真実は誰のためにあるのか?!
政府は大量破壊兵器を持つイラクを攻撃しなくてはならないというが、本当に大量破壊兵器は存在するのか?
国民に真実を伝えるために、アメリカ政府の巨大な噓に立ち向かった新聞記者たちがいた!
驚くべき実話を基に描いたロブ・ライナーの『記者たち 衝撃と畏怖の真実』をご紹介します。
映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の作品情報
【公開】
2019年公開(アメリカ映画)
【原題】
Shock and Awe
【監督】
ロブ・ライナー
【キャスト】
ウッディ・ハレルソン、ジェームズ・マースデン、ロブ・ライナー、ジェシカ・ビール、ミラ・ジョボビッチ、トミー・リー・ジョーンズ、ルーク・テニー、リチャード・シフ
【作品概要】
『スタンド・バイ・ミー』、『ミザリー』などで知られる名匠ロブ・ライナー監督が、イラク戦争の大義名分となった大量破壊兵器の存在に疑問を持ち、真実を追い続けた“ナイト・リッダー”の記者たちの姿を描いた実話による物語。
映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』のあらすじとネタバレ
車椅子に乗り、軍服を着た若いアフリカ系アメリカ人のアダム・グリーンは、ホワイトハウスでの議会委員会の前で証言するために聴聞会に出席していました。
彼は最初、用意した書面を読み上げていましたが、途中で自分の言葉で語っても?と尋ね、自分が数字に得意であることを話し始めました。
彼の示す数字はイラク戦争に関わることでした。彼は両親の反対を押し切り愛国心から軍隊に入隊したのですが、戦地を走行中に、爆撃を受け、命は取りとめたものの脊髄を損傷。下半身麻痺となって車椅子での生活を余儀なくされたのです。
彼は問いかけます。「なぜ戦争を始めたのですか?」と。
2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生。ジョージ・W・ブッシュ大統領は国連総会での演説でテロとの戦いを宣言します。
イスラム系テロ組織アルカイダによる犯行と見られ、オサマ・ビンラディンが首謀者とみなされました。
新聞社ナイト・リッダー社のワシントン支局では、アメリカ政府が、ビンラディンを匿っているアフガニスタンだけでなく、イラクを視野に入れているという情報を得ます。
支局長のジョン・ウォルコットは、部下のジョナサン・ランデー、ウオーレンス・ストロベルに取材を指示。
中東問題や安全保障の専門家から、フセインとアルカイダをつなぐ証拠は何もないのに、政府がイラクと戦争をしようとしていると聞かされます。アメリカ政府の本当の狙いはアフガニスタンではなくイラクであると。
ラムズフェルド国防長官は1997年からフセインをお払い箱にしたがっていたという情報までありました。
元CIA長官のウールジー国防副長官は、テロとイラクの関連を捜査させていました。記者たちは「調査というよりイラクを黒幕にしたいのかも」と考えます。
アメリカでは愛国心の波が広がり、政府はアフガニスタンに侵攻。空爆を続けますが、ビンラディンを捕らえることはできません。
ビンラディンは逃走したままでしたが、ブッシュ大統領は、2002年1月29日、一般教書演説で、アフガニスタンのテロリスト訓練キャンプを破壊し、国民を飢えから救い、圧制から解放したと述べます。
アメリカ政府はテロとの戦いを続けていくと宣言し、イラクをテロ支援国だと非難しました。
ウォルコットはジョナサンとウオーレンスに「政府の嘘をあばけ」と命じます。そんな中、ペンタゴンの関係者の女性が、名前は伏せることを条件に、ペンタゴン内で行われていることを内部告発してきました。
軍務経験のない人々が偽の情報をもとに戦争を準備しているというのです。彼らは中東関係の専門家の助言や情報に耳をかさず、自分たちにとって都合のよい情報だけを集めていると彼女は語りました。
イラクが大量破壊兵器を所持しているといいますが、その証拠は何一つとしてないのです。
戦争を始めるための正当化が行われている段階と記者たちは考え、フセインが倒れるとイラクは内戦状態になり、そのため、アメリカ軍も何年も戦地に留まらねばならなくなるだろうと、イラクに侵攻すると起こる可能性のあることを冷静に紙面に掲載します。
ナイト・リッダー社は、元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイという頼もしい助っ人を得て、批判記事を掲載し続けます。
しかし、そのような論調はナイト・リッダー社だけでした。NYタイムズも政府の発表を載せているだけのプロパガンダに陥っているとウォルコットは激しく非難します。
ナイト・リッダー社は全国31紙を統合したメディアで、彼らが書いた記事が、それら31紙の新聞に掲載されます。
ウォルコットは「我々は大手メディアではないが、基地のある町に読者がいる。もし他のメディアが広報に成り下がったらまかしとけ。我々は我が子を戦争にやる者の味方だ」と部下たちの前で演説します。
