“この世で最も黒く、最も邪悪な絵”の真実とは?
人気漫画シリーズ『ジョジョの奇妙な冒険』にて登場した異能を持つ漫画家・岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ漫画が原作である実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』。
その劇場版作品として制作されたのが、2023年9月22日よりAmazonプライムビデオで独占配信が開始された映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』です。
露伴が自身の過去と因縁がある“この世で最も黒い絵”の真実を求め、フランス・パリに建つ世界最大級の美術館「ルーヴル美術館」へ向かう本作。
本記事では映画のネタバレあらすじ紹介のとともに、映画オリジナルキャラクターに込められた意味、“世界で最も有名な絵画”を連想できる謎多き女性・奈々瀬の肖像、“幽霊屋敷”としてのルーヴル美術館などを考察・解説します。
CONTENTS
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【原作】
荒木飛呂彦
【監督】
渡辺一貴
【脚本】
小林靖子
【音楽】
菊地成孔、新音楽制作工房
【キャスト】
高橋一生、飯豊まりえ、長尾謙杜、安藤政信、美波池田良、前原滉、中村まこと、増田朋弥、白石加代子、木村文乃
【作品概要】
人気漫画シリーズ『ジョジョの奇妙な冒険』にて登場した異能を持つ漫画家・岸辺露伴を主人公に据えたスピンオフ漫画が原作である実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』の劇場版作品。
映画の物語の基となったのは、同じく露伴が主人公の同名読み切り漫画。漫画家・荒木飛呂彦の初のフルカラー作品であり、ルーヴル美術館を題材にオリジナル漫画を制作する「バンド・デシネプロジェクト」の第5弾作品として描き下ろされた。
露伴役の高橋一生、編集者・泉京香役の飯豊まりえとドラマ版キャストが続投した他、露伴の過去と深く関わる謎多き女性・奈々瀬を木村文乃が演じる。
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のあらすじとネタバレ
骨董屋で品を物色する漫画家・岸辺露伴に、声をかける店主。「漫画を描くために本物の美術品を探しに来た」と聞き「漫画に描く程度なら本物はもったいない」と笑う彼に、露伴は自身の漫画に不可欠な“リアリティ”を語りました。
また露伴は、店主が盗まれた美術品を違法に売買する「故買屋」であることも承知済みで、その仕事の実態を知るためにも店へ訪れていました。
追い返そうとする店主に対し、露伴は自身が持つ奇妙な能力……人を“本”に変えることでその者の全ての記憶を読んだり、ページに文字を書き込むことで行動・記憶を操作できる「ヘブンズ・ドアー(天国への扉)」を発動。
意識を失った店主に「全ての作品は最大の敬意を持って扱う」と書き込み終えた後、露伴は同じくヘブンズ・ドアーを発動した骨董屋の店員が持っていた、とある美術品オークションの出品目録……その中に載っていた“黒い絵”に目が止まりました。
後日、露伴は出版社の編集者・泉京香と美術品オークションの会場へ。その目的は新作漫画の取材、そして出品目録で見かけた例の“黒い絵”……すでにこの世を去ったフランスの画家モリス・ルグランの絵画『Noire(黒)』の購入でした。
当初の開始価格は20万円だったにも関わらず、会場にいた謎の2人組の男たちとの競り合いの果てに、150万円で『Noire』を落札することになった露伴。絵画を持ち帰った自宅兼仕事場には、彼が漫画執筆への活用のために収集した古今東西の顔料に溢れていました。
露伴は泉に「この世で最も黒い色を見たことはあるか」と尋ねます。そして「この世に存在しない色」とも例え得る“最も黒い色”を用いて描かれた“黒い絵”の存在の噂を口にします。
「画家の名は山村仁左右衛門」「今から250年ほど前に描かれた絵」……ネット上どころか、一切の情報が存在しない“黒い絵”。露伴がルグランの『Noire』に興味を持ったのも、かつて“ある女性”から聞かされた“黒い絵”の噂を思い出したためでした。
