連載コラム『凪待つ地をたずね』第4回
映画『凪待ち』の背景、そして白石和彌監督と香取慎吾が映画を通して描こうとしたものを探るため、本作のロケ地である宮城県の各地を巡り、その地に生きる人々を取材。
ロケ地に関する情報や実際に訪れたことで感じたもの、その地に生きる人々の声を連載コラム記事にてお届けしてゆきます。
第4回記事では、石巻の風景を一望できる日和山公園をはじめ、映画『凪待ち』ロケ地となった南浜地区、日和大橋を巡ります。
そして、石巻市街地を中心に数々のロケ地を案内してくださった石巻市役所・観光課職員の秦野真樹さんに、被災したのち復興によってその風景が変わってゆく石巻、そこで暮らす人々への思いをお聞きします。
CONTENTS
現地リポその9:日和山公園
震災を経た石巻の風景
第4回記事でご紹介するロケ地は、石巻の中でも特に「変わりゆく風景」を知ることができる場所だと言っても過言ではありません。
そのご紹介の前に、一ヶ所、映画『凪待ち』の撮影に直接関わった場所ではありませんが、石巻の風景を一望できる場所をご紹介いたします。
それが、鰐山の南東部分・日和山にある日和山公園です。
平安時代から続く鹿島御児神社が鎮座し、かつて鎌倉時代には奥州総奉行・葛西氏の石巻城があったとされる日和山。俳人・松尾芭蕉が訪れた地としても知られています。
また、高台であるために、震災時には多くの人々が避難し、津波の被害から逃れることができた場所でもあります。
日和山公園から見える石巻市街地
公園からは石巻漁港、旧北上川付近の石巻市街地などをはじめ、石巻の風景を一望できます。
その風景はまさに壮観そのものですが、公園には震災前の石巻の風景がパネル展示されており、復興が進められてきた現在の風景が、かつての風景からどれほど変化しているのかも知ることができます。
「日和山」の由来には諸説ありますが、その中には、石巻の港から商船が出航する前、人々がこの山に登って天候状況=「日和」を確認していたためという説があります。つまり、日和山は石巻の人々にとって、自然現象を観察しその様子を知る場所だったというわけです。
地震もまた、「災害」ではあるものの自然現象の一つであることには違いありません。
その自然現象が石巻にもたらした深く大き過ぎる影響を確認できる場所として、その影響から立ち直ろうとする石巻の風景を確認できる場所として、日和山および日和山公園は重要な場所なのです。
現地リポその10:南浜地区
震災の記憶を伝え復興を願う地へ
日和山公園を後にし、映画『凪待ち』のロケ地巡りを再開。そして、日和山を下りてまず辿り着いたロケ地が、南浜地区です。
早朝、新しい職場である工場へと向かう主人公・郁男の姿。「佇まい」で語ることができる香取慎吾の演技が光る場面が、新しく建設されたコンクリートの防潮堤のそばで撮影されました。
震災時には津波によって広範囲に被害を受けた地域であり、津波が起因となった大規模な火災が発生した地域としても知られている南浜地区ですが、その後は大規模な津波・高潮に対応可能な防潮堤が建設されました。
さらに南浜地区、隣接する門脇地区などの間には、震災犠牲者の追悼と鎮魂、被災における教訓の伝承、復興を願う象徴的な場として「石巻南浜復興祈念公園(仮称)」が建設されることが決定。現在も工事が進められています。
門脇地区にある旧・門脇小学校
校舎は石巻市の震災遺構として保存される予定。
現在も石巻で継続されている復興の現場を見られる場所ではありますが、同時に、現在もはっきりと残る震災被害をありありと見せつけられる場所でもあります。
2019年現在。石巻という地が、今も復興と被災のはざまに存在することを思い知られるのが、南浜地区なのです。
そのような場所を歩きながら、郁男は、そして彼を演じる香取慎吾は、何を感じ取ったのか。その答えは定かではありませんが、映画『凪待ち』にてその場面を観ることで、その心中を想像してみる価値はあります。
