生活保護を担当するケースワーカーがひと夏の間に地獄へと堕ちていく映画『悪い夏』
映画『悪い夏』は、『正体』(2025)の著者・染井為人の同名小説を、『アルプススタンドのはしの方』(2020)の城定秀夫監督が北村匠海主演で映画化し、真面目で気弱な公務員が破滅へと転落していく姿を描いたサスペンスです。
社会保険事務所のケースワーカーとして勤務する佐々木は、ふとしたことからとんでもない犯罪行為に巻き込まれます。
金儲け主義のヤクザ、ヤクザの手下の女、育児放棄寸前のシングルマザー、生活保護を受けながら遊んで暮らす男、生活苦から万引きをする女、それに生活保護受給者の女に性行為を強いるケースワーカーと、登場人物はワルとクズばかり。
救いようのない地獄絵図のようなストーリーの中で、佐々木はどのようにして堕ちていくのか。彼が地獄の果てに見たものとは何かと、とても気になることでしょう。そんな方のため、映画『悪い夏』をネタバレありでご紹介します。
映画『悪い夏』の作品情報
(C)2025映画「悪い夏」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【原作】
染井為人『悪い夏』(角川文庫/KADOKAWA刊)
【監督】
城定秀夫
【脚本】
向井康介
【音楽】
遠藤浩二
【主題歌】
OKAMOTO’S
【キャスト】
北村匠海、河合優実、伊藤万理華、毎熊克哉、箭内夢菜、竹原ピストル、木南晴夏、窪田正孝
【作品概要】
真面目で気弱な福祉課のケースワーカーが、破滅へと落ちていく様子を描いたサスペンス。第37回横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞した染井為人の同名小説を、『アルプススタンドのはしの方』(2020)『嗤う蟲』(2025)などの城定秀夫監督が映画化しました。
主人公佐々木守に『法廷遊戯』(2023)の北村匠海、シングルマザーの愛美を『あんのこと』『ナミビアの砂漠』(2024)の河合優実、犯罪計画の首謀者であるヤクザの金本を『スイート・マイホーム』(2023)の窪田正孝、佐々木の同僚・宮田を伊藤万理華がそれぞれ演じています。
脚本は、『ある男』(2022)で第46回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した向井康介が担当しています。
映画『悪い夏』のあらすじとネタバレ
(C)2025映画「悪い夏」製作委員会
ある夏の日、市役所の生活福祉課に勤める佐々木守は、生活保護受給者の山田宅を定期訪問して、その後の就職状況などの聞き取りに行きました。
山田は腰痛持ちでそれが原因で就職先が見つからないと言います。毎日のように飲酒をし、パチンコもやっているようです。
ゴミ屋敷のような部屋のなかで、佐々木はため息をつき、「早く仕事を見つけるように」と言いました。
職場に戻ると、同僚の宮田から「職場の先輩・高野が生活保護受給者の女性に肉体関係を強要しているらしい」との相談を受けました。
面倒に思いながらも断りきれず真相究明を手伝うことになった佐々木。その当事者である育児放棄寸前のシングルマザー・愛美のもとを訪ねることにします。
愛美は生活苦から友人の莉華に誘われて、いかがわしいキャバクラでアルバイトをしていました。その店へ高野が客として現れ、愛美のバイトがバレてしまったのです。
高野はその後愛美に肉体関係を求め、受給額から小遣いと称して3万円をピンハネしていました。愛美が断ろうとすると受給を止めると脅していました。
愛美はそのことを莉華に相談しました。莉華はヤクザの金本の愛人です。金本の配下には、佐々木が担当している山田もいます。
金本は高野の仕事を逆手にとり、ホームレスを集めて彼らに不正受給をさせその金を横取りしようと計画。愛美は高野を脅迫するために、彼との情事をビデオに撮りました。
高野はビデオを見せられて不正受給を手配するように金本から脅されますが、そんな時に、佐々木と宮田が愛美を訪ねて来ました。高野との関係を頑なに否定する愛美。
話の途中で愛美の娘と遊ぶことになった佐々木は、娘と「今度来るときにクレヨンを買って持ってくる」と約束し、その日は帰りました。
愛美はすぐに金本に、高野とのことを知った生活福祉課の人が自分を訪ねてきたことを知らせました。職場に知られたら自分の計画は出来ないとわかり、金本は計画は中止だと言います。
翌日、佐々木は愛美の娘へのプレゼントを持って、愛美宅へ行きました。不愛想ながらも応対をする愛美と佐々木になつき始めた娘に、佐々木は徐々に心の安らぎを覚え、次第に愛美に惹かれていきました。
どうしても高野が行ったことが許せない佐々木は、高野に「愛美とのことは知っているから、辞職しろ」と言いました。高野は離婚して辞職をしました。
映画『悪い夏』の感想と評価
(C)2025映画「悪い夏」製作委員会
市役所で生活保護を担当するケースワーカーの佐々木。生活保護は、働く意志はあるのに様々な事情から思うように働けずに生活に困っている人に対して、最低限度の生活を保障するとともに、生活の自立を助長するのを目的としています。
ケースワーカーは、生活保護を求める人に寄り添って力になることが仕事です。生活保護の受給者の中には、楽してお金をもらおうとするたちの悪い者もいました。その一方では、生活保護を受ける女性を食い物にしようとする輩も……。
保護を求める人々に対して一生懸命に仕事をしようとしている佐々木は、それを逆手に取られます。
恋心を抱いた、シングルマザーの受給者との営みをビデオに撮られて、ホームレスの不正受給を承認するように脅されます。自身の正義感と実際の行為とのギャップに挟まれ、佐々木は精神的に追い込まれていきました。
本当に生活が苦しくて相談に来た佳澄に対して、剣もほろろな冷たい態度で受給を断った佐々木。佳澄はその後自殺を図ります。未遂に終わりますが、それを知った佐々木の不平不満や怒り、胸の中にため込んだもやもやが爆発しました。
佐々木を演じる北村匠海が、やり場のない佐々木の不安定な気持ちをよく表現しています。光のないうつろな目と精気のない憔悴しきった表情の佐々木の姿はとても印象的です。
ラスト近くの豪雨の中での大バトルシーンは、ありとあらゆる悪に対しての佐々木の怒りが炎上するかのようでした。
原作では、佐々木は薬物中毒にされ、事件が終わったあとは今までとは正反対の生活保護受給者になっていました。映画では、ケースワーカーから清掃員になった佐々木が、子ども用の傘が干してある自宅へ帰るシーンで終わります。
それなりに落ち着いた幸せそうなラストに安堵を覚えることでしょう。
生活保護を悪用するとんでもない大人たちとその所業が、社会の悪を見事に炙り出しています。クズやワルばかりの中、一風の清涼剤のような子どもたちの存在が光る作品でした。
まとめ
(C)2025映画「悪い夏」製作委員会
生活保護ケースワーカーが闇に堕ちていく『悪い夏』。たったひと夏の間に起った一人の男の転落劇を描きます。
歪められた日常生活の中で、壊れそうになった佐々木の心を救ったのは、シングルマザーの子どもへの愛、だったと言えます。
不正受給など生活保護の問題も取り上げられる一方で、人間の心に巣くう欲望に支配されたワルたちの罠にはめられた佐々木から、なぜこのような悲劇が起こったのかと考えさせられます。
なりふり構わずに、‟堕ちる男”を演じる北村匠海に注目してください。