アルフレッド・ヒッチコック監督は、サスペンス映画の神様と呼ばれた巨匠。しかし、『めまい』を観たら“ヘンタイ映画の神様”、もう、そう呼ぶしかない極めてエロスに満ちた作品。
『めまい』を観たこのとのない、あなた。90年代、ゼロ年代の作品に劣らない驚きがある!
やや長文になりますが、ヒッチコック監督の最高傑作”『めまい』をご紹介。
映画『めまい』の作品情報
【公開】
1958年(アメリカ)、2014年:デジタル・リマスター版日本公開
【監督】
アルフレッド・ヒッチコック
【キャスト】
ジェームズ・スチュワート、キム・ノバク、バーバラ・ベル・ゲデス、トム・ヘルモア、ヘンリー・ジョーンズ 、レイモンド・ベイリー、エレン・コービイ 、コンスタンティン・シャイン 、リー・パトリック
【作品概要】
サスペンスの神様と呼ばれた、アルフレッド・ヒッチコックのフィルモグラフィの中でも、妖艶であり、芸術性も高い傑作いわれるミステリーサスペンス。
原作は、フランスの作家ボワロー=ナルスジャック(ピエール・ボワロー&トーマス・ナルスジャック)のミステリー小説。
日本初公開は1958年。2014年、特集企画「スクリーン・ビューティーズ」の第3弾「ヒッチコックとブロンド・ビューティー」にて、デジタル・リマスター版が公開。
映画『めまい』のあらすじとネタバレ
夜のサンフランシスコ。逃走中の犯人を、警官たちは屋根伝いに追いかけています。
警官のジョン・”スコティ”・ファーガスンは、足を滑らせ、屋根の雨どいに必死でぶら下がってしまいます。
気がついた同僚の警官は、スコティを助けようと手を差し伸べますが、足を滑らせて地面に落ちて亡くなってしまう。
スコティは、その出来事をきっかけに、同僚を助けられなかったショックとストレスから高所恐怖症になり、警官を辞めてしまいます。
しばらくして、スコティは、女友達で下着のデザイナーのミッジと会います。彼女は、スコティを愛称ジョニーと呼ぶの学生時代の元婚約者で、2人は気兼ねなく話のできる関係。
スコティは、ミッジに精神科医から聞いた話をします。”もう1度、高所恐怖症を体験すれば治る!”と言うので、一緒に試してみますが、やはり恐怖を感じてしまいます。
ある日のこと、学生時代の同級生ギャビン・エルスターから、妻マデリンが、何かに死者にでも憑かれたように不審な行動するので、調査してほしいと頼まれます。
ギャビンの奇妙な願いに少し戸惑うスコティだが、マデリンの様子を尾行することに決めます。
ギャビンは、レストラン「アーニー」で、尾行するマデリンを初めて見ます。優雅な緑と黒のドレスを着た完璧な女性に、一目で魅せられます。
次の日、マデリンは車に乗って花屋に向かい、ブーケの花束を買うと、今度はある墓地へと向かいます。
彼女が立ち止まった墓には、「カルロッタ・バルデス 1857年3月5日没」と名前がある。
次にマデリンが立ち寄ったのはレジョンドヌール美術館。彼女の見つめる絵画に描かれていたのは、美しい女性像。マデリンの手にした同じブーケの花束、そして同じ髪型をしていました。
尾行していたスコティは、画商に絵画について尋ねると、「カルロッタの肖像」だと教えてもらいます。
その後も、マデリンは、スコティを導くように、マッキトリック・ホテルへ立ち寄ります。そこで2階の角部屋の窓を開けて姿を現します。
スコティは、ホテルの女支配人に、彼女についての聞き取りを行うと、スペイン人のミス・カルロッタ・バルデスといい、2週間前に借りて2~3度来ると言います。
女主人とスコティが、ホテルの2階に上がると忽然とマデリン(カルロッタ)の姿なく、車も消えていました…。
カルロッタ・バルデスについて調べるため、スコティは、ミッジと共に、アーゴシー書店の主人ポップ・リーブルに聞き取りに向かいます。