現地リポその11:日和大橋
橋は全てを見ていた
そして南浜地区をさらに進んでゆくと、そこには石巻工業港と石巻漁港をつなぐ日和大橋が見えてきます。
劇中、亜弓(西田尚美)と美波(恒松祐里)の母娘は、車でこの橋を渡ります。その車中で、二人は震災後に建てられた高い防潮堤について、震災について話をします。
震災時には、あらゆるものが流されてしまったこと。そして、防潮堤ができたことで、海が見えなくなったこと。
防潮堤について、震災について、世間話をするように会話する二人。その様子は、震災から時を経た現在、復興によって変わりゆく風景について話す被災地・石巻の人々を連想させます。
また「海が見えなくなった」という言葉は、港町・石巻に暮らす人々にとっては決して軽い意味の言葉ではないことは明らかでしょう。
かつて生み出された悲しみを二度と繰り返さないために、防災対策が強化され、より安全に暮らせる地へと変わってゆく石巻。しかしその一方で、変わりゆく石巻に対する悲しみ、より正確に言えば寂しさも、人々の心に芽生えつつあることを、『凪待ち』は母娘の会話の中で描いたのでしょう。
また日和大橋の下では、何者かの手によって殺害された亜弓の遺体が発見されるという、衝撃的な場面が撮影されました。
日和大橋の下。
劇中ではここで香取慎吾演じる郁男の恋人・亜弓(西田尚美)が殺害された。
なぜ、殺害された亜弓の遺体はここで発見されたのでしょうか。その理由にも、やはり震災が深く関わっているのではないでしょうか。
震災による大津波を経ても、日和大橋は崩壊することなく、最小限の被害で済みました。しかしながら、その橋の下に広がる風景、すなわち南浜地区や門脇地区は尋常ではない被害を受け、あらゆるものが流されてしまいました。
自らも被災しながらも、日和大橋はその場から動くことなく、破壊されていく石巻の風景を見つめ続けていたのです。
そして、石巻で再スタートした郁男たちの生活が、「亜弓が何者かに殺害される」という突然の不条理によって破壊される様は、石巻の暮らす人々の生活が震災という突然の不条理によって破壊される様と重なります。
突然の不条理によって、人々の生活が破壊される様を見つめ続けるもの。その責務を担うことができる存在として、亜弓の遺体が発見される場所は日和大橋の下でなければならなかったのでしょう。
石巻市役所・秦野さんにとっての石巻
本作ロケ地の案内を引き受けてくださった秦野真樹さん。
産業部観光課・観光推進グループの主任主事として石巻市役所に勤務しています。
市街地を中心にこれまで石巻市内の数々のロケ地を巡ってきましたが、その案内を引き受けくださったのが、石巻市役所に勤める職員である秦野真樹さんです。
本連載の第2回でもご紹介したように、石巻市役所の産業部観光課・観光推進グループの主任主事を務め、市役所職員として映画『凪待ち』の石巻市内でのロケ撮影に尽力された秦野さん。
取材の道中、石巻市役所の一職員の目から見つめた被災地・石巻の今後や自身の思いについて語ってくださいました。
元々は神奈川県・平塚市役所に勤務していた秦野さんは、被災地復興支援の派遣職員として2年前に宮城県・石巻市に訪れました。
宮城県に訪れること自体が初めてだったという秦野さんは、当初はここで暮らし働いてゆけるのだろうかと少なからず不安を抱いていたものの、「正解がない」がゆえに面白くやりがいのある観光課での仕事、そして石巻で暮らす人々の人柄のおかげで、これまで働き続けることができたと言います。
元百貨店であった建物を新庁舎にした石巻市役所
時には石巻の人々が抱える震災の記憶に触れることもあった秦野さんは、「石巻で長年暮らしてきた人間でもない者が、その記憶に触れてもいいのだろうか」という重責に悩みながらも、人々の語りに深く耳を傾け、誠実に接することで人々の思いに応え続けたそうです。
