その“道化”の唯一の観客は、“運命”。
人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズの4部『ダイヤモンドは砕けない』に登場した、異能を持つ天才漫画家・岸辺露伴を主人公に据えた同名スピンオフ作品を、高橋一生主演で実写化し人気を博したドラマ『岸辺露伴は動かない』。
『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』に続く劇場版・第2弾『岸辺露伴は動かない 懺悔室』は“水の都”ヴェネツィアを舞台に、原作漫画の“原点”にあたるエピソードを映画オリジナルストーリーを交えながらも映画化しました。
本記事では、本作の「怖い映画」という評価の最大の要因である亡霊・ソトバの“舌”の姿、ソトバに寄せられる「彼の復讐は逆恨みでは」という感想について考察・解説。
映画本編のネタバレに言及しながら、ソトバの復讐の根幹にある「“運命”になる」という願望、彼の願いが成就されることで生み出された「運命を相手に芸を見せる“道化”」の姿を探っていきます。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の作品情報

(C)2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
【公開】
2025年(日本映画)
【原作】
荒木飛呂彦
【監督】
渡辺一貴
【脚本】
小林靖子
【音楽】
菊地成孔、新音楽制作工房
【キャスト】
高橋一生、飯豊まりえ、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、井浦新
【作品概要】
荒木飛呂彦の人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズのスピンオフ作品『岸辺露伴は動かない』を原作とする、実写テレビドラマシリーズの劇場版・第2弾。
原作漫画の原点にあたるエピソード「懺悔室」を基に、日本映画史上初となるヴェネツィアでの全編ロケ撮影で制作された。
超常的な異能を持つ天才漫画家・岸辺露伴役の高橋一生、露伴の担当編集・泉京香役の飯豊まりえのレギュラー陣に加え、玉城ティナ、戸次重幸、大東駿介、そして井浦新という実力派キャストが奇妙な物語を彩る。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』のあらすじ

(C)2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
大人気漫画『ピンクダークの少年』で知られる天才漫画家・岸辺露伴。
彼は同時に、対象者を“本”に変えることでその者の記憶を読み取り、ページに文字を書き込むことで行動・記憶を操作できる「ヘブンズ・ドアー」という異能の持ち主でもあった。
現地の大学での講演会に招待され、イタリア・ヴェネツィアに訪れた露伴。彼はとある教会で、仮面を被った謎の男・田宮と遭遇。取材のために告解室へ入った露伴を神父だと誤解した田宮は、自らが犯した恐ろしい罪について懺悔する。
若き日に誤って浮浪者・ソトバを殺め、彼に「幸せの絶頂の時に“絶望”を味わう」という呪いをかけられた田宮。以来“襲いかかってくる”幸福を恐れ、必死に逃れようとした田宮だったが、無邪気に遊ぶ幼い娘を見て幸せの絶頂を感じてしまう。
田宮の前に再び姿を現した浮浪者の亡霊は、自らの復讐が正当なものだと運命に認められるべく、ポップコーンを用いた試練を田宮に挑ませる。
恐ろしくも奇妙な田宮の告白の全貌を知りたくなった露伴は、ヘブンズ・ドアーで彼の記憶を直接読み取り、想像だにしない田宮の罪の真実を知る。やがて自らにも、彼と同じ幸福という名の呪いが襲いかかってきていることに気づく……。
映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』の感想と評価

(C)2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
実写映画だから可能な人面瘡の“肉感”
元々は1997年に執筆された読切短編であり、その11年後に第2作「六壁坂」が発表されたことでシリーズ化した原作漫画『岸辺露伴は動かない』の原点にあたるエピソード「懺悔室」。
「総ページ数・49ページの原作漫画エピソードを、ドラマの尺ではなく、映画の尺で映画化できるのか」「原作漫画の舞台はヴェネツィアだが、劇場版・第1作のルーヴル美術館に続き第2作でも海外ロケを敢行するのか」……。
映画公開前、原作を知るファンからは多くの期待と不安が同時に寄せられていた中、特に“実写映画化”という面で注目が集まっていたのは「『懺悔する男の娘の舌に現れた浮浪者の亡霊の人面瘡』をどう表現するのか」ではないでしょうか。
漫画(およびアニメーション)だからこそ成り立つ「目鼻も口もハッキリ描かれた人面瘡」のビジュアルは、実写映画においてCGなどで無理に“忠実な再現”をすれば、かえって違和感&ギャグ感が増し、気味の悪さや恐怖も半減してしまうことは目に見えていました。
その中で映画『岸辺露伴は動かない 懺悔室』では、あえてCG使用は最小限に止めた上で「顔はハッキリとは映さないまま、血管が浮かぶ舌の皮膜の下で“顔を思われるもの”が蠢き続ける姿」で人面瘡を描写し、質感を超えた“肉感”でもって観る者の生理的嫌悪・恐怖に訴えかけるビジュアルを実現。
ホラー作品としての「懺悔室」の“肝”である人面瘡を、実写映画だからこそできる“持ち味”を生かした表現によって描き出したことで、本作を観た人々の「怖い」という評価を生み出したのです。
運命に殺された男・ソトバは“運命”と化す