そこで、マッキトリック・ホテルは、元々はカルロッタのために建てられた家であることを聞きます。
また、カルロッタは、キャバレーの踊り子をしていた時に、ある男に見初められて一緒になったが、その後、捨てられてしまいます。
子どもは男に取りあげられ、彼女は悲運に若くして亡くなったことを知ります。
スコティは、これらの調査報告をエルスターに伝えると、妻マデリンは、鏡の前でカルロッタの形見の宝石のネックレスを身に着けては、時折、別世界を見つめた様子だと言います。
エルスターとの話に合点の入ったスコティは、曾祖母のカルロッタの霊に取り憑かれた信じるようになっていきます…。
マデリンの奇妙な行動はその後も続き、「カルロッタの肖像」を見つめています。尾行を続けるスコッティ。
ある日、彼女は、ゴールデン・ブリッジに向かうと、ブーケの花束を儀式のようにちぎり海へと流します。
スコティは、その様子を注意深く見つめていたが、マデリンは、突然海に身投げをします。慌てたスコティは、海に飛び込んでマデリンを助けます。
映画『めまい』の感想と評価
個人的な好きな趣味嗜好や、ヒッチコック作品を観た順番の時期にもよるのでしょうが、間違いなく完成度に優れた最高傑作は、『めまい』と言っても過言ではない、ヒッチコックの代表作です。
今回も映画鑑賞の解釈のポイント2つ挙げてみましょう。
1つ目は、『めまい』の真のヒロインは誰なのか?
2つ目は、『めまい』の“螺旋”をどのように分析するか?
“真のヒロインは誰か”という解釈は、一般的には、マデリン・エルスターとジュディ・バートンの二役を演じたキム・ノヴァクとされていますが、果たしてそうなのでしょうか?
当初、マデリンとジュディの一人二役は、ヴェラ・マイルズで進行していました。彼女はヒッチコック作品には、『間違えられた男』や『サイコ』に出演する女優。
1956年の『間違えられた男』では、ヘンリー・フォンダが演じた主人公マニーの妻ローズ役、1960年の『サイコ』では、ジャネット・リーが演じたマリオン・クレインの妹ライラ役を演じています。
ヒッチコック監督は、ヴィラ・マイルズを『めまい』のヒロインとして、本格的に女優として売り出したいと考えていた矢先に、彼女は妊娠をして降板。
代わりに、コロンビア映画からレンタルしてきた女優キム・ノヴァクをヒロインして、パラマウント映画に出演させたのです。
2人の顔立ちや背格好の容姿、雰囲気も、かなりかけ離れていますから、キム・ノヴァクは、ヒッチコック監督の望み通りの『めまい』のヒロインではなかったようです。
しかし、逆に、キム・ノヴァクに全く無い、可憐なマデリンを強要と制約をつけて演じさせた事で、作品としては成功をしています。
また、ジュディがカンザス出身の田舎娘である設定は、カンザス育ちでミス・カンザス3位というヴィラ・マイルズを茶化したもの。ヒッチコック監督のヴィラ・マイルズへの嫌味が効いています。
このような経緯もあって、『めまい』のヒロインは、キム・ノヴァクではなく、もちろん、ヴィラ・マイルズとも言い難いと思われます。
では、誰が真のヒロインと言えるのでしょうか。それは、作品の冒頭、メガネっ娘として登場して、常に健気な女性ミッジ役のバーバラ・ベル・ゲデス。彼女こそが真のヒロインだと仮説を立てたいですね。
学生時代のたった3週間の元婚約者という設定のみならず、彼女は、心療医院に入院後も、“私がお母さん”と無償に一途に愛する姿を見せてくれています。
ジョニーが、魅惑的な女性にフラフラと付いて行き、“めまい”を起こしている様子を、常に見守っている、それがミッジなのです。