その一方で、政府が定めた基本方針によって令和2年、すなわち来年には終了する復興期間の関係で、今後は復興支援事業が縮小されてゆく可能性が高いこと、そうなった場合、自分たち派遣職員もまた元の勤務地に戻される可能性が高いことを秦野さんは語ります。
今後、復興支援事業がどのように進められてゆくのかは定かではないが、今年2019年から来年2020年にかけてはまさに「正念場」の時となる。その上で、「常にベストを尽くし、市民のために行政として何ができるのかを探り続ける」という石巻市役所の職員としての姿勢を全うし続ける。
秦野さんはどこか穏やかな、しかし真剣な顔つきで、そのように答えられました。
被災地で暮らしてきた人間ではない者が、どう被災地と、震災と向き合ってゆくのか。その答えの一つを、秦野さんは自身の言葉で、何よりも自身の佇まいで教えてくださいました。
まとめ
取材中に見かけた東日本大震災慰霊碑
日和大橋の下では、亜弓の遺体が発見された現場に郁男(香取慎吾)と美波(恒松祐里)、亜弓の父・勝美(吉澤健)が訪れ、花を供える場面も撮影されています。
日和大橋の下で、花を供える。
それは、殺害された亜弓を悼むためだけではなく、かつて亡くなった多くの人々、そして自らも被災し傷つきながらも、震災がもたらした破壊や遺された人々の悲しみを見つめ続けてきた日和大橋、あるいは石巻という地を悼むために、映画『凪待ち』やスタッフ・キャスト陣はその物語を通じて花を供えたように感じられました。
そしてその考察は、映画『凪待ち』のロケ地・石巻での取材がなければ、秦野さんのご案内がなければ、決して至ることのなかったものでした。
改めて、現地を巡り、取材することの重要性を思い知らされました。
この記事を読まれたあなたも、『凪待ち』撮影の地・宮城県に訪ねてみませんか?
【情報】
現在、映画『凪待ち』の公開日に向けて、石巻市役所・観光課では、『凪待ち』のロケ地巡りマップを作成!
石巻市公式ホームページはコチラから→
取材協力:せんだい・宮城フィルムコミッション
【住所】宮城県仙台市青葉区一番町3丁目3-20 東日本不動産仙台一番町ビル6階(公益財団法人 仙台観光国際協会内)
【電話】022-393-841
次回の『凪待つ地をたずね』は…
第5回では、漁港や船上での場面を撮影した女川町・竹浦港へ。そこで偶然にも出会うことができた、竹浦港の漁師・阿部次夫さんを取材。
また、竹浦港での撮影に協力し、女川町にてダイビングショップ「宮城ダイビングサービス:ハイブリッジ(High Bridge)」を営んでいる高橋正祥さんにも取材を行い、海と接する人々だからこそ見える被災地・石巻の現在をお聞きしました。
決して遠くはない地に凪が訪れることを祈りながら、今後の記事をお待ちください。(続く)
映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!
映画『凪待ち』のあらすじ
ギャンブル依存症を抱えながら、その人生をフラフラと過ごしていた木野本郁男(香取慎吾)。
彼は恋人の亜弓(西田尚美)が故郷である石巻に戻ることをきっかけに、ギャンブルから足を洗い、石巻で働き暮らすことを決心します。
郁男は亜弓やその娘・美波(恒松祐里)と共に石巻にある家へと向かいますが、そこには末期ガンを宣告されてからも漁師の仕事を続ける亜弓の父・勝美(吉澤健)が暮らしていました。
郁男は小野寺(リリー・フランキー)の紹介で印刷工の仕事を。亜弓は美容院を開業。美波は定時制の学校へ。それぞれが、石巻で新たな生活をスタートさせました。
けれども、郁男は仕事先の同僚に誘われたのがきっかけとなり、再びギャンブルに、それも違法なギャンブルに手を染めてしまいました。
やがて些細な揉め事から、美波は亜弓と衝突してしまい、家を出て行ってしまいます。
その後、夜になっても戻らない彼女を郁男と亜弓は探しに行くものの、二人はその車中で口論となってしまい、郁男は車から亜弓を降ろしてそのままどこかへと去ってしまいました。
そして、ある重大な事件が起こります…。