そこへ、露伴の飼い犬であるバキンの吠える声が。露伴は邸宅への侵入者をヘブンズ・ドアーにより“本”化し気絶させますが、その相手はオークションで競り合った2人組の片割れである、長身の男だと気づきました。
やがて邸宅内から泉の悲鳴が。露伴の彼女の元へ駆けつけると、『Noire』はもう1人の侵入者……長身の男と会場にいた、眼鏡の男によって持ち去られていました。
露伴の邸宅を離れ山道へと逃げ込んだ眼鏡の男は、『Noire』のカンバスの裏面に貼られていた包装紙を剥がしますが、そこに“目当ての物”がなく困惑します。そしてカンバスの裏面に付着していた“黒”の絵具に触れた直後、彼は“トラックの音”に怯えて逃げ出します。
その後、露伴と泉は捨て置かれていた『Noire』を発見。カンバスの裏面にはフランス語で「これはルーブルで見た黒」「後悔」と記されていることに気づきました。露伴はその言葉から“黒い絵”とフランス・ルーヴル美術館のつながりを確信し、次の“取材先”を決めました。
フランス語で電話相手と話す長身の男は、露伴を恐れて“仕事”を降りる旨を伝える中、眼鏡の男は車など入ってこれないはずの山道で“トラックの音”に追われ続けていました。やがてその音が消え去った後には、眼鏡の男の“礫死体”がありました。
泉が出版社へと戻った後、露伴はかつて“黒い絵”の噂を聞かされた、ある年の夏の出来事を思い出していました。
20数年前の夏、漫画家としてデビューしたばかりだった露伴は、漫画執筆に集中すべく祖母の家へ……祖父が亡くなったのを機に、祖母が古い旅館だった屋敷を下宿として貸し出すようになり、身の回りの物以外の骨董・美術品も全て売り出すようになった家に滞在していました。
そこで彼は、下宿の最初の住人となった女性・奈々瀬と出会いました。
当時の編集者に「女の子が可愛くない」とダメ出しを受けていたことから、美しい奈々瀬の姿を見かけて思わず無我夢中でデッサンしてしまう露伴。当初は覗きかと思った奈々瀬も、非礼を詫びた露伴が漫画家だと知ると「今度、あなたの作品を読んでみたい」と告げました。
ある晩、約束の通り「原稿を読んでみたい」という奈々瀬に誘われ、露伴は戸惑いながらも彼女が暮らしている部屋を訪れます。未完成の原稿を見せたがらない露伴に対し、奈々瀬は「あなたが一生懸命描いたものを見たいだけ」と答えました。
室内の電球が切れて暗くなった後、書き机にあった灯りを点けた奈々瀬は、同じく室内にあった小さな姿見を見つめながら「この世で最も黒い絵って知ってる?」と口にしました。
奈々瀬曰く「光を全く反射させない、見ることもできないほど黒い絵の具で描かれた絵」であり「最も黒く、最も邪悪な絵」である黒い絵”。
今から250年ほど前、山村仁左右衛門という絵師は“黒”の色彩にこだわり、やがて理想の顔料を発見したが、それは傷つけたら死罪は免れない御神木から採れるものだった。それでも彼は、その“黒”も用いて絵を描き、死んだ……。
“黒い絵”はどこにあるのかと尋ねる露伴に「ルーヴル美術館にある」と答えた奈々瀬は「あなたは似ている」と口にすると、彼にすぐ自室へ戻るよう促しました。そして心配する露伴を厳しく突き放したかと思うと、そのまま屋敷を出てどこかへと消えました。
奈々瀬の帰りを待ち侘びながらも、漫画の完成を進める露伴。その作品の中には、彼女をモデルにした黒髪の美しい女性の姿もありました。
しばらくして、屋敷に戻ってきた奈々瀬。露伴が完成した原稿を携えて彼女の部屋へ向かうと、彼女は何かを恐れ悲しむかのような様子で彼に抱きつきました。
「あなたの力になりたい」「全ての恐れからあなたを守ってあげたい」……露伴は一瞬、当時から目覚めていたヘブンズ・ドアーの力を用いようとしましたが、どうしても彼女に対して“覗き”をする気にはなれなかったのか、その記憶を読むことはしませんでした。
奈々瀬は露伴が持ってきていた、完成した原稿に目を向けます。しかし、自身がモデルとなった女性を作品内に見つけると「重くて、くだらない」「くだらなくて、すごく安っぽい行為」と怒りを露わにし、ハサミで原稿を切り裂きました。
「露伴くん、ごめんなさい」……怒りよりも哀しみに満ちた声でそう告げると、奈々瀬はショックを受けたままの露伴を部屋に残して立ち去りました。そして2度と、屋敷に戻ることはありませんでした。
のちに露伴は、祖母に奈々瀬の行方を尋ねましたが「奈々瀬なんて、いたかね」とまともな答えは返ってきませんでした。そして、祖母に代わって屋敷の蔵にあった絵を買い手に……フランス語を話す外国人に直接受け渡すという雑用などを経て、彼は屋敷を去ることになりました。