また、バーバラがこの作品の真のヒロインであることは、彼女がデザイナーであることからも読み取ることができます。
彼女の父親ノーマン・ベル・ゲデスは、当時は斬新的なデザイナー。彼の著書『ホライズンー地平線』の中で未来的な独特の流線型を活かした大型客船や旅客機のデザインプランを紹介しています。
その娘のバーバラが、”流線型”のブラジャーをデザインしている場面も、ヒッチコック監督流のユーモアなのでしょう。
ちなみに、無償の愛で見守るバーバラのイメージは、ヒッチコック監督の代表作『サイコ』に繋がっていきます。
またミッジ役の役柄は、ヒッチコック監督を支え続けた妻アルマ・レヴィルに重なります。
ヒッチコック監督は、ブロンドの女優好きで、いくつもの浮名を流したのは有名。しかし、アルマはヒッチコックを公私にわたって支え、そして彼もまたアルマを生涯愛し続けました。
そんなアルマを投影したのがミッジと言えます。そのためなのか、ヒッチコック監督は、『めまい』に関するアルマの評価をとても気にしたのでしょう。
ヒッチコック監督と妻アルマの関係に興味をもたれ方は、2013年に日本公開された、サーシャ・ガヴァシが監督の『ヒッチコック』をご覧ください。
そこからも何かが感じられるのではないでしょうか。
『サイコ』製作の舞台裏と、夫婦の絆を描く作品『ヒッチコック』
まとめ
この作品を語る上もう一つ欠かせないのは、初めてヒッチコック監督とタッグを組んで、作品のクオリティを半永久的に高めたグラフィクデザイナー、ソール・バスの存在です。
オープニングの絶対的なグラフィカルな映画のイメージは、彼の最たる仕事。この作品以後も、『北北西に進路を取れ』(1959)、『サイコ』(1960)で作品のイメージを作り上げていきます。
ソール・バスがデザインしたという『めまい』の“螺旋”。
『めまい』のファースト・シーンのショットは、俗にいうカメラ内編集という、キム・ノヴァクの唇のアップ。
その後、カメラがパン・アップして2つの瞳が移ります。
最初の唇は女性器のメタファーであり、2つの瞳は乳房をイメージしています。
キム・ノヴァクの顔は、裸体そのものを表現としています。
ソール・バスによるクレジット・タイトルのデザインは、次のように解釈できます。
“赤く染まった瞳(女性器)”の画像からの螺旋状のデザインは、膣の中から産まれてくる、スパイラルモーションの螺旋の動きなのでしょう。
“ジョニーのマザーコンプレックス”や“ミッジの「私はお母さん」発言”が、螺旋のデザインと相まって、この作品の芸術性を高めていると言えるでしょう。
「螺旋階段・サンフランシスコの車での回遊・薔薇の花・マデリンの巻き髪・杉の年輪・ガラスの小鉢など」は映画の中の出産というメタファーの“撒き餌”にすぎません。
ヒッチコック作品には珍しく、奇跡的に壮大なスケール感が盛り込まれ、銀河系の渦、DNA、自然の循環などの螺旋形状を彷彿させる作品と言えます。
つまり建物から落ちていく人物は、母親の産み落とされるジョニーの生への不安なのです。
この映画が怖いのは、単なる高所恐怖症ではなく、「“母体からこの世に産み落とされる”」トラウマなのです。
鐘楼の窓(女性器の膣)に佇むジョニーは、またも産まれたての赤ん坊。あの鐘の音はジュディを悼むものではなく、ジョニーの誕生(再生のトラウマ)を祝福する音色です。
ヒッチコック監督の最高傑作にして、時代に風化することなく、いつまでも世界映画史に残る斬新な『めまい」。
まだ、ご覧になっていない、あなた。そして観たけれど、それって本当かしらと疑う、あなた。
生涯ベスト級の1本、これぞ傑作の映画です!ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。