連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第12回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」では、ジャンル・国籍を問わない貴重な58本の映画が次々と上映されています。
第12回は、アメリカのSFスリラー映画『エリザベス∞エクスペリメント』を紹介いたします。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』『ネオン・デーモン』に出演したアビー・リーが、運命にあらがう美しきクローンを演じます。
『ゴシカ』や『スネーク・フライト』など、ユニークな作品の脚本を手掛けたセバスチャン・グティエレスの監督・脚本です。
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CONTENTS
映画『エリザベス∞エクスペリメント』の作品情報
【公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Elizabeth Harvest
【監督】
セバスチャン・グティエレス
【キャスト】
アビー・リー、キアラン・ハインズ、カーラ・グギーノ、マシュー・ビアード、ディラン・ベイカー
【作品概要】
人の手によって作られるクローン人間というテーマに、新たなアプローチで挑んだSFスリラー作品。
ノーベル賞を受賞し、財を成した天才科学者ヘンリー。彼は若く美しい女性エリザベスと結婚し、彼女を郊外の豪華な邸宅に迎え入れます。完璧な生活を手に入れたエリザベスですが、ヘンリーと自分の正体を知った時、その運命は大きく狂い出し…。
同じSFサスペンス映画『エクス・マキナ』同様に、人里離れたハイテクな豪邸という舞台を与えられた、密室サスペンス要素を取り入れた作風になっています。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『エリザベス∞エクスペリメント』のあらすじとネタバレ
若く美しい新妻エリザベス(アビー・リー)と、夫ヘンリー(キアラン・ハインズ)を乗せた車は、美しい山の中腹にある豪華なガラス張りの邸宅に到着しました。
花嫁を抱いて降りたヘンリーを使用人のクレア(カーラ・グギーノ)と、オリバー(マシュー・ビアード)が迎え入れます。
蘭の花や豪華な食事が用意されたこの邸宅で、エリザベスは初夜を迎えることになりました。
ヘンリーはノーベル賞を受賞した生物学者。彼は特許で巨万の富を得ていました。彼はエリザベスを、指紋認証で入退室が管理された邸宅内を隅々まで案内をしました。
用意された数多くのドレスやジュエリー、美術品を並べた部屋にワインセラー、その全てが彼女のものだと語るヘンリー。しかし、彼はただ一つの部屋だけは、立入禁止と説明します。
ハネムーン中の2人ですが、ヘンリーは所用で1日だけエリザベスを残すと、邸宅を留守にします。
広い邸宅に残され、時間を持て余すエリザベス。
知的で一方的なヘンリーの会話に戸惑うことの多い彼女は、クレアになぜヘンリーは私を選んだのだろうと尋ねます。
クレアは優しく笑って、「わかりません」とだけ答えます。
暗くなった窓の外に、目が不自由なオリバーを支えながら森に向かうクレアの姿をエリザベスは目撃します。
その夜、エリザベスは立入禁止とされた部屋に入ります。ヘンリーの研究室とされた部屋の中に、厳重に保存されている何かがありました。
それは、機械の中で眠っている自分自身です。悲鳴を上げるエリザベス。
翌日帰ってきた夫に彼女は何も告げませが、ヘンリーは言葉巧みに彼女を問い詰めます。
ナタを手にエリザベスを追うヘンリー。彼女はロックされた玄関から出れず、逃れられません。
ヘンリーは彼女を無惨にも惨殺します。
エリザベスの遺体を前に、控え目で忠実に見えたクレアは強い口調でヘンリーを非難します。
彼女とヘンリーはオリバーと共に、どこか慣れた様子で遺体を始末します。
オリバーにも、ただの使用人に思えぬ態度がありました。
邸宅にヘンリーと旧知のローガン警部補(ディラン・ベイカー)が訪れます。ヘンリーは何事も無かった様に振る舞います。
ローガンもこの邸宅で起きている、何を知っている様子です。
2人だけの時に、オリバーはクレアに尋ねます。「あなたは不幸なのに、なぜここにいる?彼を愛しているから?」、「僕らは彼の獲物じゃなく、餌だ…」、その問いにクレアは、1人にして欲しいと告げます。
6週間後。
「…私は素晴らしい男性と出会う事を夢見ていた。そして彼は、私を連れ去るだろう。醜いものから引き離して、私たちだけの秘密の世界へと…」。
新妻エリザベスを連れ、邸宅にやって来るヘンリー。同じ光景が繰り返され、例の部屋への入室が禁じられます。
複雑な表情のクレア。彼女は2人になった時、エリザベスに何かを伝えようとしますが、出来ませんでした。
またも禁じられた部屋に入ったエリザベスは、その中であるものを目撃します。