屋敷を去る時には「奈々瀬という女性は、本当に存在していたのか」とさえ思えたため、長らく忘れてしまっていたものの、“黒い絵”とともに彼女の記憶が蘇った露伴。彼をルーヴルへと駆り立てるものの正体は、決して好奇心だけではありませんでした。
新作漫画の取材として訪仏した露伴と泉は、ルーヴル美術館の文化エデュケーション部職員であるエマ・野口と合流。早速ルーヴルへと向かいました。
現在あるいは次世代の画家たちの育成のために、規約に基づく申請を行えば展示品の模写ができるルーヴル美術館。『Noire』の作者である画家ルグランも、生前はルーヴルでよく模写をしていたとのことでした。
「ルグランの絵画『Noire』は、ルーヴル美術館の中に存在するという仁左右衛門の“黒い絵”を模写した結果として生まれた作品ではないか」……露伴の推理に対して、エマは“ある可能性”について答えました。
そもそも、ルーヴル美術館の収蔵品に「日本画」は存在しません。しかし数年前、セーヌ川の水害から美術館の収蔵品を守るべく、新設した保管センターへ移送させるプロジェクトが開始された際に、地下倉庫で眠っていた美術品が1000点以上も発見されました。
それらの美術品は20世紀初めに寄贈された品々であり、戦争により記録が消失してしまったために、美術館のデータベース上からも抜け落ちていました。そして新たに発見された美術品には東洋美術の品も100点以上存在し、その中に仁左右衛門の“黒い絵”もあるのでは……とエマは考えていました。
やがて露伴たちの前に、同プロジェクトの調査メンバーとして臨時雇用された東洋美術の専門家・辰巳隆之介が姿を現します。生前のルグランとは顔見知りであった辰巳は、彼について情熱を持った画家であり、模写の腕も素晴らしかったが“事故死”により亡くなったと語りました。
すると、そこへ助けを呼ぶ男の声が。一行が現場に駆けつけると、そこには“見えない何か”に恐怖するエマの同僚・ジャックの姿がありました。そして恐怖が最高潮に達した果てに階下へと転落したジャックは「蜘蛛」「長い髪」とうわ言をつぶやき続けました。
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の感想と評価
贋作画家ルグランが見た「過去の侮辱」
人気実写ドラマ『岸辺露伴は動かない』の劇場版作品にあたる映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』。漫画家・荒木飛呂彦がルーヴル美術館を題材にオリジナル漫画を制作する「バンド・デシネプロジェクト」の1作として執筆した同名漫画を原作としています。
映画化にあたって原作漫画からの設定・ストーリーの脚色が行われている本作ですが、中でも特筆すべきなのは、現代を生きる漫画家である主人公・岸辺露伴、“最も黒く、最も邪悪な絵”を生み出した過去の絵師・山村仁左右衛門に次ぐ、もう一人の芸術家……贋作画家であったモリス・ルグランの存在でしょう。
映画オリジナルキャラクターであり、辰巳らの美術品窃盗グループの一員としてルーヴル美術館の名画の贋作を作成し続けていたルグラン。彼がなぜ窃盗に加担したかの経緯は詳細には明かされていませんが、その後悔は“黒い絵”によって映し出され、彼を死に追いやりました。
辰巳曰く、ルグランは模写の腕は素晴らしかったものの、画家としては中々売れずにいました。その境遇からうかがえる「生活苦」という犯行動機は、奈々瀬の病による生活苦から一度は訣別した父へ謝罪しに行った生前の仁左右衛門の姿とも重なります。
また模写という行為は、名画として遺された先達たちの“過去”の偉業を見つめる行為でもあります。その腕が素晴らしかった彼は誰よりも“過去”の偉大さを知っていた画家ともいえますが、同時に贋作稼業にも手を出していたルグランは、それがいかに偉大なる“過去”への侮辱であるのかも深く理解していたはずです。
彼は“黒い絵”を通じて自らの後悔を見た後、その絵を模写した『Noire』を描き残して亡くなりました。末期までオリジナル作品の制作ではなく“模写”を……“贋作作り”を続けた画家ルグランには、一体どんな姿形の後悔が見えたのか。その真相は闇の中です。
“世界で最も有名な絵画”と奈々瀬の肖像