取材をする中、ウオーレンスには匿名の脅しのメールが届き、また、ジョナサンの妻は家が盗聴されているのではないかと恐れます。彼女は旧ユーゴスラビアの紛争経験者でした。
大量破壊兵器の証拠が出たという記事が出ますが、調べていくと、政府高官の嘘が明らかになります。
しかし、政府がつかんだという情報はすぐにNYタイムズで発表され、大手メディアはフセインが核兵器を使用した場合の恐怖を煽り、愛国心に傾く世論は政府の思惑通りに傾いていくのでした。
唯一イラク侵攻に反対し続けたパウエル国務長官もテネットCIA長官に半ば騙された形で、情報は確実だと安保理で演説することとなります。
軍事力行使を認める決議の投票が行われ、賛成多数となります。戦争を止めることができなかった記者たちは「全て無駄だった」と肩を落とします。
2003年3月バグダッド爆撃が開始。6週間後にはブッシュ大統領が「大規模戦闘終結宣言」を出しますが、その直後、兵士のアダム・グリーンは爆撃を受け、負傷、半身不随となります。
大量破壊兵器は発見されず、戦争は長期化。のちにNYタイムズは読者に謝罪しています。
ナイト・リッダー社の記事こそ事実だったのです。
車椅子に乗ったアダム・グリーンは父母と共にワシントンのベトナム戦争没者慰霊碑を訪れていました。「ザ ウォール 」と呼ばれる慰霊碑に亡くなった兵士の名前が刻まれています。
アダムは慰霊碑に手を合わせている男性に声をかけます。「あなたもベトナムへ?」男性はジョー・ギャロウェイでした。
ギャロウェイが頷くと、アダムは「ありがとう」と礼を述べました。するとギャロウェイもアダムの方を向き、「ありがとう」と礼を言うのでした。
映画『記者たち 衝撃と畏怖の真実』の感想と評価
ロブ・ライナー監督の前作『LBJケネディの意志を継いだ男』は、リンドン・B・ジョンソン大統領を描いた政治映画でしたが、その公開時から既に次回作がイラクの大量破壊兵器の存在に疑問を持った記者を描いた作品として報道されていました。
『LBJケネディの意志を継いだ男』が上出来の政治映画だっただけに期待が高まっていましたが、その期待に違わぬ力強い作品に仕上がっており、ロブ・ライナーの語り口の旨さに改めて感心させられます。
現在ではイラク戦争の大義名分であった大量破壊兵器がなかったことはよく知られていますが、当時から政府の動き、発表に疑問を抱き、緻密な取材と不屈の精神で真実を伝え続けたメディアがあったのです。
NYタイムズですら政府の発表を鵜呑みにし、大手メディアがことごとく戦争を起こしたい政府の思い通りに動き、国民に破壊兵器の恐怖を煽り、戦争に加担していった中で、信念を貫くのは相当の勇気も覚悟もいったことでしょう。
真実を国民に伝えるというジャーナリズムのあるべき姿が描かれ、脅しにも屈しない勇気、金銭の欲望に囚われないクリーンさが心を打ちます。
なによりも彼らが実際に戦争に赴く兵隊たちとその家族のことをきちんと視野にいれて物事を考えていたことが重要です。
ここを無視する人々のなんと多いことか。私利私欲に走って人を犠牲にすることをなんとも思わない人間が多数存在することに身震いさえ覚えます。
ジャーナリズムが方向を間違え、政府のプロパガンダに陥ってしまうのがいかに危険かということを映画は明らかにしています。
トランプ時代の今だからこそ、ロブ・ライナーはあえてこの作品を撮ったのでしょう。しかしこれはアメリカだけの問題ではありません。非常に身近で、重要なこととして受け取るべき問題なのです。
2001年9月11日の同時多発テロからイラク戦争の勃発までを、ロブ・ライナー監督は、当時の実際の映像を組み込みながら、わかりやすく構成していきます。
軍事力行使を認める決議投票が行われ、戦争突入へと向かう状況を表す一連の演出はとりわけ鮮やかです
イラク戦争反対演説が行われている映像に、軍事力行使を認める決議投票の結果を読み上げる声を重ね、さらにルーク・テニー扮するアダム・グリーンら、若い兵士が軍事訓練を受けている映像を交互に映し出し、緊迫感を高めています。
まとめ
真実を訴えようと巨大な嘘に立ち向かった記者のひとり、ジョナサン・ランデーには、『LBJケネディの意志を継いだ男』でジョンソン大統領を演じたウッディ・ハレルソンが扮し、もうひとりの記者、ウォーレン・ストロベルには『X-MEN』シリーズのジェームズ・マースデンが扮しています。
いつもユーモラスな感覚を忘れないランデー、仕事は出来るのに女性に奥手なマースデンと、彼らの性格や私生活にも踏み込み、人間らしい魅力あるキャラクターにしています。
また、元従軍記者でジャーナリストのジョー・ギャロウェイを演じるのはトミー・リー・ジョーンズで、そこにいるだけで大いなる助っ人になると思えるくらいの迫力と存在感を見せています。
そんな記者たちをまとめる編集長を演じるのは、ロブ・ライナー。予定されていた俳優が降りてしまったことから、急遽引き受けることになったそうですが、彼が行う部下への演説は見事なものでした。
記者としての生き様と同時に、それぞれが一人の魅力ある人間として描かれているところも本作を豊かなものにしています。