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『聖なるイチジクの種』あらすじ感想と評価レビュー。モハマド・ラスロフ監督が描く消えた銃をめぐる家庭内サスペンス

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

『聖なるイチジクの種』は、2025年2月14日(金)TOHOシネマズ シャンテ他全国公開

念願だった判事に昇進したイマン。しかし、折悪く反政府デモが国内で広がり、イマンはデモで逮捕された者に不当な刑罰を下す仕事に携わることになります。

そして護身用に渡された銃が行方不明になってしまいます。家族は次第に疑心暗鬼に陥っていきます。

銃を盗んだのは誰なのでしょうか。そしてその目的とは……。

母国・イランで政府を批判したとして有罪判決を受けたモハマド・ラスロフ監督が、ある家族を通してイランの問題に切り込み、第77回カンヌ国際映画祭で、審査員特別賞を受賞しました。

しかし、監督をはじめキャスト陣はイランからの出国を禁じられ、カンヌ映画祭に参加することはできませんでした。

映画『聖なるイチジクの種』の作品情報


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【公開】
2025年(ドイツ・フランス・イラン合作映画)

【英題】
The seed of the sacred fig

【監督・脚本】
モハマド・ラスロフ

【キャスト】
ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ

【作品概要】
『悪は存在せず』(2020)で、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞するなど、海外で高い評価を得ているモハマド・ラスロフ監督は、母国イランで、政府を批判したとして有罪判決を受けており、現在は母国を逃れ欧州に渡りました。

そんなモハマド・ラスロフ監督は、2022年に起きた女性の不審死をきっかけに起きた抗議運動から着想を得て、実際の映像も織り交ぜながら『聖なるイチジクの種』を制作しました。

映画『聖なるイチジクの種』のあらすじ


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20年に渡る勤勉さと愛国⼼を買われ、念願の判事に昇進が決まったイマン。上司はイマンに護身用だと銃を渡します。

昇進した直後に、反政府デモが広がり、イマンの日々の業務は反政府デモ逮捕者の処刑を決める下働きでした。上の指示に従って業務をこなしていたイマンでしたが、ある日銃が消えてしまいます。

亡くしたことがバレれば自分の立場が危うくなるとイマンは銃を盗んだ物を見つけようと躍起になり、疑心暗鬼になっていきます。

疑いの目を向けられた妻・ナジメ、娘のレズワン、サナの3人はそれぞれ否定します。

果たして銃は見つかるのでしょうか、そして盗んだ犯人とは……。

映画『聖なるイチジクの種』の感想と評価


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モハマド・ラスロフ監督が、イラン社会に切り込んだ映画『聖なるイチジクの種』。

元になったのは、2022年にヒシャブを正しく着用していなかったとして、警察に拘束された22歳の女性が、その後亡くなったという事件です。

改革派によると、その女性は厳しい取り締まりによって頭部に強い衝撃を受け、病院に搬送されたといいます。しかし、テヘランの警察に不備はなく、女性は心不全で亡くなったと公表されました。

この事件をきっかけにイラン各地で反政府デモが起きました。本作では、実際のデモで人々が撮影した映像などを娘たちが見ている映像として映し出しています

本作の前半はそのようにイラン各地でデモが起きている中、政府に対する両親と娘たちの考え方の違いが浮き彫りになっていきます。母親・ナジメは、政府や警察を信じ込み、政府や警察が嘘をつくはずがない、不良や素行の悪い人が捕まっていると思い込んでいます

その盲目さは、政府や警察だけでなく、自分の夫・イマンに対してもそうです。イマンの言うことを聞き、自分を犠牲にする、それが当然だと思い込んでいます。なぜ従わなければいけないのか、という疑問すら抱いていないのです。

それだけでなく、イマンが判事になったことで、父親の仕事を友人に話してはいけない、付き合う人も考えるようにと娘たちに強要するようになります。

レジワンやサナは、周りにデモに参加をしている人や、無実なのに拘束された人々の叫びをSNSを通して目にし、警察や政府が信用できないことを目の当たりにしています。しかし、長い間そういうものとして受け入れてきた両親の考えはそう簡単には変わらず、世代によってできてしまった溝は埋まりません


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イマンもナジメ同様、疑問を持たずに体制を信じて従ってきました。同じように体制に盲目であってもイマンとナジメの立場では少し変わってきます。

余計なことに口を突っ込むと昇進できなくなるというプレッシャー故に盲目になっているイマンは、信じて従っていればその立場が揺らぐことはないと信じています。一方で、ナジメは自らを犠牲にしてでも夫の言うことに従い、夫を立てなければならず、少なからず抑圧される立場にあります。

それでも夫を信じているのは、上の世代から続いてきた“そういうもの”という抑え付け、これはおかしいと言って良いのだという空気がなかったという背景があるのではないでしょうか。

世代による溝を浮き彫りにする前半からテイストが変わり、後半は消えた銃のありか、その犯人を巡るスリラーになっていきます。息もできぬような緊迫感の中で試されているのは、まさにナジメと言えるかもしれません。

信じていたものが揺らぎはじめた時、目を瞑って信じ続けるか、それとも声を上げ闘うことを決意するのか、決断を迫られていると言えます。それはナジメだけでなく、イマンも同様なのです。

反政府デモ、逮捕された若者を見て、政府や自分の仕事について全く疑問を抱かなかったのでしょうか。イマンは自分の身が危うくなることを恐れ、家族に疑いの目を向け、狂気的になっていきます。

銃を盗んだ人の正体、そしてその理由。全てが明かされた衝撃の先に待ち受けるものとは……。

まとめ


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イラン政府を批判したとして有罪判決を受けているモハマド・ラスロフ監督。同じくイランの名匠ジャファル・パナヒ監督は、イラン政府によって20年間の映画制作禁止と出国禁止を言い渡されています。そんな中制作されたのが、『熊は、いない』(2023)でした。

思うように制作ができない中でも、何とか作品を作り人々に届けようとするイランの映画人たちの声は映画を通してありありと伝わってきます

一方で、そのような事情が関係しているのか、撮影する場所や環境が限られてしまっているという側面もあるでしょう。本作も多くのシーンは家の中で撮影されています。

イラン社会における上の世代と若い世代の乖離を浮き彫りにしていく前半は、イラン社会に根差したテーマになっています。しかし、後半にいくにつれ、銃のありかをめぐる家族間のスリラーになり、テーマがより内なるものになってしまった印象はあります。

そのような描けないものを感じさせてしまうことこそが、現代のイランの問題であるとも言えるのではないでしょうか。


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