かつて露伴が出会った謎多き女性にして、その正体は“黒い絵”の絵師・山村仁左右衛門の妻であり、露伴の遠い先祖であった奈々瀬。彼女は露伴の夢に現れた際の幻影や、映画終盤での岸辺での場面では髪を下ろし“黒”の衣装を身にまとって登場します。
その姿には多くの方が、映画作中でも登場したルーヴル美術館の収蔵品であり「世界で最も知られた、最も見られた、最も描かれた、最も歌われた、最もパロディ作品が作られた美術作品」と称されるほどに有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画『モナ・リザ』を連想したはずです。
一説では芸術家のパトロンとしても知られていた絹布商人フランチェスコ・デル・ジョコンドが、自身の妻リザの肖像画をレオナルドに依頼したことで制作されたと言われている『モナ・リザ』。
あえて顔の輪郭を描かず、色彩の透明な層を上塗りするスフマート技法によって写し取られたリザの表情は、イタリア語では「煙のように消えた」「色のぼやけた」という意味を持つ「sfumato」の名の通り、美しさと同時にどこか“幽霊”にも似た儚さを感じさせます。
“幽霊”にも似た儚さをもって描かれた“妻”……それは、露伴が過去の幻影として思い出し、のちにヘブンズ・ドアーによって過去を見たことで素性が明らかになった奈々瀬の人物像と通じます。
絵師・山村仁左右衛門、そして漫画家・岸辺露伴にとっての“ミューズ(芸術家にインスピレーションを与える存在。ギリシャ神話の学問・芸術を司る女神に由来)”にして“ファム・ファタール(フランス語で「運命の女」を意味するが「男を破滅させる魔性の女」も指す)”の存在であった奈々瀬。
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は露伴が一人の人間として、一人の芸術家として、芸術という人間の業の歴史に呪縛されてきた奈々瀬と訣別する物語であり、ラストでドラマ版同様に漫画を描き始めた通り、それでもなお芸術の道を再び歩み始める物語でもあるのです。
まとめ/ルーヴル美術館という“幽霊屋敷”
映画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』の原作漫画を手がけた荒木飛呂彦の過去作の中には、かつてアシスタントであった鬼窪浩久と共同制作した漫画『変人偏屈列伝』があります。そして同作で彼が原作・構成・作画のいずれも担当した1エピソードは、「ウィンチェスター・ミステリー・ハウス」の逸話を題材としています。
かつて屋敷の主人であった女性であり、銃ビジネスで成功を収めた実業家ウィリアム・ワート・ウィンチェスターの妻であったサラは、生前に夫を亡くし、過去にも娘を亡くしていたために悲しみに打ちひしがれました。
しかしある時、友人の霊媒師からの「現在の家を離れ、新たな地でウィンチェスター銃で殺された人々の霊のために家を建てろ」「家の建設を止めたら、あなたは霊に呪い殺されて死ぬ」という助言のもと、サラは自身が亡くなるまでの38年間、新たに建てた屋敷の増改築を続けたと言われています。
“幽霊屋敷”として現在も残されているウィンチェスター・ミステリー・ハウスですが、ルーヴル美術館もまた、その長き歴史の中で幾度となく“増改築”が続けられてきた建築物として知られています。
また元々は要塞であったことにくわえて、かつてナポレオン1世が各地から収奪した美術品の文化財帰属の問題が今なお残り続けているなど、ルーヴル美術館はその収蔵の経緯なども含めて様々な“曰く”がある……時代・場所を問わず、様々な人々の想いが込められた品々が無数に存在する場所でもあります。
そもそも『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』でも“黒い絵”が象徴しているように、芸術作品にはそれを手がけた者の“業”や“呪い”ともいうべき執念が込められることが多々あります。そんな品々が、同じく美に取り憑かれた学芸員たちによって集められてきたルーヴル美術館は、まさしく“幽霊屋敷”そのものではないでしょうか。
映画の原作にあたる漫画『岸辺露伴 ルーヴルへ行く』は、そうしたルーヴル美術館の“幽霊屋敷”としての側面に焦点を当てた作品でもあり、映画を鑑賞する際にも、かつて宮殿として使用された美術館の美しさの先に潜む“暗闇”を感じとってみるのも面白いかもしれません。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。