Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/01/29
Update

『ヒッチコック/トリュフォー』感想レビューと内容解説。二大巨匠がひも解く映画術とは|だからドキュメンタリー映画は面白い4

  • Writer :
  • 松平光冬

“サスペンス映画の巨匠”として名高い監督、アルフレッド・ヒッチコックの創作の秘密に、フランス映画ヌーベルバーグの旗手、フランソワ・トリュフォーが迫る――。

『だからドキュメンタリー映画は面白い』第4回は、トリュフォーによるヒッチコックへのインタビュー音源をベースに製作された、『ヒッチコック/トリュフォー』です。

これを観れば、映画の何たるかが分かる?

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『ヒッチコック/トリュフォー』の作品情報


Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos
(C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

【公開】
2016年(フランス・アメリカ合作映画)

【原題】
Hitchcock/Truffaut

【監督】
ケント・ジョーンズ

【キャスト】
アルフレッド・ヒッチコック、フランソワ・トリュフォー、ウェス・アンダーソン、オリビエ・アサイヤス、デヴィッド・フィンチャー、ジェームズ・グレイ、黒沢清、リチャード・リンクレイター、ポール・シュレイダー、マーティン・スコセッシ

【作品概要】
1966年出版のフランソワ・トリュフォーの著書『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』の基となった、トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコックへのインタビュー音源と写真に加え、10人の監督によるインタビューで構成。

20年にも及ぶ、2人の関係性を映し出していきます。

映画『ヒッチコック/トリュフォー』のあらすじ


Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos
(C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

『レベッカ』(1940年)、『裏窓』(1956年)、『サイコ』(1960年)といった、数多くのヒット作・話題作を生んだ監督、アルフレッド・ヒッチコック。

しかし彼は、アメリカの批評家にはその芸術性はほとんど評価されておらず、あくまでも商業用映画の監督としての評価に留まっていました。

そんなヒッチコックに1962年、『大人は判ってくれない』(1960)の監督フランソワ・トリュフォーが、長文による手紙を認めてインタビューを申し込みます。

当時30歳の若き新鋭監督からの申し出に、ヒッチコックは涙を流して喜び、快諾。

そして、ヒッチコック63歳の誕生日に、アメリカのユニバーサル・スタジオのオフィスで始まったインタビューは8日以上にも及び、その時の録音は50時間に及んだとされます。

本作は、その貴重な音声テープをベースに、マーティン・スコセッシ、デビッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソン、リチャード・リンクレイターといった、ヒッチコックを敬愛する10人の監督たちにインタビューを敢行。

現在でも通じるヒッチコックの映画術を、新たな解釈でひも解いていきます。

ベースとなった本『映画術』とは

本作の基となった著書『映画術 ヒッチコック/トリュフォー』(以下『映画術』)は、1966年に刊行され、日本では約20年後の81年に邦訳版が出版されました。

その後、90年に改訂版『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー』が刊行され、約300ページというボリュームながら、2017年までに累計約7万部も売れたロングセラー本となっています。

『めまい』(1958年)の主演女優キム・ノヴァクなどいった関係者へのインタビューや、翻訳を担当した映画評論家の蓮實重彦や、同じく評論家の秦早穂子による、ヒッチコックにまつわる対談も収録されています。

ヒッチコックの影響を受けた監督インタビュー


Photos by Philippe Halsman/Magnum Photos
(C)COHEN MEDIA GROUP/ARTLINE FILMS/ARTE FRANCE 2015 ALL RIGHTS RESERVED.

本作の大きな特徴は、なんといってもマーティン・スコセッシやデヴィッド・フィンチャー、ウェス・アンダーソンや黒沢清といった世界の映画監督10名が、ヒッチコック作品について語るインタビュー映像でしょう。

ブライアン・デ・パルマのように、分かりやすくヒッチコックにオマージュを捧げる監督もいるなか、本作の監督ケント・ジョーンズは、あえてそういった人物ではなく「彼の影響が密かにこだましている監督」を選んでいます。

そのため、本作に登場する監督の大半は一見すると、ヒッチコックに影響を受けたと思えない人選かもしれません。

しかし、彼らの多くは「『映画術』を読んで映画作りを学んだ」とその影響力を認めつつ、スコセッシに至っては、空間と時間の扱いや物語の構成など、ヒッチコックが映画製作にもたらした革命を語ります。

自作については理路整然と語りがちなアンダーソンが、ことヒッチコックについて熱く解説すれば、「決して模倣してはならないと堅く自分に誓ってきた」という黒沢清の言葉も響きます。

一方で、『めまい』についてフィンチャーが「変態映画の最高傑作」と絶賛すれば、スコセッシは「映画の筋がよくつかめない」と、監督によって作品の評価が二分しているのも興味深いところでしょう。

