謎の男が真実を見抜く
2019年4月5日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開の映画『ザ・プレイス 運命の交差点』。
全編カフェの中というワンシチュエーションで進んで行く本作ですが、俳優の演技力と、パオロ・ジェノヴェーゼ監督の演出力により、観客を飽きさせない作りになっています。
CONTENTS
映画『ザ・プレイス 運命の交差点』の作品情報
【日本公開】
2019年(イタリア映画)
【原題】
The Place
【監督・脚本】
パオロ・ジェノヴェーゼ
【キャスト】
ヴァレリオ・マスタンドレア、マルコ・ジャリーニ、アルバ・ロルヴァケル、サブリーナ・フェリッリ、ヴィットリア・プッチーニ、ロッコ・パパレオ、シルヴィオ・ムッチーノ、シルヴィア・ダミーコ、ヴィニーチョ・マルキオーニ、アレッサンドロ・ボルギ、ジュリア・ラッツァリーニ
【作品概要】
『おとなの事情』(2016)のパオロ・ジェノヴェーゼ監督が、アメリカの大ヒットドラマ『The Booth 欲望を喰う男』をカフェに集う人々のワンシチュエーションドラマとしてリメイク。
謎の男役を演じる『甘き人生』(2016)『おとなの事情』(2016)のヴァレリオ・マスタンドレアをはじめ、『神様の思し召し』(2015)のマルコ・ジャリーニ、『夏をゆく人々』(2014)のアルバ・ロルヴァケルなど、イタリア映画界を代表する豪華アンサンブルキャストが実現しました。
2018年イタリア・アカデミー賞7部門ノミネートや、第12回ローマ国際映画祭クロージング作品に選出。
「イタリア映画祭2018」では『ザ・プレイス』のタイトルで上映されました。
映画『ザ・プレイス 運命の交差点』のあらすじとネタバレ
カフェ「ザ・プレイス」奥のテーブル席に、“男”はいつも座っています。
男の向かいには入れ替わり立ち替わりいつも誰かが座り、自分の願いを叶えて欲しいと彼に頼んでいました。
依頼人の願いを分厚いノートに書き取った男は、それらを叶える代わりに履行が困難な課題を出します。
そんな男を見守るのが、カフェ店員のアンジェラ。男とは距離を保ちながら、通じ合う何かを感じています。
男のもとにやって来た、癌に侵された息子を持つ会計士。息子の回復を頼むと、幼い女の子を殺せと言われます。
アルツハイマーの夫を治したいと望む老婆には、人がにぎわう場所に爆弾を仕掛けろと指示。
奪われた大金を取り戻したいと言う刑事には、誰かを血が出るまで暴行しろと伝えているよう。
みな男の提示する無茶な条件に躊躇しながらも、願いを叶えるために実行を試みていました。
ある日、ひとりの修道女が訪れ、男に打ち明けます。近頃神を感じられなくなった。もう一度神を感じたい、と。
男は彼女に、妊娠するよう言います。
また、盲目の男性が、目が見えるようになりたいと願うと、女を犯せと命じました。
少しづつ依頼人たちの関係は交わり、もつれてゆきます。
映画『ザ・プレイス 運命の交差点』の感想と評価
ヴァレリオ・マスタンドレアの居住まい
パオロ・ジェノヴェーゼ監督の前作『おとなの事情』は、古くからの友人たちが月食を見るために集まり、闇の中、知らない方が良かった秘密が暴かれてゆく辛口コメディでした。
本作の“男”を演じたヴァレリオ・マスタンドレアも出演しており、息をするように嘘をつく中年男を好演。
浮気を隠そうと友人を盾にし、自らの首を絞めて行く様は、おかしみと憤りを感じさせる親しみやすさがありました。
それが本作では、素性も私生活も一切明かされない謎の男として存在。
深く刻まれた皺、少し人を掬い上げるように見る目つきは、この謎の男の孤独を想像させてくれます。
観客はアンジェラと同じように、彼へ興味を抱き、彼のことが知りたいと思わされてしまうんです。
依頼人のことを憐れんでいるのか、軽蔑しているのか、語らなくても彼のその居住まいから伝わってきます。
男とは何者なのか
男が誰なのかは重要じゃないと、パオロ・ジェノヴェーゼ監督自身が語っていますが、やはり何者なのか考えずにはいられません。
また、監督はこうも語っています。
天使でも悪魔でもなく、鏡のようなものだ、と。
依頼人はみな、願いがありますが、何人かのそれは心からのものではありません。