そして彼女を殺そうと迫るヘンリー。玄関から出れず、窓も破れず逃れられません。
ピアノを弾いているかに見せかけ、彼女をおびき出すヘンリー。薬で彼女を眠らせようとしますが、エリザベスは彼にナイフを突き立てます。
彼女が意識を取り戻した時、傍らにはヘンリーの遺体がありました。
遺体を隠し邸宅を離れようとするエリザベス。警備会社に連絡しセキュリティー解除を依頼しますが、住所が答えられず断られます。
そこにクレアとオリバーが現れます。電話を切り、何事も無いように振る舞うエリザベス。
突然クレアが倒れ、救急車が手配されます。彼女が搬送される際に外へ出ようとするエリザベス。
「ここを出たら警察から守れない」と語るオリバー。「彼を殺したんだろ?」と告げます。
クレアが搬送された後、オリバーとエリザベスは遺体を処分します。
オリバーはエリザベスの幼少時代の記憶を詳細に知っていました。「私は何なの?」と問う彼女に、オリバーは真実を告げます。
あなたはあの部屋でヘンリーが作ったクローンだ。6体作られたクローンの5番目があなただと告げます。
そこに警備会社への通報を不審に思ったローガンが現れます。エリザベスが応対しますが、彼をオリバーが射殺します。
2人でローガンの遺体も処分すると、オリバーは彼女の逃亡の手助けを装って彼女を監禁します。
彼女にクレアの日記を渡すと、オリバーはその内容を読んで教える事を条件に、逃亡に協力すると伝えます。
クレアの日記の中に、真実が記されていました。
映画『エリザベス∞エクスペリメント』の感想と評価
美しい映像で見せるビジュアル系SF映画
“欲望を満たす完璧なクローンのはずだった”と、刺激的なコピーで紹介されている『エリザベス∞エクスペリメント』。
しかし本作には過激な性描写はありません。スーパーモデル出身のアビー・リーを捉えた数々の映像は実にファッショナブルです。
人里離れたハイテクな雰囲気の豪邸という舞台と相まって、見る者を引きつけます。
新妻を次々殺し、秘密の部屋に隠していた童話「青ひげ」の物語が、モダンな舞台とSFの設定を得て現代に甦らせたものです。
全編に漂うプライアン・デ・パルマ趣味
本作『エリザベス∞エクスペリメント』の人工的で着色された照明は、プライアン・デ・パルマの1976年公開の名作ホラー映画『キャリー』を思わせるものがあります。
5番目のエリザベスが夫に襲われるシークエンスは、 画面は2分割され、加害者と被害者の映像を同時に見せるという、まさに1973年公開の『悪魔のシスター』などに見られるデ・パルマ趣味の真骨頂です。
オープニングシーンを繰り返し見せる反復構造に、2002年公開の『ファム・ファタール』を思い浮かぶ本作、あらゆる要素がデ・パルマ作品へのリスペクトを感じさせてくれます。
参考映像:ドキュメンタリー映画『デ・パルマ』(2017)
一体このデ・パルマ趣味の正体は何でしょう?
調べると偶然か必然か、本作編集のマット・メイヤーは『デ・パルマ』の編集に参加した人物。
いずれにせよ映画ファンは、これらを見てニヤリとすること間違いありません。
人間関係はエヴァンゲリオンに置き換えれば判りやすい!?
本作『エリザベス∞エクスペリメント』の複雑な設定や人間関係は、後半クレアの日記を読ませる形で一気に説明する構成になっています。
結果、直接描写の少ない駆け足での説明となり、少々理解し辛くなった感があります。
亡き妻に固執しクローンを作る男、息子とクローンの近親相姦的な関係などを、明確に描写することを避けたからでしょう。
従って観客は与えられた情報から憶測して組み立てる作業が必要となる作風です。この人間関係を『新世紀エヴァンゲリオン』で例えるなら、エリザベスは綾波レイ(碇ユイ)、ヘンリー博士は碇ゲンドウ、オリバーは碇シンジ。
クレアは赤城リツコの母、赤城ナオコに例えれば本作、実に救いがたい深刻な人間関係だと実感できます。
この映画は、散々男に利用された綾波レイが自立に至る物語、これをキーワードにすれば理解しやすいのではないでしょうか。
まとめ
本作は主要な登場人物が5人しか登場しない、邸宅を舞台にした密室ドラマです。
そこで濃厚に繰り広げられるドラマは、見応えのある役者たちの演技合戦です。
ヘンリーを演じたキアラン・ハインズは『ミュンヘン』(2005)や『裏切りのサーカス』(2011)で、影のある人物を重厚に演じたハリウッド大作に欠かせない俳優。
カーラ・グギーノ、ディラン・ベイカーも数々の作品に登場するベテラン。
そこに『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』(2014)や同じく同年の『ライオット・クラブ』に出演したイギリスの若手俳優マシュー・ビアードが加わっています。
俳優の演技を楽しむには最適のスタイルの映画が、『エリザベス∞エクスペリメント』です。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第13回はジム・キャリー主演の異色ミステリー『ダーク・クライム』を紹介いたします。
お楽しみに。