参考映像:『めまい』

トリュフォー自身も『映画術』のフォロワーに

元々映画批評家だったトリュフォーは、正当に評価されていなかったヒッチコックの作劇法を参考にしつつ、自身もフィルムメーカーとなって作品を生み出し、ヌーベルバーグの立役者となっていきます。

トリュフォーが、『映画術』の刊行に動いていた頃と刊行後に撮った、『柔らかい肌』(1964年)、『華氏451』(1966年)、『黒衣の花嫁』(1968年)、『暗くなるまでこの恋を』(1969年)。

これら4本の映画には、極めてヒッチコック的なサスペンス要素が込められています。

さらには、『華氏451』と『黒衣の花嫁』の音楽をヒッチコック作品を多数手がけたバーナード・ハーマンが担当し、そして『黒衣の花嫁』と『暗くなるまでこの恋を』の原作者は、『裏窓』の原作者ウィリアム・アイリッシュでした。

ヒッチコックの『映画術』を検証しつつ、トリュフォー自身もその『映画術』に触れて、さらなる創作欲を掻き立てていったことがうかがえます。

参考映像:『暗くなるまでこの恋を』

父子かつ師弟のような2人の関係性

本作は、ベースとなった『映画術』の、いわば映像版。

1962年のインタビュー音源を引用し、そこで話題となっている映画のシーンが挿入されるため、とても観やすく分かりやすいです。

そうした映画芸術の継承や、現代の映画監督の視点も含んでいるため、映画好きにはたまらない作品なのは間違いないでしょう。

その一方で、監督のケント・ジョーンズは「単なる映画マニア向けの作品にはしたくなかった」と語っています。

共に少年時代に留置場や鑑別所に入れられた体験などを交えつつ、映画について語らうトリュフォーとヒッチコック。

時には、ヒッチコックが30歳近く年が離れたトリュフォーに、映画製作への迷いを正直に吐露したりもしています。

さながら師弟のようでもあり、友人のようでもあり、父子のようでもある――そんな2人の関係性を垣間見ることができるという意味でも、『ヒッチコック/トリュフォー』はドキュメンタリーであると同時に、一種のヒューマンドラマといえるかもしれません。

次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…


(C)2011, KOTB, LLC. All Rights Reserved.

次回は、“B級映画の帝王”、“ハリウッドの反逆児”などの異名を持つ映画プロデューサー、ロジャー・コーマンに密着した2012年公開の『コーマン帝国』を紹介。

ヒッチコックやトリュフォーとは対照的に、「とにかく早く安く作って儲ける」をモットーに500本以上もの作品製作に携わってきた、山師のような映画人生を追います。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『大鹿村から吹くパラム』あらすじ感想と評価解説。東京学生映画祭でグランプリを受賞した金明允(キムミョンユン)は日本で何を見たのか⁈|銀幕の月光遊戯 82

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第82回 南アルプスに囲まれた長野県下伊那郡大鹿村。村の人々と偶然出会った韓国からの留学生・金明允(キム・ミョンユン)監督は、自然と共存して暮らす人々にカメラを向けます。古 …

連載コラム

映画『ようこそ、革命シネマへ』あらすじと感想レビュー。劇場復興を通して表現の自由が奪われた政権下の人々に笑顔を取り戻す|映画という星空を知るひとよ1

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第1回 第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門でドキュメンタリー賞と、観客賞を受賞した、スハイブ・ガスメルバリ監督の映画『ようこそ、革命シネマへ』をご紹介いたし …

連載コラム

映画『キラーマンKILLERMAN 』ネタバレ感想と考察評価。記憶を無くした男が警察とマフィアに仁義なき戦いを挑む|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録18

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第18回 様々な事情で日本劇場公開が危ぶまれた、埋もれかけた貴重な映画を紹介する、劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見 …

連載コラム

若手映画監督(20代・次世代・学生ら)の登竜門!SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019が閉幕【国内外の各賞受賞者のコメント収録】2019SKIPシティ映画祭10

第16回を迎えるデジタルシネマのイベントが閉幕、受賞者堂々の発表! 7月13日に開幕したSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019が閉幕。最終日の21日にはそのクロージング・セレモニーと各賞の表彰が行わ …

連載コラム

映画『THE LAW 刑事の掟』ネタバレ感想と考察評価。ブルースウィリスの“ダイハードを彷彿”させる作品|未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録16

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」第16回 様々な事情で日本劇場公開が危ぶまれた、埋もれかけた映画を紹介する劇場発の映画祭「未体験ゾーンの映画たち2020【延長戦】見破録」。 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学