彼ら自身悩んでいるうちに様々な理由をつけ、本来の願いがなんだったのかわからなくなっています。
例えば整備工の本当の願いは、生きる喜び。少女を守るという使命を得た彼は溌剌として来ました。
整備工は終盤、少女を守るには誘拐するしかないと思いつめますが、男は選択肢はいくつもあると諭します。
しかしその言葉が耳に入らなかった彼は会計士に刺され、誘拐犯として捕まってしまいました。
整形して美しくなりたいと願ったマルティーナも、本当は愛を求めていて、自分を認めてくれない、愛してくれないのは美しくないからと決めつけています。
アレックスを愛した彼女は、最初の頃と別人のように輝き始めます。彼女は偽りの願いを捨てたため、真実の願いを手に入れる事が出来ました。
修道女も同じで、「神を感じられなくなった」のは、おそらく彼女自身の性欲か、誰かを愛したいという気持ちの芽生えが原因だったんでしょう。
盲目の男性を愛し、子どもという神秘の存在を手に入れた彼女は服装も変わり、晴れやかな顔で去って行きました。
男は無理な課題を与える事で、依頼人の真実の欲望を暴き、彼ら自身に気付かせるんです。
人は不安や不満というネガティブな感情に飲み込まれてしまうと、その原因や理由を見失いがちです。
会計士が、自分で行動を起こせるんだということに感動していましたが、まさにその通りで、悩みの渦中にいると思考と感情に囚われ、行動することが難しくなってしまいます。
男はノートに書きだすことで原因を可視化し、彼らに気付くきっかけを与えているにすぎません。
男の課題で背中を押され、依頼人は一歩踏み出すことが出来るようになります。
その先の道を選び、歩みを進めるのは彼ら自身です。
アンジェラとの関係
参考映像:『ザ・プレイス 運命の交差点』本編映像
カフェ店員“アンジェラ”はもちろんその名の通り、男にとっての天使。
毎日寝られず、人の苦しみを背負う男が唯一笑って話せる相手であり、彼女も彼をずっと見守っています。
今日飲んだコーヒーの数、コーヒーを飲むタイミング。彼の行動を把握し、興味を持ちながらも、決して踏みこもうとしない。
酸いも甘いも噛み分けた彼女の人生が伝わってきます。
また、女性客と話している男をちょっと拗ねた目で見る可愛らしさ。
閉店後、彼女が「長い間愛を待ってる」と男に告げるシーンがあります。
アンジェラがジュークボックスで『サニー』をかけ、愛を伝えるように歌詞を口ずさんでいく姿はいじらしく、それを見つめる男にとっても、彼女がいつしか大きな存在に膨らんでいっているのがわかります。
老婆がカフェを爆破すると言った時も、彼が最初に目で探したのはアンジェラの姿でした。
映画ラストで男はこの役割を辞めたいと望み、アンジェラは彼のノートを手に取ります。
その後ふたりがどうなったかは観客の想像にゆだねられています。
ふたりは“願い”を叶え、手を取り合ってカフェを後にし、新たな人生を歩み始めた。
男は役割から解き放たれ、アンジェラは待っていた愛を手に入れた。
そうあって欲しいと願います。
まとめ
本作を鑑賞後、同じく鑑賞していた見知らぬマダムから、「こんな風に観客に考えさせる映画は初めて!」と興奮気味に感想を伝えられました。
観たものにしかわからない、観たものにもわからない“何か”があり、それを語りたくなる映画です。
惜しむらくは、音楽が少し主張しすぎていたこと。
ジュークボックスで『サニー』を流す場面が素晴らしかったため、音楽を使用するならばジュークボックスから、という縛りを作ったら、なお本作の設定が生かされたんじゃないでしょうか。
会話の緊張感、雨音や店内のざわめきだけで十二分に成立しているため、その点がもったいなく感じてしまいました。
ワンシチュエーションで撮られているため、依頼人のやったことや状況は彼らの口から語られているに過ぎないのに、それらが観客の脳内で映像として鮮明に思い浮かべられる本作。
これは俳優たちのイメージ力と、監督の演出が優れているからにほかなりません。
前作『おとなの事情』、本作『ザ・プレイス 運命の交差点』、そして次作で3部作になると語るパオロ・ジェノヴェーゼ監督。
今度はどのようなシチュエーションで観客を魅了してくれるのか、楽しみでなりません。