(C)2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
また、戸次重幸が怪演した浮浪者・ソトバに関して「舌バージョンの姿が怖すぎる/気持ち悪すぎる」という評価以外にも、ネット上では「ソトバの田宮に対する復讐は、やっぱり“逆恨み”ではないか」と感じている人々が多く見受けられました。
何かを夢見て海外へと旅立つも、外国人として周囲から差別され、怪我と病気で働くのも困難になったソトバ。日本人であり、海外生活で自分と同じ“不幸”を少なからず知るであろう仲間として若き日の田宮に出会うも、彼が味わっている不幸までも押しつけられ、文字通り無情の死を遂げた……。
彼の境遇は、若き日の田宮の当時の苦しい状況とどこか似通っており「少しでも歯車がズレていたら、若き日の田宮の方が浮浪者となり、偶然出会ったソトバに不幸を押しつけられ、無常の死を遂げていたかもしれない」と想像することは容易です。
それゆえに、時に「地獄の機械」とまで喩えられる運命によって、偶然にも「他の人間よりも多く、不幸が訪れた人間」となったソトバの人生の理不尽さへの叫びは、若き日の田宮だけでなく、幸運と不幸を繰り返す人生を生きる誰もが心に秘めているものでもあります。
ソトバから見れば、田宮は“人生の理不尽さ”によって自身に死をもたらした存在であり、運命という地獄の機械の一部品に感じられたはずです。そんなソトバが、もし死によって生者を呪縛する運命から解放されたら、彼はこう考えるのではないでしょうか。
「俺を死に追いやった田宮が、俺にとっての“運命”の一部品で在ったならば、俺自身も田宮の“運命”の一部品になってやる」……その結果が、最大の絶望を経ても決して死は選べず、運命に弄ばれる道化として生きながらえる田宮に、亡霊・水尾と同じく彼の“運命”の一部品として取り憑き続ける姿なのです。
まとめ/人生に翻弄される“道化”の観客は……

(C)2025「岸辺露伴は動かない 懺悔室」製作委員会 (C)LUCKY LAND COMMUNICATIONS/集英社
ソトバに“幸運の呪い”をかけられて以来、幸福の絶頂に至るまいとわざと自身に不幸を課していた田宮。そうやって幸福を恐れる必死な姿は、彼の運命の一部品と化したソトバにとって、随分と滑稽に映ったはずです。
水尾を身代わりにされたことで一度は復讐に失敗するも、亡霊と化した水尾の「娘が幸福の絶頂の時、絶望を味わわせる」という呪いを新たにかけられたことで、「娘を世界で1番の幸せ者にする」という父親の使命とは真逆の「娘の不幸を願う父親」と成り果てた田宮の姿には、ますます笑いが止まらなかったでしょう。
呪いという運命に雁字搦めにされ、人生を生きていたら当たり前に訪れる幸運と不幸に一喜一憂し、わざと不幸になるために「年中喪服姿で過ごす」「室内で傘を差す」などの奇行を繰り返す田宮。誰もが欲する幸運に怯える姿はまさしく“道化”としか言いようがなく、そんな彼の見事な道化ぶりを楽しむ観客は、他でもないソトバと水尾です。
笑ったり泣いたりを繰り返す道化と、道化に死が訪れるその日まで、芸を見届ける観客……それは、人生の理不尽な悲喜に翻弄される人間と、何があろうと人間から離れることのない運命の在り様そのものなのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身。2019年に日本映画大学を卒業。映画評を寄稿する一方、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として、『ザ・エクソシズム』『Kfc』のキャッチコピー作成なども行う他、『獄舎Z』『トレジャー・アイランド』の字幕監修を手がける。2025年公開のタン・チュイムイ監督・主演作『野蛮人入侵(原題)』では、日本公開版タイトル『私は何度も私になる』を命名した(@youzo_kawai)。

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