性ですが、すらりとした足先にはいつも違った、よく手入れされた靴を履いているのです。

そこが15歳のタカオにはとても美しく、魅力的に映ったのでしょう。

大人が見てもドキドキして楽しめる、『言の葉の庭』はそんな素敵な映画なのです。

まとめ

(C)Makoto Shinkai/CoMix Wave Films

それまで男女のすれ違いを描いてきた新海監督が、『君の名は。』では主人公たちを最後奇跡的に出会わせ、ハッピーな結末を提示してくれました。

この『言の葉の庭』は、初期の個人で作っていたころの閉塞的な作風から、『君の名は。』『天気の子』へと続く、多くの人に注目されるメジャー作品へと進化していくターニングポイントになった作品です。

結末は完全ハッピーエンドとは言い切れませんが、未来に希望の持てる終わり方になっています。

それまでの新海作品からすると、ユキノは地元で普通に結婚し、会いにいったタカオに気づかない、なんて未来を想像してしまいますが、果たしてどうなのでしょうか。

2019年7月19日公開の『天気の子』はどんな結末が用意されているのか、そう言った意味でも興味がつきません。




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